ピンポーン。 チャイムの音が響いて、インターフォンに明かりがともる。 『はい、モシモシ?』 声の主が自身の良く知る少年であることを確かめて、スピット・ファイアはわずかに身を屈めてマイクに顔を近づけた。 「僕だよ。遅くなってゴメンね?」 『スピット・ファイア? ちょっと待って、すぐ行く!!』 元気のいい、少し浮かれたような声がして、ブツリとインターフォンが切れる。 続いてドタバタと派手な足音がして、人の気配が近づいてくるのがわかった。 扉の前で息でも整えているのか、数瞬の沈黙が落ちる。 やがてそこが開いたかと思うとちょこんと黄色い頭が覗いた。 「へへ、いらっしゃい」 どこか照れくさそうに笑う、幼さを残した表情に自然と頬が緩んだ。 「遅くなってゴメンね?」 「いーって、いーって、予定通りだろ? 全然遅くねーし、早くあがれよ」 顔を合わせて改めて告げれば、幼い恋人はどこか嬉しそうにそう言って冷えた体を暖かな家の中に招き入れてくれた。 「車で来たの?」 「荷物もあったからね」 荷物は近くの有名デパートの紙袋だ。 ATで抱えて走れないこともないが、中身のことを考えるとあまり無茶もしたくない。 「どこ停めた?」 「近くのパーキングだけど」 「今日ねーちゃん車ないからさ。こっちもってこいよ。駐車料金バカになんねーだろ。その間に俺、鍋の準備すっし」 「そう? じゃあお言葉に甘えようかな」 今日は12月31日、いわゆる大晦日だ。 あまり正月らしい正月を過ごしたことがないというスピット・ファイアを葛馬が家に誘い、現状に至っている。 もちろんここまでには紆余曲折があった。 樹達と初詣に行くのも、そのままニューイヤーパーティに雪崩れ込むのも予定通りだ。 スピット・ファイアもグループで会合があるらしくて、だから一日目の夜中は別行動ではある。 だが、スピット・ファイアが自分の家から出かけて、自分の家へ帰ってくるというシチュエーションに葛馬の心は浮き立っていた。 (なんか恥ずかしいみてーな、擽ってーみてーな……) 一番の難関は姉だった。 基本的に人がいい姉は多分、日本の家庭的な正月を知らない彼にいつも世話になっている例を兼ねて正月を体験させてやりたいのだと言えばスピット・ファイアを泊めること事態には反対しないだろう。 行きつけの美容院の美容師であることもあって、スピット・ファイアは完全に姉の信用を獲得している。 もともと女性受けは滅茶苦茶いいし、人見知りの傾向にある葛馬が手放しに懐いている……実際はもっと複雑な関係なのだが……所為もあるのかもしれない。 だから別に3人で年越しでもそれほど問題はないのだが、なにぶにも緊張の解ける自宅でのこと。 スピット・ファイアはともかく、葛馬の方はいつぼろが出るとも限らない。 そんなスリル満点の正月を過ごすのは遠慮したいところである。 そこに沸いて出たのが、姉の旅行の話だった。 実は大学のサークルで毎年おこなわれているらしいのだが、去年までは葛馬を一人おいていくことはできないと断っていたそうなのだ。 自分のために姉が何かを我慢するのは嫌だ。 サークルでの旅行の企画ももうそう何度もはないだろう。 だからこれは自分の為かもしれないが、姉の為でもある。 そう考えて、葛馬は必死の説得攻撃に出た。 葛馬一人の手では足りず、スピット・ファイアの協力も得てようやく。 『……それならお言葉に甘えさせてもらうわね』 そう言って微笑んでくれたのだった。 「………こんなもんかな」 ダシ用の昆布と下拵えを済ませてあった材料を次々に鍋に投入して火をかける。 もちろん火の通りやすいものは後回しだ。 いつもはスピット・ファイアに作ってもらってばかりだが、葛馬とて料理ができないわけではない。 むしろ同年代の少年たちに比べたらいろいろ無難にこなす方だと思う。 共働きの親を持った子供などそんなものだ。 「いい匂い、してきたね」 「あ、おかえり。場所わかった?」 「うん、ありがとう。何か手伝うことある?」 あたりにふわんと鍋のいい匂いが広がって、背後からかけられた声に葛馬は苦笑を浮かべた。 「今日はお前がお客さんなんだから座ってろよ」 たまには楽をしても撥は当たるまいと思ったのだが。 「日本の家庭のお正月、体験させてくれるんじゃなかったの? 家族はこう言う時、座ってみてるものなのかな?」 「うわっ」 ひょいと長い腕が伸びて、後ろから抱き込まれて思わず声を上げる。 「あ、あ、あぶねーだろ!! オタマ落とすとこだったじゃんか!」 そっと触れるだけの、今日初めてのキスが耳に落ちてどきどきだ。 「……カズ君?」 息を整えていたら名前を呼ばれて、葛馬はあわてて背後を振り仰いだ。 「ん、んじゃおせち! お重に詰めとけよ、明日の朝食うんだからなっ!」 「了解」 多少ぶっきらぼうになってしまったが、幸い男は気にした様子もなく……慣れていると言うより、可愛いなあとか思っていそうなあたりが癪に障らないでもない……机に置いたままになっていた紙袋に手を伸ばした。 スピット・ファイアが持ってきたデパートの紙袋は少人数用の御節の詰め合わせだった。 「お重借りるね?」 「おう、そっちに、姉ちゃんが用意してくれてっから。そのまま使っていーぜ」 「はーい。……何かいいね、こう言うの」 「だろ?」 そういってニッと笑った少年はきっと。 スピット・ファイアが本当に良いと言ったものがなんなのかわかっていないのだろう。 (僕はお正月じゃなくて、カズ君とこう言うやりとりをするのがいいなぁと思ったんだけどね……) 多分彼は、それを口にすれば真っ赤になって逃げ出すか、恥ずかしいことを言うなと怒鳴りつけてくるかのどちらかだろう。 そんなことを考えながら、スピット・ファイアは一品一品、きれいにパッケージングされたおせちの袋に手を伸ばした。 ― NEXT ―
|
お正月にブログに乗せていた小話を収容しました〜。 リアルタイムで見ていたたてこさんに夫婦!?と言われました(笑。 |