PMF応援日記っ!その3
2001年7月11日 20:55 札幌コンサートホール
今日は家内が一人でN響を聴きに行きました。
私はお迎えに20:55分Kitara入りです。大ホール入り口前のベンチに腰掛けます。
ちょうどコンサートが終わる直前のようで、大ホールのモニターからは盛大な拍手が聴こえます。
拍手がやみ帰宅の途にかかる方達が出てきました。
S、A席が残ったようですが2000人近い人たちが出てきます。
その中で二人は出会えるのでしょうか?
2001年7月11日 21:05 札幌コンサートホール
P席に陣取った家内が出てくるのが遅いのはにらんだとおりでした。
しかし私が座ったのとは反対側のレストラン寄りの出口を抜け出てきました。
当然気づかずに歩いていきます。携帯に手をかけた!私の胸ポケットの携帯がバイブ・コール!
もしもし!いまどこ?
君の後ろ!
なにの後ろ?
君の!!
やっと振り返ってくれました。
2001年7月11日 21:10 Massa−’s Car
車中での家内の批評は公表するにさしさわりのある部分もありますので?
お知らせできる範囲で抜粋いたします。
「最初の曲は必要だったのかな?」
「2曲目はピアノは若いのによくがんばった。けれどももうちょっと迫力が欲しかった。
作曲家も若かった。たいしたもんだね」
「チャイコフスキーはファゴットのソロがすごくよかった」
「拍手のフライングは気をつけたいね」
「今日は茂木さんは先頭をきって出てこなかった」
・・・ ここで家内が乱入してきました。以後制御不能モードです。
2001年7月11日 23:20 Massa−’s Home
突然ですが、こんばんわ妻です。今日聴いたかぎり、私は、ど素人なので
無茶苦茶なんですが、シャルル・デュトワにとっては、チャイコの、4番では
疲れすぎたのでは?と、顔が真っ赤になっていたのでアンコールも、1曲
だったのかな?と、感じました!!N響とは、5年ぐらいともに、しないと、
まじりあわないかな?何故なら、コンサートマスターと、うまくいってるように
みえて、そうでもないかなと、思いました。(アンコール)の様子をみてそう
思いました。だって〜アンコール曲!!もう1曲の楽譜あったんだも〜ん!!
聞いて!聞いて!苦笑(^^);・・・・・・・・・・あれはなんだったんだろう????
オ−ボエと、クラリネットはじめて発見!吹くと首が太くなってたぁー^^”
あれは、びっくりしましたね。でも、1曲目はいらないと、おもいますぅ。
ピアノの調律誰しとんだ!!!!なんか、8日も、なんか、変だったし?
今日は、P席でみましたぁ。ピアノは、男性ともあって、なかなか、迫力を
感じました。うまいのか?否か?は・・・わかりません。^^”
ということで、突然乱入の素人意見すいません。でも、4番よかったぁ・・・
みてて^^”。失礼します。
2001年7月13日 23:30 Massa−’s Home
今朝8:05分からBS2でチョン・ミョンフン指揮のサンタ・チェチーリア管の横浜でのコンサートがオン・エアされました。
録画を見ていますが、アンコールに「運命の力」序曲が演奏されました。
その後のスタンディング・オヴェイ、そして最後の団員の挨拶など98年のPMFでの一夜を思い出させるものでした。
さて明日はデュトワ指揮PMF管、98年にチョン・ミョンフンが取り上げたベルリオーズの幻想交響曲を取り上げます。
98年の「幻想」は名演でした。印象に残るのはティンパニの村上嬢の大活躍。彼女の名前は「音楽の友」誌にも
挙げられ注目されました。翌年も参加しましたが、今はどこでどうしているのでしょう?
それから、22日、23日の「兵士の物語」の公演。
22日は円山の自由広場で、23日はゼップで行われるのですが、23日の公演の入場券は
10日締め切りの招待制だったとか、札幌市の広報あたりで告知したのでしょうか?