フィクション小説

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 遥かなる星シリーズ 著:佐藤大輔 (徳間書店トクマノベルズ)

 舞台は、キューバ危機が最悪の結果を引き起こした後の世界。 偶然にも生き残り西側世界唯一の超大国となる事を強要された日本、来るべき「第4次世界大戦後」の放射能で荒廃する世界で、人類(というか日本人)が最終的に生き残るには「宇宙」を目指すしかないという結論が導き出されていた。 そこで進められる事となる宇宙開発を軸にしたシミュレーション小説。 なんか科学技術の進展が異様で、それを推進した黒木氏の狂的なカリスマには脱帽。それにしても、この世界の日本人は頑張り過ぎだ・・・
 この作品の評価は面白かったのですが、佐藤氏の作品としては展開の性急さなど「?」と感じる部分も一寸だけあった為にちと辛めに評価をします。(もちろん面白かったのですよ)
(シリーズ評価:B) 

 1 パックス・アメリカーナ
 1962年10月20日、キューバとソビエトの軍事援助協定締結から始まった「キューバ危機」、そして、それまでに米ソが進めた宇宙開発の総括と、危機後を担う日本の科学者である黒木正一と北崎重工の出会い。 危機で日本が生き残るという結果を生む出来事(ソ連原潜の撃沈)等が描かれる。
 終章、危機は極めて短い期間で行われる「第3次世界大戦」勃発という最悪の結末を迎える。

 

 2 この悪しき世界
 1970年、壊滅した合衆国から次々と技術が持ちこまれた日本、反応兵器で唯一損害を受けた沖縄本島は何も残さずすべてが「空地」と化した為、宇宙開発事業団はそこを買い上げ宇宙港とする。 「地球近傍空間」を自由に使用できる能力を得る事は地球の海を支配する以上の影響力を生む、すべてはそれを実現する為の準備であった。 そんな中実験機ヘヴィ・リフター3号が無数に分裂し紛争地帯と化したフロリダに不時着、日本政府とNASDAは救出作戦を展開する。

 

 3 彼等の星 彼等の空
 1989年、ソビエトはもはや衰退し、国家としての命運は尽きかけていた。しかし日本は依然として驚異的なスピードで宇宙開発を推進、既に太陽発電衛星の試験機、スクラムジェット機関といった技術が実用化寸前にまで到達。 そして、数年後の軌道基地建設計画の開始に向けて、南太平洋のトラック諸島に新たな宇宙港「JSP−03」を建設する。 そこへ合衆国残党の特殊部隊が破壊工作の為に侵入した。

 

 地球連邦の興亡シリーズ  著:佐藤大輔 (徳間書店トクマノベルズ)

 地球人類の生存権を賭けた異星人ネイラムとの「第1次オリオン大戦」が終結し、束の間の平和が訪れた「地球連邦」、しかし、戦後処理への不満が増大し再び人類同士による内乱の危機が忍び寄っていた・・・
 この世界での恒星間航行はすべて「ハイゲート」と呼ばれる(正体不明の)構造物で行われる。これについてはこの世界に存在するどの文明もその正体を知らず、ただそこにある便利な移動手段として使っていた。(なんだそりゃ?) 某「星界シリーズ」では移動手段として同じ様に「門」を創造していたが、あれには設定があった。何とも投げやりな事だ・・・
  さて、この作品、やはり「SF]の殻を被った戦争小説で、 宇宙戦艦による派手な戦闘は出て来ません。わずかに巡洋艦「サザランド」の活躍のみ。 次に主人公は南郷一之という宇宙軍少佐ですが、「皇国」の主人公と双璧のアレな人です。すなわち「義務に忠実」で、その実現の為なら「異常な行動力」を発揮し平然と「敵を捻りつぶす」という具合ですね。  
(シリーズ評価:A)

 1 オリオンに自由の旗を
 2197年、第1次オリオン大戦は終結し、1700隻を数えた「地球連邦統合艦隊」は解散した・・・終戦間際、南郷一之の率いる小隊は、アウラという恒星系第5惑星の上で孤立、死闘を演じていた。 そして、彼等を救出した永井景明大尉、戦後この2人の歩みを通じて物語は進展していく。 永井は退役し、故郷である植民星N3の政治家の道を、南郷は軍に残り、不穏な空気の渦巻く星系ノヴァヤ・ロジーナの連絡武官勤務を命ぜられる。

 

 2 明日は銀河を
 南方星域先端部の要衝、ノヴァヤ・ロジーナ星系にある惑星リェータは、本来は極寒の惑星であったが、テラフォーミングによって辛うじて人類の居住が可能となった惑星である。 そこでは戦争終結による経済活動の鈍化のあおりを受け、C(クローン)差別と、極右的な独立運動が活発化、南郷はそこで部下と共に諜報活動を開始する。

 

 3 流血の境界
 惑星リェータでは「自由市民同盟」が台頭、彼等のデモは暴徒と化し、自治政府はこれと対立、武力による鎮圧という最悪の手段に訴える。 デモ隊との対話と経済援助こそが有効と主張するN3高等代表団の永井、連邦連絡将校の南郷はその意思とは関係なく騒乱に巻き込まれ、暴動はついには内戦状態に発展する。

 

 4 さらば地球の旗よ
 「自由市民同盟」はテロを拡大し、連邦政府は内戦の無視を決めこんだ。南郷と永井は迫害されるC(クローン)系住民の救出を決意、惑星各地のC系住民の救出作戦を発動、暴徒と化したリェータ住民との死闘を演じる事となる。
 救出作戦の後、リェータには「自由市民同盟」による政権が樹立される。 ファン・カルロス・スター、N3、シルキィ、等、南方星域先端部にある諸自治政府は独自の思惑で行動を開始する。 また、この動きを静観していた地球連邦政府は、ここへ来て各星系と市民運動を非難する声明を明らかにし、連邦軍は行動を開始する。 連邦は「内乱」を欲していたのだった・・・

 

レヴァイアサン戦記シリーズ 著:夏見正隆(徳間文庫)

 太平洋戦争、ミッドウェーに勝利した日本は連合国との講和を果たしたが、戦後は大不況に見舞われ、革命勢力の勃興で東西に分裂してしまう。 これがこの作品の舞台となる世界…まあ、ミッドウェーに勝ったくらいで戦争は終わらないのだが、ご都合主義の世界もアリだろうとは思う。(軽めのフィクションだから)
 舞台は1998年、共産主義国となった「東日本共和国」と資本主義の「西日本帝国」。東日本の宇宙空母(実際はミール型の軌道基地)が地球の近くを通った「異星文明の廃棄物運搬船」を核ミサイルで撃墜、分裂した2つの「日本」が「異星文明」の技術を巡って争奪戦を繰り広げます。また、そこに封じられていた怪物によって東日本は蹂躙され、それを倒す為「異星の人工知能」の協力で造られた「究極戦機」が出撃する。・・・そんなお話です。 見所は過度な悪意でもってディフォルメされた西日本の腐敗政治や「洗脳した美少女親衛隊をはべらせる」そして自分が「世界で一番偉い」と豪語する東日本の独裁者山多田大三先生でしょう。
 チープな風刺とネタの落とし方には・・・苦笑するしかないですね。 この作家さんはどちらかと言うとライトノベルというカテゴリーの方なのだろうと思います。 徳間書店よりは角川系で書いた方が良いとも思う。 あと、各巻のサブタイトル、ほぼ本編と関係もナシ!
シリーズ評価:B

 1・帝都東京分裂
 2・東日本共和国侵攻
 3・激突!西日本帝国
 4・女王蜂出撃!
 5・レヴァイアサン殲滅 

 

夏への扉 著:ロバート・A・ハインライン/福島正実・訳(ハヤカワSF文庫)

時代は1970年、主人公ダンは天才的な技師だが、友人マイルズと、ダンを狙って近づいてきた女性ベルによって自分の会社を追われる羽目になった。 その後、酒に溺れた彼の目に入った冷凍睡眠の宣伝広告、彼は30年ほど眠る決心をする。
 西暦2000年、世の中には1970年に彼が基本設計をした文化女中器(ハイヤード・ガール)が家庭器具として普及する世の中で彼は目覚め、眠っている間にベルやマイルズ、ダンを慕っていたマイルズの養女リッキィ、あるいは文化女中器に何が起こったかを調べ、時代に順応して行く。その後、ふとした事から全てを取り戻すキッカケを掴む。 トウイッチ博士という人物の発明「時間移動」であった。
 私が読んだ事のあるSFは4〜5冊しか無いのですが、その一番最初に読んだのがこの「夏への扉」でした。 SFの定番、ハインラインの代表作の名に恥じない作品で、今でも再版が重ねられています。 前半の主人公の悲惨さは救い様がありませんが、後半で次々とやって来る「どんでん返し」は本当に絶妙で、クライマックスでは感動無しには居られませんでした。

評価:A

 

軌道通信 著:ジョン・バーンズ/小野田和子・訳(ハヤカワSF文庫)

「さまよえるオランダ船」という地球〜火星間を結ぶ楕円軌道に固定された小惑星で暮らす13歳の少女メルポネーの書いた「手記」という形を借りて物語は進んでいく。 彼女の学校で起こるちょっとしたいざこざ、転入生、クラスメートの事・・・そういった日常の事「しか」描かれません。 いわゆるほのぼの物語ですね。 なんでもサリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」を意識した作風なのだそうだが、私はそちらの方を読んだ事はありません。 この物語でちょっとした事件が終わった時、メルポネー達は「ちょっとだけ大人に近づきましたとさ」という寸法でしょうか?

評価:B

 

 レッドサン・ブッラックロス 著:佐藤大輔 (徳間文庫/中央論公社C★NOBELS)

 架空戦記、仮想戦記と呼ばれるジャンルは90年代中頃から流行り、その代表的な作品として「紺碧の艦隊」が挙げられますが、巻を重ねるごとにエスカレートして行く荒唐無稽な設定の数々は私は好きではありません。 また、志茂田景樹氏などの著作になる作品群などは、それこそ「とんでも本」の典型としてリアリティを求める読者層からは嫌われて行きました。 そして、それに応える様に幾つかの人気作品が生まれます。 その代表といえるのがこの「レッドサン・ブラッククロス」(RSBC)です。
  そのリアリティある設定について・・・まず、本作の舞台となる日本帝国に関する設定が実に巧妙です。 日本が1940年代初頭に欧米列強と何とか肩を並べる所まで国力を向上させる設定が必要なのですが、それを実現させる為、日本は日露戦争では惜敗を喫した事になっています。 「惜しい」と言うのは日本海海戦では史実通りに勝っているのですが、その後の陸上決戦「奉天会戦」で陸軍が惨敗した事になっているのです。 結果、戦後に起こる陸軍の増長は防がれ、かつ、ロシアのアジアへの野心を恐れた英国の本格的梃入れで日英同盟は強化され大正〜昭和期を通じて維持されます。 また、陸海軍の極端な軍備増強がされなかった為、軍事費が押さえられた日本は英国の庇護の下、海運国として高度経済成長を為し得、昭和初期には史実での1960年代の経済力を身に付けてしまいます。
 また一方の主役「ブラッククロス」ことナチスドイツですが、こちらはほぼ史実通りに成立し、異なるのは「あしか作戦」が成功しイギリス本土(政府はカナダに亡命)が彼等の支配する地となっている事、同様にソ連も敗北しウラル山脈以西を失って国家としての体裁を失っている点です。 
 そしてもう一つの世界の軸たる「アメリカ合衆国」、彼らはルーズベルトと選挙で争っていた孤立主義を標榜するウィルキーという人物を大統領に当選させ、欧州戦争への非介入を決め込みます。 そのお蔭で英国政府は亡命を余儀なくされたと言っても良いでしょうが、作中で合衆国は「ボヘミアの伍長」の野心によって、その代償を払わされます。
 以上が基本となる設定であり、この架空世界は日英米枢軸国対ドイツ中心の連合国という構図の世界観となっています。
 総括的な感想、「IF世界の緻密な描写にる構築」が著者の作風なので、とにかく戦争がもたらす非日常の描写に重厚さがあります。 確かに著者自身は戦争体験をした事は無いのでしょうが、それでも読んでいる人間に戦場のリアルさを感じさせる事が出来ているのは・・・才能の為す所が大きいだろうし、嘘もここまで出来ればエンタテイナーとして合格だろう。 また、随所に史実、アニメ、特撮、といったチープなネタが散りばめられて居たりもします。 
徳間文庫から7巻、外伝が徳間新書で5冊、そして中央論公社から再刊版と続編が発行されつつあります。

(評価:A)

あまりにも長くなったので各巻概要は巻毎にリンクしておきます。

1・合衆国侵攻作戦               外伝1・2・3・秘録・密書
2・迫撃の鉄十字
3・反撃の旭日旗
4・作戦グスタフ発動
5・第二戦線崩壊
6・インディアン・ストライク
7・バーニング・アイランド
 死戦の太平洋 1・2
 パナマ侵攻 1・2

 

スプートニク 著:ジョアン・フォンクベルク スプートニク協会/管啓次郎・訳(築摩書房)

 米ソが宇宙開発を競った時代、数々の輝かしい成果の裏にはおびただしい失敗があった。 特に情報操作を日常的に行ったソビエトが、公式には無人の自動操縦であると言われているソユーズ2号にて、それが実は有人であり、飛行士は事故で失われていたのだ…と言う疑惑の真相を追い、事故で帰らぬ人となったイワン・イストチニコフの生い立ちから事故、その後国家によって1人の男が存在を消された事件の全貌を暴露する。
 新居昭乃というアーティストさんのCD、ブックレットにて言及されていたので…買ってみましたが、どうにもこうにも胡散臭い装丁だった。 まぁ、内容はマトモなノンフィクション作品に見えます。 最後のページ、奥付の一文さえ読まなければ…
曰く
「本書は解説を除きすべて作者ジョアン・フォンクベルクによるフィクションです」
だそうだ。 創作だとはここにしか書かれていないので、知らずに読むと事実と誤解する恐れがあります。 ご注意を…(帯では超ノンフィクションと称しているし…作為的ですねぇ。トホホ)

評価:B

 

月は無慈悲な夜の女王 著:ロバート・A・ハインライン /矢野徹・訳(ハヤカワSF文庫)

 月世界植民地で暮らす技師のマニーは月政府から修理を依頼されたコンピュータ「ホームズ4」に自我が目覚めている事に気付く。 マイクと名付けられたコンピュータとマニーはやがて、地球からの搾取に抗する為の独立革命の中心となって行き、クーデターの末に2076年7月4日、月世界植民地は地球政府に対して独立を宣言、世界連邦に挑む事となった。
 これを読んだのはかれこれ7年前になるでしょうか。主人公とマイクのやり取りが実にアメリカ映画的で軽快に読み進められた事を思い出します。 また、主人公の友人として…あるいは師として描かれるデ・ラ・パス教授、彼は主人公らが決して潔癖な正義の味方では無く、政治の汚い面にも手を染めた存在だと言う現実的な存在です。教授の月独立への執念にもひどく心を打たれました。 最後の登場シーンは話の流れ上ではちょっとした唐突さだったので驚きもするでしょう。
 戦争の描写という面でも、月世界は独立時に持っている兵力が皆無に近いのですが…主人公らが考え、マイクの計算した的確な戦略が活路を見出して行きます。 特に物資輸送用のレールガンによって地球を爆撃するアイデア、今でこそ小惑星の衝突が大惨事を引き起こす事は常識となってますが、当時には新鮮だったのではないかと思います。 

評価:A

 

平壌クーデター作戦 静かなる朝のために 著:佐藤大輔 (徳間書店トクマノベルズ)

 皇鉄龍少佐は、かつて兄がクーデター未遂で粛清され、その時に兄を密告する事で生き延びた過去を持つ。 彼は上官の命令で人民武力部の一部で進むクーデター謀議を内偵するが、別の思惑があり信頼できる仲間を募り決意を語る。「あの男には欠点がある」「国家指導者としては度し難いほどに無能なのだ」「排除しよう、奴を」 官邸警護部隊、クーデター軍との3つ巴の市街戦が始まった。
 架空戦記として、現代物ではおよそ最後のネタとなった感のある北朝鮮物です。
 かの国はもはや崩壊が必至と見られており、複数ある予想の中で中国の支援が介在するクーデターが起り、それが混乱の内に第3勢力に掠め取られる状況を描く。 リアリティとして、北朝鮮の実態についてはおよそ考えられる常識で見て合理的に描かれており、かの国についての軍事フィクションにしては珍しく、一切、過大な脅威を煽っていない。 また、実在の事件のネタが散りばめられ、その内にはSARSの様な現在進行形の物(03年05月現在)も含まれている。 他にも核疑惑、工作船、拉致へも触れ、特に拉致問題に至っては主人公の生い立ちに関する重要な設定で、結末において一つの皮肉となっている。 
 その他では相変わらずセリフや捻くれた人間描写は読むに値する。 特に作中の偉大な将軍様と幾人かの日本人は到底マトモとは思えない不真面目さで…正直、おバカ加減が爆笑物だ。

評価:A

 

  凶鳥<フッケバイン>ヒトラー最終指令 著:佐藤大輔(角川文庫)

 1945年4月12日、ドイツ南東の片田舎の上空で正体不明機がMe―262と交戦して撃墜される。 もう1ヶ月もすれば東部戦線と西部戦線が1日で往来できようかと言う時期に降って沸いた起死回生の可能性、ヒトラーは墜落物体を回収すべく特殊作戦を命じ、ポーランドとの境にあるオーデル河畔でソ連軍と交戦中だった国防軍のグロスマイスター大尉が呼び出された。 秘匿名称<フッケバイン>と名付けられた極秘作戦はこうして始まった。
 富士見書房からハードカバーで出版された「鏖殺の凶鳥」を改題した物で、舞台や登場人物はナチスと第2次世界大戦であり、この点は実に著者らしい物だが、ジャンルとしてはゾンビ物であり、スプラッタ系を扱うのは氏の作品としては初めてだと思う。
 感想としては、魅力的なのは主人公グロスマイスターと彼の部下、そして幾人もの脇役達だろう。 特に主人公は英雄的で厳格な武人として描かれ、ひたすら格好良いの一言だった。 また、ミリタリー物らしくE−100の様な怪物戦車も登場するのだが、兵器の選び方からして迫力のみに力点を置いた説得力の乏しい添え物でしかなく、作中で殆ど良い所が無い。 何で出てきたのか不思議な所だ。 この部分と作品の最後の締め方がちょっと性急で説得力が乏しい気がする。 が、作品としては面白い題材ではあったし、人物描写の妙は健在だったので十分楽しめました。

評価:B

 

  ディファレンスエンジン 著:ウィリアム・ギブスン ブルース・スターリング/黒丸尚・訳(角川書店)

 1855年の夏、この時代、英国は急進的な産業貴族階級が支配し、その庇護の下で蒸気で稼動するコンピュータ「階差機関」が急速に発達、社会の情報化が進んでいた。 しかし、その陰では蒸気機関の排煙が大気を、化学製品による汚水がテムス川を汚染し、ロンドンは折からの猛暑とよどんだ空気によって悪臭で覆われつつあった。 主人公である古生物学者エドワード・マロリーは蒸気自動車レーズ会場で、とある令夫人から階差機関のプログラムを刻んだパンチカードを託されるのだが、正体不明の人物から脅迫され、挙句の果てには襲撃されてしまう。
 専門用語や架空の歴史的事実があたり前の様に散りばめられたお陰で訳が分からず、物語としては「面白い」とは思えなかった。 ただ、途中に出てくる階差機関の描写は妙にリアルでリアリティがあるとは感じました。 この作品は物語うんぬんよりも世界の構築に重きを置いたのではないか…つまり、作者の思い付いた「蒸気機関が産業の主役として生き残った世界」と言う設定を思いっきり膨らましただけでは無かろうかと推測します。

評価:B

 

 明石掃部 著:森本繁 (学研M文庫)

 戦国武将 明石掃部とはいかなる人物か? 彼は備前の国人であり、宇喜多家に仕えたキリシタン武将で、関ヶ原後に牢人となって各地を転々とした後、大阪の陣では大阪方の有力武将として活躍した人物である。 史実では大坂で戦死したとされるが、各地に落ち延びたと言う伝承もあり、その列に新しい謎をまた1つ加えるのが本書の主張する所である。 それは掃部は台湾に渡り、そこで没したと言う説であり、これを元に上梓されたのが本書である。
 さて、本書の内容だが正直言って困惑してしまう内容だ。 帯などには「調査と資料で検証」「謎に迫る」と…本書が、さも歴史書であるかの様に書かれており、中身もそう思わせる文体になっている。 しかし本書が「事実」と主張している物にの検証可能な論拠は何一つ説明されないし、会話や主人公の目線で書かれた創作部分が多く挟まれている…よって、辛うじて「小説」なのだと判別させていただいた。 マイナー武将を取り上げたのは良いが、マイナー故に何処で亡くなったかも謎なのである。 誰も知らないから、フィクションでも史実と受け取られる恐れもあるだろう。 新説を発表するのなら、半論文・半小説的な文体は避けるべきではないだろうか?

評価:C  

 

 

 

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