世界の車窓へ(2003年10月分)

2003/11/01 (Sat) 101

.「10月31日(金)」.
■午前中のアレックスのクラスの後、昼食を挿んで午後イチから変更点&繋ぎ部分を中心に抜き稽古。横浜で変わった「影絵」のシーンを客席から初めて見たが、飛び出せ!青春みたいだった。

■18時からゲネ。大きな変更は無く、冒頭の千枝の衣裳が着物に変ったくらい。僕は全身タイツの下にTバックを穿く。これだけで人前には出る勇気は無い。レースクイーンには一生なれない。あーあ。ゲネ後、1時間みっちり駄目出し。僕のシーンは比較的、野放図なのだが、今日は細かい演出が幾つか入った。ハトの鳴き方とか。

■明日の本番に備え、早めに帰る。ホテルへの道中、人生訓みたいのを紙に書いて並べてる人を二人も見た。ストリート・ポエマーって言うの?「雨の日もあれば晴れの日もある」とか「笑ってる顔が笑顔」とか「ドーランの下に泪あり」とか書いて売ってる人。どうでもいいが、彼らの書体が皆、一緒なのはどうして?誰かのマネしてんの?

■こんなどうでもいいことが考えられる初日前夜ではあるが、YCAM自体は明日のオープンに備え、スクランブル状態。常設作家の作品やオープニングイベントも面白そうなので、山口以外の人も来たほうが良いと思います。今ならフグも食べれるし温泉にも入れる。「イリス」も見れる。羽田から90分。品川から新幹線でも来れる。おいでませ山口。


2003/10/31 (Fri) 100

.「10月30日(木)」.
■希望より早く目が覚めたので、ホテルから歩いて3分の場所にある温泉に行く。露天にジェットバスが付いてるうえ、早朝なので人も少ない。極楽気分でいたが、途中「ここ、夏に茶色いのが浮いてたとこじゃん」と気づく。それでも満悦。ホテルに戻り、モーニング・バイキング。メニュ−には和食もあるが、店の名は「セーヌドゥ・パリ」!納豆が美味かった。部屋に帰り、また二度寝。13時からアレックスのクラス。2時間ゆっくり、体を動かす。そのあと、改めて、横浜公演のビデオをスタジオCの大画面で見る。昨日よりは、いくらかハッキリ見えた。ビデオを見たあと、何ヶ所かおさらい。18時半、フィリップ、ミュリエル登場。やっぱり精気が戻った顔をしている。2週間、起きては寝、起きては寝てたらしい。休む間もなく新構成の説明をし、冒頭から止め止めで位置確認&照明チェックを中心に通す。僕の動くエリアは「家」なので、あまり変わらないが、この家が横浜より揺れる揺れる。床下の作りの違いらしいが、やや問題ではある。通した後は解散だったが、家のテレビに流す映像(横浜公演では「シャザム!」だった。)を探しにYCAMテクニカル・ディレクターであるYさんのもとに個人的に赴く。まだまだ穏やかな現場。フィリップは「まだ時差で頭がスッキリしてない。明日から気持ちを入れ替える」と。入れ替えなくてもいいのになあ、と少し思ったりして。


2003/10/30 (Thu) 99

.「10月29日(水)」.
■快晴過ぎるほどの快晴。YCAM内のイタリアン・レストランで昼食をとったあと、外で一服してると(館内は全館禁煙)、千枝から構成表を渡される。「横浜の最終形のやつ?」と聞くと「いや。新しいやつ」との答え。概ね変更ナイが後半の一部の順番が変わっている。午後2時集合となっていても、全員でやらなければならないことは特にない。各自で明日に備える。僕はアップしたり、本番のビデオを見たり。久しぶりに体を動かしたのだけど、びっくりするほど足が上がる(小浜基準で)。そういうものらしい。ビデオを見て初めて色々なことを知る。ウルトラ影絵のシーンも初めて見た。ああ見えてるのね。他は暗くてよく分からなかった。

■ホテルからでは、メールチェックが出来ないので、全室LANが通っているYCAMのサーバーを借りようと思うが、繋ぎ方が特殊らしい。何か数字を入力するらしい。SEの方を探して繋げてもらう。無事出来た。この「窓」もYCAMから発信。メール受信も出来る。ただ、横浜のホテルと同様、送信が出来ない。こりゃ、俺のマシン自身の問題だ。早く修繕しないとパリに行ってから困ることになる。「ランコントル〜」の打ち合わせが出来ない。

■20時にホテルでミーティング、とステファンからの伝言。急いで戻るが、夕飯の誘いだった。meetする、ということが言いたかったらしい。皆で「村さ来」へ。何軒かレストランや他の居酒屋も教えたが、大抵、村さ来へ行くフランスチーム。村さ来が好きらしい。夕飯はシェアするというより、自分の食べたいものは自分で食べる、一皿、という関係。分かりやすくはある。

■ホテルの屋上には展望露天風呂がある。久々に温泉につかる。まだまだ「湯っくり」モード。明日19時半にフィリップが山口入りする。そこから一気に馬車馬に拍車がかかるのだろう。


2003/10/29 (Wed) 98

.「10月28日(火)再び山口編スタート」.
■起きると雨だった。ので、大使館行きをやめて、二度寝する。再び起きて羽田空港へ。千枝、美術の鯱丸、通訳のSさんらと2週間振りの再会。皆、精気が戻ったような顔をしている。羽田から90分で山口へ。YCAMから迎えのバスが来ている。YCAMは11月1日正式オープン。バスはオープニングイベントに参加するフランスの大道芸人20人も一緒だった。空港から1時間でホテルへ着き、部屋に荷物を置きに行く。土曜ワイド劇場に出てくるような部屋だ。
■そのあと、YCAMへ移動。歩くと少しあるので貰ったタクシー券を使う。運転手さんとの会話が面白かった。「一般の人が行っても面白いかなあ?私らもよく分かんないんだ。」YCAMに対する市民の正直な反応がある。YCAMでステファン、タオらと再会。やはり、精気が戻った顔をしている。彼らはずっと日本にいて、山梨の鯱丸家にも滞在していた。東京からの舞台スタッフは既に作業を始めている。本格的な仕込みは明日からだが、舞台の広さを確認。やはり神奈川県民ホールより明らかに小さい。これをどう使うか。YCAMスタッフも正式オープンを控え、忙しそうに動く。
■ホテルに戻り、ネット環境を調べるが、案の定うまくいかない。土曜ワイドだからか?1Fに降りると、フランスチームがチェックインするところだった。やはり、皆、精気が戻っている。少し厚着をしている。パリの気温は-5℃らしい。千枝も降りてきて、クリストフやアレックスらと明日の予定を相談する。というのも、フィリップ、ミュリエルの入りが30日の為、それまで自主的に動かなければならない。14時YCAM集合と決まり、夕飯に行くかと思ってた矢先、NY帰りのオリーブが来た。ニューヨーク・ヤンキースの帽子を被っている。こいつ!続々集まる、チーム「イリス」の面々。ホテルの外に出ると食事を終えた中国チームがいた。やっぱり、彼らにも精気が戻っていて、少し色気づいてもいる。ルーは髪をサラサラヘアにしてるし、フェイ・ボーはピアスをしてる。
■舞台スタッフらと食事へ。やっぱり、皆、生き返ってように元気だ。いろいろ近況報告。で、魚。この土地には瀬戸内海、日本海、玄界灘の魚が集まってくる。夏に食べれなかったフグを食べるが、それより牡蠣がバカウマ。死ぬかと思った。2軒目の中華料理屋の坦々麺、麻婆豆腐もバカウマ。実山椒がズルイほど利いている。スタッフらは夏に発見して幾晩も通っていたらしい。山口に戻って来たものの、正直あまり変わり映えしなかったが、こんな店あったなんて、と驚く。そんな「再び山口編」1日目。


2003/10/28 (Tue) 96

.「10月27日(月)」.
■明日から山口入りにつきパッキング。
■あっという間にオフの2週間が終わる。ぼうっとし過ぎたかもしれない。やらなくてはならないことを何もやってない気がする。そもそも、やらなくてはならないことが何だったのかも覚えていないし、やらなくてはならないことなんて無かったかもしれないし、気づかないうちにやってたかもしれないし。奇蹟は誰にでも一度おきる、だが、おきたことには誰も気がつかないし。そんなテンションです。(絶好調です。)頑張ります、明日から。


2003/10/27 (Mon) 95

.「10月26日(日)」.
■パフォーミング・アーツ・マガジン『Bacchus(バッカス)』で「ボクデスの誰でもダリ」というコーナーが始まりました。今回は「河童次郎シリーズ」から「キューリ・アート」をお届けしてます。

■で、送られて来たその本の特集「知られざる土方巽」のページを開いて、尻小玉が抜かれた。木村覚氏が書いた「土方舞踏論のアカルイミライ−ダンスの未来に向けて」という論考で、ボクデスについて触れられていたからだ。土方巽とボクデス!何ヶ月か前に写真を貸してほしいと言われたので送ったが、こんなにフューチャーリングされるとは思わなかった。ウサギを掴む土方の写真と、蟹を掴んだ「蟹ダンサー多喜二」の写真が並んでいる。何じゃこりゃ!と自分でも思うが、土方の思考が「他なるものとの邂逅の論理、倫理」であるなら狙いも肯える。たぶん。是非、書店でご確認ください。

■以前、木村覚さんが寄稿してくれたボクデス『ムニャムニャ君』レビューはこちらで読むことが出来ます。併せてご覧ください。

http://www6.plala.or.jp/BOKUDEATH/works/review.html#review02




2003/10/26 (Sun) 93

.「10月25日(土)」.
■19日付のこの欄で、「巨大仏と私」の写真を後日アップ予定と書いたが、自分のページに掲載する前に、宮沢さんの「富士日記」でアップされました。何故でしょう。しかも、明るく加工処理までしてくれました。何故でしょう。頭が下がります。

「富士日記」
http://www.u-ench.com/fuji/index.html
「巨大仏と小浜」
http://www.u-ench.com/fuji/img/daibutsu.jpg


■映画を公開初日、しかも朝イチの上映に見に行くなんていつ以来だろう。初めてかもしれない。で、見た。「キル・ビル」。
■ナンダカンダ言って、僕は、この映画に出てくる、こういう事象が大好きなことを再認識した。ナンダカンダ言ってプロレスが好きなように。11・2みちのく決戦が気になるように。
■「キル・ビル」においてタランティーノは自分が見てきたヤクザ映画やジャパニメーションの要素を、過剰なほどに注ぎ込む。その過剰性ゆえの間違ったオリエンタル・ジャパンに嫌悪感を抱く日本人もいると思うが、僕は楽しめた。それ以上のものが見えたから。
■全く関係無いものと分かってるのだが、日本人+中国人+西洋人の国際共同製作なので、どうしても「イリス」のことを考えてしまう。京劇俳優・ルーの二本の剣の舞いに「シザー・ハンズ」の曲を使ったり、(横浜公演ではやらなかったが)僕と千枝の相撲対決シーンにおいて、フィリップは「これを見て、君たちの国の人は厭な気分にならないか?」とひとつひとつ確認するという、繊細な気配りを施した。その繊細性ゆえ、エキゾチック・ジャパンにはならなかったが、作品の強度も弱まったという指摘もアリかもしれない。


■映画館を出たあと、青山のギャラリーをぶら珍したり、バレエ用品店に行き紫外線マン時に着けるサポーターを買ったり。もう、ノーパンは厭だからだ。で、買って穿いてみたのだが、思ってたより穿き心地が悪く無かった、Tバック!


2003/10/25 (Sat) 92

.「10月24日(金)」.
■千葉の西白井という町にちょっとした用事があって行く。
■用事というのは何ヶ月かに一度の息抜きタイムでもある、姪っ子と甥っ子のお守。

■小一の姪っ子が僕に聞く。
「おいちゃんの名前、ボクデスっていうの?」
4歳の甥っ子がつづく。
「ボク?デス?・・・バカ?バカデス?」
そして二人、
「バカデス!バカデス!ギャハハハハ!」
と飛び跳ねる。そのあと、ゴツンって転ぶ。
あー休まる。

■運動会のビデオを見る。自分の姿に恥ずかしがる二人の子供。「恥ずかしい」という感覚が芽生えたことに感動。あと、僕の子供時代にはビデオカメラなんて無かったが、もしあったらどんな態度を取っていただろう、とふと思う。また、これも伯父バカかもしれないが、姪っ子のお遊戯のダンスに感涙。体中からよろこびが溢れている。こんな凄いの、劇場で見たことない。北朝鮮の子供たちと正反対の位置にあるダンス。

■夕飯を一緒に食べたあと、外に出てひとり、煙草を吸う。ベランダから見えるのはニュータウンの棟々。普段、考えもしない、「生活」という言葉が頭に浮かんだ。


2003/10/24 (Fri) 91

.「10月23日(木)」.
■朝イチで南麻布にあるフランス大使館へシェンゲンビザを申請しに行く。
■フランス、イタリア、スペイン、ドイツ、オーストリア、ポルトガル、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグ、ギリシャ、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、アイスランド、フィンランドの国々をシェンゲン国といい、これらの内の一つの国のビザを取得すると全てのシェンゲン国に出入り自由になるらしい。
■実は、月曜、火曜にも大使館に行っていたのだが、受付時間を間違えたり、書類の不備がありで、今日で三回目。毎回浴びる蔑んだ対応に、苦汁が沸騰寸前だったのだが、今日はナントカ大丈夫だった。

■終わって、忍者ビデオの撮影現場に急ぐ。
■「TECH-Win」という秋葉原系男子向けパソコン雑誌があり、それに付いてるCD-ROMに「さるやまハゲの助アワー」という、しりあがり寿さんがプロデュースしてるコンテンツがある。その中で河井克夫、宮崎吐夢、のぐお、NOZANSKIらが各々の連載を担当してるのだが、僕も「忍者もの」のコーナーを担当している。生温い湯加減で。
■忍者ビデオは今年の4月スタートだが、思えば3年くらい、いろいろやってきた。去年はラブコメだったが、一昨年は「ハッピーゴッドを探して!」と題し、カレーライス片手に究極の福神漬けを探す旅に出た。東京〜大阪〜神戸〜アヴィニヨン(フランス)〜オレゴン〜サンフランシスコ〜長野〜京都〜高知〜名古屋、等々。その土地土地の名産品と一緒にカレーを食べるロード・ムービー。分かる人には分かると思うが、全部ニブロールやボクデスで公演した場所だ。

■で、今日の忍者ビデオの現場は上野&秋葉原。撮影は11月からフランスへ行く小浜、来週からロシアへ行く河井、オーストラリアからの帰国子女・田中夢、函館帰りのフリーエディターKさんという国際色豊かなメンバーで行われた。
■いろいろあったが、上野動物園前で、ハト数百羽に包まれたのは貴重な体験だった。グッジョブ!


2003/10/23 (Thu) 90

.「10月22日(水)」.
■雨で予定が全部駄目になる。これほど全部駄目になることも珍しい。

■全部駄目になったのが理由じゃないが、『阿修羅ガール』を読む。読んだ本のことを言うのは見た映画のことを言うより、なぜだか分からないけど恥ずかしいが、面白かった。この国にいるからこそ判る(皮膚)感覚をどう捉えよう。
■あと、「動く女と、書く男」という、以前から思っていたこの国のある局所的な事情と通じるものを感じた。


2003/10/22 (Wed) 89

.「10月21日(火)」.
■ムーンライダーズの鈴木慶一さんからメールをもらう。「高層大仏に行きたくなった」そうだ。しめしめ。また、慶一さんは「千葉ののこぎり山の大仏も凄いと聞く」と報告してくれた。岩壁に作られた大仏らしい。

■「イリス」も見てくれた慶一さんは「素晴らしかった」と言ってくれた。ありがたい。音楽も「興味深かった」らしく「いい影響を受けた」とも書いてあった。

■僕が牛久大仏に行ったことを、宮沢章夫さんは「富士日記」で驚いていたが、とくに驚かすつもりはなく、純粋に大仏が見たかったのですが、驚かれると、また驚かしたくなるのが人情というもので、どうしようかと考えてみた。2週続けて行く、というのはどうだろう。あ、松倉さんのライブを巨大大仏の下でやるというのはどうだろう。ただ、夜になると、辺りは真っ暗になるので懐中電灯が必要だ。

■ところで、↓は建設当時の様子。
http://www.kawada.co.jp/architecture/02.html
大仏への思いは尽きないが、そろそろ次のことに頭を切り替えないといけない。

■驚いたといえば、「ランコントル〜ナントカ」のため、『ムニャムニャ君』でスケキヨ役をやってもらった太野垣に連絡したら、結婚して子供もいるというのには驚いた。親がスケキヨだけに心配したが、逆子じゃなくてよかった。


2003/10/21 (Tue) 81

.「10月20日(月)」.
■いつのまにか、公演や撮影など仕事が一区切りつくと、どうでも良い物を自分に買ってあげることが習慣になっていた。自分で何気に買うほどでもないが、他人にリクエストするのも気がひける物。

■たとえば、それはケンドー・カシンのDXフィギュアだったり、サクラバマシンのキーホルダーだったり、カレーマンのフィギュアだったり、って全部プロレスグッズじゃん。おもちゃじゃん。
で、今回は大人らしくネクタイを自分に買ってあげた。\や$のマークが入った魔界倶楽部ネクタイ。これ、いつ締めるんだろう、俺は。

「魔界倶楽部ネクタイ」
http://image.www.rakuten.co.jp/tokon-s/img1003588445.jpeg


2003/10/21 (Tue) 80

.「10月19日(日)特別編・牛久の巨大大仏を訪ねて」.
■くたびれた気分をほぐしたいとき、巨なるものに身をまかせるのもアリなんじゃないかと人は思う。それは宇宙の広さであったり、進化の長さであったり。以前までの僕はそんな気分になったとき、江ノ島にゾウアザラシを見に行っていた。江ノ島水族館のみなぞう君。彼もデカかったが、今日はそんな彼が掌に乗ってしまう牛久の巨大大仏に向かったのであった。

■上野駅から常磐線にゆられ、牛久駅に向かう50分。東京と千葉、千葉と茨城、二つの川を越えた。車中、「ランコントル〜」用に使う新映像を撮るビデオカメラを忘れたことに気づくが、時既に遅しだった。仏像で日本をアピールってのも、いやらし過ぎるか。

■牛久駅から巨大大仏のある牛久アケイディアには直通バスが出ているが、運悪く行ったばかりだ。駅周辺で時間をつぶす。大仏方面には行かない市営バスをよく見ると「かっぱ号」と書いてあり、河童のイラストが書いてある。マンホールの蓋にも「かっぱのお里」とあり、踊る河童がいる。「おすい」って書いてあるけど。駅前の地図を見ると、牛久沼付近には「河童の碑」もある。牛久沼には数々の河童伝説があるという。牛久。来るべきして来る土地だったのかもしれない。が、今日の目的は巨大大仏なので、沼には行かずバスに乗る。

■乗客は、僕と同行してくれた佐川智香の二人しかいない。さっそく、車窓から辺りを見渡すが、普通の駅前だ。駅が見えるだけだ。駅前だからね。バスに乗って30分、というのもリサーチ済みなので落ち着いて外を眺める。市街地を抜けると、雑木林が多くなってきた。巨大大仏は、牛久浄苑という霊園の墓参り客のために作られたものなので、霊園がありそうな場所、なだらかな丘を想定して窓から探す。「ひいいいい」と佐川智香が怯えた声を出した。一瞬だがそれが遠くに見えたらしい。先に発見されたのが、なんだか悔しい気分だが、駅からまだ10分。予定より全然早い。ほんとうに大仏だったのか、まだハッキリしない。それは姿を表さぬまま、バスは住宅地を走り、斜面を上る。「見えた。」遠くに一瞬だが僕も肉眼で捉えた。森の上から、ちょこんと上半身が見えた。木々の高さが分からないので、その大きさが今ひとつ掴めない。何本かの角を曲がり、直線距離に入った。大仏の背後から近づくバス。最後の角を曲がり、上を見て「うわああああ」と叫んだね、俺は。巨大な大仏の全身がそこにあった。

■バスは霊園まで行くはずだったのだが、我々の行動を見ていたのか、運転手さんは「お客さん、大仏見に来たの?だったら、ここで降ろしてあげるよ」と大仏の入口前でバスを止めてくれた。バスを降り、見上げる。入口周辺のお土産屋の塀の上から飛び出す大仏。比べるものがあって、やっと実感できる規格外の大きさ。何の規格だか分からないけど。「大仏胎内を含む全ての拝観料、800円」を払い、園内に進む。屋外のそこには、「世界最大120m!」というギネスブック認定証を模った石碑、何故あるのか分からない小さい大仏の上半身、実物大の巨大螺髪(大仏の頭のぶつぶつ)、記念写真用の顔が切り抜いてあるボードが並んでいた。それらが目に入りはしたが、巨大大仏は常に目に入ってくる高さにある。大仏の正面につづく道を行き、門をくぐる。参道の奥に、って言うかそこにって言うか難しいのだけど、なんかデカイのが立っている。携帯のカメラで撮影したが、青空をバックにしたそれは、辺りに比べるものがないので、その巨大さがピンと来ない。ビデオカメラを忘れたことを後悔したと書いたが、画では伝わりつらいことを現場で知る。大仏の中でも珍しい立像なのに、五頭身のアンバランスなそれに「倒れるぞー」という言葉が浮かぶ。浮かびながらも近づく我々。真下に来ると「ここから上を見上げると大迫力です!」と看板が出ている。見上げてみた。「うわああああ。」本日、二回目の雄叫びが出た俺。

■裏側に回ると大仏の胎内に行けるエレベーターがあるのだが、時間があったのでその前にふれあい動物公園へ「おサルの曲芸」を見に行く。芸自体は失敗したのか成功したのかよく分からないのもあったが、異文化コミュニケーションの大変さを知ってる僕には、猿と人間がコミュニケーションをとってることにいたく感動してしまった。言葉が全く通じない相手との作業。共通言語を持たない者同士の共同製作。一心不乱に見入ってしまった。猿回しは、モンキー・ビジネスなんかじゃない。

■おサルの感動を胸に大仏の胎内に向かう。まず、靴を脱いでエレベーターに乗る。扉が閉まる。30人位が乗れるそこはエレーベーターじゃなく、空っぽのワンルームだった。電気が消え、真っ暗になる。阿弥陀様の説明ナレーションが入る。この世の闇を表してるらしい。で、反対側の扉が開く。1階、光の世界だ。なるほどな演出と思うでしょうが、その光は蛍光色なので、ジオポリスとかレインボー2000とかを連想する光の世界だ。で、階段を上った2階には建設当時の写真、資料が展示されてある。民家との大きさが分かる航空写真やクレーンで吊られた超高層大仏(そう呼ぶらしい)の身体部位の写真が面白い。2階から5階(地上85m)の霊鷲山の間まで、今度こそエレベーターで向かう。普通のビルだと26階位のそこは大仏の胸の位置にあたり、細い窓から外が眺められる。細い窓は四方にあるが、細いので見晴らしは良くない。鉄塔より高いのは新鮮だったが、見えるのは主に墓地と森だ。この他にも5階には、仏教の由来の絵物語、仏舎利(釈尊の遺骨)などが展示されてある。5階から4階のお土産屋までは階段。お土産屋にはもちろん、「だいぶつくん」等ファンシーグッズが並ぶ。4階から3階の蓮華蔵世界までエレベーター。実際にはビル26階から3階までの高さだから。ここも変わった世界。檀家用3000体の金色の仏像が壁一面にビッシリ並ぶ。
ここで思い出したのだが、先のふれあい動物公園にも200羽のウサギと300匹のリスが放し飼いだという。つまり、いろいろ物足りないんだね、ここの人は。その物足りなさをどうやって埋めようかと考えて、導き出された答えが「量」だったわけだ。なんとなくコンセプトの辻褄は合う気はする。階段で2階の知恩報徳の世界という写経ゾーンを抜けると、屋外の蓮台の上に出られる。左足後方の位置に出たので前方に回る。掌の巨大さが際立って分かる。「うわあああ」と改めて本日、三回目の叫び。初めて触れられる距離に近づけた。叩くと「パン、パン」って軽い音がする。やっぱり「倒れるぞー」という気分になった。

■夕暮れの巨大大仏の近くをジャンボ旅客機が飛ぶ。いい画だった。

■夜が近づいてきたので東京に帰ることにする。バスを待つ間、いつの間にか、真っ暗になっていた。大仏にも航空誘導灯の赤いランプが灯る。道路には街路灯も皆無で、闇の世界が出現した。大仏の姿も見えない。だが、あの闇の中にはヤツが立っている。そう思うと安心でもあり、「倒れるぞー」的不安でもあり。

■毎年、お盆の時期には花火&レーザービーム巨大大仏ショーがあるという。その時にはまた行きたいと思う。倒れてなかったら。

「牛久の巨大大仏」
http://daibutu.net/index.html



2003/10/20 (Mon) 79

.「10月18日(土)」.
■「キル・ビル」のサントラを聞きながら忍者ビデオの台本書き。知らなかったんだけど、あれね、最近のCDって映像も見れるのね。で、アメリカ版の予告編を見たら期待感が戻った。前に映画館で見た日本版の予告編があんまりだったんだね。「キル・ビル」見る見る。


2003/10/18 (Sat) 78

.「10月17日(金)」.
■浅草へ。伊藤郁女withステファン、『ムニャムニャ君』に出てもらったミョンフィらが出演するイベント「アートノヴァ」を見に行く。会場に着くと、ステファンと共に郁女宅にホームステイしてるタオもいた。イベントは3パターンの照明が用意され、順番も含め演者がくじ引きで決めるという構成。トップは郁女withステファン。ステフは全裸withギターで演奏。静まりかえる客席。タオしか笑ってない。「イリス」稽古場とは逆の状態。もっと郁女が一人で頑張らないといけない内容。ミョンフィも気配り体質が窺え、まだ何かを模索中に見えた。一番興味を持ったのは鈴木ユキオ作品だが、一人のバカな客のせいで興醒め。「ハハハハハ」と場違いに笑ったり、「がんばれえ」とか声かけたり。自分の楽しみ方で楽しむのは勝手だが、その楽しみ方が他の観客の楽しみ方を奪い、演者の魅力を損なわしてるのに気づかないバカ。あ、その笑い方も自分が面白がるっていうか、この可笑しさが分からないんですか、という回りを意識したインテリバカの笑い方だから、ますます埒があかない。あーなんだか書いてて興奮してきた。言うなればですよ、ああいった行為は、舞台に上がって演者の手足にまとわりついて踊りを妨害してるのと同じですよ。大人なんだからシッカリしてくれよ!悲しくなるよ。ガー!

■終演後、ステファンらと雷門、仲見世を通って居酒屋へ。道すがら、フランス座の前でタケシ・キタノがエレベーターボーイをしてたことを教えたり、ROXの店頭にある大きなウルトラマンの前で記念撮影したりする。ブッシュ米大統領が来日してることを告げると「ボーリング・フォー・コロンバイン!」と言ってライフルを構えるポーズをとるフランス人二人であった。

■当初、「イリス」米国ツアーも予定されていたが、イラク戦争後、アメリカはフランスとの文化交流を控えてるらしく途絶えた。一方、SARSの影響挽回で、アジア諸国は各国から人を招きたいらしい。いつの間にか、世界情勢と関係してる我が家の台所事情。僕らが宇宙船地球号の乗組員だったことを忘れていた。



■夜、テレビで「PRIDE武士道」を見る。ミルコxドスJr。46秒殺という結果は知ってたが、ドスのアティチュードが見たかった。よかった、男の中の仮面貴族だった。


2003/10/17 (Fri) 77

.「10月16日(木)」.
■世界初演前日、スイスから激励メールをくれた丹野賢一さんが自身の日記に書いていた「駄目な部分を探して突き合ってる日本の状況は糞食らえだ」という言葉に共感を覚える。

■一方、夜、某所で短いエチュードみたいなことをやる。日本語で言うと日本語で答えてくれる設定が新鮮。凄く楽しい。ひさしぶりに芝居がやりたくなった。廃業したわけじゃないんですよ、演劇関係の皆さん!

■つまりは1192作ろう。


2003/10/17 (Fri) 76

.「10月14日(火)」.
■東京。

■感想メールがぞくぞく届く。ありがとうございます。終演後、面会できなかったこともあり、その量はいつもの3倍増しだ。

■宮沢さんが自身の「富士日記」に書いた賛辞に驚く。傘泥棒がこんなになりました。「敵」が多くなりそうな発言はちょっと困りますが。あと、朝日新聞の公演評書きに苦しむ桜井さんとも、電話でいろいろ話すが、ああいうことになるとは、このとき思ってもいなかった。

■1997年に宮沢章夫プロデュース「alt.」という公演があって、その稽古の一環で桜井さんのダンス・ワークショップがあり、それが僕がダンスに初めて触れたときでした。そこで見たピナやドゥクフレのビデオは新鮮だった。色々な発見があった。その「alt.」で僕は、収納ロッカーによるダンス(「ロッカーズ」)や白い紙の中央を切り抜き耳だけを出すダンス(「ブルー・ベルべット」)を作った。それが何だか好評で、(途中、省略)ボクデスを作り、今に至る。話を戻すと、つまり、批評から始まったのです。また、「alt.」というのも相対的なものです。「何か」があって成立する。その方法でやるなら、その何かが何なのかをしっかり掴まないと、どうにもならないということを思い知った世界初演でした。

■方法の話でいうと、たとえば美味しいコーヒーをいれた。「どうぞ」とテーブルにゆっくり置けばカップから零れず相手も気持ちよく飲める。でも、「ほら、飲め」と目の前に突き出されたら、そのコーヒーは美味しく飲めない。同じコーヒーなのに。どうせなら、美味しいコーヒーを飲ませたい。そんなことを考えました、マンハッタン見ながら。


2003/10/16 (Thu) 75

.「10月13日(月)」.
■ホテルをチェックアウトしたあと、「契約についての」話をするために、ドミニクが滞在している別のホテルに向かう。内容を日本語訳したものも用意されていた。で、ほんとうの契約書にサイン。ハンコは不要だった。考えてみれば、当たり前のことだったかもしれない。気分はタイトルマッチの調印式みたいだ。フロントに戻ると、食事に向かうらしいフランス人チームが偶然、集合していた。山口公演までしばしのお別れ。See you Yamaguchi!と別れを告げる。僕も大雨の中、帰路に向かう。


■世界初演もひとまずすんだのに、なんだか締める気分にならない。まだ全てが終わってないからか。って言うか終わってない。「始まりの終わり」としか言いようがない。まだまだ続く、国際共同製作ライフ。当初は、横浜初演までの稽古過程を綴る「世界の車窓へ」と考えてたのですが、このまま手記を続けます。というわけで、青い目をした異人さんと中華街の町、横浜編は今日で終わりますが、今後はあんまし国際的じゃない日々も交えながらおおくりします。基本的に出不精で家にいるのが好きな私ですから、そんなに期待せずにお待ちください。バイバイバイキン。


2003/10/15 (Wed) 74

.「10月12日(日)」.
■いちおう、楽日。

■各自でアップして12時、舞台に集合。フィリップから細かい駄目だし。主にスペーシングのことで、構成の大幅な変更はナシ。ただ、客入れ中、客席が硬くなってるので、音楽を流す&紫外線マンが客席を徘徊することになった。

■15時半開場。紫外線マンの格好で、売店に並んでジュース買ったり、客席に座ったりしてみる。階段付近で、見に来ていた父親から「正寛、正寛、差し入れ渡しておいたから」と言われたのは少し困った。全身タイツの下は本日もノーパンでスリリングな状態だが、劇場内を走り回ったので、開演前なのに汗ダクになる。何だ俺は。

■16時開演。同じ構成を続けてやったのは今回初めて。順番も頭に入ってるから、昨日ほど緊張はしない。しかし、そういう日は怪我をしやすい。自重しながら楽しむことを勤める

■17時40分終演。客席が空になった後、間髪入れずミーティング。DCAのメンバーにとっても、終演直後のミーティングは異例のことらしく、身構えて「反省会では、このプロジェクトの良くない部分を指摘する」と言ってた人もいたが、ミーティングはフィリップからのスタッフへの労いの言葉に終始した。その後、ドミニクから山口公演の説明がある予定だが、いち抜けして、劇場外にいる宮沢さんや「トーキョー・ボディ」出演者たちに挨拶。面白がってくれたみたいでひと安心。STUDIO VOICE のSさんをはじめ、いせ☆たち、皆が思ったのが、舞台上の「家」で僕が一人でなんかしてるときは安心だが、フロアに降りて来て他のダンサーとの絡みが始まるとハラハラするらしい。バレル!バレル!って。皆、俺の親気分なのか?挨拶もそこそこに、山口公演の説明を聞くため劇場に戻る。山口入りは今月28日。それまでオフ。皆、自国の家に帰るが、日本に来る前に家を売ってしまったステファンと打ち込み系の作曲担当・タオは日本に滞在する。ステファンが通訳のIさんから「オタクノオクサン、キレイデスネ」という日本語を教わっていた理由が分かった。あいつめ。説明後、後片付けに入る。結局、横浜公演では使わなかった脚立だが、演出がどう変わるか分からないため、再び山口に輸送してもらう手立てをとった。言っておかないと、現場に置いておかれる。

■荷物をホテルに置きに行く途中、ニブロール・メンバーがいるというスペーシィーなカフェに寄るが、後片付けが長引いたため、大方帰ってしまっていて、ニブロールの制作と発条トの制作とAPEの制作というメンバーが何か話していた。その時に出た「さすがのドゥクフレもワークショップは手に負えないんだな」という発言は、ある意味、示唆的だった。が、発条トの白井くんが面白かったと言っていたらしく、そのことは嬉しかった。

■20時30分。ホテルに荷物を置いた後、打ち上げ会場の串焼屋へ。舞台スタッフは27時終了予定のため、出演者と内々の者だけによる打ち上げ。あっという間に退室時間になったので、僕が別の店を探すことになる。中華街の近くをウロウロしてたら、今日見に来てくれていたが、会えずじまいだった大人計画の池津祥子と片桐はいりさんらにバッタリ会う。池津が「ウルトラマンの影絵はフランスでもやるの?」と聞いてきたが、すかさず片桐さんが「大丈夫だよ。私がベルリンでウルトラマンやったときはうけたから」だって。やっていたのか、ベルリンで、ウルトラマンを。

■で、結局、2次会はいつもの「アマゾン・クラブ」。仕掛けトイレにヤンは大興奮。メンバーも段々減って来たので僕も早めに引き上げる。引き上げて、夜の山下公園に行ってみたりした。初めて来る、夜の山下公園。夜の横浜港。碇泊している氷川丸の船体のシルエットだけが海に浮かんで見える。鎖は見えない。今日の氷川丸はどこかに行きそうだ。つまり、「そして船は行く」「そして、人生はつづく」だ。そんな楽日。


2003/10/15 (Wed) 73

.「10月11日(土)」.
■本番初日の備忘録。

■各自でアップして12時集合予定なのだが、6時半に目が覚めてしまったので、ホテル1Fでモーニングを食べて、バスタブに浸かった後、二度寝してみる。

■10時半、劇場入り。ダンサーはまだクリストフしか来ていないが、舞台スタッフは既に動き回っていた。聞くとこによると、前日の直し作業は深夜まで続いたという。照明チームは午前3時まで作業してたらしい。で、僕は衣裳の直しがあり、そのフィッティング。紫外線マンは全身黒タイツ&紫色のマントという格好なのだが「あまりに黒すぎて見えない」ということで赤いパンツを上から穿くことになった。その赤パンのフィッティング。諸事情で新しく変った衣裳スタッフ・Tさんが採寸してくれる。

■アップ後12時、舞台に全員集合。駄目だしと、いくつかの直しと確認作業。まるまるカットになったシーンもある。14時、最後の通し。テクニカル・リハということでダンサーはマーキング中心で通す。開始直前、問題発生。歌手のクレールが来てない。ホテルに連絡してもいないという。今まで考えたことなかったが「公演が飛ぶ」って本気で思った。ギリギリまで待つが、クレール抜きで行うことに。千枝が代役で歌う。16時、通し終了。駄目だし中、クレールが来てる事に気づく。結局、通しには間に合わなかった。詳しい説明はされなかったが、演出に対しての彼女なりの意思表明だったらしい。よく分からない。フィリップの皆に対する最後の演出は「自分の顔をお客に見せようとするな。他人の顔を見せるために自分が存在すると思ってくれ」ということばだった。あと、僕の黒タイツ&赤パン衣裳はミッキーマウスみたいという理由で却下。それから、黒タイツの下に下着を着けるとラインがごわごわするので、ノーパンでやるというセクシャル・バイオレット・ナンバーワンなことになった。

■18時開演。結局、最終的な構成ではきちんと通してないので順番が頭に入っていない。構成表を各自、隠し持ちながら本番を行う。ステファンは枕の下に隠す。僕はポケットがないので、黒タイツの足下に隠す。冒頭、やっぱり音響のトラブルがあったが、あとは、とりあえず無事に終えることができた。舞台を楽しむことも出来た。

■20時からフランスダンス名誉総裁の高円宮憲仁親王妃久子殿下がおなりになるレセプションがひらかれるため、出演者は本番後すぐに着替えて会場に行く用意をしなければならなかった。終演後、何人かの知り合いには会えたが、会えなかった知り合いも多々いて、残念だった。今度ゆっくり話しましょう、下々の人たちとは。

■レセプション後、内々で「アマゾン・クラブ」へ。水槽にアロワナが泳いでるのを発見。

■12時、ホテルに戻る。一人になり落ち着く。今回の舞台、スタッフは日本人がほとんどだが、演出家はフランス人、内容も何だかんだいってフランス人ダンサーがリードしていたので、観客にどう届くかまったく分からなかったのだが、「へ〜こうなのか」ということが分かっただけでも、少しほっとした。ホットしてグーって寝る。そんな初日。


2003/10/11 (Sat) 72

.「10月10日(金)」.
■正直、初日前日に更新可能なこんな落ち着いた気分になってるとは思ってなかった。

■朝、各自でアップしてそのまま待機。舞台では照明、映像等の細かいきっかけが必要なシーンの稽古が行われている。次にどこのシーンをやるかわからないので、舞台袖で待機。昼休憩後、新しい「今日の構成表」が配布される。昨日とまた少し変わっている。夜に通すため、変更部分を中心に稽古。演出補の千枝から「周りをよく見て」と個人的に駄目だし。この期に及んで混乱する。なにがOKでどれがNGか分からなくなるも、周りを見渡しながら通し。ぶっちゃけミスもしたが、何か掴めた気分だった。が、終わってからのフィリップからの全体駄目だしによると、また明日変更したい箇所も見えたという。最後の最後まで粘る演出にスタッフ&ダンサーはホントにホントにもう大変だが、そのあきらめない演出の姿勢は凄い。 誰かの為にじゃなく作品がある。

■いよいよ、明日初日。もう楽しむしかない。って言うか楽しまなければ意味がない。


2003/10/10 (Fri) 71

.「10月9日(木)」.
■クラスの後、新しい構成表をフィリップが持ってきた。構成が変わるたびに、自身のマックで作成したものをプリントアウトしてくる。つまり、毎日のことだが。それを日本語訳したものを千枝が配布。中国チームには、その日本語訳を中国語訳した構成表が配られる。で、その構成は一昨日の通しとも違うもの。音楽の流れを留意して新構成したらしい。フィリップ自身で一昨日の通しの録画映像を編集した映像、新しい構成のイメージを皆に見せる。シーンとシーンが切り貼りされている。昨日、練っていた僕のシーンでも切られてるものもあった。追加されたシーンもあるし、まあ、しょうがない。日々変わる。そのことにくさる者もいないわけじゃないが、僕はその変わった状況をどう楽しむか考えるタイプ、ということを知った。昼はその「今日の構成」を冒頭から稽古し、夜、通し。まだインプロのシーンもあるが、ほぼ決まってきた感じ。

■「sombre dimanche」という美しいワルツの曲を使うシーンがある。訳すとdark Sunday、暗い日曜日という意味。当初は皆で舞踏会風に踊っていたのだが、最近はこの曲で「たくさんの孤独」が生まれている。もしかしたら、そこに世界の現在性があるのかもしれない。

■世界初演まであと2日。マジ?という気分。


2003/10/09 (Thu) 70

.「10月8日(水)」.
■舞台は美術&照明&音響&ビデオ等のスタッフ・ワーク中心の作業のため、出演者は休み。

■昼間、中華街をぶらついたり(パンダの頭部が付いた敷物を売る店を発見。)、スペーシィーなカフェでカフェオレ飲んだり、ダラダラ過ごす。横浜駅前にある高層スパにも行きたかったのだが、電車で帰ってくるのも面倒なのでやめた。あと、タマちゃんも見に行こうかと思ったが、もう横浜にはいない。

■あと、サイトの更新&メールの受信は出来るが、なぜか送信が出来ない困ったPC環境なので、頼まれたチケットのことを何人かに電話連絡。ドゥクフレ・ワールドが大好きなパパ・タラフマラの熊谷君とも久しぶりに話す。たまに、この窓を覗いてくれるらしく「楽しそうですね」と言われるが、「良い面しか書いてないよ」と答える。ネガティブなことの書き方が分からない。あと、「梅ちゃんの青い部屋」ツアーで、現在、熊本にいるボク松本と来年1月の例のコンペの打ち合わせを少し。蟹を降らすか、キューリを降らすか。

■夜、ホテルから歩いて10分の場所にある横濱カレーミュージアムに行き、カレーライスのはしご。館内には13軒のカレーライス屋があり、どの店にもお試しサービスという少量のカレーライスがある。本格的インドカレー屋と日本風ライスカレー屋で食べたが、僕は日本のカレーが好きみたいだ。デザートにカレーアイス。美味しかった。あと、展示場で「カレーライス・テレビCMの歴史」みたいなビデオを流していて、今も昔もカレーのCMのパターンは変わってないことを知る。ビデオの終わりは、ヒデキの「いただきマンモス」だった。

■世界初演まで、あと3日。まだまだ、もがきマンモス。




2003/10/08 (Wed) 69

.「10月7日(火)」.
■クラスのあと、昨日の通しを見たフィリップからのDAMEDASHI。(中国語通訳の人は舞台専門の人じゃないので、「駄目だし」という言葉を教える。日本語を覚えるのが好きなヤンが暗誦する。「ダメダシィ、ダメダシィ・・」と。)全体が整ってくると細部の気になるところが見えてくるらしく、やっと細かい演出が入る。僕にも、また新たな動きを演出。大きな流れは昨日の構成だが、冒頭と終わりに新しいシーンを足し、中身もまたミックス&メガミックス。また、公演は夕方なので、そろそろ本番に向けた体の時間調整をしなければならないが、今日の通しはまた夜。新しい動きのタイミングを模索しながら通す。通しを見たフィリップの感想は「まだまだ不思議な構成だし、開花してない蕾のような感じだ」と。オンリーワンならともかく、皆がロンリーワンな予断を許さない状態ではある。

■通し後、DCAのプロデューサー、ドミニク氏と「契約について」の話し。山口公演までは神奈川財団との契約で、パリ公演以降はDCAとの契約になる。フランス語で書かれた契約書はチンプンカンプンだが、英語での説明を頑張って聞く。週末までに日本語訳した契約書を作ってくれるらしいが、滞在するホテルが良いことと労働ビザをフランス大使館に取りに行かなればならないことは分かった。

■終わってから、「アマゾン・クラブ」という雰囲気のある真っ暗な店で食事。映画「アマゾンの半漁人」の等身大オブジェがあったり、トイレが隠し扉の中にあり、あるオブジェを握るとギギ〜ッて開く、ジャングルな感じ。ドミニク氏はナマズの姿煮を食べてた、普通に。食べると店全体が震える仕掛けって、それは嘘。


2003/10/08 (Wed) 68

.「10月6日(月)」.
■午前中は劇場のメンテナンスがあるらしく、各自でアップして13時集合予定。12時頃、リハ室に行くとボクデスでも使ったことのあるマニー・マークの曲がかかっていた。ステファンのCDだった。同世代ということもあり、音楽だけじゃなく映画等の好みでも近しいものがある。流通が盛んな文化に限るが。

■13時稽古開始。昨日の構成を忘れて、一昨日の構成をベースにまた構成し直し。繋ぎを作ったり、オープニングのシーンとエンディングのシーンを入れ替えたり、ミックス&リミックス。初めと終わりを変えると僕の担うことも大きく変わる。20時から通し。皆が衣裳を着けてやったこともあると思うが、全体のイメージが個人的には掴めてきた。まだまだ課題は残るけど。まだまだ「不思議な」箇所が多々ある構成ではあるけど。

■僕の舞台をよく見に来てくれる「楽の会」の清水さんが「シアターガイド」に書いてくれたコメントが、少しプレッシャーにならないこともないが「愛」と受けとめ励みます。あと、今出てる「STUDIO VOICE11月号」に「イリス」稽古場レポート書きました。もし、よかったら読んでみてください。

「STUDIO VOICE 11月号」
http://www.infas.co.jp/studio-voice/sv-backissue/contents/2003/sv-contents.html



2003/10/07 (Tue) 67

.「10月5日(日)」.
■朝、(郁女と書いて)カオリ(と読む)主導のクラス。僕はあるシーンで使う照明の打ち合わせがあったので遅れて参加。午後イチから舞台を使っての稽古。昨日の通しを見て、フィリップは少し安心したらしいが「まだまだ沢山の孤独が存在する」ということで構成し直し。昨日の通しはある時間軸、つまり「12の経絡」の沿った時間で構成されていたのだが、それを全取替え。紫外線マンにも細かい指示が入り、他の繋ぎの箇所でもこれまでにない演出が加わる。夕飯までずっと新・新構成の作業。で、夜、全体の2/3の部分の通し。終わったあとのフィリップの第一声は「昨日の構成の方が良かった」と。ホギャン。「組み合わせは500以上ある」ということで「今日の組み合わせは良くないことが分かったというのが収穫」という結論。電柱にぶつかった僕の額の傷がブッチャーみたいになってるが、現場もまだまだ「吹けよ風、呼べよ嵐」状態。


2003/10/06 (Mon) 66

.「10月4日(土)」.
■横浜入りして初の通し稽古が夜にあるので、朝&昼は昨日から引き続き新構成の組み立て作業。今日になり、予想もしてなかった役割が僕に与えられた。ボツになったと思ってた、あの「紫外線マン」が復活。決まってる行動があるわけではなく、隙あれば舞台に乱れ入るキャラ。山口でやった時は、はじけ方がまだまだ小さかったらしく、思いっきりやってみた。思い切って、あるダンスシーンで舞台をゴロゴロ転がってみたら、「紫外線マンはゴロゴロ転がらない」とダメだし。中々手ごわい紫外線マン。で、通し。以前よりずっとタイトになった。フィリップ曰く「全体的に、少し安心した」らしいが、ある時間軸で組み立てられた新構成は夜のシーンが多く、気持ち良くない展開もあるらしい。まだまだ改善予定。

■馬場さん(ジャイアントの)が愛した後楽園飯店のフカヒレラーメンというのがある。いつか食べてみたいと思っていたが、中華街に安価で食べられる店を発見。稽古後、食べに行ったが安価なだけなことはある、という味であった。いつか馬場さん(世界の巨人の)愛した味を食べにいこう。


2003/10/04 (Sat) 65

.「10月3日(金)」.
■午前中、クラスのあとは昨日の新構成の続き。「待ってないで衣裳、小道具の使い方でも積極的に、この世界に参入して、世界を作ってほしい」と。昼休憩(今日も山下公園で。海と船と遠足の子供を見ながら)を挟んで、舞台を使っての稽古。構成を作る。キレる演出家というのは、どこの国にもいるものだが、逆ギレしてホテルに帰る出演者というのは滅多にいないのじゃないだろうか。そんなこともあり、作業は中々捗らない。それでもショーはマストにゴーオン予定。

■夜休憩時、ケーキとシャンパンが振舞われる。というのも、今日はアレックスの誕生日。皆からデジカメ、着物の帯、マフラー等がプレゼントされた。デジカメを贈ったのはステファンらだが、その渡し方がイカシテル。朝8時、ホテルの自室に朝食と共に運ばれてきたという。僕の誕生日は12月17日、パリで迎える。サプライズはあるのだろうか。

■稽古が終わってホテルに向かう道すがら、考えことをして歩いていたら、電柱に正面衝突した。人生最大の衝突加減。手からは出血。額にはタンコブと傷跡が出来た。中華街でもすぐ迷子になるし、集中力が欠けてきている。


2003/10/03 (Fri) 64

.「10月2日(木)横浜編スタート」.
■通勤ラッシュの中、大きなトランクを携え神奈川県民ホールへ。舞台上には「家」が建っていて色塗りが行われている。大ホールのキャパ2500というのは、僕がこれまでやってきた最大の数だが、実際、見たら言うほど巨大ではない。大仏に笑われる。1階席、長いカーブが、緩やかになっていて後ろの方の席でも見やすい。

■外国ダンサー陣は一昨日、山口から横浜へ移動したらしいが、既に秋葉原、上野、渋谷へ行っていた人もいた。やっぱ秋葉か。で、10時から、リハーサル室でミュリエルのクラス。皆、久しぶりに体を動かすらしく、「う〜」「う〜」って吐息が洩れる。クラス後は、幾つかのチームに別れ、ワークショップ。最近、分かったのだが、明確なリーダー、ディレクターがいなく、皆でガヤガヤ意見を言い合い作る作業をワークショップと呼ぶみたいだ。で、僕はステファン、バテイストらと家の使い方をいろいろ試す。YCAMにあったのはイントレみたいな仮設住宅だったのだが、それとは勝手がいろいろ異なる。

■昼飯は山下公園で、海と船と絵描きを見ながら。

■午後からは、新しい構成の作業。フィリップからは「最後の直線距離に入った。我々の最大の挑戦のひとつである三つ国がミックス&ミックスされるには、各々の協力が必要だ。宜しく頼む」と。で、フィリップが提案した新構成は、山口でやった最後の通しとも違うもの。別のコンセプトも用意された。え?今から?と思わないこともないが、やらねばならぬ。家にいる僕とステファンはある意味、別枠扱いなので、ダンスの部分が決まらないと身動きできない部分が大きい。ダンスシーンをじっと見つめる俺ら。その稽古が20時まで。その間も「家」と「リハーサル室」と「客席」を行ったり来たり、いちいち確認。

■21時、チェックイン。10月1日オープンしたてのまっさらなホテル。中華街まで徒歩1分。横浜スタジアムまで10秒。今日から楽日までここの9Fから発信します。


2003/10/02 (Thu) 63

.「10月1日(水)」.
■10月になった。今日も稽古は休み。本当に休みなのか少し不安になる。ステファン、ミュリエル、ミヤ、ヤンの部分稽古はあったらしい。(キーボードを打ってて何か懐かしい気になる。)

■「PRIDE武士道」でのミルコ VS ドス・カラス・Jrが決まった。ドスにとっては、初めての大舞台だが、今回多くは望まない。ポテンシャルさえ見せてくれれば良い。ドスのテーマ曲は「スカイ・ハイ」だけに、すぐに「お逝きなさい」状態になるのは見たくない。って、またいつもの悪いクセがでた。

■今、一番行きたい場所は「牛久の巨大大仏」。高さ120メートル。「太陽の塔」が高さ70メートルだけに、その巨大さは尋常じゃない。奈良の大仏が手のひらに乗るという。

「牛久の巨大大仏」詳細
http://www.iijnet.or.jp/am/

■気晴らしに、河童次郎のことを考える。(←気晴らしかよ!)かっぱ巻きを作るときの登場の曲は何が良いかを考えた。「カッパと泥棒、その妻と愛人」の音楽はどうだろうか。こんなどうでも良いこと(←どうでも良いのかよ!)を考えられるのも今日まで。明日から稽古が再開する。朝、横浜に移動予定。本番までのカウントダウンがはじまる。


2003年11月 --+-- 2003年9月
車窓INDEX