準備編 旅の目的は1)シロフクロウを見ること。2)しろくまくんに出会うこと。3)毎冬納沙布岬に通ってまだ一度もみたことのないコケワタガモ、そして以前にアンカレジの動物園で見て絶対に野生の個体を見ようと誓ったケワタガモを見ること。4)そして極北の地で繁殖する多くの鳥を見ることでした。広いアラスカの極北地帯のなかでバローへ行こうと考えた理由は、北米最北の地を訪ねエスキモーの人々の生活文化に触れる為のツアーで多くの人が訪れる観光地であるため、中型の定期便が日に数便飛び宿泊施設も数軒あり、町の周辺を足の向くまま気
の向くままに自由気ままな探鳥が出来るのではないかと思ったからです。北極の扉国立公園など他にも行きたいところは何ヶ所かありましたが、行くには秘境ツアーのようなものに参加するしかなく、自由度が大きく制限されるため、今回は断念しました。本来私は観光客の少ない山の中やジャングル、離島の一軒宿が好きなのですが、このような条件にぴったりのカナダ等の北極圏のロッジはどれも非常に高額(セスナ機での送迎付き4−6泊で2,3千ドル)であるため、論外でした。宿はインターネ
ットで見つけた、King Eider (ケワタガモ) INN <http://www.kingeider.net/>に決めました。
7月25日 6時半アンカレジ発フェアバンクス経由のアラスカ航空便で10時少し
前にバロー空港到着。
ほとんどの乗客はツンドラツアーと書かれた灰色のバスに乗り込み行ってしまう。こ
んなに地味な観光バスを見たのは初めてだ。空港のすぐそばにあるはずのKing
Eider Inn を目で捜すがわからない。空港の真ん前のInfo. Center も閉まってい
る。適当な方向に歩き出すと、民家の庭先を飛び回る小鳥が目に入る。ユキホオジロ
だ。庭の廃材と高床式になっている家の床下の間を行き来している。おそらく床下に
巣があるのだろう。”所変われば、・・・”とはいうものの、日本とは大きな違いで
ある。私の知っている北海道の飛来地は何処も荒涼とした荒れ地で冬場は熱心な鳥屋
以外には地元の漁師もほとんど近寄らないような所ばかりで、人の気配を察すると直
ぐに群れで飛び去ってしまうのに。イヌゾリに止ったところを1枚撮影すると、”北斜面郡なんとか”と書いたミニパトのような車に乗ったおじさんが近付いて来ていきなり ”おまえ、何やってんだ?何処から来た?誰の許可をもらって、写真を撮ってるんだ!”と怒鳴られた。旅行ガイドに、許可なく民家の軒先に干してある白熊やア
ザラシの毛皮の写真を撮らないようにとの注意が書かれていたので、極力人家の方に
は目をやらないように注意していたのに。私が、”撮影しているのは鳥だけで私有財
産は撮影していない”というと、”個人の所有地にあるものは全て撮影禁止だ。”と
言い、しゃがれ声でまくし立てはじめた。私はすいませんと謝り立ち去ろうとするが
おじさんは構わずまくしたてている。このまま、立ち去るとおじさんがぶちきれてま
ずい事態になりかねないので、その場に残りおとなしく説教を聞くことにする。おじ
さんは怒りのため早口になり、私の英語力では何を言っているかまったくわからず、
おじさんが怒鳴り疲れるのひたすら待つ。5分ぐらい怒鳴り続けるとさすがのおじさ
んもエネルギー切れの為かだんだんとトーンダウンしてきて、次第に私にも言ってい
ることが理解できだした。おじさんは、私のような’よそ者’が先住民の権利を侵害
したり、プライドを傷つけたり、先住民との間でトラブルを起こすのを未然に防ぐた
めにパトロールしているのだという。最後に、今後気をつけろよと言い残し、走り去
っていった。
Info. Center のおばさんにホテルの場所を聞き、チェックイン。ホテルの前には
灰皿代わりの大きなカンが置いてあり、内部は完全禁煙とかかれている。玄関は北海
道の家と同じような2重構造になっており、最初のドアを入ったところでブラシで靴
の泥を落とし、2つ目のドアの内側のスノコ板の上でで靴を脱いで、初めて入館でき
るようになっている。土足厳禁のせいもあり、館内はいたって清潔だ。ゲストブック
には、舳倉島程ではないにしろ、その日のBird List が書き込まれている。しかし、
ピークは7月始めあたりまでで、この2週間はほとんど書き込みがない。やはり、探
鳥には時期が遅すぎるのか!ゲストブックには日本人の名前も2,3あり、漢字で山
階......の文字も。
不要の荷物を部屋に置き、散策開始。街を抜け海を目指す。途中の民家にはカリブ
ーの角が屋根や玄関に飾られていたり、解体途中で毛革だけ剥されたカリブーが玄関
先に放置されていたり、興味をそそる物だらけであったが、先程のこともあり近付い
て見ることもせず通り過ぎる。真夏の北極の海は、私の生まれ育ったオホーツクの冬
の海とそっくりであった。
肉眼では氷以外なにも見えないが、双眼鏡で捜すと遠くの氷の切れた海面に黒い鳥が数羽浮いている。近付いて見るとコオリガモであった。図
鑑で見たような赤い部分は見られないが、はじめて目にする黒いコオリガモに感激。
土手を滑り降り、砂浜を歩いてゆくと、巨大な足跡を発見。白熊だ。胸が躍る。双眼
鏡で丹念に海上の氷の上を探すが見付からない。10分程度歩くごとに双眼鏡で沖の氷
上をサーチするがいない。さらに小一時間程歩き続けるが、双眼鏡の視界にとらえら
れたのは沖合を飛ぶカモメと豆粒ほどにしか見えないスノーモービルに乗った人間の
みで、時折アザラシを撃つ銃声が聞こえてくる以外は静寂の世界であった。小雪が舞
いはじめたので 2,3視界に見えている内陸側の建物を目指して歩き出す。ガスもかかり視界が悪くなり、身体が冷えてくる。極地ツンドラの大地はぬかるんでいて水の多いところを避けながら大回りしながら進なければいけないのでなかなか距離がかせげない。アラスカをなめちゃいけないと反省するが、10分おきぐらいに土砂を積んだ大型車両が走っていくのが見えるので、目指す方向に道がある筈なので安心だ。もちろん、背後にはバローの町並みも見えているので、海沿いに引き返しいれば、とっくに帰り着いている。日本を立つ1週間前に三番瀬でお会いしたMさんにバロー周辺の探鳥地で良いところがありますかとお聞きしたところ、全てが素晴らしい探鳥ちだが、敢えて言うなら......と教えていただいたのが、ちょうど目指すあたりなので、一度町に戻って行くより早いと考えたのが誤りだった。ようやく砂利道にたどり着いたころには天候も回復し薄日もさしていた。道沿いに歩いて行くと、時折シギ類の飛翔姿が見られるが、まだまだ鳥見歴の浅い私には識別できない。シギとは少し異なる鳥影が目の前の水たまりに着水する。ヒレアシシギだ。どっちだ。赤い部分が広いので”ハイイロ”の方だ。和名より英名の
"Red"の方がしっくりくる。周囲の水辺を注意しながら歩いて行くと結構いっぱいいる。ほとんどがハイイロだが、”アカエリ”もいる。路上をちょこちょこ動くホオジロぽい鳥影がみえたので、慎重に近づいて行く。ベニヒワだ。全然私を恐れず近く飛び回り楽しませてくれる。その内にハマシギも道路上に出てくる。日本で見るのとは全く違い、真っ黒なお腹がなければ、私にはハマシギとは判らなかったろう。これが、日本では極く稀に観察されるというアラスカ型の亜種なんだ。日本でもお馴染みの鳥達ではあるが、こんなに間近でジックリ見たのは初めてだ。上空を見慣れない大きな鳥が長い尾をひらひらさせながら飛んでいる。long-tailed
Jaeger、 シロハラトウゾクカモメだ。今日最初のライファー。飛翔と休息を繰り返しているがなかなか近くに来てくれない。さらに行くと道路脇に大きな立て看板があり、この辺りは世界的希少種であるコケワタガモの繁殖地であることといくつかの注意事項が書いてあった。周囲を何度見渡してもコケワタはおろか1羽のカモもみえない。出発前から半分覚悟はしていたが、彼らは既に子育ても終わり移動してしまったのだ。それでも諦めきれない私は、はぐれ者が1羽くらい残っているのではと、万に一つもない可能性を求めて、来た道を町とは反対方向に引き返す。先程通り過ぎた三差路を細い枝道のほうへ進んだ。おそらく何かの通信施設であろう小さな小屋を通り過ぎようとしたとき、突然、白い大きな影が上空を翔び、思わず首をすくめる。憧れのSnowy
Owlだ。おそらく小屋の屋根に止まっていたのであろう。まったく気づかなかった。かれは50m程先の草地に舞い降りた。
こっちがゆっくり慎重に距離を20メートル程詰めるとまた50メートル後方まで翔んでしまう。どうやらこの距離が彼の許容限界のようだ。チェクインの後、16時発の現地ツアーに申し込みをしてあるの
空腹に耐えられなくなったので、彼に別れを告げ帰路を急ぐ。3時過ぎ、町外れの海岸沿いに’北極ピザ’と書かれたレストランを見つけて飛び込む。インド人の夫婦が食事をしている。どうやら彼らが経営者の様だ。中国人とインドは世界中何処にでもいるが、まさかこんな地の果てでまで商売しているとは。(ちなみに、翌々日に昼食をとったレストランは中国人がやっていた。)日替わりランチを頼むが、もう終わったと言われ、仕方なくハンバーガーを注文する。奥の方の席でひとりでチビチビとグラスを傾けていた客と目が会い、どきりとする。先刻どやされたおじさんと瓜二つだ。だが、よく見るとこちらのおとうさんの方が一回りくらい年齢が上のようだ。着ているウインドブレーカーには”クジラ船クルー”の文字が。しわがれ声で何か言っているが、聞こえないので聞き返すと、グラスをちょこっと掲げ、’バローへようこそ’と言ってくれた。みんながみんな観光客を拒絶しているわけでもないのだ。ちょっとホッとした。
ホテルの玄関で現地ツアー(名前は忘れたが、最果て探検ツアーのような名称だった気がする)のピックアップを待っていると、装甲車が走って来て、目の前で止った。中から出てきた白人がMr.フクダかと聞くので、そうだと応えると、手で乗るように合図する。乗り込むと内部には無駄な装飾は一切ない。おそらく軍の払い下げ品なのだろう。これなら、北極グマに襲われても安心だ。途中であと二人拾っていくと言っていたが、車はあっと言う間に町を通り抜け砂浜沿いに10分程走って止まった。そこにはバスが1台止まっていて、多くの観光客が写真を撮っていた。あるのは北米大陸の最北端であることと、これより先はシロクマの出没地域であることを示す大きな看板のみ。ここがバローポイント、日本で言えば宗谷岬の様な所だ。ガイドブックに載っていた看板は文字だけで、Welcome
to Top of the Worldと大きく書かれていたから、新しい看板に替わったようだ。まもなく観光バスは町の方へ引き返していったが、数人の観光客が取り残されており、不思議に思って見ていると、装甲車の運転手が近づいて行ったので、事情がのみ込めた。彼らはパッケージ旅行のオープションとして、我々のツアーに参加するのだ。スペイン語なまりの強い英語を話すご夫婦が我々の車に乗り込み、他の観光客はいつの間にか後ろに停車していた同じ型の車に乗り込み、最果て探検に出発。ここから先は漁師の人と我々の様なツアー以外には入れない。車は砂洲上を左手に海を見ながら進む。たまにアザラシが氷の上にいるのが見えるが遠い。コオリガモの小群もポツリポツリ見える。同乗の女性が“あのカモは?”と尋ねるとドライバーは“カモだよ。カモはカモだよ。”との答え。駄目だこりゃ!“この前までは他の種類のカモもいっぱいいたよ。どっかにいちゃったみたいだね。”‘何ガモ‘か知りたかったが、尋ねても無駄と思い聞かなかった。Artic
Oceanと Beafort Seaの境で海水の色がはっきり違っていた。砂浜のクジラの骨に、
シロカモメとトウゾクカモメが群がっていた。
水揚げしたその場で解体し、残りは放置して完全に白骨化してから運ぶそうだ。アラスカの写真集等でイヌイットの人たちが何十人係りでクジラを砂浜に引き上げている写真を見て、密かに同じ光景に遭遇する幸運を期待していたのだが、そうは問屋が卸さない。この時期、シロクマは何キロも沖合いの氷上にいるが、クジラが上がると遠くから血の臭いを嗅ぎつけてやって来るそうだ。水揚げ後、数日間は確実に見られるらしい。もう少し早く来れたら、シロクマもコケワタガモも見れたのに・・。我々が近付いたので、50羽以上のシロカモメと20羽強のトウゾクカモメは離れた砂浜に飛び去ったが、3羽のトウゾクカモメがまだがっついていた。遠くのトウゾクカモメのなかに2羽だけ、真っ黒いのがいた。図鑑によるとこの辺りにいるJeagerはトウゾクカモメ、クロトウゾクカモメ、シロハラトウゾクカモメの3種だが、いづれも暗色型と淡色型がいるので判断が難しい。1羽は英名のlong
tailが確認できたので、’シロハラ‘とわかったが、もう1羽は遠くて’クロ‘か’タダの・・‘かわからなかった。更に進むと、ハイイロ&アカエリヒレアシシギの群れやクビワカモメ、そしてハジロウミバトが見えて来た。砂洲の先端近くで停車して、北米大陸の地の果ての雰囲気を満喫する。
ハジロウミバトの口のなかが真っ赤なのや、飛行するクビワカモメの初列風切の黒いのが非常に印象的だ。キョクアジサシがダイブしている。名前には極と付くが、こんな北にまでいるとは思っていなかった。帰路、民家の庭に掘られた天然の冷蔵庫”室(むろ)”を見学して、ツアー終了。永久凍土をこの目で実感できた。スーパーで食料調達。大きなスーパーやCD機の存在がここが米国であることを思いださせてくれる。
2日目。ホテルにレストランはないが、ロビーにサービスで置いてあるコーヒーとブルーベリーマフィンと昨日買ったフルーツで朝食。昨夜から何度かバローで鳥と野生動物のガイドをしているAlaskan
Arctic Adventuresに電話をするがつながらない。9時を過ぎやっとつながると、留守電で今日から2週間夏休みで愛車で鳥見旅に出掛けるとのメッセージが・・。キャタビラーのついた特殊バンでしかアクセスできないところで、何処か鳥のいる所に案内してもらおうかと考えたのだが・・。Info,
Centr.でもらった地図には昨日探鳥した道に矢印が書き込まれていて、この先にはFresh Water
Lakeがあり、バードウォチングの好適地と書いてあるのでハイキングがてら行ってみることにする。出がけにオーナーに今日の予定を聞かれたのでこのことを話すと、奥からブルーベリーマフィンを2個もってきてくれて、“彼は鳥や動物のことを本当によく知っているのでお薦めだよ。でも、そう、バケーションに行っちゃった。”とのこと。途中、民家の軒先にカモが何匹も吊下がっているので見ると、KING
EIDER(ケワタガモ)の幼鳥だった。猟が始まり、残りはもう安全な所へ飛び去ってしまったのだろう。昨日、シロフクロウを見たあたりを見渡すが今日はいなかった。しかしこの辺りは鳥の多いところで、昨日同様、シギ類、ヒレアシシギ類、ツメナガホオジロ等を沢山見かける。そこから1キロ弱進んだ所に灯台へ向かう別れ道があり、そこにシロフクロウが止っていた。Silverかredかわからないが、道路上にはキツネの足跡がずっと続いている。更に1キロ行くと巨大なパラボラアンテナ群があり、その先の墓地を過ぎると、真直ぐに延びた道とツンドラの大地以外は何も見えなくなる。暫く行くと別のシロフクロウがいたので、写真を撮らせてもらう為に近付こうとするが、湿地帯の水の少ないところを探しながら進まなければならないので、なかなか距離は縮まらない。長いゴム長が必要だ。15分ぐらいかかってやっと撮影可能な距離まで近付いたところで飛ばれてしまう。さらに1キロ強行ったところで別のシロフクロウの写真を撮っていると、2メートル横から急に大きな鳥が飛び立ち肝を冷やす。コミミズクだった。シロフクロウに気を取られていて、こんな間近にいたのに全く気づかなかった。逆にシロフクロウは地上にいる場合は、かなり離れた所からもよく目立つ。また沼地にはアビ、シロエリオオハムも見られたが、こちらもなかなか近付かせてもらえなかった。写真を撮るにはアンカレジ近郊の公園等の方がよいようだ。3時間かかって、この道の終点の湖に到着。ガスがかかっていて見通しが悪く、見える範囲には鳥はいない。湖畔で昼食をとっている間に急速に天候が回復してきて、湖に陽がさし真っ青な青空に低い雲、心が洗われるような風景に変わった。天気が悪かったので標準レンズを付けた風景撮影用のカメラを部屋において来てしまった。悔やんでも悔やみきれない。湖にコオリガモの群れが飛来した。首から上を水の中に突っ込み、イギリス英語名になっているLong
tail を高く大きく振っている。北海道でも、長い尾をしなやかに振る様はよくみるが、このように真上に高く上げるのは初めてみた。湖岸にもヒレアシトウネン、ヒメハマシギ等のシギ類、ヒレアシシギ類が沢山飛んできた。帰路、往路とほぼ同じ位置にいたシロフクロウ達を見ながら戻る。バローの街の近くまで来たとき、新たなシロフクロウを見つける。空港の滑走路の延長線上にある誘導灯の上に止っていた。この個体は唯一、私が比較的傍まで近寄ることを許してくれたので、20分くらいじっくり観察させてもらった。半分寝ているのであろうが、数分置きに首をくるくる回して周囲を警戒している。じっとしてSnowy
Owlを観察していると、ハマシギ、チュウシャクシギ等がむこうから寄って来る。直ぐ近くの池のずっと奥の方にコオリガモに混じってアビがいるのを発見する。もう少し近寄りたかったが、空港の施設内で立ち入り禁止の立て看板があったので、その場で暫く観察する。
ガスがかかって見通しが悪かったが、英語名のRed throatを長時間観察できた。コケワタガモの看板の辺りの小さな水辺にはハイイロ&アカエリヒレアシシギがいっぱい泳いでいて、巣立ちした幼鳥も混じっている。雛に給餌している親がいたので、その個体に的を絞って暫く双眼鏡で追いながら観察する。何度か給餌の様子をじっくり観察できたが、雛自体の姿は全く見えなかった。おいそれと顔を出す様では厳しい生存競争を生き残れないか。ホテルの部屋で暫く休息した後、海岸にあるクジラの骨で作ったバローの街のモニュメントを見にいく。ガイドブックに載っていた写真とは少し違っていたが、青空と白い氷の海に映えていた。暫く砂浜を散歩する。氷の周りの海水だけグリーンでマリン
ブルーの海との相乗効果で氷の白を引き立たせていた。遥か遠くの氷の上にアザラシが見えた。街の中には大きなラグーンが2つあるのだが、水鳥の姿は全くなかった。海岸を離れ街の東端の方(昨日・今日の午前とは町の反対側)へ行くと、道の上をミズカキチドリがちょこちょこ歩いていた。どれだけ日数が経っているかわからないが、路上にシロクマの足跡があった。こんなに民家に近いところをうろうろされたら、夜おいそれと外出できない。
コベニヒワの群れ、ヒメハマシギ(自信はない)の親子連れも直ぐ近くで見つける。さらに3羽のシロフクロウが周囲にいるのに気付く。これまで見た個体は何れも単独で、他の個体と1.5〜
2キロ以上の間隔をとっていた。ここだけ密集している理由はわからないが、ゴミ置き場が近くにあるので、ネズミが多いのだろうか?町のなかを歩いていると小学生達に呼び止められ、鳥は好きか?と聞かれた。首肯くと、自慢気に手の平のなかのコベニヒワを見せてくれた。放してやれとは言い出せなかった。ホテルに戻り、玄関で靴を脱いでいると幼児を連れた夫婦がクジラのヒゲ等を載せたソリを引いてやって来て、ホテルのお客さんにお土産品を売りたいと申し出て、ホテルの奥さんにあっさりと断られて出ていった。交渉の間、真っ赤で少したれたほっぺたの男の子はずっと私の方を見ていた。モンゴルの男の子と言ったほうがピッタリくる顔立ちだった。赤い糸で伝統的な模様の入ったアザラシの毛皮で作ったフード付きの上着を着ていた。三十数年前、私が彼より少し大きい頃に脳裏にインプットされたエスキモーの男の子のイメージ、そのままであった。私がバローの町で見た他の子供たちは皆アメリカ本土や日本と変わらない服装で、マウンテンバイクに乗ったりしていた。追いかけて行って写真を撮らせてもらおうかと思ったが、躊躇してしまった。自分の気持ちに素直に行動できない己を恥じる。
3日目、今日はパイプライン沿いに南に走る道をハイキングがてら歩くことにする。バローの町から外へ向かう道は今日歩く道と、昨日行った湖への道、一昨日行ったバローポイントや軍の施設への道の3つのみで、どれも途中で行き止まりになっている。家がまだ点在している辺りで淡色型のクロ&シロハラトウゾクカモメの撮影に時間を費やすがなかなか上手くいかない。その行動パターンはミミズク類やチュウヒ類
等の猛禽とそっくり。通りがかりの人がみて、なんだイエガーを撮ってるのか、とあきれ顔。ちょうど日本でカラスの写真を撮る様なものなのだろう。さらにしばらく歩くと、道路沿いの電柱と遥か遠くに見える空港の施設以外には見渡すかぎりのツンドラの草原となる。鳥影は多くはないがたまにシギ類、ホオジロ類が飛ぶのが見える。しかし、直ぐに茂みに入ってしまうのと、場所柄アメリカの種に加えてユーラシアの種も除外できないので、種の特定までにはなかなか至らない。ホオジロ類は自信を持って判定できたのは、ツメナガホオオジロとヒバリツメナガホオジロのオスのみ。どう見てもカシラダカのメスにしか見えない個体や、居るはずのない種の冬羽にしか見えない個体など、よくわからないものばかり。一度この目で見たことがあれば違うのだろうか。シギ類も、アメリカウズラシギやアメリカヒバリシギ等々、90%の確率で判断できるが、それぞれのユーラシア型の近種もここにはいるので短時間見ただけでは判断できない。例えば、この写真の個体はシギ類に弱い私にはヒバリシギにもアメリカウズラシギにも見える。干潟と違って単独なので大きさもよくわからないし。真っ赤な小型飛行機がこっちに向かって高度を下げて来る。一瞬、電線の下をくぐる曲芸をやらかすのかと思ったが、電線のすぐ上を通過して、翼を振って上昇していった。パイロットが手を振るのが見えた。私に挨拶するためか、あるいは何者か確かめるためにわざわざ降下してきたのだとわかった。シロフクロウは、湖への道と同様、1キロ強行くごとに1個体が見える。さらに数キロ行くと水たまりに毛が生えた程度からち直径50メートル程度までの無数の沼が見えてくる。しかし双眼鏡で探して見えたのは、シロフクロウとトウゾクカモメと、あとずっと遠くにアビ類の様な鳥影が1つ見えるだけだった。通りかかった白人のおじさんがバンを止めて声を掛けてくれた。鳥を探していると言うと、“10日前にはこの辺に
は水鳥がいっぱいいたのに、何処に行っちゃったんだろうね。カリブーの群れもいたんだけど、今は10マイル先に移動してしまったらしいよ。道がないから車では行けないけどね。”とのこと。ここで、引き返し、最初の(一番はずれの)民家の前から、バスに乗
って町まで戻る。公共サービスだから、家のあるところまで路線があるのだろう。住民料金は数十セントなのだろうが、よそ者の私の料金は1ドルだった。小型飛行機での遊覧飛行に心が揺れるが、他の客が来るのを待った上で、しかも大枚が飛んで行くので踏みとどまる。氷の北極海を眺めながらぼーとする。その後降り出した小雪が雨に変わったので、ミュージアムへ行くことにするが、途中で雨が本降りになってきたので空港で時間を潰すことにする。
(以上でバローの項、終了)
|