《作者注》
 設定的には、縁との戦い後で、まだ二人が結婚してない時です。
 勿論、剣路君は生まれる前です。内容は暗め…(^^;)
 では本編へどうぞ♪

『嵐の訪れ』 第一部 (嵐の章)

 残暑が厳しい夕暮れ時、空一面に暗雲が広がり始めている。

時折、湿気を帯びた生暖かい風が吹き、柳の枝がガサガサ揺れて、

嵐の訪れを物語っている。

それを合図かのように皆が足早に家路に向かう。

子供の手を引き、急ぎ歩く者。積荷を気にしながら、急ぐ商人。

様々ではあるが、皆一路あっという間に、この場を去って行く。

 通常なら、夕涼みに来る人で人通りもあるが、今宵ばかりは違う。

少女が独り、河原に佇んでいた。

人々が去った後の河原には、もう少女以外誰も居ない。

鉛色の重い空の下には、少女の他には野良犬一匹震えながら、

橋の下に居るぐらいで、人らしい影は無い。

 少女は紺色のリボンを漆黒の髪に結び、手に番傘(ばんがさ)を抱えて、

寂しげに河原に座りこんでいる。

手にしている番傘は少女の物としては、大きく色合いも地味な物だ。

少女には不釣合いな藤紫色の番傘は、男性物のようだ。

少女にも勿論、帰る家はある。

しかし、少女はこの番傘の持ち主が帰って来ない以上

帰るつもりはなかった。


 次第に陽も暮れ、辺りがより一層闇に包まれ、

街路樹には瓦斯灯(がすとう)の明かりが、ぼんやりと光を放つ。

月でも出ていればまだましなのだが、

生憎、空は厚い暗雲に包まれ、期待出来そうはない。

少女が愛しい人の帰りを待ち、もう半時(はんとき)が過ぎていた。

少女は傘と自分自身を抱え、口を一文字にし、

不安と寂しさに耐えているようだ。

気丈な女でも、こんな日に独りっきりは、辛いのであろう。

先程から遠くで犬の鳴き声が聞こえてる。

それに連れて、橋の下に居る野良犬の吠え始めている。

それが辺りの静けさを際立てている。

犬の聴覚は人間より優れている。

きっと、嵐が来る事を察知したのであろう。

それはまるで嵐の前触れを予告するかのように…

嵐の恐怖からか少女には、日頃何でも無い、

犬の遠吠えがやけに耳につき、酷く胸騒ぎがした。


   ゴロゴロ……………ピカッ……ドォン……


闇夜に雷鳴が轟いた。

雷鳴はまだ遠くではあるが、確実に近くなっている。


「きゃっ・・・」


と少女は小さく叫んだ。

独りでいる不安からか先程から震えが止まらない。

目頭には涙が微かに滲んでいる。

いくら普段気丈な女(ひと)とは言え、雷鳴は怖いのだろう。


カン…カン…カン…………


遠くで火消しの半鐘(はんしょう)が高らかと鳴っていた。

何処かに雷が落ちて火事になったのであろう。


「けん…しん…」


少女は虫の音の様なかぼそい声で、愛しい人の名を呟いてみる。

少女の胸の中で次第に脹らむ弱い心が疎ましく思えてくる。

空には一層重い雲が立ち込め、


 ポッリ…ポッリ…


雫が落ちてきたと思うと、


 ザァ………ザァ………………


一気に雨脚が強まる。

少女は藤紫色の少し大きめの番傘を広げ立ち上がった。

鉛色の空からは激しい雨粒が降り注ぐ。


「やっぱり、あの日と同じ…あの日と…」


京都へ向かう際に剣心に別れを

告げられた時の事を思い出しながら、

鉛色の空を見上げ呟いた。

少女の目には涙が後から後から頬を伝う。


  ひょっとしたら、もう流浪人に戻って帰って来ないかも?

  そんなはずは無いわ。

  『ただいま』って言って何も無かったように

  帰って来るはずよ。

  剣心はその意味を込めて言ってくれたはずだから…


と自分に示唆する。そう思う程と不安と寂しさが募る。


「けん…しん……早く帰って来て…」


いくら心の中で叫んでも、剣心は戻ってくる気配はない。

怪我が一応癒えたと言っても、安静にしていなければ

ならない身の上はずだ。

それを押して薫にも黙って姿を消したのだ。


  剣心は怪我人なんだもん。

  遠くに行けるはずはないじゃない…

  それに『ただいま』って言ってくれたじゃない…

  帰れる所はここだけって言ってくれたじゃない…


そんな事は解っていても、心の何処かに棘(とげ)が

刺さったように薫を悩ませた。


  でも、行き先を告げずに出て行く必要があるの…?

  私にまで言えない事って何?

  そう思うことも私のおごりだと…?


 神谷道場から皆が旅だってから、二人の関係が不自然だった。

今までだって二人きりたった事はあったはずなのに、

今度ばかりは異なっていた。

このままの関係で良い訳ではなく、でも直接心の内を聞いて

壊れてしまうなら、このままでいいと言う思いもある。

でもやっぱり、剣心の本当の気持ちを直接聞いて見たい。

仕草だけでは伝わらない事もある。言葉で声で伝えて欲しい。

薫は一代決心して剣心を迎えにきたのである。

表向きは雨のせいにして…。


 番傘をさしていても、着物や足袋(たび)などが濡れて、

次第に薫の身体(からだ)を冷やす。

着物は水分を含み始め、薫の細い身体に重くのしかかるようになってくる。

濡れた着物からは雫がしたたり、やがて薫の顔色は生気が無くなっている。

今まで眠れない日々が続いていたので、無理がたたったあろう。

しばらくし、嵐が静まり、空からは暗雲が消え、月が姿を現す頃、

待ち人は姿を現す。


「薫殿!こんなに濡れて!何時からここに居たのでごさるか?」


男から微かな酒の匂いがする。


「け…んし…」


白くなる意識の中で満開の白梅が咲いているのが見える。

それと共に白梅香の香りがする。


 あぁ…まだ剣心は巴さんの事を…。


薫は剣心の胸へ倒れ込む。


「薫殿!?薫…!!」


剣心は薫の細い体を支えた。薫の身体は炎のように熱い。


  嗚呼…俺のせいで…俺のせいで…

  こんなつもりで俺は…

  また、薫殿を…

  ……薫………


剣心は拳を握りしめた。

薫を背負い神谷道場へと急いだ。

行くさながら自分を責め続けた。

河原には夏の終わりだというのに

蛍が寂しく光を放っていた…

そう。あの日の様に…


― 第一部 完 ―


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