「揺れる想い」



 <愛してる・・・>

  甘い喘ぎと繰り返される言葉
  あいつの声は、おれの全てを溶かす
  甘い媚薬・・・

 <愛してる・・でも、終わりにしましょう。さようなら・・けいすけさん・・・>

  おれは、夢を見ているのか・・・
  悲しい夢を・・・
  そうじゃないことを、次の瞬間に確信した
  間違えるはずのない、あの排気音(エキゾースト)
  拓海の86・・・何故なんだ?!
  ほんの数時間前まで、オレの腕の中にいたはず?

 <さようなら・・けいすけさん・・・>

  愛してるのに、どうしてこの関係を終わりにしなければならないんだ?!

 「拓海・・どうして?おれから離れて行くんだ・・・」

   この場にいない、彼の最愛の恋人に問いかけた。

  その想いが届くはずもないと解っていたけれど
  声に出さなければ、狂ってしまいそうだった
  おれは、あいつに振られちまったってことなのか?
  そんなことは、どうでもイイのだ
  おれは、あいつに拓海に会わなくてはいけない
  どんな現実を突き付けられてもかまわない
  それで納得がいけば・・・
  本当のさよならでも耐えられるかもしれない

 次の日、朝早くに拓海の家に電話を入れてみる。
 案の定、父親の文太が電話に出た。
 文太の話だと、朝方に帰ってきた拓海はそのまま配達に出て、
 帰ってくるなり、数日家には戻らないと出て行った。

  それも、86で出ていった?

 文太は、新しい車を買ったから今度見に来いと言った。
 うちのばかとケンカでもしたのか?
 頑固だからな、わりぃーな面倒かけてと電話を切った。
 文太との約束も守れないかもしれない。

  行方をくらますほど、おれに会いたくないのか?
  おれは、会いたいよ!早くおまえに会いたいんだ!
  ほんとにおまえ、どこに行っちまったんだ・・・

 「拓海ぃー!どうしたんだよぉー?急に2・3日泊めてくれだなんてよぉ」

 思い詰めた拓海に樹は、それとなく質問した。
 ちょっと困った顔でどう答えたら良いのかと拓海は樹を見る。

 「オレにも悩みってもんがあったんだよなぁ・・・」

 独り言(他人事)のように答える。
 答えになってねーぞぉー!拓海ぃー!と思う樹だった。

 「まぁーいいよ、好きなだけいろよ。そしたら答えも見つかるだろ?」

 見つかるといいんだけどとつぶやく拓海を痛々しそうに思えた。
 樹は、付き合いが他の誰よりも長いために解ってしまうことがある。

  なんでもないように振る舞っているつもりだけど・・・
  重傷だなぁ・・・こりゃ・・早く立ち直ってくれれば良いんだけど・・

   こんな時だけ、樹に甘えるのは本当のところ心苦しいモノがある。
 だけれども、こんな時だからこそ黙って解ってくれる存在がありがたい。

 「ごめんな、樹。ありがとうなぁ」

 いいってと軽く手を振ると、就職先のGSに行くと出ていった。
 樹の85が、元気良く走り出していった。

  ターボのせて、チューンアップしたんだっけ?
  なかなか、いい音してんじゃん?

 拓海は、ごろんと横になって天井を見つめる。

  おれは、いったいどうしたいんだ?
  おれが、決めたことではなかったのか?
  それなのに、なにを迷っているんだ?
  あの人に、啓介さんに逢うのを恐れている?

 「なんで、こんなことになっちまったんだ・・逢わなければ良かった・・・」

 出会ってしまったのは、偶然。
 二度目からの出会いは、それはもう必然・・・
 会ってるうちに拓海の想いは、何か違うモノに変化していった。
 人の良い兄貴分から、目の離せない人に・・・
 憧れのひとから、愛しい人に・・・
 そして、啓介から告白された。
 最初は、戸惑ったけれど嬉しかった。
 男同士なのに、変かも知れないけれど嬉しかった。
 啓介も、自分と同じ思いを隠していたことが、
 何度と、肌を重ねても拭い切れないことが拓海にはあった。
 愛してるから、愛おしいから、そんなことがあってはいけない。

 「おれは、きっとあんたの重荷にしかならないよ」

  きっと、近い未来そうなるに決まってる。
  だから、おれは、離れたんだろう?
  そうじゃなかったのか?




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