TeaParty ~紅茶のお茶会~

『峠のお茶会』

「Sweet Sweet Magic」

 豆腐を降ろした帰り道。
「ヒック」
 何の前触れもなくしゃっくりが出た。
 急に来るから、運転中って嫌なんだよなぁ。
「ヒック・・・」
 なんて思っているそばからもう一つ出てしまう。
 気持ち悪くなる前に止まってくれないかなぁ。っていうか、止まった後の方が気持ち悪いんだよなぁ・・。
「・・・ヒック・・・・ヒック・・」
 とにかく早く帰りたくて、俺はいつもよりもちょっと飛ばして走った。
「ヒッ。・・あっ!」
 少し先の道に見覚えのある白い車を見つけて、オレは速度を落とした。
 車を止めてその白いFCの側まで走っていくと、ドアが開いて涼介さんが出てきた。
「涼介さん」
「おはよう、拓海」
 オレの呼びかけに笑顔でそう言われ、オレはなんだか妙に照れてしまって俯いてしまった。
「おはようございます」
 何とか口に出してそう言ったけれど、やっぱり顔を上げられない。
「相変わらず速いな、拓海は」
 そんな風に言われて、なんだかドキドキしてしまう。
「あ、いえ、今日は早く帰りたかったから・・」
 思わず飛ばしちゃったんです、と小さな声で続けながらそっと顔を上げてみる。
「そうか。それなら引き止めてしまったんだな・・」
 見上げた涼介さんに少し淋しげにそう言われ、オレはしまったと思った。
「違うんです、早く帰りたかったって、あの、しゃっくりが止まらなくて・・」
 振り返り、今にも車のドアを開けようとする涼介さんの服を思わずつかんでしまった。
「しゃっくり?」
 オレの方にもう一度振り返ってくれた涼介さんにそう聞かれ、オレはうなづいて答えた。
「そうか・・」
 次に聞こえた涼介さんの声はなんだかすごく優しくて、俺はゆっくりと顔を上げた。
「あれ?止まってる・・」
 そして、あんなに苦しくなりそうなくらい止まらなかったしゃっくりが止まっている事に気付いた。
「それなら、早く帰らなくても大丈夫か?」
 ふいにそう言われ、オレの思考は一瞬止まってしまった。
「拓海?」
 そして、涼介さんの手が頬に触れた瞬間、その手の冷たさとは逆に俺の顔が熱くなるのを感じた。
「今日は、一日休みだから・・大丈夫です」
 小さな声で、やっとその言葉をつぶやいた。
「あ、でも涼介さんは・・?」
 オレの都合が良くたって、涼介さんも同じとは限らなくて、空いてたらいいな、とか、休みだなんて言われて涼介さんを困らせていないかな、とか、いろいろ考えてしまった。
「今日入っていた予定が先に延びたからな。オレも一日用事なしだよ」
 ふんわりと、そう言って微笑んでくれてオレはすごく嬉しかった。
「今日は、ずっと一緒にいられるんですね」
 最近お互い忙しかったからゆっくり逢えなくて、生活サイクルすら違うせいで電話も出来ない状態だったから。
 だからこんな風に逢いに来てくれただけでもすごく嬉しかったのに、今日一日ずっと傍にいる事が出来ると思うと思いっきり嬉しい。
「この時間なら拓海に逢えると思って来たんだが、今日一日、拓海を独り占めできるとは思っていなかったよ」
 そう言って、その腕の中に抱きすくめられて、オレは驚きと嬉しさで心臓が飛び出してしまうんじゃないかと思った。
「オレも、早く下りて来て良かった・・。少しでも早く、涼介さんに逢えて良かった」
 止まらなかったしゃっくりに、俺はちょっとだけ感謝したくなった。
「拓海のしゃっくりに感謝かな」
 思ったことと同じ事を言われ、オレはちょっと驚いて涼介さんの事をみつめた。
「今日は、ずっと傍にいてくれるか?」
 顔が真っ赤になるのを自覚しながらうなづいたオレにそっと触れてきた唇は、すごくすごく、優しかった。



Sweet Sweet Magic
2000.12.20