TeaParty ~紅茶のお茶会~

『峠のお茶会』

「最初の想い」

 そういえば、初めっからすごく強烈な人だったんだよなぁ・・。

 俺はそんな風に考えながら目の前に立つ人を見つめた。
 いや、正確には見つめていない。というか、見つめられない。
 近くで見るとすごくかっこ良くて、どうしようもなく照れてしまう。
 欠点の挙げようのない、素敵な人。
 なんで俺がこの人とこんな話をしてるんだろう。なんか、つり合わない・・。
「・・・・ら」
 ふと声が聞こえてはっとする。話の途中だったっけ。
「藤原?」
「は、はい!」
 そして、名前を呼ばれていたのだと気付いて俺は思わず返事を返した。
 ついでにそらしていた視線がばっちりと合ってしまい、俺は顔が熱くなったのを感じた。
 な、なんで目の前に・・。
 まるで覗き込まれるようにその顔は俺の目の前にある。フッと笑ったその表情は急にやわらかくなって俺を見ている。
 うわぁ。やっぱりどんな表情になってもかっこいいんだ・・。
 あまりにも近くにある顔に、なんだか恥ずかしさ以上に緊張してしまって、思わず一歩後ろに下がってしまう。
「突然の事で驚いていると思うが、考えて欲しいんだ。返事は急がないからな」
 一歩下がり二歩下がり・・。そして見ていられなくて視線をそらした俺に、優しい声が届く。その言葉で、さっき言われた事を思い出し、再度顔が熱くなった。
「あ・・。はい」
 口から出たのは間抜けな一言の返事だけで、それ以上の言葉を出す事は、今の俺には不可能だった。
「また連絡するから。もし返事が決まったら、携帯にかけてくれ」
 言葉だけ聞くと別に何でもないそのセリフ。けれど、その表情が俺をドキドキさせる。
 ふわり。そんな言葉が似合いそうな笑顔を残し、車の中へと戻って行く。
 俺は見えなくなるまで、そして見えなくなった後もその白い車の後姿を見つめていた。

 ・・・・・・。って。何が起こったんだっけ?
 俺は改めて自分の置かれた状況を考えた。
 そうだ。バトルの申し込みに花束を送ってきたり、急にバイト先に現れて話があるからと携帯の番号の書かれた紙を渡されたり、その話というのが県外遠征のための新チームを作るというもので、おまけに俺はそのチームにドライバーとして誘われてしまったり・・。とにかく俺に強烈な印象を与え続けたその人は今日もやっぱり、いや、今まで以上の強烈さを残していった。
「返事って、言われてもな・・」
 俺は今日起こった事をそしてあの人に告げられた言葉を思い出していた。

*-*-*

 それはあと15分ほどでバイトが終わるっていう、なんともちょうど良い時間。
「ハイオク、満タン」
 すべるようにスタンドに現れたのは白いFC。ドライバーは、高橋涼介。
 一瞬、その場の空気が緊張の色に染まる。
 何か用事でもあるのかな?
 俺はそんな風に思いながら給油作業に取り掛かった。
「藤原」
 不意に後ろから声をかけられて振り向くと、いつの間に車を降りたのか涼介さんはそこに立っていた。
「バイトの後、時間取れるか?ちょっと話があるんだ」
 目立って表情の読みにくい涼介さんの顔は、それでも少し真剣そうに見えた。
「はい、大丈夫ですけど・・」
 俺は少し俯き加減でそう答えた。
 何でかな、この人と話をすると、すごく緊張するっていうか・・照れるんだよな。
「じゃあ、終わったら携帯に連絡してくれるか?」
「あ、後10分くらいで終わりますけど・・」
 涼介さんの言葉に、俺は思わずとっさにそう答えた。
「じゃあ、その辺りで待ってるよ」
 涼介さんはそう言ってふと微笑んでいた。
「あ、はい。分かりました」
 俺は答えながら少し考えていた。
 なんだろう?話って・・。それもわざわざバイト先にまで来る位だから、なんか重要な事かな・・?
「ありがとうございましたー!」
 スタンドを出て行くFCをぼーっと見送りながら、俺はまだ考えをめぐらせていた。
「何、話してたんだ?」
 そしてすぐ、池谷先輩にそう聞かれた。
「え、なんか話があるからって、そう言われただけですけど」
 なんとなく何か期待していそうな先輩に、俺はそう答えた。いつもならイツキが俺の事を質問攻めにするけど、今日は用事があるとかで休みだし、ちょくちょく来ている健二先輩は、もう帰った後だから、俺は自然と池谷先輩と2人で話をする形になった。
「けど拓海はすごいよなぁ。あの高橋涼介に期待されてるんだもんな」
 先輩の言葉に、俺はなんと言っていいのかちょっと考えた。
「俺は、なんだか場違いって感じもするんですけどね」
 速く走れるようになりたいって思うし、負けたくないとは思うけど、自分が速いとは思えない。
「拓海は自分のすごさを分かってないんだよなぁ。もっと自信持っていいと思うけど、俺は」
「はぁ」
 先輩はそう言ってくれるけど、やっぱり俺はまだまだだと思う。

 そんな話をしているうちに俺の仕事時間は終わった。着替えて外に出ると、まるで計ったかのようにFCが目の前に止まった。
「あ、涼介さん」
「お疲れ様。ハチロクではないんだな」
 確認のようにそう尋ねられた。
「学校から直で来たから、ハチロクじゃないです」
 わざわざ1回家に帰るのもめんどくさいだけ。俺もイツキも学校帰りはたいてい直でバイトに来ていた。
「それじゃあ家まで送ろう。とりあえず乗ってくれ」
 足代浮いた。ラッキー。
 俺は思わずそんな事を思いながらFCのナビシートに座った。

 話ってなんだろう。
 俺はそう思いながら、しばらく黙って流れる景色をぼーっと眺めていた。隣の涼介さんは前を見つめたままで、話し始める気配はなかった。
 なんか、話すべきなのかな・・。
 そうは思うものの、言葉が上手く出てくるわけでもなく、俺はなんとなく景色から涼介さんへと視線を移した。
「少し遅くなっても大丈夫か?まだ平気そうなら食事でもどうかな」
 信号待ちでとまった時、涼介さんは初めてこっちを向いてそう言った。
「大丈夫です。オヤジ今日は飲みに行くって言ってたから・・」
 親父が飲みに出てしまえばたいてい朝帰り。遅く帰ったところであの家には誰もいない。
「そうか・・じゃ、どこか・・といってもこの時間じゃファミレスくらいしか開いてないな」
 涼介さんは小さく笑い、そして再度FCを走らせた。

 食事の時に交わされた会話はたわいのない事ばかりで、涼介さんの言う"話"にはたぶん触れていなかったと思う。
 でもそのおかげというのか、涼介さんの事を知る事が出来たからそれはそれで良かったのかもしれない。もともと俺は涼介さんの事を良く知ってるわけじゃなかったから、いろんな事を知った気がする。考え方や、今までの事や、本当にいろんな事・・。
 考えてみると不思議なんだよな・・。俺と涼介さんの関係って・・一体なんだろう・・?バトルの相手?
 俺はなんだか心の中に引っかかるものを感じた。
「この道で良かったか?藤原」
 帰り道のナビシートでぼーっと考えをめぐらせていた時、ふいに声をかけられて涼介さんの方に顔を向けた。
「あ、はい。ここ、真っ直ぐです」
 おおよその場所をすでに話してあった俺の家へはあと少し。
「あの、話って、なんだったんですか?」
 俺はどうしても気になってそう聞いてしまった。
「藤原と、こんなにゆっくりと話をしたのは初めてだな」
 俺の質問に答える代わりにそう言われてしまい、一瞬俺はどうしようかと思った。
「話すよりも先に走りに惹かれたからな、ちゃんと話をしてみたかったんだ」
 涼介さんは前を向いている。でも、言葉が真っ直ぐ俺に向けられているような気がして、なんだか俺は照れてしまった。
「話、したかっただけなんですか?」
 そしてなんとなく、また心に引っかかるものを感じ、次に浮かんだ疑問を俺は口に出していた。
「いや、そういう訳でもないな」
 そう言ってふと自嘲気味に笑った涼介さんの表情は、今までに見た事がないものだった。
「ここか?」
 ゆっくりとFCが止まるのと同時にそう言われ、家の前まで来ている事に気付いた。
「今日は、いろいろとありがとうございました」
 結局、話って・・。そうは思ったものの、車の中には居づらくて俺はお礼を言って車から降りた。
「藤原」
 涼介さんは車を降り、俺の事を呼んだ。
「はい」
 俺が振り返って立ち止まると、涼介さんは俺の前までゆっくりと歩いて来た。
「一番言いたかった事が、一番最後になってしまったが・・」
 そう言って話し始めた涼介さんの目はとても真剣で、俺は真っ直ぐに見ていられなかった。
「俺は拓海の事が好きなんだ」
 その言葉は、いきなり俺の心に飛び込んできた。

*-*-*

 ・・そして今に至る・・。
 改めて考えると、俺、すごい事言われたんだ・・。
 俺はさっきから外に突っ立ったままでいい加減寒くなってきたから家の中に入った。そしてすぐ、電話が目に入る。
 返事・・どうしよう・・。
 ドキドキして、恥ずかしくなって。これってどういう気持ちなんだろうか。
 涼介さんの言う"好き"って言う言葉に込められた想いは、俺が今、涼介さんに対して思う好きって気持ちとはたぶん全然違う。
「でも・・。嫌っては思えないんだよなぁ・・」
 普通に考えれば変な話。自分がそういう対称になるなんて考えた事もなかったし、それも相手があの高橋涼介だから尚更。
 でも・・。
「好きって言われて、考えて欲しいって言われた事は・・」
 つぶやいて俺は考えてしまう。
 県外遠征の返事よりも難しいかもしれない・・。速く走れるようになりたいから、新しいチームに入れてもらおうと思った。じゃあ、涼介さんの事は?
 好きだけど、嫌いじゃないけど、それだけじゃ何か足りない。なんだろう?何か大切なものが足りない。それが分からないと、返事が出来ない。
「う゛ー」
 俺は頭を抱えて唸った。
「・・あ!」
 しばらくそうやって頭の中でぐるぐると考えていたら急に答えが分かって、俺は電話に飛びついた。
 前にもらった携帯の番号を思い出し、涼介さんに電話をかける。
 1コール、2コール・・その呼び出し音が増える度、俺の心臓は痛いくらいになっている。
 5コール目、その痛さに思わず受話器を下ろそうとした、その時・・。
『はい』
 まるで耳元で直接しゃべられているかのように涼介さんの声が聞こえて、俺の心臓はドクンとひときわ大きくなった。
「もしもし。藤原です」
 名乗って、俺は一度大きく深呼吸をした。
『どうした?藤原』
 前回、新チームの話のとき、俺はやっぱりすぐに電話をかけ、あまり関係ない事を聞いてしまったから、涼介さんからすれば俺が何の目的で電話をかけてきたか分からないかもしれない。
「あの、返事というか・・ちょっと違うかもしれないけど、話を聞いて欲しくて・・」
 言いながら、やっぱりはっきりとした返事じゃないないじゃん・・と思ってなんだか口ごもってしまう。
『悪い話なら聞く気はないけど、いいか?』
 そんな風に言われて、俺は恥ずかしくなった。
「悪い話ではないと思います」
『じゃあ、聞こう』
 涼介さんって、こういう事も言う人なんだ・・。
 そう思ったと同時に、受話器からエンジン音が消えた。そうするとなんだかすごく静かで、その静けさが緊張に拍車をかける。
 俺は覚悟を決めてしゃべり始めた。
「俺、さっき涼介さんに言われた事考えたんですけど、返事、何て言っていいか上手く言えないかもしれなくて・・」
 言いながら、俺は心の中で、訳分かんないよ~と情けなくなりながら、でも俺の気持ちを伝えたくてしゃべっていた。
『あぁ』
 小さく返されるその相槌が、俺の気持ちを理解してくれているように感じてすごく安心させてくれた。
「俺、うれしかったです。涼介さんに言われた事、すごくうれしかった。でも自分の気持ちがよく分からなくて、あ、でも俺も、涼介さんの事・・あの、えっと・・なんですけど・・」
 いざ口に出して言おうと思うと恥ずかしい方が先に立ってしまって、俺の声はどんどんと小さくなってしまう。
『ん?』
 そう促されて、うっと思いながら、それでもやっぱり口に出せなくて俺は言葉を先へと進めた。
「それで俺、涼介さんの事、もっと知りたいって思ったんです。俺の気持ちはまだそのくらいなんですけど、それでもいいですか?」
 俺が足りないと思ったもの。それは、俺の涼介さんへの想い。
 想われているだけだったらこれ以上先へは進めないと思うけど、俺からの想いがあれば、まだまだほんの少しかもしれないけど、俺の気持ちが涼介さんの事を想っているなら、俺の好きも、涼介さんと同じ好きになるかもしれない。
 俺はドキドキしながら涼介さんの言葉を待った。
『拓海』
 名前を呼ばれてドキッとする。
「はい」
 返事をする声に力が入らない。
『拓海は俺の事嫌いか?』
「嫌いじゃないです!」
 ふいに尋ねられた言葉に、俺はすぐそう答えた。
『じゃあ、俺の事好き?』
 次の言葉に、さっきの返事の勢いが止まってしまう。
「はい・・」
 好きです。口に出して言えなかったその言葉を、俺は心の中でつぶやいた。
 電話の向こうで、涼介さんが小さく笑った気配がした。
『今はそれだけで充分だ。答えてくれてありがとう』
 聞こえてくる声は、すごく優しい。
 たった一言の言葉を口に出せなくて、それでも優しくしてもらって。俺はなんだか自分が情けなく思えた。
『こんなに早く返事がもらえるとは思わなかった。告白した甲斐があったな』
 涼介さんの言葉に顔が熱くなる。
「あの、もう少し、待ってて下さい」
 俺は小さな声でそう言った。
『ああ、待ってる』
 すぐに帰ってきたその言葉に、俺はなんだかすごい事を言ってしまったような気がした。
「それじゃあ、また連絡します」
『ああ、俺からも連絡するよ。それじゃ、おやすみ』
 耳に届く涼介さんの声は本当に優しくて、なんだかうれしい。
「はい、おやすみなさい・・」
 そう言って切ろうとしてはっと思い出す。
「あ、また、いろいろな話、して下さいね」
 もっと、涼介さんの事を、教えて下さい。
『ああ、また誘いに行くよ』
 そう言って切れた電話を、俺はしばらく眺めたまま、なんとなくぼーっとしてしまった。
 なんか、すごく長い間話をしていたような気がする。切るのが、なんだか淋しかった気もする。
「俺、やっぱり本当はすごく好きなのかも・・」
 口に出して言ってしまうとすごく恥ずかしくて、でもその気持ちに嘘がない事を俺は自覚してしまう。
 さっき、言えればよかったのに・・。
 そんな風に思いながら、俺は自分の部屋へと向かった。

 "好き"が"すごく好き"に変わった今日。
 俺が涼介さんに強烈な印象を残す日は、近いのかもしれない。



最初の想い
2000.9.30