『峠のお茶会』
「その存在」789Hitリクエスト うりさまへ♪
きっかけなんて、実はよく分からなかったりするんだ。でも、心の奥にもともと持っていたと思う。
いろんな気持ちを…。
初めての出会いは高3の夏。
あの頃の俺は、車を運転するってことに楽しい思いなんてなくて、"走りや"っていうその存在も考え方も、いまいち理解出来なかった。
峠を速く走るのだって、ただただ速く家に帰りたかっただけだし、その為にいろんな事を試しにやってたけど、それが出来たからといって何か変わるわけでもなかった。
『理由は何にしろ、速く走ろうって思った時点で素質があったって事じゃないか?』
そんな風に言われて、そうかなぁって思いもする。
でも、本当に走ることに対しこんなにも自分の気持ちが動いたのはこの人との、…いや、この人達との出逢いの影響だ。
群馬県最速と言われる兄、涼介さんと、俺にとって初めてのバトル相手となった弟、啓介さん。この高橋兄弟が、俺の心の奥にあった何かを引っ張り出してくれた気がする。
『やはり、もともと素質があったって事だな』
俺の言葉に、涼介さんは笑ってそう言っていた。
『はぁ。そんなもんですか?』
俺はあの時、間抜けな返事をしてしまった。
朝の豆腐配達の事を知った啓介さんは、たまに朝、俺の事を待っているようになった。
こんな朝早くから物好きな、などと思ってしまうのだけど、真夜中に峠を走った帰りなのだろうから、ついでみたいなものなのかもしれない。それとも、朝起きてから来てるのか?俺にはその真意が良く分からない。
何にしてもこの人達からは、走るのが好きって言う気持ちがひしひしと感じられる。
俺がもう少し早くに、この人たちに出逢う前に走る事を好きになっていたら、その出逢いも存在も考え方も、全て違うものになっていただろう。
でも、この存在に勝るものは、ないかもしれない…。
『よ、藤原』
配達の帰り、前方で止まっている黄色いFDを見つけその傍に車を止めて外に出ると明るい声がかけられる。
なんだかとても不思議なのだ。ライバル視されてると思っていたら、そうでもなさそうでやけに友好的。はじめとっつきにくそうに思えていたその表情も、実はそんな事ないんだと気付くまでそんなに時間はかからなかった。
別に何を話すわけでもなく、たわいのない会話が続く。帰ってから寝れないのがちょっと難点だけど、こんな時間を過ごすのも楽しいかもしれない。
そんな風に思っている自分が、なんだか不思議に思える。
不思議といえばこの兄弟。見ていてすぐに分かる仲の良さ。一人っ子の俺には良く分からないけれど、兄弟ってこんなに仲が良いものなのか?って思うくらい仲が良い。
良い事に越した事はないんだろうけど…。
俺が不思議に思うのは、趣味は同じでもまるっきりって位違う性格をしていそうな2人がって所。まるっきり違うわけではない。同じものも感じる。でも、やっぱり違う。
2人とバトルして、その違いを思いっきり感じた。走り方が全然違う。攻め方も、俺が受けるプレッシャーも何もかも…。
受ける印象も全然違う。だから啓介さんとは結構話せるようになったけど、涼介さんとはなかなかうまくしゃべれない。
涼介さんと話をすると、なんだかすごく緊張してしまう。あの独特の、なんとも言えない雰囲気が俺を緊張させる。それにかっこいいし…。
もともと俺、人付き合いって得意じゃないんだよな。だから余計なのかも。
なんだか仲の良い2人がうらやましく思えたりする。なんとなく。
だから、この2人ともっと話をしてみたい。
何に関しても、得るものは大きいと思うから。俺の中にある、まだ出きってない何かを引っ張り出してくれそうな気がするから。
他力本願というわけではないけれど、前に進めなくなった俺を導いてくれそうな、そんな大きな存在になっている。
俺、何か変わったかな。
いつも走る事を考えてる。車の事を考えてる。バトルした人達の事を考えてる。
きっかけなんて分からない。理屈じゃないと思うから。
それでも、切っては考えられない2人のその存在は、俺の中に大きく突き刺さってるんだ。
今も、これからも、ずっと…。
その存在
2000.9.9