TeaParty ~紅茶のお茶会~

『峠のお茶会』

「サクラ、散ル」

桜咲く公園で、拓海は発見された。
まるで桜に守られるようにその身体は花びらで埋もれていた。
幸せそうな笑顔で、まるで眠っているように・・。
けれど。
彼はもう息をしていなかった。


母親は小さい頃に亡くなったと聞いていた。
父親はつい最近事故であっけなく逝ってしまった。
気が付けば一人になっていた。
高校の卒業を控えたオレに、世間は結構冷たいものだ。
幸い就職先も決まっていたし、オレは誰に頼ることなく先へと進むことにした。
かわいそうとか、大変だとか、そんな言葉は聞き飽きた。
どうせ、オレの心の中までなんて分からないんだ。
分かって欲しくもないけどさ。

親父は、借金とかそういっためんどくさいものはまったく残していなかった。
それどころか、いつの間に貯めたのかオレ名義の通帳がタンスから出てきたりもした。
おかげでオレは何の支障もなく生活することができた。
だから、ただ親父がいないだけの生活になった。
だけどそれは、それ以上に今までと違う生活の始まりだった。

朝の配達がオレの日課だった。
中学の頃から早起きさせられ、嫌々行っていた豆腐の配達。
車の運転なんか大嫌いだった。
楽しいなんて、絶対思わないと思っていた。
それが、いろいろな出逢いと経験で変わろうとしていた。
変わって先に進もうとしていたその時に、オレの日課から配達がなくなった。
それはオレにとって大きな衝撃だった。
物足りなくて、気になって、どうにもならない・・。
車の運転は、何時の間にかオレの生活から切り離せない存在になっていた。

ちょうどその頃、オレは涼介さんから県外遠征のチームに誘われた。
それはオレにとって願ってもないことだった。
まだまだ自信はないけれど、オレはそのチームに入りたいと思った。
もっと速く走れるようになりたい。
もっと車のことを知りたい。
もっともっと・・。

県外遠征のチーム「プロジェクトD」の活動の始まる春までの間、オレは涼介さんにいろいろなことを教えてもらった。
涼介さんもオレも逢える時間は限られていてその少しの時間の中、オレは一生懸命だった。
少しでも近付きたい、役に立ちたい。
それは速く走れるようになりたいと思う気持ちに似ていて、だけど違う感情も含んでいた。
ずっと傍に居たいと思うから、涼介さんの傍から離れたくないと思うから。
その想いは何にも勝る、オレの気持ちだった。

オレの想いが叶ったのは冬になるほんの少し前だった。
告白は涼介さんからで、オレは信じられなくて泣き出してしまったくらい嬉しかった。
同じ気持ちだったという事が、本当に本当に嬉しかった。
キスをして、抱きしめて、抱きしめられて・・。
自分の中に涼介さんを感じ、オレは幸せだと思った。
もう絶対に傍を離れない。
それはオレの気持ちで、そして涼介さんの気持ちでもあった。
幸せは、ずっと続くと思っていた。

冬になって、オレは涼介さんと桜を見に行った。
寒い時期に咲く、寒桜。
春に見る桜ほど派手ではないけれど、それはしっかりと花を咲かせていた。
「今度は春に二人で桜を見よう」
帰りに涼介さんとそんな約束をした。
春になったら、いろんなことが始まる。
その前に、二人でデートしようと・・。

冬は相変わらず寒かったけれど、心はずっと暖かかった。
クリスマスも年末年始も、今までにないくらい幸せに過ごした。
大好きな人と過ごすだけでこんなにも幸せになれるのだと、オレは初めて知った。
「これからはずっと一緒だ・・」
そう言った涼介さんは本当に優しい笑顔だった。

その年の桜は、例年よりも早い時期に花が咲いた。
だから予定よりも早く、オレ達は桜を見に行った。
満開のその桜は、本当に綺麗だった。
綺麗過ぎて怖いというのは、このことを言うのかもしれないと思った。
そして。涼介さんに似ていると、オレは思った。

オレは高校を卒業して働き始めた。
プロジェクトDとしての活動も始まった。
早咲きの桜が全てを祝っているように思えた。
なにもかも、順調に事が進んでいった。

そして一年が過ぎ、春はもう目の前に迫っていた。
プロジェクトDは解散してしまったけれど、オレはいろいろなものを手にすることが出来た。
また、新しいことが始まった。
その中で、オレは涼介さんとずっと一緒にいられると思っていた。
変わることなく、ずっと。
そう、思っていた。

だけど、それは突然に起こった。

連絡を受け、オレが向かった先は病院だった。
走りながら目に入るのはピンク色に染まった風景だけだった。
まるで雨のように、とめどなく景色をピンクに染め上げる桜の花びら。
桜よ桜。
まだ一緒に見に行ってないよ・・!

真っ白い壁、真っ白い天井、真っ白い床。
何もかも白いその部屋に、涼介さんは寝ているという。
面会謝絶のその文字が、オレと涼介さんを隔てていた。
だから信じられなかった。
この部屋の向こうに涼介さんがいるなんて、信じたくなかった。

やっと涼介さんに逢えたのは、だけどやっぱりその閉ざされていた扉の向こうでだった。
物々しい機械が並び、それが涼介さんにつながっていた。
なんで・・どうして・・。
それは考えたって決して答えの出ない、現実だった。

「夢を叶えてくれ」
涼介さんはそう言った。
「拓海の思うように、自分の夢を叶えてくれ」
涼介さんはそう言った。
オレの夢は、オレの夢は・・!

「桜を見に行きたかったな」
しだれ桜、見に連れてってくれるって言ってたじゃないですか。
「今年も桜の木の下を、二人で歩きたかったよ」
手をつないで、歩きましょう。
「来年も、再来年も、その先もずっと」
ずっとずっと、毎年、一緒に桜を・・。
「もっと、拓海の傍にいたかったよ」
傍にいてください。ずっと、傍にいてください。
「愛しているよ」
オレも、愛してます。

それっきり、涼介さんの声は聞けなくなってしまった。

気付けばオレは、また一人になっていた。
これから、一体何のために車を運転するというのだろう。
配達もない。
走るチームもない。
なによりも、目指す人が、いない・・。

桜よ桜。
怖いくらい綺麗な、桜の花よ。
涼介さんは、桜のように綺麗だった。
桜のように・・。

夢を叶えてくれと涼介さんは言った。
だけどオレの夢は、もう絶対に叶わない。
涼介さん、あなたがいなければ、もう絶対に叶いはしないんだ。

桜よ桜。
咲き急ぎ、散り急ぐ春の花よ。
オレも一緒に連れて行ってくれないか?
一人でなんて、見たって意味がないんだ。
涼介さんと、一緒に見たいんだ。
これから先も、ずっと、ずっと・・。
それが、オレの願い。


桜散る公園で、オレは目をつぶった。


桜よ、桜。
涼介さんの元へ・・。


サクラ、散ル
2001.3.25