TeaParty ~紅茶のお茶会~

『世紀末のお茶会』

「ずっと…」

  ショーウィンドウでひとめぼれ
  それは小さな王冠を頭に乗せた、小さな犬のぬいぐるみ…


 仕事帰りの買物途中。
 緒方は誰かに見られているような気がして振り向くと、そこにそれは置いてあった。
 ぬいぐるみなのに、その目は「買って」と言わんばかりにこちらを見つめている。
 それは毛糸で作られた小さな犬のぬいぐるみで、頭に小さな王冠を乗せていた。
「かわいい!」
 思わず、言葉は口から出ていた。
 ガラス越しにしばらく見つめていると、なんだかどんどんと欲しくなってしまう。
 でも、自分でぬいぐるみを買うっていうのもどうだろう…と思ってしまい、すぐに買いには行かれない。
 あきらめて帰ろうと思うものの、なんだかあきらめきれなくて、その場を動けなくなってしまう。
 しばらく悩んで悩んで悩んだ挙句、いい事を思い付いた。
 もうすぐ誕生日じゃないか!
 意を決して店の中に入った。
 店の中に同じ物はなく、お店の人に声を掛けてみた。
「手作りなので数は置けないんですよ」
 そういってショーケースの中から、そのぬいぐるみを取り出してくれた。
「プレゼント用ですか?」
 にこやかな笑顔で聞かれ、慌てて「はい」とだけ返事をした。
 包装された小さな箱にリボンが掛かり、それはさっきよりもなんだかものすごく可愛いものになってしまった。
 でもなんだかちょっと、ウキウキする気持ちになりながら、家への道を急いだ。

 仕事帰りの買物途中。
 高杉は誰かに呼ばれたような気がして振り向くと、そこにそれは置いてあった。
 ぬいぐるみなのに、その尻尾は「買って」と言う期待を込めて振られているように見えた。
 それは毛糸で作られた小さな犬のぬいぐるみで、頭に小さな王冠を乗せていた。
「かわいい!」
 思わず、言葉は口から出ていた。
 ガラス越しにしばらく見つめていると、なんだか可愛さが増してくる。
 誕生日プレゼントにするのもいいかもしれない。きっと喜んでもらえると思う。
 でもすでにプレゼントは用意済みで、一瞬どうしようかと悩んでしまう。
 しばらく考えて、でもふと心が軽くなるように思いつく。
 プレゼントが多いのは、全然かまわないことじゃないか!
 そしてすぐに店の中へ入った。
 店の中に同じ物はなく、お店の人に声を掛けてみた。
「手作りの限定ものなんですよ」
 そういってショーケースの中から、そのぬいぐるみを取り出してくれた。
「プレゼント用ですね」
 にこやかな笑顔で聞き返され、「お願いします」と返事をした。
 包装された小さな箱にリボンが掛かり、それはさっきよりも更に可愛いものになった。
 渡した時の笑顔を思いながら、家への道を急いだ。

  そして9月15日…

 帰りに待ち合わせをして夕食を食べ、ケーキを買って、手をつないで帰る。
 家に着いてソファーに座れば、二人だけのゆったりとした時間になる。
「お誕生日おめでとう」
 切り分けられたケーキがテーブルに並んでいる。
「ありがとうございます」
 そしてグラスが、小さな音を立てた。
 少し涼しくなった夜の風が、そんな二人にすごく優しい。
 ケーキを食べ、一息ついたところで高杉は一度、部屋に戻った。
 用意していた渡したいもの。包みの上に小さな箱を置くと、なんだか嬉しい気持ちになった。
「はい、プレゼント」
「わぁ、ありがとうございます」
 もらった緒方が嬉しくて笑顔になると、渡した高杉も嬉しくて自然に笑みがこぼれる。
「これは?」
 上に乗った小さな箱が気になるように、緒方は首を傾げてしまう。
「別の日に可愛いのを見つけたんだ。どうしてもプレゼントしたくなってね」
 その疑問に、高杉はそう答えた。
「じゃぁ、こっちから…」
 掛けられたリボンと包装紙をそっとほどき、小さな箱をそっと開ける。
「あっ!」
 緒方はビックリして、一瞬そのまま動けなくなった。
 見たことがある、けれど違うものがその箱の中から緒方を見つめていた。
「かわいい!」
 ビックリした事よりも、素直な気持ちが先に口に出た。
 小さな犬のぬいぐるみは、箱から外に出し手のひらに載せると更に可愛く思えた。
「偶然、見つけたんだけどすごく気に入ってね」
 高杉は緒方の言葉とその表情がとても嬉しかった。
「これ…」
 そしてさっきのビックリを思い出し、緒方は思わず高杉を見つめてしまった。
「どうしたんだい?」
 少し不思議そうな感じに見えた緒方の表情が、高杉には不思議に思えた。
「ちょっと待ってて下さい」
 緒方はそのぬいぐるみを大事そうに抱えたまま部屋へと急いだ。
 袋に入れたままだったその箱をその袋ごとつかんで、また急いで戻った。
「実はですね…」
 高杉は、そう言って紙袋からリボンの掛かった箱を取り出した緒方の続きの言葉をそのまま待っていた。
「あっ!」
 リボンをほどき包装紙をはがし、箱を開けてその中を見た時、高杉もビックリした。
 リボンの色も包装紙も箱も違う。毛糸の色も犬種も飾りも違う。
 でも、王冠を乗せた犬のぬいぐるみ。
「俺も偶然、見つけたんです。すごく可愛くて…思わず買っちゃったんですよ」
 緒方の手の上に、二つのぬぐいるみが並んで乗せられた。
 ふたつのぬいぐるみは、同じ目でふたりの事を見つめていた。
「見られているような気がして振り向いたら、目が合っちゃったんですよ」
 緒方は見つけた時のことを思い出して、子供みたいな笑顔で笑った。
「僕は呼び止められた気がしてね」
 高杉も見つけた時を思い出し、そう言って優しい笑顔を緒方に向けた。
「偶然、同じ家に来たんですね」
 それがなんだか嬉しく思えて、緒方はそのぬいぐるみたちを優しい目で見つめていた。
「違うお店で売られていたのに…」
 きっと同じ人が作ったであろうそのふたつのぬいぐるみは、別々のお店の店頭で、別々に緒方と高杉に買われ、そして同じ家にやってた。
「本当に呼ばれたのかもしれないな」
 高杉はそう言って自分が買ってきた方のぬいぐるみを見つめた。
「え?」
 首を傾げた緒方をその手に乗せられたぬいぐるみごと、高杉はそっと抱きしめた。 
「きっと、ずっと一緒にいたかったんじゃないかな」
 そして耳元で、そうささやいた。
「高杉さん…」
 すごく、何もかもが優しく感じられて、緒方はその腕の中に身をゆだねた。
「きっと、離れたくなかったんですね」
 ずっと一緒にいたいのも、離れたくないのも、それは高杉も緒方も同じ気持ち。
「俺、大切にしますね」
 ぬいぐるみを膝の上にそっと置き、緒方は高杉の背に腕をまわした。
「僕も大切にするよ」
 そして、ちょっぴり見つめあって、ちょっぴり唇が触れて、もう一度ぎゅっと抱きしめあった。


  見つけたのは大切な人。
  見つけたのは愛しい人。
  寄り添って、微笑み合って、
  抱きしめて、抱きしめられて、
  ずっと、ずっと…



ずっと…
2004.9.15 Wed