『世紀末のお茶会』
「朝~たとえどんなに離れていても~」1400Hit ブッチさまへ♪
「…っ!」勢い良く開いた目に飛び込んできたのは見慣れた天井。
しばらくその天井を見つめ…僕はゆっくり目を閉じた。
「…はぁ…」
ため息にも似た息をゆっくりと吐き、再度目を開けると気分も少し落ち着いた気がする。
「夢…か…?」
口に出してつぶやいて、自分を納得させる。それでも、その夢がどんなものだったのかは思い出せない。まったく、覚えていない。
分かるのは、いい夢ではなかったという事。重苦しい空気と、痛いくらいに鳴っている心臓が物語っている。
とりあえず今の状況をどうにかしたくて、僕はベットから降りた。
キッチンに行って喉を潤し、時計を見れば6時少し前。
寝直すには少し時間が足りない。でもそれ以上に、もう一度寝る気にはなれなかった。
部屋中に、家中に、重い空気が立ち込めているように思えた。そして、いつもは二人で暮らしているこの部屋に、今日は一人で居る事が重い空気に拍車をかける。
「静かだなぁ」
つぶやく声は、やけに響いてなんだか悲しい。
夢から覚めたのに、僕の置かれている状況はまったく変わっていないのかもしれない。
”プルルルル、プルルルル―――――”
しばらく、何をするでもなくソファーに座っていると電話が鳴った。
こんな朝早くに…?
そんな疑問が浮かんだけれど、僕は少し期待を込めて受話器を取った。
「もしもし」
『高杉さん?おはようございます、耕作です』
受話器から聞こえたのは、愛しい耕作の声。
「緒方君?」
なんだかとてもうれしくて、期待通りだったことに少し驚いて、僕はその名を呼ぶのが精一杯だった。
『高杉さん、寝てました?』
「いや、起きていたよ」
少し心配そうな声で尋ねられ、僕やすぐにそう答えた。
『良かった』
ホッとしたような、そんな声音が聞こえ、でも僕の方がその何倍もホッとしていた。
耕作の声を聞くだけで、心が落ち着く。
「おはよう。早いけど…何かあったのかい?」
出張先という、僕の目の前には居ない耕作が、なんだかすごく心配になる。
『何もないですよ。ただ…今日の予定、朝からみっちり詰まってて…。で、なんだかすごく、高杉さんの声が聞きたかったんっスよね』
耕作の言葉が、すっと胸に染み込んできた。すごく、うれしい。
「僕も、緒方君の声が聞きたいって思っていたよ」
『以心伝心ですね』
その言葉に、僕は少しドキッとした。まさにその通りで、さっきまでの僕は本当に耕作の事を欲していた。
その声を聞きたくて、その顔を見たくて、その笑顔を僕に向けて欲しくて…。
「本当だね。すごくうれしいよ」
心の中が、ぽっと暖かくなる感じがして、すごく心地好い。
重く思えていた部屋の空気も、今はふんわりとした感じで、僕を包んでくれている。
「今日の帰りは遅くなるのかい?」
帰りの予定時間は聞いていなかったから、僕はそう尋ねた。
『まだわかんないっスよ…。でも、なるべく早く帰れるように頑張りますから』
少し残念そうな声と、いつもの熱血な声と。すごく耕作らしくて、僕は本当に安心する。
「頑張っても、無理はしないでくれよ」
『大丈夫っすよ』
ちょっと心配でそう言った僕に、明るい声が返ってくる。
『あ…。そろそろ仕度しないとマズイんで…。帰る時に、また連絡入れます』
「ああ、待ってるよ」
お互い、これから仕事に行かなくてはいけない。のんびりとはしていられないのがちょっと悲しい。
『それじゃ…』
「あ、耕作」
切れそうになった電話に僕は叫んだ。
『はい?』
「愛してるよ」
”ガッターン”
瞬間、受話器の向こうから聞こえたのは何か物が倒れたような音で、僕はびっくりした。
「耕作?大丈夫かい?」
『……高杉さ~~ん!急に言わないでくださいよ~~』
ちょっと情けないような涙声が聞こえて、僕は小さく笑った。
「言いたかっただけなんだけど、ダメだったかな?」
『ダメじゃないです、ダメじゃないですけど…ダメです…』
目の前に居たら絶対に抱きしめているところだけれど、今はそれが叶わないから言葉で代用する。
「ちゅっ」
『わっ』
電話の向こうで、じたばたしていそうな耕作が想像できて、ちょっと楽しい。実際に見られないのが、本当に残念だ。
『洋一郎さん!!まったく…』
少し怒っていそうな声で、でもその名を呼んでくれたって事は本心じゃないてすぐに分かってしまうそんな言葉が聞こえて、僕はまた笑ってしまった。
『洋一郎さん、俺が帰ったら、覚悟しておいて下さいね』
ちょっと口惜しげに言われ、その後耕作も笑っていた。
「楽しみにしているよ。それじゃ仕事、頑張って」
引き止めてしまったから、話にキリをつけようと僕はそう言った。
『高杉さんも、頑張って下さい。それじゃあ、またあとで…』
「あぁ」
短く返事をして、電話が切れるのを待った。今日は、自分から切りたくなかった。
『洋一郎さん、愛してますよ』
電話が切れる間際、早口でとても小さな声だったけれど、耕作のそんな言葉が聞こえた。
「…。やられた…」
僕は、しばらく幸せにひたっていた。
嫌な感じに目覚めた朝は、耕作の電話のおかげで、晴れやかで気持ちの良い朝に変わった。
「やっぱり耕作が居ないと、僕の一日は始まらないのかな」
そしてそれは、耕作も同じならいいと、心から思う。
朝~たとえどんなに離れていても~
2000.10.27