TeaParty ~紅茶のお茶会~

『世紀末のお茶会』

「幸せな光景~陽だまりと仔猫と僕の恋人~」777Hit うりさまへ♪

 陽だまりの中に、とても愛しい日常がある。
 日の当たるソファー、読みかけの新聞、丸くなった仔猫。
 そして、誰よりも愛しい、僕の、恋人…。


「高杉さん、猫大丈夫ですか?」
 ある日突然、食事のあとのお茶を飲んでいた時に緒方君はこう言った。
「猫かい?別に大丈夫だけど…。急にどうしたんだい?」
 緒方君が突然なのはいつものことなのだけれど、あまりにも唐突だった事と、その話題が猫だったことに僕は少し驚いていた。
「あ、すいません…。実は会社の裏で仔猫が親とはぐれてしまったらしくて…。そのうちの、どうも1匹だけ貰い手が見つからなくって…」
 緒方君はそこで言葉を一旦切った。そして僕の事を、ちょっと伺うかのように見ていた。
「それで、家で飼おうって言いたいのかな?」
 僕はそんな緒方君に微笑みながらそう言った。
「わかっちゃいましたか…。そうなんっスけど…」
 ちょっと心配そうな顔の緒方君が、すごく可愛い。なんだか、いじめてしまいたくなるよ。
「そうだね…」
 僕は、ちょっと考えているような素振でその一言だけを言った。
「ダメっスか…?」
 少し上目遣いの可愛い表情をされて、僕は思わず抱きしめたい衝動に駆られそうだった。
「ははは。ダメではないよ。貰っておいで」
 僕は笑顔でそう答えた。
「本当っスか?良かったぁ」
 すごく安心して喜んでいる緒方君を見て、僕はちょっと気になることに気が付いた。
「もしかしてもう貰う約束になっていた?」
「それはしてないですけど…。もしだめだった時に、悲しませたくないですからね」
 緒方君はそう答えた。
「なんだかすごく安心しているような顔だったからね。もう約束してきたのかと思ったよ」
 ちょっとドキッとさせるような、とても優しい眼差しだったから…。
「1匹だけ残されちゃって、なんだかすごく可哀想だったんですよね。だから、思わず安心しちゃたんです」
 そう言って笑う緒方君はなんだかとても僕を幸せな気分にさせてくれた。
「緒方君は優しいなぁ」
 僕は思わず、そっと緒方君を抱きしめた。
「え」
 緒方君はちょっと驚いたように小さく声をあげた。
 僕は幸せだったから、そのまま緒方君の事を抱きしめていた。
「どうしたんですか?」
 ずっと黙ったままだった僕を、緒方君はちょっと不思議に思ったようだ。
「猫が来たら2人っきりじゃなくなっちゃうなって思ってね」
 僕はそう言って触れるだけのキスをした。
 緒方君の顔は、瞬間、真っ赤になった。
「な、何、言ってるんですか!」
 ちょっと焦ったような言い方や仕草が本当に可愛くて、僕は幸せで幸せで仕方なくなる。
「だってそうだろう?僕はいつでも緒方君と一緒に居たいからね」
 そんな風に言って、もう一度緒方君を抱きしめる。
「まったく…」
 かすかに聞こえた緒方君のつぶやきは、呆れられている訳ではない、なんだかうれしそうな感じに聞こえたから、僕はうれしかった。
「猫が来ても、俺は高杉さんの傍に居ますよ。ずっとずっと、俺は高杉さんだけが好きですよ」
 そう言って僕の背にまわされる緒方君の腕が心地よい。
「朝まで傍に居てくれるかい?」
 僕の言葉に、緒方君は一瞬ぴくりと身体を緊張させた。
 本当に、緒方君はなんて可愛いんだろうか…。
「…洋一郎さん…」
 僕の耳に届くかどうか、そんな小さな呼び声に返事を返そうとちょっと抱きしめる腕を緩めたその瞬間…。
「朝まで、傍に…」
 触れる唇、小さくささやかれた言葉、真剣なその表情。
 僕は愛しさと幸せの中、決して離すことの出来ない恋人をぎゅっと抱きしめた。

「なんだか、この仔が1匹だけ残った理由がわかるような気がするよ…」
 次の日、緒方君が連れて帰ってきた仔猫の顔を見た瞬間、僕は思わずそうつぶやしてしまった。
「そうですかねぇ…」
 緒方君は仔猫を抱き上げ、まじまじとその顔を見つめていた。
 我が家のやってきた仔猫は、全体的に色のついた三毛猫で、お腹と足先が白いメス猫で…。
「この顔が原因ですかね…」
 そしてちょっと苦笑いな表情でそう言っている。
「そこが可愛いところなのかもしれないけどね」
 僕はそう言って仔猫の鼻先をちょんと押した。
「ミ~」
 ちょっと抗議するような、そんな鳴き声はまだまだ仔猫のもので、とっても可愛かった。
「そうっスよね、こいつの特徴ってことで、いいんじゃないですか」
 緒方君はそう言って笑い、仔猫を自分の指でじゃらして遊んでいた。
「この顔のおかげで僕たちのところに来たのかもしれないしね」
 僕はその光景がとても優しくて、なんだか温かな気持ちになった。
「ははは。そういう考え方もあるんですね」
 そう言って僕に笑いかける緒方君の表情がとても可愛くて、僕も笑い返した。
「ま、この黒い顔が可愛いってことで」
 くりくりの目で僕と緒方君を交互に見ている仔猫の顔は、右側半分、目のラインより上が真っ黒で、ぱっと見た感じ”可愛い”という印象は受けにくい柄だった。
「そうだね…」
 僕は小さくつぶやいて緒方君を見つめた。
「でも、一番可愛いのは緒方君だけどね」
 そしてにっこりと笑いかけた。
「だあ~~!!」
 緒方君はちょっと奇妙な叫び声を上げた。
「急に言わないで下さいよ~」
 ちょっとだけ涙目っぽい緒方君の表情が、本当に可愛い。
「本当の事を言っただけだよ」
 緒方君の表情も言葉もその行動も、どれもこれもが1つ1つ可愛くて、僕はうれしくてたまらない。
 緒方君はちょっと照れたように顔を赤くしている。
 本当に可愛く可愛くて、僕は猫ごと緒方君を抱きしめた。

 隣で動く気配がして僕は目を覚ました。
「ん…」
 幸せそうな緒方君が隣で寝ていて、僕はなんとなく安心感があった。
「耕作…」
 僕はそう、小さな声で呼びかけた。別に起こそうなんて思っているわけではない。ただ、その名を呼びたかった。
「ん~~~」
 まるで返事をするかのように、緒方君は笑っている。
「何かいい夢見てるのかな?」
 僕はその寝顔をしばし見つめ、布団を掛け直そうと少し引っ張った。
「ミィー」
 少しだけ重みを感じた布団の下のほうから小さな鳴き声が聞こえて、僕は思わず起き上がった。
 薄暗い部屋の中に、光る2つの瞳。僕は一瞬ドキッとした。
「あぁ、そうか…」
 仔猫を飼い始めたんだ。
 くりくりの目をこちらに向け、仔猫の方も不思議そうに僕の事を見ていた。
「ごめん、起こしてしまったね」
 僕が小さな声でそう言うと、仔猫はあくびでそれに答え、くるくるとその場を回り、急に小さく丸まってまた寝てしまった。
「おやすみ」
 仔猫の仕種がとても可愛くて、僕はつい顔がほころんでいるのが分かった。
「う~~~」
 なんて、仔猫の事を見ていると、隣の緒方君はちょっと険しい顔でうなっている。
「ごめん、ごめん」
 別に僕の行動に抗議してではないと思うけれど、なんだかあまりのタイミングにちょっと笑ってしまう。
「ははは。緒方君の寝顔には、何もかなわないな」
 可愛くて、思わずそっと抱きしめた。
「おやすみ、耕作」
 僕はそう言ってもう一度ぎゅっと抱きしめた。
「…よ~いちろ~しゃ~~ん…」
 小さくつぶやいた緒方君の寝言は、僕をとてもとても幸せな気分にさせた。

 うららかな休日。リビングで緒方君と仔猫が遊んでいる。
「名前付けないと…。何がいいと思います?」
 我が家に来て2日目。まだ名無しのごんべえの仔猫は、目に入るもの全てに興味を示し、ちょろちょろと走り回っている。
「そうだねぇ…」
 そんな仔猫を見つめ、僕は小さくつぶやいた。
「やっぱり猫だから、タマかな」
 半分冗談のように緒方君は笑いながら言った。
「それともミケかな。こいつ一応三毛猫みたいだし」
「それじゃ、そのまんまだよ」
 僕は思わずそう言ってしまった。
「ははは。そうっスよね。うーん、どんな名前がいいだろう」
 手に飛びついて来た仔猫をそのまま抱き上げ、緒方君は楽しそうに笑っている。
 なんだかその光景がとても暖かで、僕は幸せな気持ちで見つめていた。
 いつもの日常にちょっと猫が加わった…それだけの事。それだけの事がなんだか特別に思える。
 緒方君の笑顔が僕以外に向けられている、とういのがちょっと気になるといえば気になるのだけれど…。それとは別に、なんだか優しい気持ちにもなる。
「こういうのを幸せって言うのかな」
 僕の小さな小さな呟きに緒方君が振り向いた。
「何ですか?」
 僕の言葉が聞こえていなかったらしく、不思議そうな顔をしていた。
「あ、幸せだって思ったんでしょう?」
 そしてちょっと得意げな顔でそう言われ、僕は驚いた。
「どうしてわかったんだい?」
「高杉さんの事、何でも分かっちゃいますからね、俺」
 得意げな、ちょっと勝ち誇ったようなその表情がまた可愛い。
「耕作君…」
 小さくその名を呼ぶと笑顔が返ってくる。
「それに。俺が幸せだと思ったからですよ。高杉さんが幸せだと、俺も幸せですからね」
 ちょっと照れた風に言う緒方君を愛しいと思う。
「僕も同じだよ。耕作が幸せなら、僕も幸せだ」
 緒方君の笑顔が、表情が、行動が、その全てが僕を幸せにしてくれる。
「それじゃ俺たち、永遠に幸せですね」
 その笑顔とその言葉。
 これで幸せにならないわけがない。

「緒方君?もしかして寝てるのかい?」
 日の当たるソファーを枕にして、緒方君はスースーと寝息を立てている。
「お子様の相手は疲れちゃったのかな」
 まるで遊び疲れた子供のような緒方君の寝顔が可愛くて、思わずそんな風につぶやいてしまう。
 緒方君の遊び相手だった仔猫は、緒方君に寄り添い背を丸めて、やっぱり小さな寝息を立てている。
「この光景が日常になるのかな」
 僕は緒方君の事を見つめていた。
 窓から差し込む日差しは暖かで、昼寝をするには最適なのかもしれない。
「僕の事もかまって欲しかったな…」
 緒方君の正面になるように座り、僕はそうささやきかけた。
「う~~~~~ん」
 小さくつぶやき、笑った寝顔。
 こんな日常も悪くないかもしれない。
「耕作…」
 そっと髪に触れ、そっとなでる。
「ん~。よういちろうしゃ~ん」
 昨日と同じ寝言。僕は思わず笑ってしまう。
「ちゃんと起きてる時に言って欲しいなぁ」
 そう言ってちょっとだけ唇に触れた。


 ここに陽だまりがある。仔猫が寝ている。
 恋人は可愛い寝顔で可愛い寝言をつぶやいてくれる。
 陽だまりの中、その幸せな光景は僕の大切なものでいっぱいだった。



幸せな光景~陽だまりと仔猫と僕の恋人~
2000.6.15