TeaParty ~紅茶のお茶会~

『世紀末のお茶会』

「秘密のチョコレート大作戦」10800Hit くんさまへ♪

「はぁ…」
 もう何度目になるのか。自分でも無意識に高杉はため息を落とした。
「遅いなぁ…」
 そのため息の合間に時計を見て、またひとつ、ため息。高杉はさっきからそんな動作を繰り返していた。
 最近、たまにだけれど緒方の帰りがちょっと遅い。そんな事は今までもあったけれど、それだけなら別になって事ないのだけれど、どうも仕事関係ではないらしいと高杉は気付いてしまった。
 "まさか"などといろいろ考えてしまい、なんだか全然落ち着かない。
「はぁ…」
 そしてまたひとつ、ため息を付いてしまうのだった。

「急げ急げ!!」
 家までの道のりを、緒方は一生懸命に走っていた。早く帰って逢いたい人がいて、その人にちょっぴり隠し事があるから余計に急いてしまう。
 気付かれないように、怪しまれないように、だけど連日帰りが遅いのはさすがにちょっとヤバイかも…と思う。それも今日で最後の予定なのだけれど、明日はその仕上げをしなければいけない。
「それまでは隠させて下さい、高杉さん」
 祈るような気持ちで緒方は走っていた。

「ただいまー」
 玄関を開け部屋に入った緒方を高杉は優しい笑顔で迎えた。
「おかえり。寒かっただろ?」
 2月の夜は寒くて冷たくて、だけど二人で暮らすこの部屋は、暖かさに満ちている。
「もう、寒かったっスよ」
 走って冷たい風を切ってきた緒方の顔は痛いくらいに真っ赤になっていた。
「こんなに冷たくさせて…」
 言いながら高杉は緒方の顔を両手で包み込んだ。冷え切っていた緒方の頬には、それは熱いくらいのぬくもりだった。
「あったかー」
 本当に暖かくて、そして気持ちよくて嬉しくて、緒方は目をつぶってそのぬくもりを感じていた。その無防備な行動を、高杉は見逃さなかった。
「ん!」
 包み込んだ顔をそのまま引き寄せ唇を重ねた。触れるだけではなくて、深い、深い口付け。
「はぁ」
 それは、急なことに驚いた緒方の息が苦しさの限界を迎えるまで続いた。
「洋一郎さん…」
 長い長いそのキスの後、そのまま抱きしめられた緒方はその腕の中で小さくその名を呼んだ。
「耕作…」
 このぬくもりもこの声も、全て自分のもので絶対誰にも譲れない。高杉はそんな想いを込め、緒方をさらに抱きしめた。

「よし!今日は早く帰るぞ!!」
 営業も終わり、緒方は外に出たその瞬間にそう言って気合を入れた。今日この日、外に営業に出て早めに直帰するという計画は結構前から練っていたもの。高杉が帰ってくるその前に、どうしてもやってしまわなければいけない事が緒方にはあった。
「バレてはいなそうだけど、なんとなく気にはされてるみたいだからなぁ…」
 昨日の夜を思い出し、そのちょっとだるさの残る身体にもっと別なことを思い出してしまいながら緒方は家への道のりを今日は別な意味で急いでいた。

「この時期の街の雰囲気は独特だなぁ」
 帰り道。高杉は自分の周りで繰り広げられるその光景をなんとなく見つめながら歩いていた。残業で少し遅くなったこの時間でも、いやそんな時間だからこそなのか、街中は甘い雰囲気であふれていた。
 お菓子屋さんの陰謀とちょっと思ってしまうこともあるけれど、やっぱり乗せられてしまう大イベント。
「プレゼントもディナーの予約もばっちりだし。あとはどうやって緒方君を誘おうか?」
 実は明日に迫ったその日の約束を高杉は取り付けていなかった。一緒に過ごす事は分かり切っている事だけど、だけど別に用事が入っていたら…。そんなことがある訳ないと分かっていても、やっぱり高杉は気になってしまっていた。

「お帰りなさい、高杉さん」
 緒方は返ってきた高杉を笑顔で迎えた。ここの所、自分の帰りの方が遅かった緒方にはこうやって迎えに出るのは久し振りだった。
「ただいま」
 家に着いて、目の前に笑顔がある事に高杉はとても安心していた。けれど部屋中に甘い香りがする事に気付いてちょっと首をかしげた。
「何か作っていたのかい?」
 夕飯にしては甘過ぎるその匂いをかぎながら高杉は不思議そうに尋ねた。
「え、あ、晩ご飯っスよ」
 高杉の言葉に緒方は慌ててそう答えた。夕飯を作っていたのは本当で、でもそれ以外にもう一つ作っていたのも本当で、それは出来ればまだもう少しだけ内緒にしておきたかいものだから。
「そう?」
 その慌てぶりで緒方が何か隠していることが分かってしまい、ここしばらくの間ずっと気になっていた事が高杉の心を襲った。
「緒方君、僕に何か隠してないかい?」
 こんな風に聞きたくはなかったのだけれど。今の高杉にはどうしても聞かないと済まないように思えた。
「あっと、えーっとですね。って、高杉さん寒かったでしょう。俺、味噌汁あっためてるんで着替えて来て下さいよ」
 緒方は何とかその場を切り抜けようとそう言ってクルリと高杉に背を向けた。
「緒方君!」
 そんな言葉で高杉をかわせる訳がないと分かっていたけれど、緒方はキッチンへの第一歩を踏み出す前に高杉につかまってしまった。
「わっ」
 高杉はその緒方の後ろ姿を捕まえるようにぎゅっと抱きしめた。
「言うまで離さないよ」
 そしてそんな風につぶやいた。
「高杉さん…」
 その声とそして何よりも抱きしめてくる腕の力強さが高杉の気持ちを痛いほど伝えてきて、緒方は胸が締め付けられるような痛みを感じた。
「僕には言えない事なのかい?」
 小さく、本当に小さくつぶやくように言った高杉の体がわずかに震えている事を緒方は背中越しに感じた。
「・・・」
 緒方は何も言わず、ただ首を振ることでその言葉に答えた。

「高杉さん」
 夕飯を済ませた後、緒方は決心したように高杉の名を呼んだ。何とかごまかしてこの時間まで高杉に隠し事をしていたものの、さすがにもう隠せない状況になってきていた。
 高杉はといえば、なかなかしゃべってくれないことになんだか少し落ち込みかけていて、その気持ちを隠すかのように新聞をボーっと眺めていた。
「実はですね…」
 言いながら、緒方はリボンのかかった箱をそっと高杉の前のテーブルに置いた。
「実は、これを作っていたんです」
 新聞からテーブルへと視線を変えた高杉は、その目の前に置かれた箱を見て一瞬言葉を失った。
「…これを?」
 高杉はその箱をじっと見つめ、やっとそう一言だけつぶやいた。この大きさ、この形。箱を見れば中身は容易に想像する事が出来た。
「はい」
 答えて、緒方はなんだか恥ずかしくなった。
「緒方君の、手作り?」
 箱から緒方へ視線を移し、そして今度は緒方をじっと見つめて高杉はそう言った。
「そうっス…。あの…明日のために…なんですけどね」
 言いながら、さらに恥ずかしくなって照れてしまい、ちょっと苦笑い気味になりながら緒方は答えた。
「もしかして最近帰りが遅かったのってこれのためだったのかい?」
 気付いて、高杉は緒方を見据えたまま尋ねた。
「せっかく作るならきちんとしたもの作りたかったんっスよ…」
 高杉さんへのプレゼントだし…。最後は小さくそうつぶやきながら緒方は顔を真っ赤にさせていた。
「そうだったのか…」
 緒方の言葉を聞いて、高杉はすごく安心していた。気になって気になって仕方なかった事が、嬉しいプレゼントと共に解決したのだ。
「なんだか心配をさせちゃったみたいっスね…。すみませんでした」
 高杉のその安心そうな顔を見た緒方は今まで隠し事をしていたのが申し訳なく思えた。
「僕の方こそ!なんだか疑うような事をしてしまったし…」
 高杉は"まさか"などといろいろ考えてしまった自分が本当に許せなかった。
「許してくれるかい?」
 高杉はそう言って緒方の事を見つめた。
「・・・」
 許さない事なんてないです!緒方はそう言おうとした言葉を飲み込んだ。そして、そのままじっと見つめ返した。
「緒方君?」
 何も答えず真剣に見ている緒方の名を高杉は思わず呼んでいた。
 しばらくの間、沈黙が二人を支配していた。
「高杉さん、これ、受け取ってくれますか?」
 その沈黙をあっさりと破って、緒方はその白い箱を高杉に差し出した。
「え?」
 急に言われて高杉は思わず聞き返してしまった。
「俺の気持ちです」
 さっきまでの真剣な顔を笑顔に変えて、緒方はもう一度箱を高杉の前へと差し出した。
「緒方君…」
 その名を呼んで、高杉も緒方に笑顔を向けた。
「もちろん喜んで。ありがとう、耕作」
 そう言った高杉にはプレゼントと、そして許してくれたことへのお礼のふたつの気持ちが込められていた。そして、とてもとても、幸せだと思っていた。
「開けてみてもいいかい?」
 早く中を見てみたくて、高杉はそう言って緒方に聞いた。
「いいっスよ。もう12時も過ぎてますからね」
 気付けば日付は変わっていて、今日はもう2月14日。気持ちを伝えるには、絶好の日にち。
 高杉はそっとリボンをはずし、箱のふたに手をかけた。
「なんか、緊張するっスね」
 緒方はその動作を見つめ、照れてようにそう言って笑った。
「僕の方が、何倍も緊張してると思うよ」
 笑顔に笑顔を返し、高杉はそう言った。その言葉どおり、高杉はなんだか手が震えそうだとすら思いながらそっと箱を開けた。
「わっ」
 見て、高杉は声を上げた。そしてそのままじっと中身を見つめていた。
「ありがとう、耕作」
 本当に嬉しくて、高杉はやっと顔を上げて緒方に笑いかけた。
「最高のプレゼントだよ…」
 テーブル越しに緒方をそっと抱きしめ、高杉は幸せを噛み締めていた。
「俺の気持ち、受け取ってくれますか?」
 答えは聞かなくても分かっているけれど。だけど聞きたくて緒方は小さくつぶやいた。
「あたり前だろう。喜んでいただくよ」
 高杉はさらに抱きしめて、そっと離して小さくキスを贈った。
「今日のディナーは、僕と一緒にいかがですか?」
 まだお互いの距離がそんなに離れていないところで、高杉は笑顔に真剣な顔を乗せてそうささやいた。
「喜んで!」
 緒方はとびきりの笑顔でそう答えた。

 幸せな幸せなValentine day。
 二人でデートのそのあとは…。
 手作りチョコレートケーキのデザートで決まり!!



秘密のチョコレート大作戦
2001.2.11