TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

酔っ払いラプソディー

「好きだ」
 酔っ払っていなければ、きっとそんなセリフは口に出せなかったと思う。

 あの日は演奏会の打ち上げで、その席には土浦もいた。
 俺たちは自他共に認める犬猿の仲で、だからこそこういう席で近くに座ることはなかったが、トイレに立った後で戻れる席は土浦の隣しか空いておらず、仕方なくその席に腰をおろした。
「お二人って、同級生だったんですよね」
 確か斜め前に座っていた女性にそんな話を振られ、そうだと答えた記憶はあるが、それ以外にその女性と何を話したかはよく覚えていない。
 ただ、そういえばこんなことがあったよなと、何故か珍しく土浦と懐かしい話で盛り上がったことはよく覚えている。
 そして、言い合いをしながらも土浦のことを認めていたことや、俺には到底奏でることの出来ない土浦の音色を、段々と好きになっていたあの頃の感情を思い出していた。
 高校3年生になると同時にウィーンへと留学し、まったく新しい生活を送る中で、何故か思い出すのは土浦が奏でるピアノの音色で、そのとき初めて、土浦の音色に惹かれているのだと自覚した。
「土浦の音色は俺とは違い過ぎたが、嫌いだったのは最初の頃だけだったんだ」
 だから、話が盛り上がった勢いで、俺は土浦に本音をこぼしていた。
「俺もお前の実力は認めてんだぜ。好き嫌いで分ければ、どうしたって嫌いに軍配は上がってたけどな」
 そう言って笑う土浦の顔を見ていたら、留学中に土浦の音色を恋しいと思った感情が、ぶわっとよみがえってきてたまらない気分になった。
 あの頃、音色を思い出すだけでは何かが足りなかった。音色を思い出せば出すほど、別の何かが恋しくなった。
 あれはきっと…。
「好き、だったんだ。自覚したのは随分あとだったが」
 アルコールが回って、視線が真っ直ぐに噛み合わない。でも、土浦を見ていたくて目が離せない。
 突然の俺のセリフに、土浦が首をかしげる。その姿が可愛くて、抱き締めたい衝動に駆られそうになる。
 あぁ、俺は土浦が好きなんだと、改めて自覚する。どうして、今まで離れていて大丈夫だったのだろうと思ってしまうくらい土浦を恋しいと思う。
「好きだ」
 だから俺は想いのままを口に出した。声に出せば、その感情はより現実的になる。
「お前、酔ってるだろう」
 驚き顔は一瞬で、その後は呆れたような顔を向けられてムッとしてしまう。
「確かに酔っている自覚はあるし、酔った勢いという自覚もあるが、冗談で男に告白など出来るわけがないだろう」
 酔っていなかったら、きっと口に出すことは出来なかった。だからこそ、信じてもらえないのかもしれないが、本気が伝わらなかったのはすごく淋しい。
「え…………、っ」
 短い言葉の後、しばらくの沈黙を経て、土浦の顔が真っ赤に染まる。
「好きだ。土浦が好きなんだ」
 俺の本気が伝わったのだと思えば嬉しくて、俺は好きを繰り返す。
「好き…」
 どれだけ言葉にしてもまだ足りなくて、けれど俺にはその言葉しか見つからない。
「…っ、わかった、わかったから…」
 もう一度、好きと告げようとした口は、伸びてきた土浦の手のひらで塞がれて言葉を紡げなくなる。
 触れる土浦の体温は温かく、唇が、それが手のひらだとしても土浦に触れているのだと思えば愛しさが溢れて止まらなくなる。
「愛してる…」
 俺は触れる土浦の手をそっと離し、手のひらではなく、甲にそっと唇を触れながら想いを告げる。
 好きという言葉よりも、更にしっくりくる言葉を見つけることが出来て嬉しい。
「君は?」
 手を握り締めたまま、じっと土浦の目を見つめて尋ねれば、土浦は赤い顔をふいと逸らした。
「ここで俺に答えろっていうのかよ」
 ここ、という言葉に俺は土浦の視線を追い、何人もの視線が俺と土浦に注がれていることに初めて気が付いた。
 ああ、今は打ち上げの席だったか。
「それなら、二人きりになろう。悪いが俺たちはここで失礼する」
 俺は握り締めていたその手を引き上げるように立ち上がり、そのまま挨拶を残して歩き出す。
「ちょっ、月森っ」
 土浦の文句のような言葉は無視して更に歩を進めれば、背後からは悲鳴ともため息ともとれる感嘆の声と、揶揄なのか応援なのかわからない口笛の音が聞こえてきた。
「おい、待てって。それより手、離せ」
 それまで引きずられるように着いてきた土浦だったが、店の外に出た途端、歩みを止めて手を振り払ってきた。
「嫌だ」
 考えるより先に言葉は出ていて、そして離れそうになる手を強い力で握り締め直していた。
「まだ二人きりになっていない。君の返事を早く聞きたい」
 俺も歩みを止めて振り返り、土浦の目を真っ直ぐに見つめる。
「それはお前が望む返事じゃなくてもか?」
 手を離すのはとりあえず諦めたらしい土浦も、俺のことを真っ直ぐに見返してきた。
「俺たちは自他共に認める犬猿の仲だ。俺のことが嫌いなら、あの場でそう答えていても誰も驚きはしない。君が返事をためらう必要はなかったはずだ」
 ましてや飲み会の席で、俺が酔っていることもみんなわかっているはずだ。
「君が返事をためらった理由を、俺は聞きたい」
 夜とはいえ、街頭の灯りは土浦の顔をはっきりと見せてくれる。
「それは…」
 いつだって強気な土浦の目が、ほんの少し揺れて俺から逸らされる。目の前で見せられる、今までに見たことのない土浦の表情に、愛しさがさらに増していった。
「いや、やっぱり早く、二人きりになろう。そこでゆっくり聞かせてくれ」
 目の前の土浦を、見せびらかしたいと思うのと同じくらい、独り占めしたい。
 だから俺は、握り締めたままの土浦の手を引いてまた歩き出す。
「お、おいっ。…ったく、わがままっていうか、お構いなしっていうか…」
 土浦は文句を言っているが抵抗はされず、そのままおとなしく着いてくる。
「嫌いだよ、お前なんか」
 ため息混じりにそうつぶやいた土浦は、けれど俺の手をぎゅっと、痛いくらいに握り返してきた。

 そんな一連の出来事が、次の日以降、真実と憶測が混ざり合って膨らみながら、世間をしばらくの間、騒がせたことは言うまでもない。
「人前では二度とやるなよ、あんなこと」
 文句を言いながらも、あれからずっと土浦は俺の隣で笑ってくれている。
 今度は酔ったふりをして人前でプロポーズをしようと思っていることは、秘密にしておいた方がいいかもしれない。



酔っ払いプソディー
2017.4.24-30
コルダ話92作目。
相変わらず強気な月森君と、ほだされちゃう土浦君。
タイトルのわりに月森君は酔ってなさそうですが…。
実は酔った勢いで書き始めたのでこんなタイトルだったりします^^;