TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

すてきなプレゼント

 2人にとって甘いイベントから1ヶ月。
 世間も俺たちもまた、浮かれてしまうような季節がやってくる。


 クリスマスの2日後から始まった俺、土浦梁太郎と月森蓮との関係は、俺がバレンタインデーに手作りのチョコレートを渡してから少し変わった。
 いや、関係というよりも月森の態度が変わったと言ったほうが正しいかもしれない。
 学院内のどこかですれ違えば必ず月森から声を掛けてくるし、一緒に練習しようと普通科の俺の教室までわざわざ言いに来たりする。
 少し前まで犬猿の仲と認識されていた俺へと向ける月森のその態度に周囲も俺も驚いているが、当の本人は気にするでもなく、二人きりのとき以外でもどこか甘くて優しい表情を俺に向けてくる。
 ちょうど卒業式に2人で演奏することが決まった後で、だから2人でいることはまぁ不自然ではなかったが、それでも月森の態度が変わり過ぎていて俺たちの関係がバレてしまうのではないかと心配していた。
 だが、月森の変化は俺に対する態度だけではなく、基本的に誰に対しても冷たい態度で近寄りがたい雰囲気だった月森の、その作られた壁のようなものがなくなって、雰囲気がとてもやわらかくなっている。
 だから俺が特別視されている訳でもなく、それならバレることもないだろうとホッとしたが、今度は違う意味での心配事が増えた。
 月森のそんな雰囲気に、女子がそれまで以上に月森へと近付くようになったのだ。
 今年のバレンタインデーも渡されたそのチョコは全て断ったと言っていたが、渡された数は去年よりも多かったらしいとの噂は俺の耳にも届いていたし、よく話しかけられているところを目撃することが多くなった。
 月森の気持ちは疑っていない。ほぼ毎日のように一緒に練習するために会っているし、会えば練習だけでは済まなくてキスもそれ以外ももう数え切れないほどしている。
 それでもやっぱり気になるものは気になるし、どうしたって不安になる。
 バレンタインデーのときはそんな気持ちを払拭したくて悩んで決意してチョコレートを渡したが、普段の生活の中でこの不安を口に出すのはどうにも恥ずかしくて出来そうにない。
 そして今、ホワイトデーが間近に迫っていることで、俺の気持ちはもうそわそわしっぱなしだ。

 ホワイトデーが近付くにつれ、1ヶ月前と同じように浮き足立つ空気がそこかしこに広がり始めていた。
 お返しに悩む者、お返しに期待する者、自分には関係ないと無関心を決め込む者…。
 告白をするバレンタインデーとお返しをするホワイトデーという根本的な違いはあるものの、こういったイベントにはやはり独特の雰囲気がある。
 今年は俺もその雰囲気の中の一員なのだと気付けば、そわそわする気持ちは更に増したような気がした。
 そして月森はどうなのだろうと思う。
 チョコを受け取ったことがないということはお返しをしたこともないということで、それならばお返しを貰うのは俺が初めてなんだろうかと思えば嬉しいような気恥ずかしいような気分になった。
 だが、一緒に練習をしていても話をしていてもその話題に触れることはなかったし、バレンタインデーのときの俺のように悩んでいる様子はない。
 別に何かを期待しているわけではないなんて強がってみたところで、本心は思い切り期待している。
 だからといって物が欲しいわけではない。月森の気持ちが欲しい。その気持ちだって貰っていないわけじゃない。それでもまだ、もっと欲しい。
 俺は一体いつからこんなにも欲張りになったのだろう。

 そしてホワイトデー当日。
 気分を引き締めて登校したが、周りの雰囲気はやはり昨日までとは少し違う。
 プレゼントを渡したり渡されたり、 女子の間では友達同士のお菓子交換会が始まったり、あちこちがそれらしい雰囲気になっている。
 そんな雰囲気の中、ポケットのケータイがメールの着信を告げ、サブディスプレイに表示された月森の名に俺は急いでその内容を確認した。
『放課後、正門前で待っていてほしい』
 最後に書かれたその言葉を2度読み返し、放課後に正門前でと更に心の中で確認する。
 用事で少し遅れると書いてあったが、会えるとわかって少しホッとする。
 月森のメールを受けてからの授業はいつも以上にその時間が長く感じ、そしてその内容は全然頭に入ってこなかった。

 授業が終わり、俺は待つのだとわかっていながら急いで正門前に向かった。
 自分でも笑ってしまえるくらい浮かれまくっていて、じっとなんてしていられない。
 時間潰しに鞄から楽譜を出して目で追うが、そのメロディーは正確な音で頭に入ってこない。明るい曲調ではないはずなのに、まるで跳ね回るような音色が流れている。
 今、ピアノを弾いたらこんな音色を奏でるのだろうかと思いながら指は無意識にそのメロディーを空で奏で、そして俺のピアノに合わせるように聞こえてきた月森のヴァイオリンの音色を、早くちゃんと聴きたいと思った。
「土浦」
 そのタイミングで名前を呼ばれて顔を上げれば、少し先に早足でこちらへと向かってくる月森が見えた。
「すまない。思ったより待たせてしまった」
 そんなに待ったつもりはないが、わざわざ急いで来てくれたことを嬉しいと思う。
「用は済んだのか?」
 聞きながら楽譜をしまい、月森と並んで歩き出す。
 こんな風に並んで歩くのなんか初めてではないのにやけに嬉しくて、頭の中には楽しげなメロディーがずっと流れていた。

 そのまま月森の家へと誘われ、1ヶ月前のあの日を思い出した。
 月森の机の上には、チョコを包んでいたラッピングの袋が未だに飾られていて、俺はそれを見る度に嬉しいような恥ずかしいような気にさせられる。
「土浦」
 机から目を逸らすように鞄を部屋の隅に下ろしたところで月森に呼ばれて顔を上げれば、月森は不意に近付いて俺の左手を握り締めてきた。
「何…?」
 そしてその手に小さな包みが乗せられる。
「バレンタインデーのお返しに、君にこれを…」
 真っ直ぐで優しい表情と、あまりにも急なことで一瞬、反応が遅れ、何を言われたのか頭が理解した瞬間、言葉よりも前に熱が集まった赤い顔で月森の行動と言葉に返事を返してしまった。
「本当はもっと早くに渡したかったが、学院ではなかなか渡すタイミングがなくて今になってしまった」
 月森はそう言って少しすまなそうな顔をしたが、学院で渡されていたら、それはそれで授業どころではなくなっていたかもしれないと思う。
「開けてもいいか?」
 不安に思う必要など全くなかったのだと嬉しくなり、早くその中身を見たくてそう聞けば、短い了承の言葉と頷きが返された。
 手のひらに乗せられたそれのリボンを解き、丁寧に開いた小さな箱の中にあったのは、とてもシンプルなキーリングだった。そっと持ち上げれば金属同士がぶつかりシャラリと高い音が鳴ったが、その音がなんだか耳に心地よかった。
 鍵を付ける金具に並んでピアノの形をした飾りが付いている。そしてよく見ればリングの部分は繋ぎ目のない綺麗な輪で、緩やかに波打つようなデザインになっていた。
「ありがとう。すごく嬉しい」
 目の前にかざしてじっと見つめれば、月森が俺のことを考えて選んでくれたことが伝わってきてすごく嬉しくて、心があたたかくなったような気がした。
 そして軽く振って聞こえるシャラリという音がなんだかものすごく気に入って、俺は小さく振ってその音を楽しんだ。
「気に入ってもらえたようでよかった」
 月森はどこか安心するような笑みを向けてきて、俺は振る手を止めて月森を見つめ返した。
「君の手作りチョコレートに対して何を返せばいいだろうと悩んだんだが…」
 月森はおもむろに俺の手を握り締め、そして俺の手からキーリングをそっと取ると、そのリングの部分を俺の指へと通した。
「チョコレートと一緒にもらった気持ちに返事をするのならば、思い付くものはひとつしかなかった」
 そう言った月森の口元に俺の手が、指にかけられたキーリングごと引き寄せられ、指先に小さなキスが落とされる。
 月森の指と唇から伝わる体温に心臓が高鳴り、そしてキーリングを掛けられたのが左手の薬指だったのだと気付いて、心臓の高鳴りは更に激しくなった。
「だが、今の俺にはまだそれを贈るには早いような気がした。それでもこの気持ちを君に贈りたいと思っていたときにこれを見つけたんだ」
 月森の指がリングをなぞってからピアノの飾りに触れる。ゾクリとするような感覚が身体を駆け抜け、思わず震えたときにシャラリと高い音が鳴った。
 まるでその音を合図にするかのように月森にキスをされる。撫でるように唇に舌が触れ、それを受け入れたくて唇を開けば、それを待っていたように入ってきた舌に俺のそれを絡め取られた。
「ぅん…」
 ためいきのような声がその隙間からもれ、まるでそれを塞ぐようにキスが深くなっていく。
 少しの息苦しさに握り締められたままだった月森の指を絡めるようにして握り返せば、その度にシャラリと鳴る音がものすごく俺を煽った。
「っ、あ…」
 途端、カクリと膝の力が抜け、月森に縋りつく暇もないままその場にしゃがみこんでしまった。
「つき、もり…」
 離れてしまった唇が淋しくて見上げれば、それでも離れずに握り締められていた手に掛かるキーリングが目に入る。
 指にするには大きくてそして重いリングが違う意味で大きくて重いものに感じ、だがその重さが月森の気持ちなのだと思えば嬉しくて幸せで胸がいっぱいになる。
「一生、大事にする。一生、土浦を独占したい」
 ゆっくりと俺と同じ視線の高さに降りてきた月森が、真摯な目で俺を見つめている。
 頭のてっぺんから足の先まで、月森に何もかもを奪われてしまったような錯覚が起きる。それでも構わないと思う。
「俺にも月森を独占させてくれるんなら、喜んで…」
 繋いでいない右手を思い切り月森に伸ばして抱き締めて引き寄せると、それ以上の力で月森からも抱き締められた。
「愛してる…」
 耳元でささやかれたその言葉と、左手から聞こえるシャラリという音を聞きながら、俺は触れる月森の唇を受け止めてそっと目を閉じた。


 今年2度目の甘いイベントは、俺たちにとって心に残る大切なイベントになった。



すてきなプレゼント
2013.3.17
コルダ話79作目。
拍手コメに触発されて書き始めましたが当日には全然間に合わず^^;
バレンタイン話の一応1ヵ月後設定です。
土浦君の乙女っぷりが更に激しく上がってしまってごめんなさい…。