TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

10年後の僕等

そのとき俺たちは、どんな毎日を過ごしているだろうか。


 その日、数年振りとなる日野からの電話を受けたのは太陽が昇り始めたばかりの早朝だった。
 国際電話だとわかって掛けたのだろうに、時差を忘れている辺りが日野らしくてなんだか憎めない。
『せっかくみんなが集まれそうな機会だし、土浦君は出席してくれる?』
 それは日野の電話よりも少し前に届いた、母校である星奏学院での演奏会へのオファーにかこつけた、同窓会への誘いだった。
 同窓会と言っても同じクラス、同じ学年といった大きなものではなく、学院内で行われたコンクールがきっかけで、演奏会や合宿など様々な行事をともに過ごした仲間たちと集まろうという内輪の会だ。
『演奏会に出ない人たちにも学院から招待の連絡はしているみたいだし、こんなチャンス、たぶんしばらくないと思うの』
 確かに、コンクールに出場したメンバーが今、それぞれの場所、それぞれの分野で活躍していることは知っていても、学校に行きさえすれば集まることが容易だったあの頃とは違って、揃って会う機会は本当に少ない。
「久し振りにみんなとゆっくり話したいし、喜んで参加するぜ」
 だから日野の誘いはとてもありがたかったし嬉しかった。
『それでね、もちろん幹事はこっちでやるんだけど、土浦君がちょっぴり手伝ってくれたら嬉しいなぁって思ってるんだけど…』
 そう言われ、だから俺に連絡してきたのかと思い当たって、思わず苦笑いがこぼれた。
「俺を伝書鳩にしようってことだな」
 指揮者としてあちこちの楽団に顔を出している俺が、世界中で活躍中の演奏者たちと比較的、連絡が取りやすいことを日野は知っているらしい。
『え、そういうわけでもないような、あるような…』
 えへへ、と電話口から笑い声が聞こえ、あの頃もこんなやり取りがあったなと懐かしく思う。
「で、俺は誰に連絡を取ればいいんだ?」
 そう聞きながら、頭の中に顔を思い浮かべれば、日野が挙げていく名前と一致していく。
『それと…。えっと、月森君もお願いしても…、大丈夫、かな…?』
 まるでお伺いをたてるように、そして恐る恐るといった感じに一句一句を区切ったその聞き方に、思わず笑ってしまった。
 日野がこんな風に聞いてくるのは、高校生の頃、俺と月森の仲が自他共に認める犬猿の仲だったからだ。
「別にそんな心配そうに聞かなくたって、連絡くらい構わないぜ」
 普通に返事をすればそれが意外だったのか、電話越しでもわかるくらいに日野の怪訝そうな態度が伝わってくる。
 まぁ、高校生の頃の俺たちの仲を現在進行形だと思っているのであろう日野にとってはごく当たり前の態度なのかもしれない。
「あれから10年だぞ。少しは成長してるんだよ、俺も」
 そして月森も。
 成長し、そして再会した俺たちは今、あの頃とは違う関係を築いている。
 でもまさか俺も月森とこんな関係になるとは思いもしなかったよなと、感慨にも似た思いで隣を見やれば、さっきから声は潜めているにしてもすぐ傍で電話をしているというのに全く起きる気配を見せない月森の寝顔がそこにある。
 朝にものすごく弱いこと、同じくらい寝付きもあまりよくないこと、思ったより行動力がいいこと、案外強引なこと、実は独占欲が強いこと…。
 10年前の、出会ったばかりの俺が知らなかった月森を俺はたくさん知った。あの頃の俺が、月森のほんの一部しか知らないくせに、その全てを否定していたのだと思い知った。
『そっかぁ…』
 一瞬、電話中だということを忘れて自己嫌悪に陥りかけていた思考が、日野のつぶやくような短い一言で我に返った。
「そうだよ」
 日野がどんな感情でその一言をつぶやいたのかはわからなかったが、そこに興味や追求の響きは感じられなかったから、俺も短い一言を返した。
 そうだ。俺も月森も少し大人になった。反省と後悔を積み重ね、それを乗り越え、少しずつ大人になっている。
 それから本題以外の会話をいくつか交わし、じゃあ、お願いね。また連絡するからと、そんな言葉で日野は電話を切った。

 携帯電話を充電器に戻したところで、やっと目を覚ましたらしい月森の腕が腰の辺りに回される。
「土浦…」
 俺の名を呼ぶその声は寝起きにしても更に不機嫌そうだ。
 寝起きが悪いにしても、こんな早い時間にすぐ傍で電話をしていた自分の配慮のなさを反省した。
「悪い、起こしたか?」
 まだ起きるには早過ぎると布団の中に潜り直せば、回された腕に引き寄せられて強い力で抱き締められた。
「電話…」
 顔は上げずに小さくつぶやき、そのまままた抱き締めてくる。
 誰だと聞きたかったのか、うるさいと言いたかったのか、それとも全然違う言葉だったのか。続く言葉はわからなかったが、月森が拗ねて不機嫌になっているのだと、その態度でわかる。
 拗ねたその態度をかわいいと思う。表情には出ない月森の隠れた本心を、それを察することが出来るようになったことがなんだか嬉しい。
「日野が、同窓会やろうってさ、星奏での演奏会のときに」
 言いながら俺も月森に腕を回し、そのぬくもりを確かめるように抱き締め返す。
「で、海外組への連絡係を頼まれた」
 不機嫌の理由がどれだかわからないが、電話の内容は隠しておくことではないし、伝えておいたほうがいいと思い簡潔に説明する。すると、あぁ、と小さな返事とも相槌ともとれる短い言葉が返ってきて、埋めるようにしていた顔を上げてじっと見つめてきた。
 その顔から不機嫌さは感じられなくて、間違った対応をしなかったことに少しほっとした。
 間近にある月森の顔を、少しだけ不思議に思う。この距離で見つめられることは未だに何だか照れくさくて恥ずかしいが、こんな風に見つめ、見つめられる日が来るなんて、10年前の俺は想像すらしたことがなかった。
「月森への連絡をOKしたら、日野が驚いてた」
 ふと思い出して日野とのやり取りを告げると、月森は一瞬、不思議そうな顔をし、思い立ったように小さく笑った。
「そうか、俺たちは仲が悪かったんだな」
 懐かしむようなその言葉に、今度は二人で笑い合った。
 お互いの、好きではないところばかりを見ていたあの頃。好きなところから目を逸らしていたあの頃。
 俺が月森を、月森が俺を、好きになるなんて思ってもみなかった。
「どう変わるか、わからないものだよな」
 だが、好きなところばかり見ていたら、今のような関係にはなっていなかったように思う。本当の意味でお互いを理解し合えたのは、好きではないところから目を逸らさず、ぶつかり合ったからこそだ。
「あれから10年か…。あっという間だった気もするし、長かったような気もする」
 本当に色々あった。ケンカもいっぱいした。たぶん、いっぱい傷つけた。でもその度に仲直りもして、いっぱい、いっぱい、好きになることを覚えた。
 10年前の俺が知らなかったことを、10年前の俺が持っていなかったものを、たくさん手に入れてきた。
「10年後、俺たちは何しているんだろうな」
 この先、保障なんて何もない。どんなことが起こっているかなんて本当にわからない。
 でも…。
「10年後も君と一緒に、音楽を奏でていたい。こんな風に穏やかで、幸せな朝を迎えていたい」
 月森の腕が、かき抱くように俺を抱き締めてくる。布越しに体温が、心音が、狂おしいほどに伝わってくる。
「そうだな」
 月森が、同じ未来を望んでくれることが嬉しかった。最高に幸せだと思う。
「これからも、この先も、ずっと…」
 腕が緩んだと思ったら、月森の唇が額にそっと押し当てられた。
 伝わる微かな体温に、心臓がトクリと音を立てる。
「土浦…」
 名前を呼ばれ、そっと顔を上げれば月森の幸せそうな顔が見える。
「…月、…ん…」
 言葉の途中で触れてきた唇に、月森の名前は月森の口腔内で違う音へと変わる。
 何度かついばんでからゆっくりと深くなる口付けを、俺は覆いかぶさってくる月森の重さとともに受け入れた。


どんなときも俺たちは、こんな毎日を過ごせていたらいいと思う。

10年後の僕等
2013.12.27
コルダ話82作目。
10周年記念物は?というコメントに触発され、
書いてみましたコルダ10周年記念もどきのお話です。
紅茶のコルダ歴はまだ6年目ですが…。
コルダ10周年、おめでとうございます♪