『音色のお茶会』
サプリメント-恋愛的必要不可欠要素-
ヴァイオリンを弾いているときに何を考えているのかと聞かれることがある。初めてそう聞かれたとき、俺は何を考えているのだろうと改めて思い返してみた。
その曲について考えているときもあればその弾き方について考えているときもある。
練習のときはそうやって自分が作り出す音色を探りながら演奏している。
逆に舞台に立ったときには何かを考えているという意識があまりない。
だから色々と考えてしまうときには、その完成に満足がいかないことが多い。
「何も考えていない」
だから俺はそう答えている。
その答えはいつも相手を不快にさせるらしく、思い切り嫌な顔をされる。
けれど本当のことだからそのまま黙っていると、何も考えなくてもうまく弾ける奴はいいよな、と言われるのが常だ。
うまく弾こうと考えながら弾いたことはない。
そう思いながら弾いたところで、うまく弾けるものではないことはよくわかっている。
頭で考えるよりも、練習を積み重ねた方が絶対的にうまくなる。
考えずに弾くのは曲がかわいそうだと、そんな風に言われたこともある。
そんなことを言われなくても、演奏中にその曲のことを考えるのは当たり前のことだろう。
当然で当たり前のことまで説明しなくてはいけないのだろうか。
確かに細かいことは本番中には考えていない。
けれど、その曲に対する想いや考えを音色として奏でているのだから、考えずに弾いているとは言われたくない。
言葉が足りなさ過ぎる俺の答え方にも問題があるのだろうが、事細かに説明する気は俺にはない。
だからいつも話す相手を不快にさせてしまう。
「だから音色に迷いがないんだな」
けれど土浦はそう返してきた。
今までそんな風に言われたことはなかったから、その意外な言葉に俺は驚きを隠せなかった。
それに土浦は俺のこういった答え方に一番敏感で、一番文句を返してくることが多かったはずだ。
「君は、俺の答え方に納得するんだな」
それは意外で、けれどどこか嬉しい。
言葉で伝えればきっと簡単に伝わることでも、その言葉を少しでも間違えれば伝わらない。
俺の足りない言葉をくみ取ってくれたこと、それが俺でさえ気付かなかったその弾き方に気付いてくれたことを俺は嬉しいと思う。
そしてそれが土浦だったことを、俺は何よりも嬉しいと思っていることに気付く。
「まぁ、本番中なんて実際はそんなもんだろう」
土浦は何でもないことのように笑っている。
どんなに説明しても伝わらない気持ちもあれば、たった一言で伝わる気持ちもある。
それは相手との関係だったり、どれだけ理解し合っているかだったりで変わる。
俺と土浦は仲がいいわけでもないのに、どうして俺の気持ちは伝わったのだろうか。
「君も同じなのか」
ずっと違うのだと、俺はそう思っていた。
性格も考え方も音楽に対する思いも、何もかも反対だと思っていた。
俺たちは理解し合えないのだと、ずっとそう思ってきた。
いや、もしかしたら俺が土浦のことを理解しようと思っていなかっただけなのではないだろうか。
現に土浦は、俺のことを少なからず理解してくれているのだと思える。
「弾くまではあれこれ考えているんだけどな」
俺に足りない一言を、土浦はきちんと言葉にする。
土浦の言葉は、俺に足りないものを補ってくれる。
本当にたった一言が足りないのだと、そう教えてくれる。
土浦の存在が、俺になくてはならないものなのだと気付かされる。
それは、何かに似ているのではないだろうか。
「君の存在は、とても貴重だ」
やっぱり足りない俺の言葉に、土浦は怪訝そうな顔をする。
俺の言葉が足りないのはわかっている。
俺でさえ気付いたばかりのこの気持ちを、土浦が察することはないだろう。
でもまだ言葉にして伝える自信が俺にはない。
もしかしたら似ているだけで、本当は錯覚なのかもしれない。
だから俺は自分の心に芽生えたこの気持ちと、真剣に向き合おうと思う。
そしてヴァイオリンを弾くときのように、自然に気持ちがあふれてきたら。
「好きだ」
そう伝えたいと思う。
サプリメント-恋愛的必要不可欠要素-
2009.6.9
コルダ話42作目。
何気ない土浦君の言葉に、
ちょっとときめいちゃった月森君。
コルダ話42作目。
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ちょっとときめいちゃった月森君。