TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

雪模様恋模様

 朝、やけに寒いと思いながらカーテンを開けたら雪が降っていた。
 そういえば昨日のニュースで、雪がどうとかって言っていたような気がするけれど、日曜日だし、部活があるわけでもないし、天気予報はまともに見てなかった。
 でも、日曜日で部活がないからこそ、今日は久し振りに月森との約束があった。
 休みの日に逢う約束をするようになって約半年。いわゆる恋人同士になったとはいえ、毎週末に逢う約束をしているわけではなかった。
 逢っても、たまに買い物や楽器店に行ったりコンサートを聴きに行ったりしているけれど、ほとんどは出掛けずに二人で過ごすことが多かった。だから、いつも天気はあまり気にしていない。
 だからって、久し振りの約束の日にわざわざ雪なんて降らなくっても…。
 別に雪は嫌いじゃない。むしろ、なんとなくわくわくするし、好きか嫌いかって言われれば、きっと好きなほうだ。でも寒いのはあんまり好きじゃない。
 しんしんと降る雪は静かで、雨のように降っている気配は聞こえないけれど、窓ガラスからでさえ伝わる冷たい空気が、外は雪を降らせるほどの寒さだということを感じさせる。
 まぁ、あいつも雪の中、出掛けたがるような感じじゃないからな。
 というより、好んで外に出るイメージがあまりない。実際は人ごみが苦手なだけで出掛けるのが嫌いというわけではないと、今は知っているけれど。
 月森の第一印象は、そのまま変わらないものもあれば180度変わったものもある。嫌なやつ、とばかり思っていたのに、今だっていいやつと思っているわけではないけれど、訳もなく嫌うことはなくなった。
 相変わらず何かにつけて言い合いを繰り返すことは続いているけれど、少しずつ、俺たちはお互いのことを理解し受け入れ始めている。認められないところも、それが大した問題ではなくなっている。
 思えば最初から、反発しあいながらも、完全に離れてしまうことはなかった。
 だけどまさか、こんな風に約束の日曜日が待ち遠しくなるとは思ってもみなかったけど。
 別に学校で逢えないわけでもないし、時間が合えば一緒に帰ったりもしている。けれど、休みの日の約束はそれとは少し違う。
 一緒にいられる時間の長さとか、学校じゃないから周りを気にしなくていいとか、そんなのはきっと建前だ。本当は、頭の中に音楽しかないと思っていたあいつの中に、俺が存在しているというのが、なんというか嬉しいのかもしれない。
 なんて、俺らしくない考えだけどさ。
 ガラスに映る自分の顔が、なんとなく赤くなったように思えた。
 ずっと窓の傍に立っていたせいで身体が必要以上に冷えてきた気がして、俺はその寒さを理由にして赤い顔から逃げるように支度を始めた。

 外に出ると、明るく真っ白な空から、これまた真っ白な雪が降っていた。キンとした冷たさが隠されていない顔の辺りから伝わって、暖房に慣れた体が急に冷やされる。
「さみぃ…」
 分かっていても、思わずそんな言葉が口から出てしまう。
 地面に落ちた雪は積もることなくそのまま溶けてしまうから、足元からさくさくという雪独特の音は全くない。せっかくの雪だというのに、少しつまらないような淋しいような気がした。
 けれど木々や土の上にはうっすらと積もっているから、見える風景は所々が白に染められている。それでも真っ白にならず、なんとなく暗いイメージだった。
 白銀じゃなくて、灰色って感じだな。
 目に映る光景はあまりよくなかったけれど、今年初めての雪が、久し振りの約束が、俺を嬉しい気分にさせていたから、自然と足取りは軽いものになっていた。
 信号待ちで止まった瞬間、ポケットの中から小さなメロディが流れてきた。
 傘を差していた手は手袋をしていても冷えていて、携帯電話をポケットから取り出すだけのことなのにもどかしく、時間がかかってしまった。
「もしもし」
 やっと電話に出たとき、信号は赤から青に変わっていた。
『土浦、今日の約束なんだが……もしかしてもう出てしまっただろうか』
 聞こえた月森の言葉に、俺は一瞬、その歩みを止めそうになった。さすがに横断歩道のど真ん中で止まるわけには行かなくて、渡り切ったところで一旦止まった。
 月森は今日のこの約束を、どうしたいのかと不安になった。
「もう向かってるけど。お前はまだ家みたいだな?」
 俺が予定より少し早くは出ていただけで、待ち合わせの時間を考えれば月森がまだ家を出ていなくてもおかしくはない。それでも、さっきの言葉の続きが気になって、悪い方に考えてしまう。
 降り続ける雪が、俺の視界を灰色に染めていく。
『雪だからと思ったが、杞憂だったな。俺も出るところだが待たせてしまうかもしれない。どこか暖かいところで待っていてくれ』
 耳元でささやかれたようなその言葉に、ふっと、めったに見せない微笑んだ表情の月森が浮かんだ。
 一瞬でも、心配した自分が馬鹿だった。もしかしたらと、そんな風に思ってしまったことが変に恥ずかしかった。
「雪、結構降ってるぜ。こけるなよ」
 そんな気持ちを悟られなくて、俺はそんな風な口を利いていた。
『…あぁ』
 不思議そうとも、不機嫌そうとも取れる短い返事に、俺はまた自己嫌悪に似た気持ちになる。普通に話していても冗談が通じないところがある月森には、直接顔を見ていない電話での会話は言葉通りに解釈されてしまう。いい加減、俺の心情にも気付いてくれとも思うし、逆に素直じゃない自分にも呆れてくる。
 だから、しなくてもいいケンカを繰り返しているんだろうな、俺たちって。
「あ、あのさ、」
『土浦、今日の約束なんだが…』
 弁解しようと思った俺の言葉は、月森の言葉にさえぎられてしまった。
 そして、さっきも聞いたその言葉に、俺はもう一度不安になって、後悔して、自己嫌悪に陥る。
「な、なんだ」
 そしてまた、その気持ちを隠すように、言葉の続きを気付いていないように、そんな返事をしてしまう。
 無意識に目をつぶり、言われるのであろう台詞に覚悟を決める。
『待ち合わせ場所を変更してもいいだろうか』
 聞こえた言葉は予想に反したもので、俺は瞬きを繰り返していた。
「え?」
 その意味を考えあぐねて、短い言葉しか出てこない。
『今、どの辺りにいる?』
 俺の頭の中が整理されないまま、更に月森の言葉は続く。
「え、あ、まだ家を出たばっかりだけど」
『そうしたら、そのまま俺の家まで来てくれないだろうか。この雪ではどこにも出掛けられないしな』
 話が、どんどん先に、俺が予想したこととは逆の方向に進んでいく。
「え、あぁ。わかった」
 頭で考えるよりも先に、俺は返事をしていた。
 俺って、先回りして考え過ぎていたのか、もしかして。
『そうだ、土浦』
 じゃあ、と言おうと思ったその時、呼び止めるように名前を呼ばれた。
『…転ぶなよ』
 少し、からかうような声でささやかれ、電話越しに、笑っているだろう月森の声が微かに聞こえた気がした。
 俺が言ったあの言葉がどうしてだったのか、月森にはわかっていたんだ。
「…っ。…さっきは悪かった」
 俺は小さくつぶやいた。
 いつだって俺はうまい言葉を選び出せなくて、素直に言えなくて、素直に受け取れない。月森の言葉に、自分が言った言葉に、その反応に、俺は一喜一憂している。
『俺も冗談だ。でも、気を付けて』
 その言葉は本当に優しくて、俺はなんだか気持ちが逸るような思いがして早足で歩き始めた。
「あぁ」
 電話を切ってポケットにしまう。出す時と一緒で、それすらやっぱりもどかしい。 
 雪は相変わらず音を立てずに降っていた。積もらず溶けてしまう雪の、その水しぶきを上げながら俺は月森の家へと走った。

 雪の所為で視界も足元も悪かったけれど、そんなことは気にならなかった。ただただ、俺は走っていた。
 しばらくするとその視界の中に、傘を差して真っ直ぐに歩いてくる月森の姿を見つけた。
 月森も俺を見つけたのだろう。その表情がかすかな微笑みに変わる。
「土浦」
 その走りを止め、俺が口を開くよりも先に名前を呼ばれた。
「なんで…」
 家に来いと言った月森が、どうしてここにいるのか。その理由がわからなかった。
「こんな雪の中を、君にだけ歩かせるわけにはいかないからな」
 真面目な顔でさらっとそう告げられ、俺は顔が熱くなったように思えた。
「でもまさか、走ってくるとは思わなかった」
 真面目な顔を崩し、微笑まれて更に顔が熱くなる。
「あ、いや、それは…」
 早く逢いたかったなんて言えなくて、俺は思わず口ごもってしまった。
「外で立ち話は寒い。とりあえず行こう」
 微笑んだままそう言って月森は先に歩き始めた。
 あぁ、なんか俺、もしかして甘やかされていたりしているのか、これって。
 言わないと伝わらなかったことが、伝わらないと思っていたことが、いつの間にかこんな風に伝わっている。そして月森が見せるさり気ない優しさを、知らない面を見せられて、俺は少しあせる。
 こうやって、月森は第一印象をどんどん変えていく。俺はそれに着いて行かれなくて、第一印象を引きずり過ぎて、本当の月森を全然、理解していないのかもしれない。
 俺は、何の成長もしてないみたいじゃないか。
「どうした?」
 立ち止まったままの俺に気付いて月森は振り返った。その表情が心配されているように思えて、そんな些細な行動や表情に、俺はなんだか情けなくなる自分を感じてしまう。
 こんな月森は卑怯だ。
 俺は、そんな月森には何をしたって勝てそうにないことを初めから気付いていたのかもしれない。だからこそ負けたくなくて反発し、まるで意地を張るかのように文句や嫌みを言っていたのだと思う。
「ちょっと驚いていただけだ」
 俺の言葉に月森は首を傾げていたけれど、俺が歩き始めると追求せずに一緒に歩き出した。
「それにしても寒いな」
「雪が降るくらいだからな」
 そんな、当たり前の会話をする。
「積もるかな」
「夜には雨に変わるらしい」
 でもまだ今は、雪が降り続いている。
 真っ白い雪が降り、地面で溶けて水になる。積もらずに消えてゆく。でも積もったところでいつかは溶けてしまう。少し淋しくはあるけれど、それは変化しているということ。いつまでも同じなわけがない。
「俺ももう少し成長しないとなぁ」
 つぶやくように思わず言った言葉に、月森はもう一度、不思議そうに首を傾げた。
「…それ以上成長されると、少し困る」
 そして、少し不機嫌そうにそう言われた。
 月森の目線は、ほんの少し俺を見上げている。二人の距離が近付けば近付くほど、それがよく分かる。
「そっちじゃなくて…」
 そう言いながら、月森に勝っているところもあるな、と思う。そこだけだとは、絶対に思いたくないけど。
 でも、そんな風に不機嫌な表情を作ってしまうほどの気持ちを口に出して言ってくれるのだと、そう気付いて少し嬉しい。
 だからこれからも変わっていく月森を見る度に驚いて、情けなくなったりもするのかもしれないけれど、そんな月森を見るのが楽しみのような、嬉しいような、そんな気もする。
 俺はまだ、そんな気持ちや表情を月森に見せていない気がするけど。
「まぁ、無理に変わる必要はないよな」
 月森には聞こえないように小さくつぶやいて、俺は手袋をした月森の手にそっと指を絡ませてみた。
 今は、とりあえずこんなところか。
 少し驚いた風に見られたけれど、絡めた指先に、月森の指も絡んできた。
 ふたつの傘からはみ出した手に雪が当たるのは手袋越しでも冷たいけれど、お互いの体温なんてほとんど伝わらないけれど、それでもなんだか心地いい。
 俺たちは雪の中、手を絡め合って歩いた。
 雪は、相変わらず景色を更に白く染めている。俺は空を見上げ、たまにはこんな雪の日も悪くない、と思った。
 月森の家まで、あと少し。



雪模様恋模様
2008.2.2
コルダ話9作目。
またもや土浦君が乙女気味。
そして月森君が甘やかしてます…。