TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

深淵 side L

 その声もその手も全て押さえつけて、この腕の中にしっかりと抱き締めてもまだ足りない。
 人を想うことが、こんな風に人を変えてしまうなんて知らなかった。
 それはいい方へだけではなく悪い方へも変えてしまうのだと、俺は初めて知った。

 初めて土浦の笑顔が俺に向けられたとき、思った以上に嬉しかったことを今でも覚えている。
 土浦が頼りがいのある先輩であり、年上を敬う礼儀正しい後輩であり、話をしてみれば打ち解けやすい同級生であることはすぐにわかった。
 いつでも誰かが側にいて楽しそうに話をしているのを見かけてもそれは当たり前の光景で、俺をみつければ笑顔を向けてくれるのだからそれで俺は満足していた。
 けれど、二人の仲が親密になればなるほど、どこか人を踏み込ませない雰囲気が感じられて俺は少し不安に思っていた。

 そんなとき、俺の知らない土浦の笑顔が俺ではない他の誰かに向けられたのを見てしまった。
 心を許したような笑顔が何の惜しげもなく零れ落ちる様に俺の心は締め付けられ、そして急激に冷やされていくのを感じた。
 あの笑顔を俺だけのものにしたい、笑顔だけではなくどんな表情もそのぬくもりもその声も、俺以外に向けられるのは許せないと、俺はそのとき初めてそう思った。
 俺の知らない土浦を知っている人がいるのだと思うだけで、もう誰にも見せたくないとすら考えてしまう。
 それが自分勝手なことだとわかっていても、その思いを止めることが出来なかった。

 今までに一度も見せたことのない疲れた表情で眠る土浦の姿に、俺はそっと手を伸ばす。
 何をしても拒否を示す態度でしか返ってこなかったその口も手も、今は小さな寝息を立てるだけで身動ぎひとつしない。
 そっと髪を梳いてみても頬に触れてみても、今は何の反応も返ってこない。
 閉じられたその目元はやけに赤く、泣かせてしまうほどに酷いことをしてしまったのだと、今更ながらに思う。

 必死に耐えていたのであろう涙が零れ落ちるのを見た瞬間、ほんの少し満たされた自分を感じていた。
 こんな風に土浦を泣かせることが出来るのは俺しかしないのだと、そんなことを考えていた。
 涙を見られまいとするように顔を覆った腕を無理やり引き離し、零れ落ちていく涙にそっと唇を寄せた。
 むずがるように首を振られてそれはすぐに離れてしまったが、反対の目元へと唇を寄せたときには大人しくしてくれていた。
 それを許しだと勝手に解釈していたが、冷静になって考えればただの諦めだったのかもしれない。
 何を言われても聞く耳をまったく持っていなかった俺には、その時の土浦の本心がわからない。

 ぬくもりも言葉も、どれだけのものを貰ってもまだ俺の心が満たされてくれない。
 渇きを潤すように求め、それを与えられてもまだその渇きが癒えない。
 ただ笑顔を向けて欲しいだけなのに泣かせてしまい、そのぬくもりを確かめたいだけなのに触れることすら拒否された。
 それが俺の身勝手で土浦に無理強いをしているからなのだと、冷静になって考えればわかるはずだった。
 けれど俺はそんなことすら思い付かないほどに、ただただ俺の存在を土浦に刻み付けたいと思っていた。
 そして何度も何度も口に出る制止の声が、俺を拒んでいるように思えて余計に止められなかった。

 こんなことをしていたら、いつかこのぬくもりに二度と触れることが叶わなくなるではないかと思う。
 土浦の瞳に俺が映ることも、例え皮肉交じりでもその声が俺に掛けられることも、そして君の笑顔が俺に向けられることも、その全てがなくなってしまうのは嫌だ。
 嫌なのに独占欲を止めることが出来ず、その独占欲が土浦を傷付ける結果へと繋がってしまうことを怖れているのに、俺はまたきっと土浦を傷付けてしまうのだろう。
 そんな悪循環を、俺はこの先も続けていくつもりなのだろうか。

 涙の痕が残る赤く染まった目元へと指で触れれば熱を持ったように熱く、その熱さはまるで俺を責めているようで心が痛かった。



深淵
2009.5.28
コルダ話41作目。
またまた痛くてダークでなお話になってしまいました…。
なんだか続きもありそうな感じなのですが、とりあえず…。