『音色のお茶会』
灼熱の眼差し *
俺のコンサートツアー初日と月森の帰国日が重なった。『送ってもらったチケットを無駄にせずに済むな』
帰国日を知らせる電話で月森の嬉しそうな声を聞いたのは、コンサートの3日前だった。
演奏会の開催が決まるとお互いチケットだけは送り合っていたが都合が合わないことが多く、無駄にしてしまうことはよくあることだった。
それでも誰よりも一番に来てほしいと思うから、チケットを送らずにはいられない。
今回も無理なのだろうと思っていた。実際、チケットを送ったときには、無理そうだと、そんな返事をもらっていた。
だから月森からの電話はとても嬉しかったし、初日に来てもらえるのは本当に久し振りだった。
舞台へと足を踏み出せば、大きな拍手に出迎えられた。
スポットライトと観客の視線を一身に浴びた瞬間、不安が期待へと変わり、程よい緊張感に会場全体が包まれる。
痛いほどに舞台の上へと向けられている観客の視線の中から、一際強い視線を感じる。
それが誰だなんて疑問に思うことはなく、どこからかなんて、探さなくてもわかる。
指揮をするために客席へと背を向けたと同時にその視線の強さは更に増し、緊張感はピークに達する。
俺の指揮を待つ楽団のメンバーの視線と、客席から送られる視線とに板挟みにされながらタクトを構えれば、今度はまるで包み込まれるような優しい視線を感じた。
その視線に後押しされるようにタクトを振った瞬間、楽器の奏でる音色が会場いっぱいに響き渡った。
ときに強く、ときに優しく、俺へと注がれるのは月森の視線。
俺はそれをコンサート中ずっと、身体中で感じていた。
コンサートが終わっても、俺の気は高ぶったままでなかなか落ち着くことが出来なかった。
大成功を収めることの出来た、その達成感と余韻だけではないことはわかっている。それよりももっと強い衝動が、俺の中で渦巻いている。
逢いたい。触れたい。触れられたい。
心も身体も、どうしようもなく、月森を求めている。
お互い忙しく、連絡は取り合っていても逢うことは少ない。一ヶ月以上なんて当たり前だし、年単位で逢わないことだってある。
それに対する不安も不満も感じていないが、月森を傍に感じてしまったら理性なんて保っていられない。あんな視線で見つめ続けられていたら、月森を求めずにはいられない。
携帯電話には着信もメールも入っていなかった。
月森から帰国の連絡があったときに逢う約束はしていなかったし、用があるのかもしれない。
俺にだってやらなくてはいけないことが山ほどある。ツアーは始まったばかりだし、自分のことばかり考えてはいられない。
だから溢れてくるような衝動を何とかやり過ごし、今、自分がやるべきことをこなしていく。
だが、一人になって少しでも気を抜いたときに漏れる溜め息は、自分でもわかり過ぎるくらいに甘さを含んでいた。
片付けを済ませてコンサート会場のホールを出れば、夜の冷たい風が火照った身体を冷ましてくれた。
「月森…」
ずっと口に出さないようにしていた名前が、我慢をしきれずに口をついて出てしまう。
声にした途端、想いが溢れていっぱいになる。だから口にしないようにしていたのだと思い知らされる。
せめて声だけでも聞きたくて携帯電話を出そうとポケットへ手を入れたとき、背後から覚えのある強い視線を感じて勢いよく振り返った。
「土浦…。お疲れさま。いい、演奏会だった」
そこには、微かに笑みを浮かべた月森が立っていた。
瞬間、俺の理性はあっけないくらいの早さで落ちていき、まるで反比例するかのように、ずっと高ぶったままの身体がさらに熱を上げる。
「場所を変えよう」
強く腕を掴まれ引き寄せられ、耳元でささやかれた月森の一言に、俺はもううなずくことしか出来なかった。
扉が閉まりきる前に強い力で抱きしめられ、まるで噛みつくようなキスに呼吸の全てを奪われていた。
名前を呼びたくても絡まされた舌でそれは叶わず、俺はシャツを握り締める強さで月森への気持ちを伝えた。
久し振りに触れる少し低めの月森の体温は、俺の身体が覚えている記憶を呼び覚ます。
「っ、ふ…ぅん…」
触れた唇の角度が変わる度に漏れる自分の声に煽られる。
「土浦…」
解かれたキスの合間に名前を呼ばれるだけで、沸き上がる気持ちは止められなくなった。
「月…も、り…」
離れた唇が淋しくて、もっと熱を感じたくて、どうしようもなく高ぶったままの気分を沈める方法はひとつしかなくて、俺は月森へと腕を伸ばし、引き寄せるように唇を寄せた。
「ぁ、あ…」
唇よりも先に触れた舌先が火傷しそうなほどに熱い。
月森に触れられる全ての場所から溶けてしまいそうな気がして、俺は月森にしがみつくように引き寄せた。
中途半端に脱がされた服の、その隙間から月森の手が俺に直接触れてくる。
余裕のない月森の表情も早急な触れ方もその熱も、服があちこちに引っかかり動きが制限されるもどかしささえも、何もかもが俺の気持ちと衝動を煽る材料になる。
「もぅ、はや、く…」
もっと月森を感じたかった。我慢なんてこれ以上、出来そうにないし、したくない。
そう強請るのに、月森の手は俺の望む場所には触れてくれない。焦らすような、煽るような、そのまだまだ余裕のありそうな触れ方がたまらなく悔しい。
触れてくるだけのキスを、それが嫌なわけではないけれど首を振って解く。もっと確かなものが欲しいから、宥めるようなものなど、今はいらない。
「月……蓮、れんっ」
涙でぼやける視界のまま月森を見上げるように見つめれば、その涙をぬぐいながら月森の手が頬に触れてくる。
「頼むから煽らないでくれ。俺もそんなに余裕がないんだ」
そして反対の手は、早急な手つきで俺に触れてくる。
「あぁっ、あ…っ」
俺はとっくに余裕などなくしていると言ってやりたかったが、意味のある言葉を口に出すことはもう出来なかった。
焦らされるだけ焦らされた身体は、月森の熱を受け入れた瞬間に歓喜の悲鳴を上げた。
一瞬、飛びかけた意識は更に奥深くまで触れてこようとする月森によってすぐに引き戻され、余韻を感じる暇などなくまた高みへと突き上げられる。
「あっ、や、ぁ…」
俺は感じ過ぎる自分の身体が怖くて、頭を振りながら月森を押し返すように手を伸ばしていた。
「煽ったのは、君だろう…」
手のひらから指を絡めるように握り締められたと思えばそのままシーツへと縫いとめられ、無意識の抵抗は封じられてしまう。
そして一度登りつめたはずのその場所へ、いや、更にそれ以上の高みへと追い上げられていく。
俺に出来ることといえばその手に縋ることと、抑えることなど出来ない声をただただ上げ続けることだけだった。
ふわふわと浮き上がるような気分で目を開ければ、俺は月森の腕の中にしっかりと抱き締められていた。
満たされた想いとけっこうな疲労感に、俺は眠りへと落ちてしまっていたらしい。
こんな風に月森に触れるのは本当に久し振りで、月森から送られた視線だけで煽られてしまうほどに逢っていなかったのだと思い知らされる。
「月森…」
俺の腕も月森へと回しながら声を掛ければ、まるで俺の髪に顔を埋めるようにしていた月森の顔が上がって俺を覗き込んできた。
「土浦…」
そして触れるだけの優しいキスがおでこへと落とされた。それがくすぐったくて、でももっとして欲しくて、そしてこんなものでは物足りなくて、俺は回した腕に力を込めて月森をぎゅっと抱き締めた。
逢えば、触れれば、離れがたくなってしまう。
宥めるように触れてきたキスが段々と深くなり、落ち着いたはずの身体にもう一度、熱が燻り始める。
名残を残してゆっくりと唇が離れ、じっと覗き込んでくる視線にまた煽られる。その視線に搦め捕られ、溶かされ、崩れ落ちてしまう。
「そんな目で、見るなよ…」
本当はもっと、ずっとその目で見つめられていたい。舞台の上で感じていたあの視線を、それ以上の想いが込められたこの視線を、俺はもっともっと感じていたかった。
「また、足りなくなる…」
刻み付けられた月森の視線を、舞台に上がるたびに思い出しては物足りなくなりそうだ。
「それは強請っているのだと、受け取ってもいいのか?」
俺に聞く振りをして、返事を待たずに触れてくる月森の熱を俺は甘受する。
もっと、もっと、月森を感じていたかった。もっと、もっと、快楽の中に浸っていたかった。
焼け付くようなこの熱さがずっと続けばいいと、熱に浮かされた頭でそんなことを思った。
灼熱の眼差し
2011.5.31
コルダ話65作目。
ちょっと微裏チックなお話が書きたかったのです!
でも、もう少し違うイメージだった気もしますよ…。
コルダ話65作目。
ちょっと微裏チックなお話が書きたかったのです!
でも、もう少し違うイメージだった気もしますよ…。