TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

休息時間

「何か、聴きたい曲はあるだろうか」

 練習中、少し休もうと提案すると、それに同意する返事のあとに月森は続けてそう聞いてきた。

「なんだよ、急に…」

 月森と一緒に演奏することが急に決まり、俺たちはその練習をしている最中だった。
 本番まで時間がないというのに二人の意見は相変わらず噛み合わず、ここのところ毎日一緒に練習をしている。
 それまでの休憩時間といえば本当に休んでいるか、または個人練習か譜読みをしていて、その間に会話が交わされることなどなかったからこんな風に聞いてきたのは初めてだった。
 そもそも演奏曲が仕上がっていないのだからわざわざ練習時間をつぶしてそれ以外の曲を弾く理由がないし、月森ならばむしろ不必要だと言いそうなものだ。

「ここのところずっと君を拘束しているのは、巻き込んでしまった俺のせいだという自覚はあるんだ…」

 その自覚を証明するように、月森の目がほんの少し困ったような表情を見せて逸らされる。
 月森にこの話がきたときに『土浦が伴奏ならば』という条件付きの返事をしていなければ一緒に練習することも演奏することはなかったのだから、巻き込まれたといえばそうなのかもしれない。

「別に巻き込まれたなんて思ってないから気にすんなよ」

 巻き込まれたとも拘束されているなどとも思っていないし、言い合いながらも曲が少しずつ仕上がっていくことは、むしろ楽しいとさえ思っている。

「だが…。だからせめて君に何かを、と思ったんだが、俺には君のためにヴァイオリンを弾くことくらいしか思い付かなかった」

 逸らされていた視線がゆっくりと戻り、そして真っ直ぐに俺を見つめてくる。

「聴きたい曲があれば、遠慮せずに言ってくれ」

 月森の言いたいこととその気持ちが分かるとなんだか妙に恥ずかしいような気持ちになり、今度は俺が俯くように視線を逸らした。
 時折、不意に見せる月森の優しさに、俺は未だに慣れることが出来ない。
 ついさっきまで喧嘩とまではいかなくても言い合っていたのだから尚更だ。

「じゃあ…」

 それでも、このまま黙っていたらいたでいらぬ誤解をされることもわかっていたから、すぐに思い付いた曲名を告げた。
 その曲を、ずっと月森のヴァイオリンで聴いてみたいと思っていた。

「わかった」

 真剣だったその表情が微かだが嬉しそうな微笑みに変わったことは、俯いたままの俺にもわかった。
 何が嬉しいのだろうと思い、けれど滅多に見せない月森の嬉しそうなその表情に、気恥ずかしくて照れ臭いのに俺も嬉しいとか思ってしまう。

「この曲を、君のために」

 そう言って弾き始めた月森の演奏は、俺が想像していた以上に月森のヴァイオリン音色にぴったりで、そしてやけに俺好みの弾き方だった。
 俺はそれを、目をつぶってじっと聴いていた。
 響き渡り、そして伝わる音色はとても優しく俺の心に沁みこんでくる。

「気に入ってもらえただろうか」

 曲が終わり、ゆっくりと目を開けて拍手を送ると、月森は満足そうな、けれどどこか窺うような表情を浮かべながらこちらへと近付いてくる。

「あぁ。まさかそんな風に弾いてくれるとは思っていなかったから、嬉しかった」

 俺は月森を真っ直ぐ見つめ、素直な気持ちを伝えた。
 聴きたいと思った曲を月森が弾いてくれたことが、その音色が俺の望むものだったことが、そして何より月森が俺のために弾いてくれたというその気持ちが、本当に嬉しかった。

「俺も、こんな風に弾けるとは思っていなかった」

 さっきまでヴァイオリンを弾いていた指が、そっと撫でるように俺の頬に触れた。
 椅子に座った俺は自然と月森を見上げる格好となり、その距離感が妙に恥ずかしい。

「君を想って奏でるこの音色は、土浦だけのものだ」

 真剣な顔で告げられるその一言に、触れる指先の体温に、俺の熱は一気に顔へと集まっていく。
 それを月森の目から隠したくてとっさに俯くが、それよりもほんの一瞬早く顎を捉えられて上を向かされてしまう。

「…ん……」

 抵抗する間も与えられずにぬくもりが掠め、それに反応するかのように微かな吐息がもれる。
 すぐに離れた唇を思わず目で追ってしまったのは、それだけでは物足りないと無意識に思ってしまったからだ。
 無意識であればあるほど、それが本心なのだと気付かされるから困る。

「お礼に、俺も何か弾くけど…」

 そんな自分の気持ちを誤魔化すように、俺はピアノへと向きを変えた。
 このまま月森を見ていたら、何か余計なことを口走ってしまいそうな気がする。

「その申し出はとても魅力的だが、今は、君の声が聞きたい」

 真後ろから月森の声が聞こえたと思ったときにはもう月森の腕は俺に回されていて、俺はその体温を背中に感じていた。

「な、何っ…」

 驚いて声を上げてしまったが、背を向けたのは逆効果だったのだと気付いてももう遅い。
 高鳴った鼓動は月森にも伝わってしまっただろう。

「土浦…」

 耳元でささやかれた月森の声に、どうしようもなく胸の鼓動は早くなっていく。
 その声が心地よくて、その声をもっと聞きたくて、俺はゆっくりと振り返って月森を見つめた。

「俺にも、聞かせてくれ…」



休息時間
2010.4.8
コルダ話53作目。
急に思い付いて書いてみたお話。
最後は相変わらずいいとこ切りです^^;