TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

同じ空を見ている

 空を見上げればぼんやりとした月が見えて、あぁ、明日は雨だな、なんてそんな風に思った


 晴れとも曇りとも、どちらともいえない空模様の中、俺はいつものように学校へと向かっていた。
 歩く地面は濡れていて、けれど空には青空も見える。歩く人を見遣ればその手には傘があって、雨が降っていたことを示すように濡れていた。
 天気予報では暑くなるとは言っていたが、雨が降るようなことは言っていなかったように思う。とはいえ、梅雨の晴れ予報などあまり当てにしないほうがいいことくらいわかっているはずだった。
 そういえば昨日の月は傘を被ってぼんやりしていたのだと思い出し、傘を持たずに出てきてしまったことを後悔した。

 昼間になれば見える青空も増え、予報通りの暑さとなった。
 教室を通り抜ける風は生暖かく、ただ座っているだけなのにじめじめとした暑さがやる気と体力を奪っていく。
 こんな風にじっとしているくらいなら、外で体育の授業でもやっているほうがまだましかもしれない。
 黒板を見るふりをしながら視線だけで窓の外を見れば、容赦ない陽射しが煌々と降り注いでいるのが見えた。

 そんな陽射しも、帰る頃には妙な色と形をした雲に覆い隠されて見えなくなっていた。
 これでは星が見えない、などという声が聞こえたが、この季節に星を眺めようと思うのは少し無理があるだろう。
 そう思いながらも思わず雲に覆われた空を眺め、今日が七夕だったことを思い出す。
 年に一度の逢瀬の日だというのに、なんでまたそれを梅雨の時期にしてしまったのだろうかと少し気の毒になる。
 それでもこの雲の向こうでは会っているのだろうとガラにもなくそんなことを考えていると、急に半年以上も会っていない月森のことを思い出した。

 川の向こうなんて距離とは比べ物にならないくらい離れた空の向こうに月森は留学中だ。
 月に数度の近況報告のようなメールのやり取りだけが続いている。

 そのまま流れる雲を見ていると、思い出さなくてはいいことまで思い出してしまいそうな気がして空から視線をはずした。
 けれどふと思い立ち、その空を携帯のカメラで一枚撮ってみる。
 なんとも表現しがたい色をした雲に覆われた写真が画面いっぱいに納まった。

 面白い雲だったから撮ってみた。
 そんな短い言葉だけを添えて、写真と一緒に月森へとメールを送った。

 返信は特に期待していなかったが、意外なほど早く返ってきた。
 そしていつもは用件のみしか書かれていないような簡単なメールなのに、めずらしく添付ファイルのマークが付いていてそれにも驚かされた。
 歩きながら、メールを開く。

 同じ空を見ている。早く帰って来い。
 短い言葉のあとに、俺が送った空と似た写真が添付されていた。

 それがどういうことなのかを考える前に、俺は開きっぱなしの携帯を握り締めて走っていた。
 似ているけれど俺の撮ったものではない空の写真が、それを同じ空と書いてきた月森の言葉が、そして早く帰って来いというその言葉が表すその意味を、走りながらあれこれと考える。
 答えはひとつしかみつからない。けれどその答えがあっているのかどうかは、それを目の前で確かめるまでわからない。
 歩き慣れた通学路が、やけに長く感じた帰り道だった。

 いくつかある曲がり角の、最後のそれを曲がった先にある自分の家の前に見覚えのある姿があった。
 足音に気付いたのか、こちらへと振り返ったその人は紛れもなく月森で、ただでさえ走って高鳴っている心臓が壊れそうなほどに大きく鳴ったような気がした。
 その距離が近付くにつれ、微笑んだその表情がはっきりと見える。

「おかえり」
「ただいま。…ってそうじゃなくて、月森、お前なんでここにっ」
 思わずなんでもないことのように普通に掛けられた言葉にそのまま返事を返してしまい、違う違うと心の中で首を振っていた。
「土浦に会いに来た。七夕だからな」
 そしてまたなんでもないことのようにあっさりとそう言われ、俺は二の句を繋げなくなる。
 実際、それが本当の理由じゃないだろうことくらい俺にだって予想がつく。けれど例えそれが本当のことではなくても、そう言われることを嬉しいと思ってしまう自分がここにいる。

「年に一度じゃ、俺は満足できないぜ」
 それはただのわがままだってわかっている。けれどこんな日でなかったら、今このタイミングでなかったら、俺はそれを口に出すことなんて出来ないだろう。
「それは俺も同じだ。だから土浦に会いに来たんだ」
 不意にその距離が縮まる。
「俺も、会いたかった…」
 久し振りに触れる月森の体温は相変わらず低くて、けれどそれが紛れもない月森なのだと俺に思い出させた。


 流れる雲の向こうに綺麗な月が見えて、あぁ、明日は晴れるな、なんて言いながら二人で眺めていた



同じ空を見ている
2009.7.7
コルダ話45作目。
今日は七夕…って思って一気に書き上げました。
ギリギリ過ぎて最後があせっているような気が…^^;