TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

願いと現実と望みと真実と6 side:小日向かなで

 記事が載ったことであっという間に噂は広がり、私は大学のあちこちで真相を尋ねられた。
 もちろん恋人という疑惑は否定したけれど、一緒のタクシーに乗ったことは事実で、そして同じ舞台で演奏させていただいたことも加わって、羨望や嫉妬の入り混じった感情が向けられることになってしまった。高校生の頃、週末合奏団で神南の東金さんや土岐さんと一緒に演奏したときにも周りからは色々と言われたけれど、今回はあのときの比では全然ない。
 偶然会っただけで、もちろん月森さんは部屋に泊まってなんていないし、同じマンションにいたことも知らなかったと、そう言っているのになかなか全員には信じてもらえないし、聞かずに話を大きくされてしまうこともあった。それは、それならばどこに泊まったのか、という肝心なところが誰にもわからないからかもしれない。
 音楽雑誌などのインタービュー記事で、月森さんがプライベートなことについて話しているものはほとんどなくて、だからこそみんな知りたくて、だからこういうプライベートが垣間見える記事が出ると、半信半疑でも信じてしまうのかもしれないなと思う。
 それにしても、月森さんは一体どこに泊まっていたのだろうと、私もやっぱり気になってしまう。記事を信じるならば、マンションを訪れたのも泊まったのもあの日だけではなさそうだし、その理由なんてそんなに思い付かない。
 泊まっていたのは恋人のところ? それとも友達のところ?
 そして響也と話した内容を思い出す。恋人がマンションにいる。そして同窓の土浦さんも同じマンションに住んでいる。私が恋人であることを否定する。月森さんは土浦さんの部屋に泊まったことにする。恋人の存在は隠されたままで万々歳。でも月森さんと土浦さんは仲が悪い…。
 でも待って。月森さんと土浦さんって、本当に仲が悪いの?
 星奏学院の中ではお二人の不仲は有名過ぎる話だけれど、それは高校の頃の話であって今のお二人の仲については聞いたことがない。星奏の生徒はその過去を知っているから、誰も土浦さんに月森さんの話を振らないし、土浦さんの口から月森さんの話が出たこともないから今も仲が悪いんだろうと思い込んでいる。
 もしかしたら今では仲がいいのかもしれない。それなら月森さんが土浦さんの部屋に泊まっていてもおかしいと思われないかもしれない。でも、記事にある月森さんの行動は、やっぱり友人に対するものではないように感じてしまう。
 それなら、やっぱりあのマンションに恋人さんが住んでいるってことなのだろうかと考えてみるけれど、どうにもやっぱり月森さんの行動がしっくりこない気がしてしまう。
 何となく、これは私の私見なのだけれど、月森さんはこそこそとお付き合いをするような人にはどうしても思えない。お話をさせていただいたときも、肯定と否定がはっきりとしている人だという印象を受けたし、 恋人がいるなら堂々とされて、人前でも隠さないような感じがする。もし、お相手が隠さなければいけない人なのだとしたら別かもしれないけれど。
 と考えて、私はひとつの可能性を思い浮かべてしまった。
 月森さんが泊まったのは土浦さんの部屋で、そして土浦さんと月森さんが恋人同士だとしたら…。
 もしそうならば、月森さんにしても土浦さんにしても、泊まった部屋を口にしたくてもきっと出来ないだろう。恋人同士ではなく友達同士なのだとしても、記事にあったように頻繁に泊っていたのだとしたら、二人の関係を勘ぐる人も出てきてしまう。事実にしても事実ではないにしても、また興味本位に面白おかしく書かれてしまったら、それはお二人にとっていい結果には決してならないと思う。
 つまり、私もうかつなことを口に出しちゃいけないってことだ。だって、私が否定すればするほど疑惑は他の人に向いてしまう。事実、私は恋人ではないのだから否定はするべきなのだけど、ムキになって否定すれば、逆にまた変な誤解をされてしまうことだってあるかもしれない。
 ああ、でも、本当のことがわからないと私もどうしたらいいのかわからない。もしも月森さんと土浦さんが本当にお付き合いしていて、それを隠したいというのなら、今の私にしか出来ないこともあると思う。そんなことはなくて事実無根だというのなら完全否定するし、穏便に噂話が忘れ去られるまで待つというのなら、私は必要以上に否定はしないことにする。
 今回の記事に小さな真実が混ざり過ぎて、何が本当で何が嘘なのかがわからない。繋がりのない真実がくっついて、ひとつの真実として書かれてしまったから、嘘が妙な真実味を持ってしまい更にややこしくなってしまっている。当事者であるはずの私自身が知っている真実は本当にたった一部分だけで、実はほとんど知らないのだから、否定も肯定も出来なくて嘘の部分が独り歩きしてしまう。真実が表に出ない限り可能性はいくつも考えられてしまい、それが噂話として広がってしまったら、収拾がつけられなくなってしまうかもしれない。
 それはだめだと思う。思うけれど私にはどうしていいのかわからない。
 もしも本当のことを、月森さんに聞いたら答えてくれるだろうか。でもその答えを、私は知ってしまっていいのだろうか。

 どうしたらいいのかと悩みながら家に帰れば、土浦さんとマンションのエントランスでばったりお会いした。
 挨拶と他愛のない会話でエレベーターを待ち、そして一緒に乗って二人きりになったとき、私は思わずあの記事のことを口に出してしまった。
 知っていますか?なんて聞いてしまってから、私は自分の失敗に今更ながらに気が付いた。もしかしたらと、そう考えたのは自分なのに、その当事者かもしれない人に話を振るなんてうっかりどころの失敗じゃない。ハッとして見上げていた視線を下ろして急いで謝ったけれど、口にしてしまった言葉はなかったことには出来ない。
 土浦さんの表情は確認できなかったけれど、私は無意識に疑惑の目を向けてしまっていたかもしれない。そんな興味本位で訊ねるなんてものすごく失礼なことで、今日1日、自分がどんな思いをしていたのかを考えたら、一番してはいけなかったことなんだとものすごく反省した。
 大した時間ではなかったはずなのにすごく長く感じたエレベーターの上昇が止まり、もう一度謝って急いで降りようとした私は、土浦さんに腕を掴まれるようにして引き留められて動けなくなってしまう。
 背後で扉が閉まる気配を感じ、またゆっくりと上昇を始めると腕は離され、そして土浦さんはハッキリと本当のことを答えてくださった。
 エレベーターは私たちを土浦さんの部屋がある階まで運び、促されるままに一緒に降りたけれど、言葉にしてはっきりと伝えられれば、そういう可能性を考えていてもやっぱり驚いてしまい、 そして私の不用意な発言で公にしていなかったことを話させてしまったのだと思えば申し訳なく、どうしたらいいのかわからなくて俯いてしまった。
 土浦さんは、ごめん、と一言謝った後、話をする時間はあるかと聞いてきた。謝らせてしまったこともまた申し訳なく、急いで顔を上げれば土浦さんは真っ直ぐに私のことを見ていて、その顔は私たちに指導してくださっているときの真剣なものでも、雑談をしているときの楽しそうなものでもなくて、何かを決心されたような、とてもすがすがしい、そんな表情をされていた。
 それでもやっぱり、私が聞いてしまってもいいものなのか訊ねれば、聞く権利があると思うけど、と今度はよく見る土浦さんの表情を向けられた。
 ああ、土浦さんは、本当に月森さんのことを真剣に考えているんだな、いいな、すごく。私はその表情を見てそう思った。



2016.12.23up