TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

告白

「俺、お前のこと好きなのかも」
 背後から何の前触れもなく告げられたその言葉に、ヴァイオリンを取り出そうとしていた手が止まった。
「え?」
 振り返ると、言った本人はまるで何もなかったかのようにピアノの鍵盤に指を滑らせている。
 今日はエイプリルフールだっただろうかと思わず時計が示す日付を確認するが、1日ではない前にそもそも季節が春ではない。
 聞き間違えたのだろうかと聞き直そうにも、視線は鍵盤に向けられていてこちらを見ようともしない。
 その演奏を止めさせてまでは聞けず、言われた言葉を繰り返し考えてみる。
 君が、俺を好きだと言ったのか?
 そこに“かも”という曖昧な言葉が付いていたにしても、“好き”だと言われたことは間違いない。
 それが嬉しいと思う前に、けれどそんな都合のいいことはあるはずがないと思ってしまうのは、そんな態度で接したことも接しられたこともなかったのだから仕方ないと思う。
 何度思い出しても、何度考えても、好きだと言われたのだという結論しか出ない。
 それ以上もそれ以下も考えられなくて、かき乱された頭の中に一筋の音色が心地よく流れてくる。
 君のピアノの音色だけが、室内に、そして頭の中に静かに響き渡り、不思議と心が落ち着いていく。
 技巧的でも感情的でもない、けれどその技術は惜しみなく鍵盤へと注がれ、奏でられる音色からは溢れ出しそうな感情が聴き取れる。
 その音色が、まるで泣いているのではと思わせるほどに切なくなって、落ち着いたはずの心がくすぐったいような甘さを伴った痛みにまた乱されていく。
 あぁ、これは君の気持ちそのものなのだ。だからこんなにも、甘く俺の心に響く。
 曲は激しい旋律から一転、静かなものへと変わり終盤を迎えようとしている。
「俺は、土浦が好きだ」
 そのピアノの音色を聴きながら、真剣に鍵盤を見つめる横顔にそう告げると、まだ数小節あるはずの音色が途中で止まり、こちらを向いた視線がぶつかる。
「好きだ」
 真っ直ぐにその瞳を見つめ、心からのこの想いを君に伝える。
 瞬きを繰り返す、少し見開いた目が真っ直ぐに俺を見返してくる。
「好きだ」
 それ以外の言葉が思い付かなくて、俺はもう一度繰り返す。
「わ、わかったから、繰り返すなよ…」
 不意に視線を逸らされ、また鍵盤へと戻ってしまったその横顔を見ると赤く染まった頬が目にとまる。更に向こうへと向いてしまった顔の、そのちらりと視界を掠めた見たことのない表情に驚いて、けれどそれ以上に嬉しくなる。
「君は?」
 さっき聞いたその言葉をもう一度聞きたいと思う。“かも”ではなく、本心を。
「弾き終わる前に何も言わなかったら…冗談にしてやろうと思ってた」
 顔を逸らしたままで少し俯き加減のつぶやくようなその声は小さかったけれど、その声も、その気持ちも、真っ直ぐに俺の心に届いた。
「俺は、月森が好きだ。かもなんかじゃなく、な…」



告白
2008.9.1
コルダ話26作目。
なんとなく書き始めたらなんとなく完成しました。
久し振りに甘い話を書いたような気がします。