TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

心の扉

 今思えばそのやり方はとても乱暴だったのかもしれないが、そんな風にして踏み込んできたのは君が初めてだったから俺にはそのくらいがちょうどよかったのかもしれない。


「お前、音楽以外のものに全く興味がないのかよ」
 いつもの言い合いのような会話の中で土浦にそう言われ、そんなことはないと俺は答えた。
 別にいつでも音楽のことだけを考えているわけではない。
 音楽以外にも語学の勉強は好きだし、星空を眺めるのも好きだ。

「じゃあ、音楽を中心にして人を判断するのはやめろよ」
 そう言われて少し考えてみれば、言いたいことはわかるような気がした。
 音楽を専攻するのならば技術やレベルに関係なく、音楽に対する姿勢を崩して欲しくないと思うのが俺の考えだ。
 けれどそれは音楽に限ったことではないとも思っているから、そう言われてしまうことには抵抗があった。

「その黙りは改める気はないってことか」
 何も答えないでいるとその眉間に作られた皺が増えていく。
 どこか決め付けたようなその言い方は俺に対して否定的で、そうしてまで何故、俺に文句を言ってくるのだろうかと思ってしまう。
 嫌いなら嫌いで捨て置いてくれれば、わざわざこんな無用は争いをしなくても済むだろう。

「いや、そうじゃない」
 このまま黙っていえれば勝手に肯定と取られてしまうと思いそう答えれば、何が違うんだと詳しい説明を求めてくる。
 音楽だけで判断しているわけではないと言っても土浦は納得しないだろう。
 似たような誤解をされることはよくあることで慣れていたし、わざわざそれを解いたことなどなかったから、俺はどう答えたものかと言葉を探す。

「どう説明すれば君に伝わるのだろうか」
 だからそのままを言葉にすれば、にらむような目が見開かれて驚きの表情へと変わった。
 きっとどんな言葉を選び出しても、俺の言葉では本当に言いたいことはうまく伝えることが出来ないだろう。
 それでまた誤解されるのならばそれでいいといつもなら思うはずなのに、何故かその誤解は避けたいと思う気持ちがあった。

「君にはこれ以上、誤解されたくないんだ」
 それが何故だかわからないまま口に出せば、土浦の目はますます驚いたように見開かれていった。
 確かに自分らしくない台詞だったようにも思えるが、俺の言葉はそんなに驚くものだっただろうか。
 それでも誤解はされたくないという気持ちと、どうして伝わらないのだろうという気持ちは俺の心にあった。

「お前、不器用過ぎ…」
 小さく吹き出すように言われた言葉に、今度は俺が驚きの表情を向ける番だった。
 言い合いの最中だったはずなのにどこか楽しそうに笑うその表情が目の前にあり、そんな土浦の表情を見るのは初めてだと思った。
 俺はそんな土浦から目を離すことが出来ず、反論も出来ないままただその笑顔を見つめていた。

「俺には、なんて言うと、誤解するぜ」
 まるで人をからかうように見つめてくるその瞳も、その言葉の意味もわからなくて俺は首を傾げた。
 俺はまた何か誤解されるようなことを言ってしまったのだろうかと考えて、指摘されたその単語の意味を俺は思い出す。
 無意識に出ていたその言葉は、たぶん俺の本心だ。

「俺だけは特別だ、ってな」
 実際、そんな風には思っていないだろう土浦の言葉は、やはりからかうように軽い。
 けれどその言葉は、俺の本心に名前を付けた。
 自分では気付かなかった、わからなかった気持ちが、まるで波が押し寄せるように心の奥からあふれてくる。

「その誤解ならしてもらっても構わない」
 気付いた気持ちのままを言葉にすれば、笑みは消えてさっきのように驚いた表情を俺に向けてきた。
 からかうつもりで言ったのであろう土浦にとって、俺の言葉は予想外で不意打ちだったのかもしれない。
 けれど、そう気付かせたのは他でもない土浦の言動だ。

「俺にとって、君は特別だ」
 真っ直ぐにこちらを見ていたその視線を捕らえ、真っ直ぐに見つめ返しながら想いを言葉にする。
 例えそれが文句であろうと俺を否定するものであろうとその言葉を無視できないのも、それに対する俺の言葉で誤解されたくないと思うのも、俺にとっては初めてのことだった。
 今まで俺にはないと思っていたものを、開いて探し出し引っ張り出した土浦は特別な存在だ。

「と言ったら、君はどうする?」
 真面目な顔をしてそう聞けば、その目はうろたえるように宙をさまよっている。
 冗談なのかと文句をつけてくるのではないかと思っていたが、この反応は脈があると思ってもいいのだろうか。
 もしもそうならば、俺は土浦を離しはしない。

「どうするって…、からかって悪かったよ」
 ばつの悪そうな、でもどこかほっとしたような顔を見せられて俺は土浦の本心を推し量る。
 いつもならすぐに返ってくる文句の言葉が出なかったのは、自分が先にからかったのだという自覚があったというだけのことなのか。
 このまま俺にからかい返されたのだと、そう誤解されてしまうのはなんとしても避けたい。

「君が特別だと思うのは本当だ」
 だから謝らなくてもいいと続けると、答えを探して少し困ったような表情を向けられたが、嫌そうな素振りには見えないと感じたのは俺の自惚れだろうか。
 本人には自覚はないらしいが、俺の心に入り込んで内側から鍵を開けた責任は取ってもらおう。
 俺は土浦から、イエス以外の返事を聞くつもりなど全くないのだから。


 一気に踏み込んできた君をそのまま帰すつもりなど俺にはないから、俺は俺のやり方で君の扉を開いてみせようと思った。



心の扉
2009.7.17
コルダ話46作目。
すでに何作か書いている月森君自覚話。
たぶん、この設定が好きなんだと思います…。