『音色のお茶会』
氷炭9 ~sideL~
本当に欲しかったものは言葉ではなくてその気持ち
睨むような瞳が瞼の下へと隠された瞬間に、信じられない言葉が耳に届いた。
好きだと、土浦はそう言った。好きでいてくれと、そう言って俺の腕を強く握り締めてくるその指先は、それが冗談でも嘘でもない土浦の本心なのだと伝えてくる。まるで離れていかないでくれと言わんばかりの力強さが切なくて、俺は土浦を見つめたまま腕を引き寄せ、自分の腕の中へと強く抱き締めた。
俺の心臓はうるさいくらいに鳴っていて土浦に聞こえてしまうのではないかと思ったが、土浦から伝わる鼓動も同じように速く、それがどちらのものなのかわからなくなってくる。
それが心地よくて更に抱き締めれば苦しいと訴えられたが、その代わりにそっと背に回された土浦の手が心地よくて温かくて、心から嬉しいと思った。
まさか土浦から好きだと答えてもらえるとは思ってもおらず、抱き締めたぬくもりがあまりにも心地よくて、もしかしたら夢を見ているのかもしれないと俺は思ってしまう。
嫌われてもおかしくない行動を起こした自覚はあったから、こんな風に受け入れてもらえるとは思ってもみなかった。踏み込ませないような態度をとられていたから、こんなにも近くに感じることが出来るなど、本当に夢のようだと思う。
夢ならば醒めて欲しくない。もしもこれが夢だとしたら残酷過ぎる。
知ってしまったこの幸福を、俺はもう手放すことなんて出来はしない。
夢ではないのだと確かめたくて、腕の中にいるのが土浦だと確かめたくて、そっと顔を覗き込めばゆっくりと土浦の顔が近付いてくる。まるでキスを予感させるようなその距離と軽く伏せられた目元が俺を煽る。
心の奥底から湧き上がる気持ちのままにキスをすれば、触れた柔らかな唇が俺を受け入れるかのようにそっと開かれた。無理やり奪うのではなくお互いが求め合うようなキスは初めてで、それだけで心が温かくなるのを感じた。
言葉では好きだと言いながら、態度では俺の欲ばかりで伝えていなかった愛しさを込めて優しく触れていけば、絡め返してくる舌が俺を受け止め、そして土浦の気持ちを伝えてくれる。
どこか縋るような目で好きだと言われて愛しさが込み上げてくる。俺も好きだと想いを伝え、抱き締めて愛していると口にすれば、愛しさは更に増した。
幸せだと思う。想いを伝え合うことがこんなにも幸せなものなのだと、俺は初めて知った。
土浦が好きだ。本当に、心から愛おしく思う。
俺のことを好きになってくれればいいと、そう願っていた。
もしも好きになってくれたなら、こんなにも幸せなことはないだろうと考えていた。
それが叶った今、土浦のことを好きなのだと、俺は改めて感じる。
土浦のいない人生など、俺にはもう考えられない。
抱き合ったままお互いのぬくもりを感じ合っていれば、土浦は顔を伏せたままごめんと小さくつぶやいた。
それが何を意味するのか一瞬わからず、また離れてしまうのではないかと不安になって強く抱き締めれば、離れるわけじゃないのだというように同じ強さで抱き締め返されてやっと、俺は土浦の言葉の意味を理解した。
それは違う。謝らなくてはいけないのは俺のほうだ。そう思って言葉にしようとすれば、土浦はそれをかぶりを振って遮りながら、ごめんと何度も繰り返す。
俺に謝らせてくれないのならば、土浦にも謝ってなど欲しくなかった。そんな風に謝られたら、まるで同情や後悔で俺のことを好きになったのだと言われているような気がしてしまう。違うと思いたくても、不安になってしまう。
だから俺はキスでその言葉も口も塞いだ。聞きたいのは、そんな言葉ではない。伝えて欲しいのはそんな気持ちではない。
キスとキスの合間に想いを込めて土浦の名を口にすれば、答えるように甘やかな声が上がる。
俺の名を呼ぶ土浦の声から想いが伝わってきて、俺はいつまでもその声を聞いていたいと思った。