TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

蜜夜 *

 俺は気付かなかった。
 夜はほとんど意識のないような状態で眠りに落ちていたから分からなかったし、朝はただ単に俺より先に起きているのだと思っていた。
 だから月森は隣で寝ているのだとずっと思っていた。
 あの日、珍しく夜中に目が覚めたその時まで。

 それは寒さで目が覚めたのか、目が覚めたから寒いと思ったのか。どちらにしても寒い、と思った。
 無意識に身体を丸めて、何にもぶつからないことが不思議で俺は目を開けた。
 昨日は月森の家に泊まった。それは身体に残るけだるさですぐに思い出された。
 それならば月森が隣にいるはずで、狭いベッドではないにしても俺が動けば月森にぶつかるはずだった。
 薄暗い部屋で目を凝らすと、隣にいると思っていた月森は窓の前でぼんやりと、それでも姿勢よく立っていた。
「月森…」
 寝起きと昨日の夜のせいで掠れた声しか出なかったが、俺は起き上がりながら月森に声を掛けた。
「土浦…起こしてしまっただろうか」
 振り向き、こちらに歩いてくる月森の顔は影になっていて表情が全く分からなかった。
「いや、起きたらお前がいなかったからさ」
 起き上がり、けれど寒くて掛布団を引っ張るように上げてまた違和感のようなものを感じる。
 サラリとしたシーツは少し動けば冷たくて、すぐ傍に残っていると思っていたぬくもりは何も感じられなかった。
「・・・・・・」
 俺はベッドサイドまで来た月森を思わず見上げていた。
 この薄暗さに目が慣れてもまだ、月森の表情はよく見えなかった。
「どうした?」
 そんな俺を不思議に思ったのか、そんな言葉とともに月森の指先が頬に触れた。
「っ…」
 その手があまりにも冷たくて、無意識に身体が跳ねた。
 普段から月森の手が冷たいことと、俺が今まで寝ていて体温が上がっていたことを差引いても、その手の冷たさは半端じゃなかった。
「お前、いつからあそこに立ってたんだよ」
 離れそうになるその手をとって、俺はそっと両手で包むように握り締め頬に触れさせた。
 その冷たさは、月森の手だ、と思わせる。
 ヴァイオリンを弾くのに不便ではないのかと思うけれど、触れられると心地好い。
 少し屈むような姿勢だった月森は、そのままゆっくりとベッドに座った。
 やっと見ることの出来た月森の表情は少し困ったように微笑んでいて、その表情の意味が分からなくて俺は少し首を傾げた。
 その角度のまま触れてきた月森の唇も、引き寄せるように包み込まれた腕の中も、いつもよりヒンヤリとしていた。
 軽く触れるだけで離れた月森の表情はまだ困惑さを残していて、触れている手はまだ冷たかった。
「もしかして、隣に人がいると眠れないとか?」
 その冷たさが俺にそう思わせた。ずっと気付かなかったけれど、月森は隣にいなかったのではないかと。
「そういうわけでもないが…」
 言いよどんだその語尾と相変わらずの表情は、俺の考えを肯定しているように思えた。
「ないけどなんだよ」
 そのまま月森の顔をみつめていると、月森は観念したかのように小さくため息をついた。
 けれど話し始める気配はなく、話すまで待とうと無言でみつめていると、ふいにもう一度抱き寄せられた。
「土浦の体温は心地好いんだ。心地好過ぎて俺は眠れなくなる」
 耳元でささやかれるようなその声に、俺の心臓はトクリと音を立てた。
 その言葉が何を言いたいのか、頭で考えるより先に身体の熱で伝わる。その熱に、俺の熱も上がる。
「っ、ぁ…」
 熱に浮かされたように口をついて出たその声は、思いがけず掠れていた。
 みつめられる瞳に、その視線に、更に熱が上がる。
「月、森…」
 耐えられなくてその名を呼べば、それが合図になったかのように月森の唇が俺のそれに重なる。
 さっきのように触れるだけではなく、深く、奪われるような口付けに思考も奪われる。
「土浦…」
 触れるか触れないかの距離でささやかれた名前に月森の感情全てが込められているように思えた。
 トクリと、心臓が跳ねて血液が逆流する。
 俺は月森の首に腕を回し、引き寄せるように口付けた。
 触れてくる手はまだ冷たかったけれど、その身体は溶けてしまいそうなくらい熱かった。



蜜夜
2008.1.10
コルダ話8作目。
直接的ではなく間接的に微裏を目指してみました!
微なので最後はいつもどおりに…。
といいながら実はこっそり裏っぽい続きがあります。
一応、18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。