TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

必然的関係-押せ押せとタジタジの法則- *

「いや、だからちょっと待てって!」
 月森の家、月森の部屋、ついでに言ってしまえば月森のベッドの上。
 俺は今日、何度目になるかなんてすでにわからなくなった台詞を叫んでいた。

「何故だ?」
 対する月森は大きなため息をひとつ落としてから真面目くさった顔でそう尋ねてくる。
「なんでって、いきなりこんな…」
 文句を言いかけ、だが自分の置かれた状況を意識してしまい言葉が続かなくなる。
 月森のベッドの上、月森は俺の目の前にいて、俺はそんな月森に組み敷かれ…。
「うわぁっ」
 認識しないようにと思わず心の中だけで叫ぶはずだった言葉は、急に首筋へと顔を埋めてきた月森の吐息と体温でそのまま声になった。
「俺は君に好きだと伝え、そして君も俺を好きだと答えてくれた。どこに問題がある?」
 明確な意思を持って月森の唇が首筋に触れ、その感触に身体が反応してはねる。
 確かに告白は済んでいる。想いが一方通行な訳でもない。キスもしたし、順番が間違っている訳でもない。そう考えると、問題はないのかもしれない。
 いや違う、そういう問題ではなく、早急過ぎやしないかと俺は言いたいわけなのだが。
「ぁ…」
 だが口から出たのは自分でも聞いたことのないような甘く掠れた声で、それが恥ずかしくて首を振るようにして月森の唇から逃れた。
「だから、待てって言ってるだろう」
 肩に当てた手を突っ張るようにして月森を引き剥がせば、不機嫌そうな顔を隠しもせずに見下ろしてくる。
 力で言えば、俺のほうが勝っている。だから月森を引き剥がすのは簡単で、それをわかっているからこそ月森は不機嫌な顔をしているのだろうし、無理に行動を起こしてはこなかった。
 それならばどうして俺が組み敷かれてしまっているのかは、この際、深く考えないことにしておいたほうがいいだろう。
 ゆっくりと力を抜いて月森を見上げれば、不機嫌そうに睨んでいた瞳がどこか切なげに揺れた。
「ずっと叶うわけがないと思っていた想いが叶ったんだ。これ以上、待てるわけがないだろう」
 臆面もなく真っ直ぐに伝えられたその気持ちは、一気に熱となって顔へと上がっていく。
「なっ…」
 真っ赤になったであろう顔を隠したくても、それよりも一瞬早く月森の手が俺の頬を包み、横を向くことさえ出来なくなってしまった。
「土浦を好きだと自覚したときからずっと、君に触れたいと思っていたんだ」
 切なげな顔がゆっくりと近付き、逸らすことも見つめ続けることも出来ず、反射的に目をつぶれば唇が触れてきた。
 このまま流されてはいけないと焦る心の声とは裏腹に、そのキスは身を任せてしまいたくなるほどに気持ちがいい。
 俺だって月森が好きだし、キスだってしたいと思っていた。想いが叶わないと思っていたのは俺も同じで、だからこの状況を嬉しいと思わないはずがない。
 だが、キスはしてみたいと思っていても、こんな風に触れることは考えていなかったかもしれない。だから心の準備なんてものは全く出来ていないし、もう少しこう、時間というか心構えというか、とにかくもう少し待って欲しいと思う。
「ちょっ、待てって…」
 そんなことを考えているうちに月森の手はシャツのボタンを外し、その裾をズボンから引き出していた。
 ヴァイオリン以外に関してはどこか不器用そうに見えるその手は意外にも無駄に器用で、俺の抵抗などなんの役にも立たないうちに素肌を曝されていた。
「待っ…んっ」
 バカの一つ覚えのような制止の言葉はキスで塞がれ、素肌の上を滑るように月森の手が触れてきた。
 初めての感覚が背中を駆け上がり、離させようと掴んだ手は、まるですがるように握り締めたまま離せなくなってしまった。
 その慣れた感じが妙に気に障った。なんの躊躇いもなく触れてくることに、疑惑にも近い疑問を感じずにはいられなかった。
「なんで、そんな、慣れ、てんだよっ…」
 思わず口をついて出た言葉に月森は顔を上げ、首を傾げるようにして見つめてきた。
「君以外に欲情などしたことないから、こういった行為は初めてだ」
 そうハッキリと答えられ、俺はまた叫びそうになった。そんな直接的な言葉を、真面目くさった顔して言わないでほしい。
 だが、それならば何故、こんなにも簡単そうに事を運べるのだろうか。
 何をするにも音楽が一番だと言わんばかりの月森からはこの言動は想像出来ず、その差が大き過ぎていつものようにうまく言葉を返せない。
「たぶん、本能なのだろうな」
 言葉を探していれば今度は笑顔付きでそう言われ、おでこにキスが落とされる。
「なっ」
 その言葉にも行動にも俺は焦ることしか出来ない。
 俺にもこういった経験があるわけではないが、そこはまぁ男だし、知識と興味はそれなりにはあると思う。つまり月森にもそんな知識なり興味なりがあるということなんだろうが、月森からそんな気配を感じたことは全くない。
 そして経験がないのは同じはずなのに、月森はなんでもない顔でこうやって行動を起こしてくる。それはやっぱり悔しいし、でもだからといってやり返してやろうと思うことも出来ず、だからこうして俺が押し倒されてしまっているのかもしれない。
 一瞬、思わずそんな風に納得しかかって、いや違うだろうと自分に突っ込みを入れながら首を振った。
「土浦、そういう態度は逆効果だ。可愛いとしか思えない」
 そんな甘ったるいことを言われ、どこをどう見たら俺が可愛く映るんだろうと悩んでしまう。だが月森はさっきから微笑み全開で、冗談を言っているようにもありがちな台詞を並べただけとも思えない。
「何、言ってんだ…」
 だから口から出る文句の言葉も勢いを削がれ、俺に出来たことといえば赤くなったであろう顔を両腕で隠すことくらいだった。
「だから、逆効果だと言っているだろう」
 顔を隠した腕はいとも簡単に剥がされ、しまったと思ったときにはもう指を絡めて捕らえられ、そのままベッドへと縫い止められてしまっていた。
「土浦…」
 掠れ気味な声で呼ばれる自分の名前に心臓が大きく跳ねる。
「や、あっ…」
 首筋に感じた吐息に上げた制止の声は、触れた唇の熱さで違う音へと変わった。
「んんっ」
 止めろと頭の中で叫んでもそれは言葉にならず、代わりに自分のものとは思えない声が上がってしまうのを避けたくて口を閉ざすが、それを完全に抑えることが出来ない。
 別に力任せに押さえ付けられているわけでもないのに月森の手から逃れることは出来ず、視界に映る月森の頭がどこにあるのかを意識したくなくて目をつぶれば、触れる月森の唇を余計意識してしまう。
「や、やだ、あ…ぅん…」
 体温が上がっていく。月森の触れた場所から、その内側から、徐々に熱が上げられていく。
 止めてほしいと思うのに、もっと触れてほしいと思う。逃げたいと思うのに、縋ってしまいたいと思う。
 そんな両極端な気持ちを持て余しながら無意識のように首を振っていれば月森の顔が上がり、押さえられていた手もそっと外された。
「嫌か?」
 覗き込むように聞いてくる月森の表情はずるいと思う。
 こんな状態にしておいて、今更そんなことを言ってくるのはもっとずるいと思う。
「嫌だって言ったら、止めてくれるのかよ…」
 それでも虚勢を張って月森を睨みつければ、月森の手は優しく俺の髪を梳いていった。
「止めてもいいなら…」
 そして既に反応しかけているその場所へと掠めるように触れてくるから本当に性質が悪い。
「っんあぁ…」
 その刺激に思わず声が上がり、俺はその手を止めさせようと腕を掴みながら、また無意識に首を振っていた。
「それは止めてほしくないということと、受け取ってもいいだろうか」
 止めてほしいと、そう意思表示するための行動を月森は都合よく真逆に解釈し、その手は確実に明確な意思を持って俺へと触れてくる。
 腕を掴む手には力が入らず、その隙にウエストのボタンまで外されて月森の手が忍び込んでくる。
「ちがっ、や…待て、ま……ぅんっ」
 直接的なその刺激に、逆に意識がクリアになる。どこをどんな風に触られているのかをリアルに感じさせられる。
 理性と羞恥と快感と恐怖が綯い交ぜになって、思考がぐちゃぐちゃになる。
「土浦、土浦…」
 耳元で繰り返しささやかれる月森の声が俺を更に追い上げる。
 触れる手が熱くて、上がる息が熱くて、触れる空気すら熱くてたまらない。
「もう……ぃ、く…、んっ、やっ、でる…は、なせ…」
 限界が近付いてきて、微かに残る理性がそれを拒み、抗いきれずに俺は月森へと縋るようにその胸元へと顔を埋めた。
「月、もりぃ…」
 その名を口にした瞬間、心も身体も何もかもが開放される。
 全身を包む浮遊感のままベッドへと身を預ければゆっくりと唇が触れてきて、俺はそれを夢見心地のまま受け入れていた。
「土浦…」
 決して深くはない、そして何度も啄ばむように触れていた唇が離れて呼ばれた名前にそっと目を開ければ、微笑んだ月森が俺のことを見つめていた。
 その眼差しが妙に心地よくてじっと見つめ返せば、月森の笑みは深くなり、そっと俺を抱き締めてくる。伝わるぬくもりも心地よく、俺は月森へと腕を伸ばした。
「よかったか?」
 その背へと腕を回しきる前にあからさまな言葉が耳へと届き、どこか遠くへ飛ばしかけていた意識が猛スピードで戻ってきた。
 今、自分の置かれている状況を、今の今まで何をしていたのかを思い出す。
 俺の言葉も声も態度も反応も、その全てを月森に聞かれ見られていたのだと頭が認識した途端、俺の足は月森に蹴りを入れていた。
「お、お前…!」
 なんてことを聞いてくるんだと思う。そんなことを聞いて、俺に一体何を言わせる気だ。
 抱き締められていた所為で、掠める程度にしか足が当たらなかったことが悔やまれる。
「何だ、急に…」
 その足を捉えられ、月森は不機嫌な表情を見せてくる。
 その、本当に俺の心境などわかってないであろう態度が気に食わない。さも当たり前のように俺を更に組み敷いてくる行動の早さが気に入らない。
「お前こそ、何しようとしてるんだよ、おいっ」
 掴んでいる手を振り解こうとする前に振り上げた状態で捉えられた足からジーンズを引き抜かれてしまい、咄嗟に閉じようとしたその前に月森は身体を滑り込ませ、俺は両足で月森を挟む格好にさせられてしまう。月森を押し返そうとした手は捕らえられ、頭上で両手をひとまとめにされてしまった。
 その、全て後手に回ってしまう自分の行動力の遅さを嘆いている暇などなく、月森はぴったりと身体を寄せることで俺の自由を奪った。
「何って、続きだが」
 そして、しれっと当たり前のように告げてくる月森の言葉に、俺はぎょっとして月森の顔を凝視してしまう。
「続きって…まさか…」
 こんな格好をさせられて、その続きがなんだかわからないほど俺も馬鹿じゃない。だがそんなことが自分の身に起こるとは考えたことなどあるわけもなく、あれ以上の何をどこまでする気なんだろうと考え、辿り着いたその答えを月森が否定してくれることを願った。
「もっと君に触れたい。君の熱を感じたい…」
 そんな願いも虚しく、月森の手はとんでもない場所へと伸ばされていく。
「ま、待て。それは待て。だから待てって…んむっ」
 繰り返す制止の声は、濃厚としか言いようのないキスに塞がれてそれ以上、言葉にすることが叶わなくなる。

 その日、俺は心の中で何度も「待て」と叫んでいたが、その思いは結局、最後まで月森に伝わることはなかった。



必然的関係-押せ押せとタジタジの法則-
2011.8.2
コルダ話67作目。
押せ押せつっきーとタジタジつっちーに挑戦。
ちゃんとタジタジしてます??
ずっといちゃいちゃしてますが、最後は相変わらずです^^;