TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

なんでもない朝のひととき

 天気は快晴。
 朝食の支度も完璧。
 後は、あいつを起こすだけ。


 朝は6時半に起床。
 別に目覚ましを掛けているわけでもないが、この時間になると自然と目が覚めるようになっている。
 それはもう、身体が覚えてしまった条件反射のようなもので、平日でも休日でも同じだ。
 まぁ、たまに不本意な例外はあるが…。

 今朝は何とかいつも通り6時半に目が覚めた。が、月森の腕に抱き込まれて身動きがとれない状態だった。
 だが、その腕の中から抜け出るのも慣れたもので、朝の弱い月森が多少のことでは起きないのをわかっているからそれなりの扱いで腕を引き剥がした。
 ほんの少し淋しく思う気持ちを寒さの所為にしてベッドから抜け出し、朝食の支度を始める。
 休日なのだから別に急いで食事の支度をする必要もないのだが、月森が目を覚ます前に起きておかないと一日中、ベッドの中で過ごす羽目になりかねない。
 そんなことになれば次の日まで支障が出ることは経験済みで、だから俺は目が覚めたらなるべくすぐに起きるようにしていた。

 食事の支度といっても朝からがっつり食べるわけでもなく、夕飯に比べれば簡単なものだ。
 温め直しの出来ないものを除いて準備をし、寝室へと戻ってみれば月森はまだ寝ていた。
「月森ー。朝だぞー」
 そのくらいでは起きないとわかっていながら声を掛けてみれば、案の定、起きる気配は全くない。
 起きないとわかっているからベッドに寄りかかるように床へと座り、気持ちよさそうに寝息をたてている月森の寝顔を覗き込んでみた。
 こんな風にまじまじと見つめられるのは月森が寝ているからで、起きていたら絶対に恥ずかしくて出来やしない。
 普段は冷たい印象すら醸し出しているくせに、月森は俺にどこか甘い表情を向けてくる。その顔は無駄に整い過ぎているから心臓に悪い。
 だが、そんな甘い表情も無防備な寝顔も、見ることが出来るのは俺だけの特権だ。

 ついつい見惚れてしまった自分に気付き、慌てて立ち上がる。
 当の月森は寝ているし、別に誰に見られたわけでもないのだから慌てる必要もないのだが、何より自分で自分が恥ずかしい。
 そんな気持ちを誤魔化すように思い切りカーテンを開ければ、朝の陽射しが射し込んできて気持ちがいい。
「今日もいい天気だ」
 朝日を浴びながら大きく伸びをしてつぶやけば、背後からは逆に不満めいた声が聞こえてきた。
 何かと思って振り返ればちょうど月森が寝返りを打つところで、その顔の辺りに陽が当たっているからきっと眩しいのだろう。
 目が覚め始めているのならばこのタイミングを逃さないのが得策で、俺はベッドへ戻ると思い切り布団を剥いでやった。
 月森は不満めいた言葉を発しているらしいが、寝起きの声は良く聞き取れない。
 ということにして文句の言葉を綺麗に無視していれば、今度は恨めしそうにこちらを睨んできた。
 眉間に皺を寄せた不機嫌な表情など見慣れているし、寝惚け眼で睨まれてもたいした効果はない。だが、こんな顔を見られるのも俺の特権なのだと思えば少し嬉しくもなる。
 どう見たってかっこいいとは思えないその顔を見て嬉しくなるのだから、俺も相当なものだ。

 剥いだ布団をベランダに干して部屋に戻れば、月森はまた微かな寝息をたてながら眠っていた。
 ちゃんと陽射しを避けた位置に顔をずらしているあたり、布団を剥がされたくらいでは起きる気がないということなんだろう。
「ったく。寝付き良過ぎだろう」
 つぶやく文句の言葉などきっと聞こえていない。いつだってそうだ。俺の文句の言葉など月森には全く通用しない。
 出会った頃から文句の言い合いは日常茶飯事で、その意見が噛み合うことなどほとんどなかった。
 今だって音楽性は全く正反対だし、どうしてこんなにも扱い辛くて性格も違っていて共通点のあまりなさそうなヤツを好きになってしまったんだろうとたまに思う。
 だが、どうしたってやっぱり俺は月森が好きで、自分との違いにどんどん惹かれて離れられなくなってしまっている。

 もう一度ベッドの脇に腰を下ろし、月森の寝顔を見つめてみる。
 枕元に置かれた手にそっと触れてみれば、指を絡めるように握られて引き寄せられてしまった。
「こういう、無意識の態度はずるいよな…」
 指先から伝わる体温がいつもよりもあたたかくて、それを振り解くことが出来なくて、俺からもぎゅっと握り締める。
 じっと見つめてもぎゅっと握り締めてもそっと呟いても、月森はそんな俺の行動になんて気付きもせず、相変わらず無防備な顔で眠っている。
 このままずっと見つめていたいと思う気持ちと同じくらい、今すぐに起きてほしいと思う。
 だから引き寄せられた手を取り戻すのではなく、俺自身が引き寄せられたかのようにその手へと顔を近付け、そのまま月森の指に、そして唇にそっとキスをした。

 この指が奏でる音色は真っ直ぐで迷いがなくて、月森が伝えてくれる想いも真っ直ぐで全く迷いがない。
 月森が奏でる音色を聴きたくて、俺のこの指で奏でる音色を、想いを月森に伝えたい。

 もう一度、触れるだけのキスを唇へと落とし、吐息の触れる距離で月森の名をささやく。
「月森、起きろよ…」
 少しでも長く一緒の時間を過ごしたいなんて言葉に出すことは出来ない。言葉に出来ない代わりにこうやって月森を起こすんだなんて気付かれたら恥ずかしくてたまらない。
 だからまだ覚醒してないこの瞬間を狙ってキスをする俺は卑怯なのかもしれないが、気付かないお前が悪いと心の中で言い訳をして頬を軽くつねってみた。
「おい、いい加減に起きろよ。いい天気だぜ、今日も」
 何もなかったように、なんでもない顔で、いつものように月森を起こすための言葉を告げる。
 月森が目を覚ましたら今日もいい音が響きそうだと、そう言って練習に誘ってみようとそんなことを思った。


 天気は快晴。
 朝食の支度も完璧。
 後は、お前が目を覚ますだけ。

 今日もまた、一日が始まる。



なんでもない朝のひととき
2011.12.11
コルダ話69作目。
月森君、結局一言もしゃべらず…(苦笑)
タイトルそのまんまな感じですが、
朝のひとコマを切り取るのは大好きです!!