TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

君を抱き締めたい

 二人で迎える初めての誕生日が近付いてきた。

 クリスマスの2日後に始まった俺、月森蓮と土浦梁太郎の恋人としての付き合いも、あと少しで4ヶ月になろうとしている。
 たまにどうしてもぶつかるお互いの意見も、出会ったばかりの、あの火花が飛びそうな言い合いに比べれば、穏やかな方法で解決出来るようになったと思う。
 相手を認めること、相手の意見を受け入れること、相手の身になって考えること。たぶん俺は、土浦との付き合いによって色々なことを学び、成長していると思う。
 今まで知らなかった感情を知ることも楽しかった。
 土浦に対する優しく愛しい気持ちだけではなく、嫉妬や独占欲というどちらかといえば負である感情もあったが、どれも初めて感じるもので、自分の中にこんな感情があったのだと知ることは本当に新鮮だった。
 そして俺は、人を好きになったのも初めてなのだと知る。初めてだが、土浦以上に好きなる人はいないだろうと、そんな風に思う。

 二人で過ごす時間はいつでも特別だったが、イベント事は更に特別だった。
 1年間にいくつもあるその行事に世間は踊らされているのだと、俺はそんな風に考えていたが、いざ、自分が関わってみると、踊らされてでも参加したくなる気持ちがわかるような気がした。
 自分が積極的に参加していることなど少し前までは考えられなかったが、二人で過ごせる時間も特別なやり取りも、とても楽しいと思う。
 そしてまた、俺たちにとって3つ目のイベントが近付いてきている。
 俺は自分の誕生日を、二人でどう過ごそうかとだいぶ前から考えていた。
 家族以外と過ごす誕生日とは、一体どんなものなのだろうか。考えてみるだけで心があたたかくなるような気がした。
 別に特別なことを望んでいるわけではない。土浦から一言、おめでとう、と言ってもらえればそれで十分に幸せだと思う。
 傍にいてくれたら、声が聞けたら、触れられたら…。そんな風に考えていると、土浦をぎゅっと抱き締めたくなった。

 誕生日が近付くにつれ、土浦の態度が少し変わったように感じた。
 思えば、バレンタインデーもホワイトデーも、その少し前から土浦の様子が変だった。
 その理由を俺は土浦から聞いた。土浦は周りを気にしている。気にして、そして不安になっている。
 そんな風に思わせているのが自分なのだと考えれば己の不甲斐なさを感じる。だから言葉や態度で示しているつもりだが、それでも俺は土浦を不安にさせてしまっている。
 どうしたら土浦の不安を取り除くことが出来るだろうか。俺は何をするべきなのだろうか。
 だが近付くのは俺の誕生日。俺から行動を起こせば、まるで何かを強請っているように思われかねない。一緒に過ごしたい気持ちはあっても、それを土浦に強請する気はない。
 いや、そんな考えが土浦を不安にさせるのだろうか。一緒に過ごしたいと、傍にいてほしいと、そう言って土浦を誘ったほうがいいのだろうか。
 だから俺は、土浦に気持ちを伝えようと思った。それをわがままと取られるか本気と取ってもらえるか少しだけ心配だったが、逢いたい気持ちは本心なのだからわがままと受け取られても構わない。

 ここのところお互いの都合が合わず、逢う約束はなかったから普通科の教室まで逢いに行った。
 昨年末まではほぼ訪れたことのなかったこの校舎も、もう何度も訪れているからか当たり前の日常になった。相変わらず送られてくる遠巻きな視線は気になるが、それももう慣れてしまった。
 教室内を覗けば、目的の席にも室内にも土浦の姿はない。俺の目的に気付いたらしい顔見知りになった土浦のクラスメートから、職員室に行っているのだと不在の理由を教えてもらった。
 タイミングが悪いことに、今日の休み時間はこの時間しか空いていない。昼休みも放課後も、用事があるため逢う時間が取れそうにない。
 仕方がないので『24日に逢いたい』という内容のメールを送ってから自分の教室へと戻った。
 途中、土浦から返信のメールが届いたが、何も書かれていない空のメールだった。どうしたのだろうと思っていると、教室に着いたタイミングでちゃんと返事の書かれたメールが届いた。
 イエスの返事と、慌てて間違えて返信ボタンを押してしまったと書かれたそのメールを読みながら、俺は土浦を思い浮かべる。
 明確な映像が浮かぶほどにはまだ土浦の色々な表情を知らなくて、やっぱり直接逢って伝えたかったと、そう思った。

 そして誕生日の当日。
 24日へと日付が変わったばかりの真夜中に、携帯電話が着信を告げた。
 まだ寝てはいなかったが、こんな夜中に電話が掛かってくることを不思議に思いながらディスプレイを開けば、そこには土浦の名前が表示されている。
「もしもし」
 急いで通話ボタンを押し、決まり文句を発すれば、少し遠慮がちな土浦の声が耳に届く。
『遅くにごめん…』
 聞こえるその声をもっと近くに感じたくて、そっと目をつぶる。
「構わない。土浦の声を聞けて嬉しい」
 素直に思ったことを声に出せば、電話の向こうで土浦が息を詰めた気配がする。照れた顔が瞼の裏に浮かび、思わず忍び笑いを落とせば、それを悟ったらしい土浦から抗議の声が上がった。
『笑うなっ』
 耳元をくすぐるような土浦の声が愛おしく、土浦を抱き締められないことを本当に残念に思う。
「すまない。それよりこんな時間にどうしたんだ?」
 謝罪とともに、土浦の目的を尋ねる。
 今日が何の日かわかっていて、そうだったらいいと期待を抱きながらそっと耳を澄ます。
『あー…。あの、さ…』
 少し言い淀むような声に、短い相槌だけを返して続く言葉をじっと待つ。
『~~♪~~~~♪』
 そんな俺の耳に届いたのは言葉ではなく、ピアノの音色だった。それは誕生日の定番曲。誰もが知っている、だからこそ、伝えたい気持ちが一番明確に伝わる曲。
『ハッピーバースデー、月森』
 曲が終わると、今度は土浦の声が俺を祝福してくれる。その曲を、その声を、その言葉を、本当に嬉しいと思う。
「ありがとう」
 今日、土浦とは逢う約束をしている。その時に聞ければいいと思っていた。だから誰よりも一番にその言葉を聞けたことが、こんなに幸せなのだとは知らなかった。
「嬉しい。本当に、嬉しい…」
 やっぱり、土浦を抱き締められないことを淋しいと思う。抱き締めてキスをして、もっともっと土浦に触れたい。土浦を独り占めにしたい。
 言葉だけでいいなんて、そんなのは詭弁だ。
「早く君に逢いたい。君の声を、土浦の言葉を直接聞きたい…」
 切実に、そう思う。
『俺も、月森に逢いたい』
 届く声が、いつもの土浦の声よりも少し、熱を帯びている。耳元で、こんな声を聞かされたら堪らない。本当に、今ここに土浦がいないことが残念でならない。
 だが、二人の気持ちが同じだったことが、何よりも嬉しくて俺を幸せにする。
「逢えない代わりに、もう1曲、何か聴かせてくれないだろうか」
 それでも少し、わがままを口にする。
 君の音色を俺に届けてほしい。そんなわがままを、君は受け入れてくれるだろうか。
『あぁ、お前の望むままに…』
 真っ直ぐな言葉に続き、甘やかな旋律が耳に、そして心に届く。
 土浦と過ごす初めての誕生日を、俺は心に刻み付ける。土浦の言葉を、土浦の音色を、この幸せを胸に焼き付ける。

 二人で迎える初めての誕生日は、まだ始まったばかり…。



君を抱き締めたい
2013.5.1
コルダ話80作目。
月森君、お誕生日おめでとう♪
お誕生日話が一週間も遅れてごめんなさい(>_<)
バレンタイン、ホワイトデー話と同じ設定です。