TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

はじまりは、チョコレート3

 何度か合わせたところで予鈴が鳴り、今日の練習はお開きとなった。
 せっかく噛み合ってまとまり始めた演奏も、開始前のやり取りを引きずってチグハグな状態に逆戻りしかけていたが、そこはお互いに気持ちを切り替え、最後に合わせた演奏は今までで一番いい仕上がりだったと思う。
「土浦」
 大抵、先に片付けが終わる俺は先に帰るのだが、カバンを肩にかけたところで月森から呼ばれて振り返った。
「これを、受け取ってもらえないだろうか」
 そう言って目の前に水色の包装紙で包まれた小さな箱が差し出され、俺は思わずその箱と月森の顔を交互に凝視してしまった。
 包装以外にはいかにもな飾りがされているわけではなかったが、今日という日に渡されたのだから、中身はたぶんチョコレートなんだろう。
「迷惑だというのならば、もちろん断ってくれて構わない」
 今まで自分がそうしてきたからであろうその言葉に月森らしいなと思ったが、迷惑かどうかを考えたとき、何かが違うと思った。
「それは、何に対してだ。受け取る、受け取らないってことだけだったら、別に迷惑って程のことでもないから受け取るけど」
 俺だって今日、貰ったお返しという意味だけではなく、日頃への感謝の気持ちでチョコレートを渡した人がいる。だが今、ただ受け取ってほしいと言われただけで、それがどういう意味で差し出されているのかを俺はまだ聞いていない。
 天羽から聞いた話やさっきの月森との会話から嫌でも察するものがあり、だとすれば本当は積極的に聞きたいと思っているわけでは全くなかったが、うやむやのままでそれを拒否することは何か違うような気がしてしまった。
「受け取ってもらえるのか?」
 それなのにどこか嬉しそうにも見える驚き顔でそう聞かれ、「だからっ」と俺は声を上げた。
「お前はそれをどういう意味で俺に渡そうと思ってるんだって聞いてんだよ。断る、断らないはそれからだろ」
 それでもまだ俺の言っている意味を察していなそうな月森は不思議そうな顔で俺のことを見ているから、俺はイライラした気持ちのままカバンからまだいくつか残っていたチョコレートをひとつ取り出した。
「ったく、なんでわかんないんだよ。はい、これ。お前にもやるよ。アンサンブルのメンバーとか部活のヤツらとか、お礼の気持ちで渡してるんだ。お前とはこれからも一緒に練習したり演奏したりするからな。一応、これからもよろしく。じゃあな」
 俺は一気にそう伝え、月森から差し出されたままの箱の上にチョコレートを置いてドアへと足を向けた。これでも気付かないなら、それがどういう気持ちだったのであれ、受け取る気には一切なれない。
「待ってくれ、土浦」
 数歩進んだところでやっと気付いたらしい。慌てた月森の声と腕を掴んできた手に足を止めて振り返えれば、真剣な顔をした月森と目が合った。
「君が、すごく気になるんだ。君のピアノの音も演奏の仕方も、考え方も解釈の仕方も、何もかも俺とは違うし好ましいとは思っていなかったのに、それなのに気になって、心のどこかにいつも君の音があって、君のピアノと俺のヴァイオリンが奏でる音が最近は心地よくて、もっともっと一緒に演奏したくて、いつも、どこでも、君のことを考えてしまっている。この気持ちがなんなのか俺にはまだわからなくて、だが君のことをもっと知りたくて、でもどうしたらいいのかわからなくて、こんなあいまいな気持ちを伝えても迷惑にしかならないだろうことはわかっていたが、それでも何かせずにはいられなくて、だから今日、もしも君がこのチョコレートを受け取ってくれたら、何かわかるような気がして…。すまない」
 今度は月森から一気に気持ちを伝えられ、そして俯くようにして小さく謝られた。その謝罪が何に対してだったのか色々あり過ぎてわからなかったが、もやもやとイライラはスッキリとまではいかなかったが晴れたような気がした。
 そして俺は、月森の言葉を迷惑なのか迷惑じゃないのかと考え、答えは自分でも信じられないくらい、意外なほどあっさりと出てきた。
「さっきさ、俺の音が浮かれてるって言われただろ。あのとき、月森と演奏するのも楽しくなってきたなぁって思ってたんだよ、俺。いいとか悪いとか好きとか嫌いとか、そういう二択な気持ちじゃなくてさ、俺たちの音で作り出す演奏が楽しみだって、そう思ってた」
 俯いていた月森の顔が俺の言葉でじわじわと浮上してきたが、その表情は驚きとまだ少しの不安とをにじませていた。
「月森からの言葉を迷惑とは思ってない。ただ俺も、楽しみだって思ったこの気持ちがどういうものかわからないっていうあいまいな返事でも構わないなら、それを受け取らせてくれないか」
 察したときには聞きたいとは思っていなかったその気持ちを、わからないなりに言葉にして伝えてきたことを、迷惑だとは思わなかった。犬猿の仲と言われるほどの月森からの言葉なのに、嫌悪感も一切なかった。
 ただ俺も、それがどうしてなのかはわからないし、嬉しいと思ったわけでもない。月森から告げられた真剣な気持ちに、今まで見せられたことのないその言動に、ただほだされているだけなのかもしれないが、それでもいいと思った。
「ありがとう」
 あまり見たことのない微かな笑みを浮かべた月森にそう言って渡された小さな箱を、俺も「ありがとう」と言って受け取ると、今更ながらになんだか恥ずかしいようななんとも表現し難い気持ちになった。
「このチョコレートもありがとう。改めて、これからもよろしく」
 俺からのチョコレートを嬉しそうに両手で包み込むようにして持つ月森を見て、更に恥ずかしさが増したところで下校時間を知らせる本鈴が鳴り響いた。
「とりあえず、一緒に帰ろうぜ」
 俺は貰ったその箱をそっとカバンにしまい、月森に誘う言葉をかけた。
 一瞬、驚いた顔をした月森の顔が、じわじわと嬉しそうな表情に変わっていくのを間近で見せられ、恥ずかしさを隠すふりで「早く支度しろ」といつもの口調で言ってみたが、月森の顔は嬉しそうなままだった。

思いがけないチョコレート交換で始まった俺たちのこれからは、一体どうなっていくのだろう。



はじまりは、チョコレート
2021.2.14
コルダ話98作目。
バレンタインデー話なのに甘くない…。
けど相変わらず月森君には甘い土浦君です。