さだまさしを語る2001 (京大さだ研会誌2001年8月号掲載)
 対談:RYOKAN×ANDY (前編)  →後編

RYOKAN(以後R):昨年の対談記事が好評につき(?)今年も二人で対談、ということになった訳ですが。
 今年はどの切り口でいきましょうかね…。そういえば去年はあまりサウンド面の話ってしなかっ たような気がするな。
ANDY(以後A):去年は、歌の内容のほうの話をしてましたものね。最近のさださんのサウンドについても 思うところはいろいろありますから、今年はそのへんの話でいきましょうか。
 
最近のコンサートから
R:5月18・19日に催された薬師寺奉納コンサートの時に感じたんだけど、その曲目が古い曲が大半だった、というか2、3曲を除くと20年前の東大寺コンサートの時点で既に存在した曲ばかりだったというのはともかく(苦笑)、アレンジがオリジナルに近くて、かえって新鮮だったのね。
 これは「長崎から」についても言えるけど、E.ギターとドラムがバックにいるからこそでしょうね。
A:最近のコンサートは、アコースティックな音を前面に押し出してるのが続いてますものね。「二千一夜」以降くらいでしょうかね。
R:「二千一夜」でそれまでの亀山社中ではないバンド編成を行い、その次の「逢ひみての」20周年コンサートでも第1夜以外は亀山とは違う構成。で、翌年の通常ツアーからは亀山社中が消えてしまったのだけど。
A:えーと、「逢ひみての」の第2夜も、割と亀山のメンバー中心だったように思ったのですが。聴きにいったときのメモが残ってるはずなんで、確認してみます。
R:あ、そうか。そういえば、むしろ第2夜の方が隆之さんもいなくて亀山だけでやったんだっけ。…俺も聴いてる筈だったな、この日は(半分忘れてる…)
A:第2夜は、亀山+キーボードにナベさんっていうメンバーですね。第1夜は、亀山+ピアノに隆之さん+キーボードでもうひとり+ホーンセクションって編成でした。(←メモを確認してみた)
 さださんのコンサートでホーンが入ったのって、このときだけくらいなんじゃないでしょうか。ストリングスとホーンっていう、いささかクラシカルな編成のときは別として、ですけどね。
R:そうだね。大抵は弦だからなぁ。今年の「まさしんぐWORLDコンサート」ではサックスの平原智さんが入っていて「雨の夜と寂しい午後は」を演ったり、「邪馬臺」ではフルートを吹いていたけど、これも初めてのことじゃない?
A:たしかに、さださんのコンサートで、管の人がひとりだけ入るって編成は珍しいですね。なんか小田さんみたい。「雨の夜」でサックスソロがしっかり入るライブっていうのは、すごくいいですね。
 そういえば、オーケストラとコーラスのカラオケなし・バンド版の「風に立つライオン」なんてものも、いつかのツアーでありましたっけ。
 
バックバンドの編成
R:薬師寺や「長崎から」のサウンドは、E.ギターとドラムがバックにいるからこそでしょうね。
A:特にドラムは重要でしょうね。「日本架空説」ツアーはパーカッション2人で、その2人がドラムも兼ねてるから、曲によってはツインドラムになったりしたんですが、なんかどうも音が軽くて違和感がありました。音響の関係もあったんでしょうけど、あれはたぶん島村さんひとりよりも軽かったと思います(汗笑)。
 
松原さんクラスのひとがいないんならエレキギターはいらない、島村さんクラスのひとがいないんならドラムスはいらない、とかいう発想になってるんでしょうか。
 それとも、亀山社中時代と同じように、常時バックで演奏してもらえるフルバンドをもう一度編成してもらったほうがいいのかしら。
R:どうなんだろうね。ただ、亀山社中はいい意味でも悪い意味でもライブサポートミュージシャンの枠の中に収まる人たちだったけど、今のバックの人たちってスタジオミュージシャンとして他のアーティストのCDのミュージシャン・クレジットで名前を見かける人たちだよねぇ。
A:でも、もう久しく亀山の演奏を聴いてないんで、以前の演奏がどれくらいのレベルのものだったかってことは記憶の彼方だったりします(汗)。「夢回帰線II」でも聴き返してみますか。
R:「夢回帰線II」はスタジオで録っていることもあって、さほど気にならないんじゃないかなぁ。俺自身好きなアルバムのひとつだしね。
A: なんというか、いつもライブでいっしょにやっているバンドとのチームワークが、よい方向に出たアルバムでしたね。
R:むしろ、ライヴ録音で違いが出てくるんじゃないかな。純粋に亀山社中がバックのライヴ盤というと、1000回記念コンサート「のちのおもひに」の第2夜くらいになるかなぁ。今の倉田・石川が軸になったメンバーでは「響の森」あたりか。
 ただ、この時は弦が入っていたし、ドラムとベースというリズム体の人が今と違うから、やっぱり印象は違うだろうな。年末発売が予定される薬師寺コンサートのライヴ盤(編注:2001年9月に発売の「瑠璃光」)で聴き比べるしかないか。
A: いまのバックバンドだと、たしかに演奏のうまみっていうのを実感できますね。倉田さんがピアノに入ってから、特にその印象が強いかもしれません。
R:特に倉田さんが入った時は、それまでの人がヒドくて暴走していたしなぁ(苦笑)。一時は鍵盤2人体制だった訳だけど、その差が大きすぎて…ねぇ。
A: 鍵盤ふたりっていっても、あれはもう何というか……あのとき、ふたり目のキーボーディストとして倉田さんを呼んだのが誰か、ってことのほうが気になります(汗笑)。結局、倉田さんとのおつきあいもそれ以来なんですものね。
R:まぁ倉田さんは元々中島みゆきさんのバックで弾いていた頃から知っていたし、ドラムの島村英二さんも倉田さんが引っ張ってきたんじゃないかという気がする。あくまで憶測だけどね。  今のメンバーって、石川さん・倉田さんを始め、みゆきさんの「夜会」メンバー並に凄い、というか、名の通った人たちが揃っていて、これが通常のコンサートツアーでも回っているんだからなぁ…。  だからこそ、通常のツアーを回るには島村さんや松原さんのスケジュールが空かない、それならドラムとエレキギターは外した方がマシ、ということなのかなぁ。
A:まあ、どっちにしても、島村さんがふつうのツアーでバックに入ってくれることって、なかなかなさそうですものね。リズム隊が弱いって印象は、どうしても拭いきれません。
R:で、「二千一夜」以降は石川鷹彦さんがバックのレギュラーになったし、宅間さん以外にパーカッションを入れたり、ピアノが一時は2人になったりと少しずつの変遷はありますが、ドラムとエレキギターを外した構成はここ5、6年続いていますね。  最近のコンサートではバックにE.ギターやドラム専業がいないので、どうしてもサウンド的に足腰が弱いというか(笑)古い曲でもオリジナルからは遠ざかるので、どうしても違ったものになってしまうし。
 
ノリのいい曲
R:まぁ「長崎から」の場合は冒頭でノリのいい曲をやらなきゃイカンので、どうしてもギターやドラムがいるんだけど(笑)。考えてみりゃ、10年以上前は「O.K.!」などで始まる通常のコンサートだってあったんだよなぁ(笑)。
A:「立ち止まった素描画」で始まるなんてパターンもありましたね。どっちにしても勢いがいい曲ですが。  最近は、ふわっと緩やかに始まることが多いでしょうか。まあ、最近の曲で、コンサートの冒頭に景気よくやるようなタイプのものが思いつかないという話もあるんですが(汗)。
R:ないんだよなぁ、確かに(笑)。
A:激しい曲はそこそこあるけど、なんかコンサート終盤に盛り上げるところで使う曲、って雰囲気のばっかりに思えて。
R:まぁ今の年齢で「O.K.!」みたいなの作れってもムリかもしれないし、作ったところでアルバムに収めどころがないかも(笑)。
A:いまになって突然「ADVANTAGE」みたいなポップセンス全開のアルバム作られたら、それはそれで仰天するんですけど(笑)。でも、もう「ADVANTAGE」も15年以上前の話だしなあ……。
R:俺がさだまさしを聴き始めて、初めてコンサートに行ったのもその頃だなぁ…(遠い目)
A:わたしが聴きだしたのも「恋愛症候群」・「自分症候群」からですからね。  あのしばらくあとさださん本人がネタにしてた話で、「『恋愛〜』がヒットした直後だったのに、次に出した『Once Upon A Time』がぜんぜん売れなかったんだよ」なんていうのがあったんですが、それでもあのころはオリコンで50位以内には入ってたのよね……はあ。(蛇足: 最高順位33位でした)
R:それが今では…(苦笑)
 
ヒットと迷いと世間と逆風(←河島英吾さん風)
A:「ADVANTAGE」のときさださんが33歳、ということは、いまだとミスチルとかウルフルズとかが同世代ってことになるのかしら。なんか、さださんって老成してるなあ(汗笑)。
 ちなみに、わたしがいま、さださんが「関白」を唄った歳になってるわけですが。
R:ヒット曲に恵まれた時期が早かったよね。デビュー2曲目でヒット曲を出しているのだから、いわゆる下積み期間も短い訳だし、何をやっても売れるという時期が早かったのは確かだし、だからこそ考え込んでしまった(「印象派」以降の試行錯誤)のだろうなぁ。
A:さださんが「何やっても売れる」を実践したのはどのくらいのアルバムになるんでしょうね。アメリカ録音を敢行した「風見鶏」あたりでしょうか。
R:そのあたりかなぁ。「雨やどり」ヒット後のアルバムで、「もうひとつの雨やどり」が入っている辺りは、「雨やどり」をアルバムに入れるかどうかでレコード会社側との衝突があった上での意地、という気がするんだけど、真相はどうなんでしょうね。その頃の資料って今更入手しづらいしなぁ。
A:「自分症候群」の「もーひとつの恋愛症候群」のときは、たしかワーナーと衝突があったんでしたね。「雨やどり」のときはどうだったんでしょうかね。
 でも、「自分症候群」のころより「風見鶏」のころのほうが、さださんのレコード会社に対する影響力は大きかったようにも思えます(汗)。
R:まぁそりゃ、ワーナー最大の看板だったワケだし。
 さだまさしのセールス的なピークは勿論、シングルでヒットを連発した1979年の「夢供養」になるだろうけど、あれは今聴いてもよくできたアルバムだと思えるよね。
 よく言われているように、やはり翌年夏のシングル「防人の詩」で一気に逆風になったということかな。その年の秋に出た「印象派」ではかなり実験的作品も含まれていている気がする。
A:「防人の詩」も、ある意味思い切ったことをしたシングルだったとは思うんですけど、なんというか、この逆風が大きすぎたというか。
 「関白宣言」にしてもこの曲にしても、
売上枚数どうこうというより、社会現象になってたような気がします。だいたい、最近では、人気歌手の曲1曲程度で、世間から(音楽ファンから、じゃなくて)あんなに逆風が吹くことなんて、考えられないようにも思えるので。
R:今は社会現象的な曲っても、詞の内容で世間の風当たりを受けるなんてことは確かにまず考えられないなぁ。
A:最近、音楽について社会現象的な取り上げられかたするときって、たいてい、バカ売れしてるかぱっと見が面白いか、って理由のことが多い気がしますね。詞の内容で社会現象を起こすなんて、まずぜったいにない
R:音楽について、誰も詞なんて気にしなくなっただけのことなのかな。
A:詞の内容自体を取り上げられることがなくなったわけじゃないと思います。最近だと浜崎あゆみあたりが最右翼かな。
 でも、浜崎あゆみの詞は、社会に問題与えるような内容じゃないし。
R:産業としての音楽は巨大化しているけど、そういう意味での社会への影響力は低下しているのかもしれない。
A:なんていうか、歌の内容で世間にパンチを食らわすようなことって、なくなりましたね。まあ、まず始めに、世間に対してパンチできるだけの影響力がないといけないんですが。
 世間全体から逆風を受ければ、たしかに迷走するだろうし、売れるために何したらいいのか考え込んでもしまうでしょう。実際、そういう試行錯誤が「印象派」につながったんだろうという意見は、辻褄が合うようにも思います。
 ああ、そういえば、
逆風に吹かれる覚悟までしてカマしたのに、単純に過去同様に売れてしまって半狂乱になるというミスチルのような例があるにはありましたが(苦笑)。そりゃバンド活動休止にもなるわね、あれは。
 わたしは、あの時期の曲が、ミスチルではいちばん好きなんだけど。やりたい放題で。
R:なんだか売れてるグループとは思えないほど内向的なところに入り込んでいた印象があったなぁ。いつかGLAYにもそういう時期が来るのかしらん(笑)
A:ミスチルは、あれだけ暗くても売れたんですものね。
 まあ、シングルヒットを立て続けに飛ばしたあとのアルバムだから、どんなだろうってお試し気分で買ってるひとが多かっただけなのかもしれませんけどね。事前にアルバムの内容知ってるのなんて、音楽誌を読んでる音楽ファンだけでしょうし。
 GLAYのほうは、なんか、あんだけ割り切れてれば内向的になりそうにない気が……って、シングル曲しか聴いたことないんで、断言はできませんけど。
 
1曲目から観客総立ちのさだまさしコンサート
R:話を戻すけど、オープニングで観客総立ちのライヴなんて今じゃ長崎以外考えられないよね(苦笑)
A:長崎は、そのあとも割と立ちっぱなしですからね(笑)。
 そういえば、確かにさださんのホールコンサートで立った記憶はあるけど、どんな曲だったか思い出せません(汗)。
 ……えーと、「天然色の化石」で立ったことはあるかなあ。でもこれもコンサート終盤ですからね。さださんで、コンサート始めで立つってことは、ホールコンサートだとあんまりなさそうですね。さださん聴きに来るようなひとだと、ノリのいい曲やってもあんまり立たないし(笑)。
R:つーか、昔は「きみのふるさと」で始まっても総立ちだった筈で、このへんは客もトシをとっただけなのかもしれないけどね(苦笑)。
 「長崎から」でオープニングを飾った曲なんて「長崎小夜曲」「O.K.!」「Final Count Down」などごく限られるけど、最近その手の新曲が出てこないのも確かだよね。だから最近、「長崎から」の1曲目なんて簡単に当たってしまうので予想の甲斐がない(笑)。
A:そういえば、小田さんの去年のツアーのときって、どうでしたっけ。冒頭の「忘れてた思い出のように」で、みんな立ちましたっけ。もう忘れてしまいました(大汗)。
 あの曲は、明るい曲調だけどまあ立ち上がるほどじゃないでしょう、と個人的には思うんですが、コンサート会場だと、周りが立ったら立たざるを得なくなってしまいますから(笑)。
R:立ってたと思う。小田さんの場合は総立ちで迎えるのがまだ習慣として存在する。さださんの場合、総立ちで迎えるという習慣をみんな忘れてしまったのよ(苦笑) あ、これも「二千一夜」以降に顕著なことかもしれないなぁ。
A:個人的には、なにもコンサート1曲目で立つのを習慣にしないでも、って思います。単にゆっくり座って聴くほうが好きなだけなのですが(汗)。
 あ、野外とかアリーナクラスのコンサートで座ってるのは、さすがにつまらないなって思ってしまいますけどね。ホールならずっと座っててもいいかなあ、って。
 で、まあ、さださんでアリーナコンサートなんかないわけですし。野外も、基本的には長崎だけですしね。
 
アコギ系シンガーと一括りにされても
A:そういえば、「時差」で立つのはいけそうですね(笑)。ライブでまずやりそうにない曲ではありますが。
 
リズム隊なしでも盛り上がれる山崎まさよしみたいな(笑)曲が、さださんにもないわけじゃないってことなんですね。でも、やっぱり曲数は少ないですしね。
R:まぁギターを聴かせる人っても持ち味は全然違う訳だしね。
 山崎まさよしはあの世代のアーティストでは抜群にギターが上手い人だよね。そもそも最近アコギブームとはいえみんなギターをストロークでジャカジャカ掻き鳴らすだけで、昔のフォークの大御所達のようなテクニックは望むべくもないけど、あの人だけはストロークでも腕の違いが聴いていて分かるものな。
A:将やんのあれは、もう「ストローク以外の何か」ってレベルに達してますものね。ギターが打楽器……とか言うと泉谷しげるみたいですけど(笑)、あれだけリズムを投げかけてくるギターって、ありませんね。で、ちゃんとスリーフィンガーやアルベジオで聴かせる曲も持ってるわけだから、すごいですよ。
 最近増えてきてるアコギ弾き語りの人たちは、
ほとんどみんなギター掻き鳴らしてるだけですね。そこの中だとゆずあたりが頭ひとつ抜け出してるような気もしますが、抜け出してる理由はギターテクニックというよりアレンジセンスの良さにあると思いますし。
R:そこはプロデューサーやアレンジャーの手腕も大きいのかな、やはり。
A:そこがいちばん大きいように思います。なんというか、曲の本体以上に、楽器の使いかたとかで保ってるところはあるように思うんです。
R:ギターに関してはゆずも掻き鳴らしているだけという印象しか俺はないんだけどね。
A:たしかに、ゆずがスリーフィンガーで弾いてるところなんか、見たことがない……ゆずがとりわけギター上手いって印象は、わたしもありません。
R:さだまさしといえば、フォークの大御所達たちの世代の中でもギターの名手の一人だし、特にアルペジオやスリーフィンガーといった、昨今のストリート出身の人は使わ(え)ないテクニックはもっと聴いてほしいところだし、それを意識して聴かせる曲にしてほしいですよね。
 
アレンジの幅
R:一時期オーケストラの入ったアレンジの曲が多かったけど、たしかに弦って曲のスケールを大きくするのに有効な手だから、力づくで感動させてしまうには手っ取り早い手段なんだけど、20周年の頃から数年間そういうのが多くて流石に飽きた(苦笑)。
A:最近はたしかに、ギターよりストリングスのアンサンブルが目立ってしまってる曲が多いですね。
 こないだのアルバムで「城のある町」って曲がありましたけど、最近のさださんにしては珍しく生ストリングスじゃなくてシンセを使ってて、かえって新鮮に聞こえました。アレンジが倉田さんだったからっていうのもあったのかもしれませんが。
R:もうひとつ、大きく影響がありそうなのは、今出てきたアレンジの問題。
 20周年の頃から再び渡辺俊幸さんがやることが多い、というか、音楽プロデューサー的立場で出てくることが多いんだけど、昔の曲のように「いいアレンジだなー」と思うことが少ないのね。
A:そうなんですよね。プロデューサー固定にしてるせいで、音に幅がなくなってるように思います。
 ナベさんも、「帰去来」なんかでは相当に無茶なアレンジをしてますよね。あれは、いまでいったら、椎名林檎・亀田誠治コンビクラスの実験性じゃないでょうか。あそこまであざとくないとはいえ。
 ただ、そういうサウンドに走ったのは、さださんもナベさんも若かったから、っていうのもあったんでしょうね。いまやってほしいといっても無理なんでしょう。
R:これは「夢の吹く頃」以降、服部隆之さんのアレンジを知ってしまったこともあるのかなぁ。曲を聴いて「これ、隆之さんだったらどういうアレンジにしてたかなぁ」と考えてしまうことも多いのは確か。ナベさんには申し訳ないけど。
A「夢の吹く頃」ってアルバムは、さださんを聴いたことないひとに薦めるにはいいんじゃないかな、と個人的には思いますよ。隆之さんのアレンジの振れ幅が、一般的なさださんのイメージを覆す方向に働いてて、面白いので。具体的に言うと、「雨の夜と淋しい午後は」「二軍選手」「マグリットの石」あたりでしょうか。
 詞や曲も、谷村さんみたいなスケール大きい曲から、物語を淡々と語る曲まで、バラエティーに富んでますしね。
 でも、隆之さんも、ドラマや映画の音楽でお忙しいですからね。デビュー直後みたいに、さださんとがっぷり組んでアルバムを作るのは、もういまでは難しそうですね。
R:「夢の吹く頃」がプロとしてはデビュー作なんだよねぇ。今じゃ引っ張りだこで、なにしろいろんなアーティストが放っておかない(笑)。
 CHAGE&ASKAが初めて隆之さんにアレンジを依頼した時に、たしかASKAが「こいつは今のうちに縁を作っておかねばならない才能」と言っていたのが可笑しかったな(笑)。
A:隆之さんというと、「季節の栖」の「ふ」のアレンジが面白かったですね。リズムが妙に現代的なんだけど、どこか60年代の歌謡曲っぽい雰囲気もあって。「季節の栖」では、アレンジャーを7人くらい起用してたと思ったんですけど、このアレンジはさすが隆之さんと思わされました。
R:俺もあのアルバムの中で一番好きなアレンジは「ふ」なのよね。流石だなーと。
 その次は倉田さんアレンジの「佐世保」かなぁ。…って、ソレは小田さんのコーラスに引っ張られているだけか(笑)
A:それだけでもないと思いますよ。全体にピアノやシンセのほうが前面のアレンジになってるのが、小田さんのコーラスを引き立ててくれてるように思いますし。
 だいたい、さださんでGフラットメジャーなんてキーの曲がなかなかありませんからね。アコギで弾けないから(笑)。
 しかし、さださんがいまから新しいアレンジャー・プロデューサーと組むとすると、誰と組んだら面白いんでしょうね。現状では、ちょっと考えにくい話ではありますが。
R:うーん、どんな人がいいんだろう。それは日本人に限らなくてもいいのかもしれないし。
A:あ、それは正しいような気がします。今のさださんだと、アメリカよりはイギリスのイメージですね。そのへんで、新しいアレンジャーやエンジニアと組んでみてほしいかも。
 イギリスって、伝統はしっかり守ってるけど、妙に尖鋭的なところもあるから、ちょっと伝統一辺倒になりつつあるさださんには刺激になって面白いんじゃないかなあ、なんて思います。
R:アレンジに関しては、弦を使わなくてもドラマチックに仕上げられる人っていないかなぁ、と思うのですが。いや、弦を否定するのではなくて、弦ってのはある意味「力技」で強引にでもドラマチックに持っていけるものだから。この点ではやはり隆之さんが一番かなぁ。
A「夢回帰線II」ってアルバムは、弦なしでドラマチックっていうのをかなり実現してるように思えますね。あれは、さだソロじゃなくて亀山ってバンドのアルバムだったから、っていうのもあったかも。あのころが、いちばんの蜜月期だったのかなあ……。
 ああ、なんかライブで「白鯨」あたりが聴きたくなってきてしまった(笑)。いまのバックメンバーでやったらどんな曲になるんだろう……。
 そういえば、「自分症候群」のころって、同じナベさんのアレンジなのに、最近では考えられないくらいシンセを使ってますよね。これって、「恋愛症候群」が出たあとのアルバムだったから、売れ筋のサウンドでいってほしいっていう依頼があったのかもしれませんけど、万が一そういう話があったとしても、ちゃんとナベさんがカバーしてたってことなんですものね。うーん。
R:たしかにあの頃はDXシリーズ(一世を風靡したデジタル初期のYAMAHAのシンセサイザー)使いまくってたよなぁ(笑)。あの頃のナベさんの音の作りは好きだったな。
A:それまでアイドルポップスばっかり聴いてたわたしでも、違和感なくさださんの世界にアプローチできるようなサウンドでしたね。アルバムを聴くきっかけになった「恋愛症候群」は、ぜんぜんそういう音じゃないですけど(笑)。
 DXシリーズっていえば、このころのアルバムだと、使ってるシンセの機種名までクレジットされてましたけど、最近はされなくなってしまいましたね。そのへんは企業秘密ってことになったんでしょうか。
R:どうなんだろう。あの当時は機種名が一種のステイタスにもなったってことかなぁ。今は音源ユニットやシンセが多様化しているし、機種名を記す意味がないのかもしれない。
 
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