高峰譲吉博士の名残り、アリゾナの教会訪問記



本年(2013年)7月3日、アリゾナ州ツサン(TUCSON)教区には同期生の一人の神父が同市郊外のヴェイル(Vail)という砂漠の中にポツンとある「砂漠の聖リタ教会」=『St.Rita in Desert』

http://www.stritainthedesert.org/
の主任司祭をしています。ここはアドレナリンの発見や抽出などで世界的に有名な化学者、『高峰譲吉』博士(1854年=寛永5年、現在の富山県高岡出身〜1922年=大正11年、ニューヨークで帰天)


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%B3%B0%E8%AD%B2%E5%90%89

http://www.jokichi-takamine.com/index.php/2012-12-21-08-44-22/short-biography

http://www.jokichi-takamine.com/pdf/Takamine%20-Birth%20Biotech%20-Sapporo%209-9-11.pdf

http://www.soyinfocenter.com/books/155


と関係のある教会なので、日本語のミサをするように言われていました。高峰博士のことは、この分野の方には有名なのでしょうが、私自身は近年、世界的に有名な山中伸弥教授の先がけ第一号ともいえる高峰博士のことは不案内でした。彼は直接、同教会とは関係ありませんが、カトリックの観点からたどると、68才で病死される6週間前にカトリック教に光明を見つけ、受洗・入信されました。米国人の妻キャロラインがそれに先立つ数年前にカトリック信者になったこともきっかけになったことでしょう。そして、2人の息子の内の次男イーブンがアリゾナ州にコネがあり、未亡人のキャロラインは同地のチャールズ・ビーチと再婚し、同地に住みますが、その地帯にカトリックの教会がなかったので、広大な土地と新築の礼拝堂を寄進しました。(1935年)そして、イーブンの妻キャサリンも高峰博士の記念のため、生涯、同礼拝堂のために寄付を続けました。高峰博士自身は日米の諸機関にも寄付しましたが、遺族、特に妻への遺産がアリゾナの砂漠で、礼拝堂寄進に利用されることは想像しなかったことでしょう。やがて、その礼拝堂は1968年、ツサン教区の小教区になり、現在は日曜日のミサのためには狭くなったので、別棟のプレハブ的な建物が使われ、いずれはきちんとした聖堂を建てるべく積み立てが進んでいるとのことです。私自身はこのことを同神父から教えられるまで、高峰譲吉博士のことや、この教会のことを知りませんでした。
 このことが日米でもっと知られ、願わくば、高峰夫人の寄進した礼拝堂の維持のため、あるいは新たに新築しようとしている聖堂のために、日本側も協力できたらすばらしいと思います。7月3日(水)午前8時の日本語・英語混用のミサは、予告されていたこともあって、礼拝堂は満員でした。そして、ミサ後、佐世保出身の80才の女性が持参された味噌汁と稲荷ずし・のり巻きなどを10数名の方と隣りの教会事務所の建物で味わいながら、話に花が咲きました。(2013年7月23日記)


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