青天のHeki×Reki




第二話 災いを狩る者(前編) -Feller I-


【B-Part】


 - 8 -


(Phase YN-1 :: 1013 04 20 17 02)
陽亮(ようすけ)は、校舎の屋上へ出る冷たい鉄のドアをじっと(にら)んでいた。
「・・・」
左上腕の包帯を右手でゆっくりと()でながら、陽亮は大きく息を吸って、そして吐き出した。

陽亮の左手には、何か文章が書かれた紙が握り締められていた。
陽亮は、握り締めているその紙に視線を移した。
「(何か・・・俺は大変な事に首突っ込んでるのかもなぁ・・・)」
憂鬱(ゆううつ)な顔を浮かべながら陽亮は、その紙に書かれてあることを思い出した。

自分が誰かに屋上に呼ばれたこと。
その誰かから能力について話があるということ。
そしてこのことは他人に知られてはいけないこと。

「(一体誰だろう・・・? ・・・ジンってことはないよな? いや、でも・・・)」
陽亮は怪訝(けげん)な目付きで握り締めたままの紙を睨む。
左手の力の加減が微妙に変化した為か、紙が陽亮の手の中でくしゃっと(かす)かに音を立てた。
「(俺の能力の事を知ってる人間は・・・俺と、蒼碧(あおい)と、ジン・・・だけだよな)」
昨日のジンとの一件を思い出した陽亮は、戦慄(せんりつ)(おぼ)えた。
陽亮の両足は(わず)かに震えている。
陽亮はこの場から今すぐに逃げ出したい衝動に駆られた。
しかし、
「(通らないといけない道・・・ってことか)」
自嘲(じちょう)気味の表情を浮かべ、陽亮はあっさりと観念した。

「(でも、何で俺なんだろう?)」
ふと、当然過ぎる疑問を持った陽亮は(まゆ)(ひそ)めた。
「(何で・・・俺が能力を持つなんて事に・・・)」
思い当たる節から洗い出してみようとしたが、思い当たる節さえ出てこない陽亮は途方に暮れた。
「(・・・ま、いいか。 考えても分かる事じゃないし、いずれ分かるだろ)」
陽亮は、これもあっさりと思考を諦めた。
異常な事象が連続で起きすぎていた為、最早陽亮はこの奇妙な状況に慣れてさえきていた。

「(そうだ、もし此処(ここ)にいるのがジンだとしたら、何で俺なのか聞いてみようかな。 ・・・でも、あいつのことだから聞く前にいきなり攻撃して来るかもな。 その時は・・・どうしよう、(すき)を見て逃げようか、うん、逃げるしかないな)」
陽亮は重大な問題を安易に自己完結させた。
これは、他に手段は思いつかないと陽亮が考えた為だった。

ややあって、いかにも眠そうだった陽亮の目が途端に鋭くなった。
陽亮は非現実的な現実に立ち向かうことを決意した。
左手の力の加減が急激に変化した為、紙が陽亮の手の中でぐしゃっと大きく音を立てた。
「(・・・それじゃそろそろ行くとしますか)」
陽亮は全身を緊張させ、左手で冷たい鉄のドアのノブを(つか)んだ。


冷たい鉄のドアを陽亮が慎重に開けた。
その途端、陽亮は、真正面から光を放つ西日に全身を照らされ、暗かった視界が急激に明るくなった。

「・・・!」

そして、一人の少年と一人の少女が、西日を背にして立っているのを、陽亮は視認した。


(Phase YN-2,SA-2 :: 1013 04 20 17 05)
「やっとお出ましか、待ちくたびれたぜ、陽亮」
屋上に立っていた一人の少年から、陽亮は声を掛けられた。
その瞬間、鋭かった陽亮の眼が一瞬で(ゆる)んだ。

「・・・あれ?」
陽亮は(きょ)()かれた。
自分に声を掛けた少年はジンではないことに、陽亮が気付いた為だった。
しかし、陽亮は真正面に陣取る西日が(まぶ)し過ぎて、少年の顔をよく認識出来なかった。
何とか陽亮が認識できたのは、少年の髪が短髪でジンより短く、背もジンより低く、声色も違っていたことだけだった。

「・・・? どうした、何を不思議がってんだよ」
短髪の少年は(いぶか)しげに陽亮に(たず)ねた。
陽亮は、その短髪の少年の声を聞き慣れていた。
そして西日が差す光に漸く慣れてきた陽亮は、少年の表情を認識し、その少年の正体が誰なのか確信した。

「お前は・・・(しゅん)? 瞬だよな?」
陽亮はその少年、瞬のことを知っていた。
瞬は陽亮の級友で、以前二人が会話したことも少なからずあった。

陽亮から瞬と呼ばれた短髪の少年が答える。
「は? お前、俺だってこと気付いてなかったのかよ! 間抜けな奴だな」
瞬は少しだけ驚きの表情を浮かべた。

その直後、すかさず、
「間抜けはどっちよ・・・アンタさぁ、手紙に自分の名前書いてなかったの?」
瞬の横に居た少女が(あき)れた表情で瞬を(とが)めた。

その少女は、風で(なび)く自らのツインテールを右手で横に払いながら瞬を睨んだ。
少女は瞬よりも背丈が低く、夕焼け空の色と髪の色が良く似ていた。
陽亮は、瞬のことは勿論(もちろん)知っていたが、この少女のことは知らなかった。

「書いてねぇよ! 俺だってこと、陽亮はとっくに気付いてると思ってたし・・・う、うわっ!」
ツインテールの少女は、瞬の短髪を右手で押さえ付け、力いっぱいぐしゃぐしゃ()き回しながら反論を(さえぎ)った。
「アンタ大体いつもそうよね、思い込み激しいのよ! 自分が知ってることは他人も知ってるとは限らないって言って――
少女は、瞬の髪を掻き回して(わめ)いている最中に、ふと何かに気付き、手の動きを止めた。
そして少女は『髪ぐしゃぐしゃの刑』から瞬を解放し、()ました表情で、
「・・・ま、よく考えてみると、アンタが自分の名前明かさなかったことのメリットもあるわね。 鳴神(なるかみ)君は万全な準備も出来てなくて、充分な対策も考えてないだろうし」
と瞬に説いてみせた。
「そ、そう! そうなんだよ、(あかね)! やっと気付いたか、俺の計算尽くの計画に!」
両手を大袈裟(おおげさ)に横に広げて得意気になった瞬を(さげす)みながら、
「・・・()めるとすぐこれだわ」
茜と呼ばれた少女は横目で瞬を睨みつつ、こう漏らした後、瞬から目を(そむ)けた。

「え、えーっと・・・」
二人から置いてきぼりを喰らって立ち尽くしていた陽亮が、戸惑った表情を浮かべながら(ようや)く口を開いた。
「おっと、そうだった、てっきり忘れてたぜ」
陽亮の存在に気付いた瞬が、陽亮を視界に(とら)え直した。

そして陽亮は、不敵な笑みを浮かべる瞬に対し、
「・・・良かったよ瞬!お前にこんな才能があるとは知らなかったよ楽しかった!これからも夫婦漫才(めおとまんざい)頑張れよ!そういうわけで俺はこの辺で・・・それじゃ!」
息継ぎもせずに感想と別れの言葉を伝えて、わざとらしい笑顔を振り()きながら、校舎の入り口へ引き返そうとした。

「おう! じゃあな!」
陽亮から褒められて気を良くした瞬は、笑顔でそれに応えた。

瞬はにこやかな表情で陽亮に向かって手を振り、見送っていた。
自分の左足を茜から容赦(ようしゃ)なく物凄(ものすご)い勢いで踏みつけられるまでは。

「ぎゃああ!!」

瞬の断末魔(だんまつま)のような叫喚(きょうかん)が空高く響き渡った。
「ち・が・う・で・しょ!!」
茜から(おど)された瞬は正気を取り戻し、踏まれた左足を(かば)いつつ、
「よ、陽亮! ちょっと待て! まだ話は終わってねぇ! いや、始まってもねぇ!」
と、校舎の入り口へこっそり引き返す陽亮の元へ駆け寄り、陽亮の腕を掴み、必死で引き止めた。
「な、なんだよ、もう用事は済んだんじゃないのか?」
瞬から引き止められた陽亮は、あからさまに嫌そうな表情を浮かべ、仕方なく(とぼ)けた。
更に陽亮は、出来るだけ瞬と視線が重ならないように顔を背けた。

「・・・まぁ待てよ。 漫才を見せるためにお前を此処に呼び寄せたわけじゃねぇことは、お前も分かってんだろ?」
先刻のふざけていた表情とは打って変わり、自信に満ちた表情を浮かべた瞬は、自分から背けている陽亮の顔を凝視(ぎょうし)した。

陽亮は、瞬にそう詰め寄られ、顔を背けたまま軽く溜息(ためいき)をついた。
観念した陽亮は、瞬と目を合わせた。

そして陽亮は、深刻な顔で渋々切り出す。
「しようがないな・・・こんなこと、言いたくはないんだけど」
瞬は大きく目を見開き、陽亮を見()えたまま、陽亮の発言を待つ。
陽亮は神妙な顔つきで続ける。

「俺、悪いんだけど、芸人としてお前と組む自信ないんだ・・・」

瞬は陽亮の発言を聞いた途端(とたん)、表情に悲壮感(ひそうかん)(ただよ)わせた。
「なっ・・・!」
そして瞬は、すぐさま陽亮に懇願(こんがん)する。
「ちょっと待てよ! そんなつれねぇこと言うなって! 俺と一緒に頂点目指そうぜ! な!?」

西日が先刻より少し大きくなった。
グラウンドからはクラブ活動を行っている生徒達の声が遠くに聞こえる。
天気は良好、風は東。
屋上にはやわらかい風が吹いていた。

「・・・。 お前さ、ゆーじんみたいにノリいいな」
「ふっ、任せとけ」

「・・・あーあ、この(バカ)一回半殺しにしてやりたいわ」
茜の切ない願いは瞬の耳に届くことなく、やわらかい風に掻き消されてしまった。



 - 9 -


(Phase SA-1,AH-1 :: 1013 04 20 13 52)
瞬は二年六組の教室の前に立っていた。
五時限目の授業が終わり、教室は生徒達の声で騒がしかった。

「茜ー、いるかー?」
教室の扉近くにいた瞬は、その騒がしい教室の中に向けて呼び掛けた。
「よぉ、赤星(あかほし)。 また逢い引きか?」
瞬の呼びかけに最初に気付いたのは茜ではなく、一人の男子生徒だった。
「違ぇよ! ただ伝えたいことがあるだけだ。 悪ぃけど、茜を呼んでくれ」

直後にその男子生徒は、数人の級友と談笑している茜の席へ行き、茜に声を掛け、瞬を指差してみせた。
茜は男子生徒が指差した方を向き、瞬と目が合った。
そして茜は即座に、談笑していた級友達の方に向き直した。
茜は続けて、右の(てのひら)を顔と直角になるように平らにし、自分の目の前より少し下の方に掲げ、級友達に何かを言い残した後に席を立った。

瞬の所に歩み寄った茜は恥ずかしがっているような、少しだけ不機嫌そうな顔を浮かべていた。

「要件は何?」
女の子らしくない低いトーンの声で茜が瞬に訊ねた。
茜は瞬と目を合わせようとしなかった。

そんな茜の様子を余り気にせず、瞬が口を開く。
「やっぱりアイツ能力者だったぜ。 家が壊れてんのも誰かと戦闘したからみたいだな」
瞬からこう伝えられた瞬間、茜は急激に表情を強張(こわば)らせ、いきなり瞬の手を掴んだ。
そのまま茜は瞬の手を引っ張り、教室を飛び出して廊下を走り出した。

「おいっ、ちょっ・・・な、なんだよ!?」
瞬は自分の手を引っ張られている理由も分からず、茜に問いかけた。
しかし、茜からの返答はなく、瞬は茜に手を引っ張られて先導される他なかった。

廊下を走っていた茜は、前方に手頃な暗い教室があることに気付いた。
茜は瞬を連れてそこに駆け込み、扉を勢いよく閉め、すぐさま鍵を掛けた。
そして、茜は暗い教室内を素早く見渡し、人の気配がないことを確認した。
更に茜は、瞬の両肩を勢い良く掴んで強引に瞬と目を合わせ、
「アンタちょっとは考えなさいよ! 誰かに聞かれてたらどうするの!? 本当に無神経なんだからっ!! ・・・はぁはぁ」
自分の息が切れていることも忘れ、瞬に対し一気に()くし立てた。

茜は瞬に捲くし立てた後、瞬の両肩を掴んでいる手を支えにして上体ごと下を向き、速い拍子で肩で息をした。
少しの間、その茜の様子を上から見ていた瞬は、茜の手を両肩に乗せたまま(かが)んだ。
瞬が屈んだことにより、茜の目線は瞬より高くなった。
自分より高い位置にある茜の顔を、瞬は下から(のぞ)き込み、
「大丈夫だって、誰も解りゃしねぇよ」
と茜を(なだ)(すか)した。
瞬は茜に反して息一つ切らしていない。

茜は、非難されてもけろりとしている瞬を睨み付けたが、瞬に対してはあまり効果がないという事に気付き、すぐに睨むのをやめた。
直後に、茜は掴んでいた瞬の両肩から手を離し、直立した。
瞬も茜に(なら)って、屈んだ姿勢から直立し直した。

茜は瞬と目を合わせず、軽く息を整えた。
「・・・それで、鳴神君が能力者という確証は?」
瞬から伝え聞いたことについて、茜は詳しく()うた。
不特定多数の生徒がいた場での会話は避けた茜だったが、内心では伝え聞きたくてうずうずしていた。
茜は瞬と目を合わせて、瞬の言葉を待った。

瞬は、茜の問いに出来るだけ丁寧に答える。
「陽亮が仲間と会話してたのを盗み聞きしたんだよ。 例の隕石(いんせき)騒ぎは、実は敵から襲われてた、って仲間に言ってた。 能力者が力を発しないことには、家のあの崩れようはねぇだろ、どう考えても。 ・・・いや、直接陽亮が『俺は能力者だ』と言ったのは聞いてねぇけど」

茜は、瞬の説明を(まばた)きもせず、直立不動で聞いていた。
「・・・ふぅん」
漸く感想の言葉を発した茜は、同時に身体はそのまま眼球だけ横に滑らせた。
ほんの少しの間を置き、茜が再び言葉を発する。
「まぁ、それを聞く限り九割九分確定のようね。 ・・・仮に鳴神君が人間でその敵が能力者だったとしても、敵が鳴神君を襲う意図がわからないし。 逆は充分有り得る・・・いいえ、むしろ能力を奪うといった目的が明らかだからそれしか考えられないか。 両方が能力者という線も残ってるけど・・・結果的には鳴神君は能力者、もしくは能力者『だった』ことに間違いなさそうね」
茜は独り言のように(つぶや)いた。
その呟きに対し、瞬は、
「能力者『だった』・・・? もう既に人間に戻ってる、ってことか?」
と茜に訊ねた。
茜は瞬の存在に気付き、目を合わせ直した。

表情を変えず、茜が続ける。
「『戻る』こと自体も不確実でしょうね。 偶発的(ぐうはつてき)先天性(せんてんてい)能力者・・・あー・・・要するに生まれつき能力者だったとしたら、人間に『戻った』んじゃなく、『変わった』と表現すべきだもの。 可能性は限りなく(ゼロ)に等しいけど、零じゃないのよ。 というのも、鳴神君は元々人間で、あの日あの稲妻で洗礼享受(せんれいきょうじゅ)されて能力者になった可能性が高いから。 でも、鳴神君が先天性だとか後天性(こうてんせい)だとか、この際そんなことは如何(どう)でもいいのよ、経緯として能力者を経てることさえ分かれば。 既に鳴神君が誰かに能力を渡した後だとしても誰に渡したか探ればいいし」

口を動かすのをやめた茜が自分の世界から帰還し、いつの間にか()れていた目を瞬に合わせた。
そしてそこにはやはり、困った顔の瞬が居た。
「・・・???」
茜は瞬の様子を見て、はっとした表情になり、少し反省した。
「あ・・・ご、ごめん。 ・・・難しすぎた?」
困った顔の瞬は「ま、まぁな」と言った後、自分が分からないことが分かった唯一(ゆいいつ)の疑問点について茜に訊ねた。

「その・・・グーパーチョキ偏見制能力者って・・・生まれつきの能力者って言ってたけど、それって俺みたいな継承者(けいしょうしゃ)とはまた違うのか?」
「ぐうはつてき、せんてんせい、のうりょくしゃ!」
「あー、そうそんな感じだったな」
「しょうがないわねぇ。 いいわ、説明してあげる。 覚悟して聞きなさいよ」
「お、おう」
「私たち能力者は、大きく分けて二種類、細かく分けて三種類の能力者に分けられるの。 私みたいに、他人から能力を引き継いだり、洗礼享受して能力を得たりしてるのは『後天性』の能力者なの。 そして、さっき言ったみたいに生まれたときから能力を携えてるのは『先天性』の能力者なの。 これが大きく分けて二種類ってわけ。 更に『先天性』は細かく、『偶発的』と『必然的』に分けることが出来るの。 『偶発的先天性』の能力者は突然変異みたいなものね。 『必然的先天性』の能力者については・・・」
「?」
「・・・実は私も良く分かってないの。 遺伝的に力を引き継ぐ継承者と、何処(どこ)が違うかも分からないわ。 ただ、お父さんから話は聞いたことがあるだけで・・・『必然的先天性能力者』が存在するって・・・」

茜の演説を一通り聴き終えた後、瞬は
「お前の親父も分かんねぇのか?」
と茜に確認した。
「・・・うん」
茜はほんの少し悔しそうな表情を浮かべて返事した。

この後、二人を含む暗い教室は沈黙に包まれた。
その沈黙の間に茜は、暗い教室を意識して見渡してみた。
自分の近くにピアノが堂々と存在していることに、茜は今になって気付いた。
その暗い教室は音楽室だった。
ピアノは黒いカーテンの僅かな隙間(すきま)()って入り込んできた明かりで、黒光りしていた。
茜は状況を忘れ、闇の中で光るピアノの神秘さに(しばら)く見とれた。

しかし、その神秘的な沈黙は、瞬の声によって幕を下ろされる。
「そうか。 まぁ、何となくだけど分かった気がするぜ。 ありがとな!」
神秘的な空間とは不相応の、遠慮がない瞬の声で茜は我に返った。
「・・・!」
瞬のいたずらっぽい表情を見た途端、茜は胸の辺りに熱を帯びた。
茜は何故かそれが途轍(とてつ)もなく悔かった。
その悔しさは、先刻の悔しさとはまた違う要因の悔しさだったが、茜自身で要因の解明に努めなかった。
茜は胸の熱に多少混乱していたため、この悔しさが何によるものか考える余裕もなかった。

そんな自分の様子を瞬に悟られたくなかった茜は、
「か、感謝なんかしないでよねっ! ・・・このくらい知ってて当然なんだからっ・・・!」
と強がってみせた。
茜は間を置かずに続ける。
「それに請負人(うけおいにん)の私が伐災師(ばっさいし)のアンタに尽くすのも――
茜は強がった表情の中で、瞳の奥には僅かに物悲しさを含んでいた。
そして茜は身体を反転させ、瞬に背を向け、
「当然でしょ・・・!」
(うつむ)きながら小さくこぼした。

再び二人の空間に沈黙が訪れた。
しかし、この沈黙はすぐに破られた。

俯いていた茜は、後方にいた瞬から腰に手を回され、優しく抱き寄せられた。
茜は驚き、俯いたまま目を見開いた。
「〜〜〜っ!?」
自分の腹部の上で交差している瞬の両腕が見えた。
「そんなに気負う必要ねぇって。 俺とお前は伐災師と請負人という関係だけど、俺は対等だと思ってる。 お前は俺の()し使いでもなければ下僕(しもべ)でもねぇ。 俺の相棒(あいぼう)だ。 だから、そんな悲しい顔するんじゃねぇよ」
茜は、瞬の両手に上からそっと触れた。
瞬の手は、大きく、(たくま)しく、そして温かかった。
茜は瞬に抱き寄せられたまま(まぶた)を閉じて微笑(ほほえ)んだ。
「瞬・・・」
茜は瞬の両腕を振り(ほど)き、瞬と向かい合った。

茜は大きく息を吸い込み、笑みを浮かべた。
そして、

「何を今更そんな当たり前のこと言ってるのよ! 『お前はアンタの召し使いや下僕でもない』って? 調子に乗るのもいい加減にしなさいよ! アンタを一人にさせておくと不安だから私がついてあげてるんでしょ!? 偉そうに! アンタは私に言われた通りにさっさと私に命令すればいいのよ! 私が居ないと暴走するだけのくせに! そんなんじゃ何時(いつ)まで経っても瞬のお父さんのような立派な伐災師にはなれないんだからっ!」

茜は一気に(たた)み掛けた。
声を出し尽くした後、茜はいつもの澄ました表情に戻った。

瞬は茜が吠えている間、ずっときょとんとしていた。
そして今は澄ましている茜を、瞬はとても(いと)おしく感じた。
瞬は、その為に自然と微笑んだ。

「茜らしいな」

こう漏らした後、瞬は続ける。

「心配すんな。 俺は必ず親父を超える伐災師になってみせるぜ」

瞬は茜に宣言した。
茜は瞬の真っ直ぐな瞳を見たとたん、また胸の辺りが熱くなった。

その時、きんこんかんこんと、緊張感のない予鈴(よれい)が鳴った。
六時限目が開始した。

「・・・! もう授業始まっちゃったじゃないの!」
茜が焦った。
半分は照れ隠しだった。
「みたいだな」
瞬が他人事のように振舞った。
「『みたいだな』じゃなくて! 私に如何して欲しいか早く命じなさいよ!」
切羽(せっぱ)詰まったように、茜が瞬を()かした。
瞬は少し考え、
「そうだな・・・」
と口にした後、
「放課後にあいつを屋上に呼び寄せて、話を聞いてみて、場合によっちゃ始末する。 茜も屋上に来て戦いになったら援護してくれ。 これでいいか?」
こう茜に命令した。
茜は大きく息を吐き、目を閉じた。
その茜の表情は、ほんの少しだけ微笑んでいるようにも見えた。
直後、茜は瞬の命令を素直に受け入れる。

(おお)せのままに」



「あいつを呼び寄せるのは俺に任せとけ。 じゃあ放課後に現地で。 授業終わったらすぐ来いよ!」
「アンタこそね」
瞬と茜はこのやり取りの後、それぞれの教室へと向かった。

教室に向かいながら、瞬はあれこれ考えていた。

「(洗礼享受・・・か)」
「(あの稲妻は、洗礼享受で間違いねぇ・・・俺がこの目で直に見たんだ)」
「(普通の稲妻ってことは考えられねぇ。 あの時、雲なんて一つもなかった)」

「(それに・・・)」
締まっていた瞬の表情が更に締まる。
「(あんな雷撃喰らって平気でいられる(はず)がねぇんだ!)」

瞬は三日前のこと――洗礼享受の場面を思い起こしていた。



(Phase Flashback-1 :: 1013 04 17 16 53)

そして、世界が白に染まった。



ズドォォォン!!



瞬の背後の方から、途轍もない轟音(ごうおん)が鳴り響いた。
「うおあっ!?」
衝撃波が背後から瞬の身体全体に直撃した。

その衝撃波は一瞬だけだったようだ。
瞬は身体全体を振り返らせた。
その時瞬が見た世界は、既に元の色を取り戻していた。

「・・・?」
瞬のすぐ後ろに、人影らしきものはいなかった。
瞬は、今度は少し遠くの方へ焦点を合わせた。
「・・・!」
瞬が居る場所から少し距離を置いた(ところ)に、制服姿の少年が地面に()()して倒れていた。

瞬は倒れている少年のもとへ歩み寄った。
瞬の他にも、グラウンドにいた生徒達が少年のもとへと駆け寄ってきている。
間も無く、その少年を取り囲んだ生徒達の輪が出来上がった。

倒れている少年は、その輪の中で身動き一つしていない。
少年を取り囲む生徒達の輪が混乱している中、瞬は一人だけじっと少年を見つめていた。
「(こいつは・・・陽亮!?)」
倒れている少年の顔を見た瞬は、その少年が陽亮である事に気付いた。
瞬は少し目を見開いた後、険しい表情へと変化させた。
「(今の衝撃と音・・・稲妻か? いや、まさか・・・)」
瞬は陽亮から視線を外し、そのままの表情で空を見上げた。
瞬の視界の中に春の空が広がった。
雲ひとつない真っ青な快晴の空だ。

「洗礼享受・・・!」

瞬は春の空を睨みながら力強く呟いた。


「陽亮っ!?」

突然、悲壮感溢れんばかりの悲鳴が輪の中心から響いた。
瞬はその悲鳴の発せられた方に視線を向け直した。

「陽亮っ! ねぇ、どうしたの!?」
「大丈夫!? 目を開けてよ陽亮っ!」
「ねぇってば! 返事してよ陽亮っ!」
「陽亮っ! お願いだから目を覚ましてよ!」
「陽亮っ、しっかりして、陽亮っ!」

悲鳴の主は、倒れている陽亮を抱きかかえて必死に叫んでいた。

「(紺青(こんじょう)? ・・・そうか、こいつら付き合ってるんだったな)」

瞬は、やはり思い違いをしていた。

その時、陽亮が意識を取り戻しはじめた。
「陽亮っ! 大丈夫!? 痛いところない!?」
すかさず、蒼碧が陽亮に向かって呼びかけた。
この蒼碧の呼びかけに対し、陽亮は、
「・・・ん・・・ぅ・・・あ、あお・・・い・・・?」
目を開きながら、(うめ)く様な声で答えた。

「おー、気がついたぞ!」
「良かったぁ、生命(いのち)に別状はないみたいね」
「でも、びっくりしたぜ」

陽亮を取り囲む生徒達の輪からは安堵(あんど)の声が上がった。

「今のって雷だよな?」
「多分・・・」
「でも雲なんて何処にもないぜ?」
「っていうかさ、雷に打たれて無事だった人っているの?」
「んなこと俺に聞かれてもな・・・」
「じゃあ今の光は何だったんだよ、結局」

先刻の衝撃と轟音の正体は何なのか、という議論で盛り上がっている生徒達を尻目に、
「(稲妻なのは確かだろうな。 でも、本当に『普通の』稲妻か・・・?)」
瞬は思案に(ふけ)った。
「(この前茜が言ってたことは本当だったのかもな・・・これはもしかすると雷術系の洗礼享受だ・・・!)」
内心で凄んでみせた瞬は、表情にもその様子が顕著(けんちょ)にあらわれている。
「(陽亮・・・もしお前が能力者ならば、悪ぃが俺に従ってもらうことになるぜ・・・!)」
瞬は、人ごみの中からこっそり脱出している陽亮を見据えながら、心の中で宣告した。



 - 10 -


(Phase YN-3,SA-3 :: 1013 04 20 17 11)
「・・・ちょっと、整理してもいいか?」
ちゃらけていた雰囲気から切り出したのは陽亮だった。
屋上には相変わらずやわらかい風が吹き続けていた。
「何だよいきなり」
流れを切られ、少し不服そうな瞬が応じた。
「元はお前が作ったんだろこの流れ・・・。 このままだと話が進まないからな」
陽亮は不満をこぼした後、脱力したまま瞬を見据えた。

「この手紙は、瞬、お前が書いたのか?」
「ああ」
「・・・この女の子は誰だよ?」
「茜だ」
「えっと・・・俺をここに呼んだ目的は何だよ」
「お前と話をする為だ」
「・・・」

状況が全く見えてこない陽亮は言葉が詰まるほど困った。

「ごめんなさい。 瞬は何も考えてないから」
瞬の横にいたツインテールの女の子が陽亮を見かねて助け船を出した。
「あ、ああ。 気にするなよ。 茜・・・って言ったっけ? 代わりに詳しく説明してくれよ」
陽亮は瞬に訊いても(らち)が明かないと考え、茜に説明を求めた。

「ええ、分かったわ。 じゃあ、まず私のことから。 私は火迎茜(ひむかいあかね)。 二年六組だから鳴神君の隣の学級って事になるわね。 瞬との関係は、いいなず・・・こ、こほん! ・・・えっと、お、幼馴染(おさななじみ)ってとこかしら」
「ふむふむ・・・」
「そして、私達は鳴神君に聞きたいことがあってここに呼んだの。 ここまではいいわね?」
「ああ」
「その聞きたいことって言うのは、つまり、『能力(チカラ)』について。 ・・・そう、私達は鳴神君のその雷術について詳しく話が聞きたいの」

陽亮は少し動揺したが、
「・・・何の事だよ、それ?」
極力顔に出さないように努めた。

今まで黙って二人のやり取りを聞いていた瞬が口を開く。
「残念だったな、しらばっくれても無駄なんだよ!」
「え?」
瞬は、先刻までのふざけた雰囲気を微塵(みじん)にも感じさせない真剣な眼つきをしていた。
「三日前の洗礼享受の事、昨日の隕石騒ぎは誰かと戦っていた事、俺らは全部知ってるんだぜ?」
「・・・!」

茜が畳み掛ける。
「そしてここからが本題。 ありのままの事を正直に話して頂戴(ちょうだい)
「・・・」
「三日前の稲妻・・・あの後に鳴神君は雷術が使えるようになった、そうよね?」
「・・・」
「そして昨日、誰かと戦闘した・・・その時の敵は誰? 答えて」
「・・・」
「今、鳴神君は能力を持ったままでいるの?」
「・・・」
「あのね、私達は別に鳴神君に危害を加えようとは思っていないわ。 だから素直に答えて」

暫く無言だった陽亮が口を開く。
「・・・それを知って、如何するつもりなんだ?」
陽亮は重く深く通った響きで逆に茜に訊いた。

茜は陽亮のこの雰囲気に一瞬たじろいだが、目を少し細めて迫る威圧感に応戦する。
「そうね、端的に言うと鳴神君が能力を持っている場合、それを()ぎ取ることになるってことかしらね」
陽亮は表情を崩さずに再び問う。
「何の為に?」
すかさず茜は答える。
「あなたが悪事を働かないようにする為」
茜の眼光は陽亮に負けず劣らず鋭く(とが)っていた。

陽亮は納得行かなかった。
「ちょっと待てよ、悪事、って・・・。 俺がそんなこと――
口調を少しだけ荒げて陽亮が反論するが、
「否定しても無意味よ。 私達はあなたを信用する根拠がないから」
途中で茜に遮られてしまった。
不満気な表情を浮かべた陽亮が愚痴(ぐち)る。
「瞬と茜を信用出来ないのは俺だって同じだろ・・・」

茜は瞬を一瞥した後、再び陽亮を見据えた。
「・・・確かにそうね。 でも、私達には明確な目的があるわ」
陽亮は怪訝そうに目を細めた。
「目的?」
この直後、瞬が陽亮に半歩だけ近付いた。
「この世界にいる能力者を、片っ端から狩るって目的だ」
瞬は陽亮を半分睨んだような眼つきで言い放った。
陽亮はこの瞬の様子を目にしても怖気(おじけ)づかず、
「能力者を・・・狩る?」
無意識に瞬を睨み返した。
今度は茜が陽亮に半歩近付く。
「ええ。 能力者は(わざわ)いの(みなもと)・・・だからその能力者を根絶させる為に私達が存在するの」
茜は冷静かつ堂々と確言(かくげん)した。

「その理論は分からないでもないけど・・・俺から奪い取った能力は如何するつもりなんだ?」
陽亮が不服そうに問うた。
瞬が右手を自分の胸よりも少し低い高さに持ち上げ、掌を上空に向けて軽く開くような仕草をし、
「別に如何もしねぇ。 捨てるだけだ」
と吐き捨てるように言った。
「・・・」
不信感を未だに払拭出来ない陽亮は押し黙ったままだった。
渋い表情の陽亮に構わず茜が続く。
「というわけ。 鳴神君にここに来てもらったわけは」

一瞬の無声の時間が流れた。
屋上に吹く風が先刻より少し冷たくなっていた。
瞬と茜の足元を凝視している陽亮が、声を絞り出す。
「・・・そんなの、勝手過ぎる」
陽亮からの指摘を受けた茜は、一度だけ長い瞬きをした後、陽亮を(さと)すように話し始める。
「それは重々承知。 でもね、あなたがその能力を使って悪事を働かないという保障は何処にもないの。 だから、その能力を消してあげるって言ってるのよ」

陽亮は下唇を軽く噛みながら聞いていた。
一つ間を置き、陽亮は垂れていた視線を突然前方に伸ばした。
その視線は、瞬と茜の二人を捉えた。

「これは・・・渡せない」

陽亮が重くはっきりと(こば)んだ。
「・・・どうして?」
慎重に理由を尋ねる茜に対し、陽亮は、
「俺には、この能力が必要だから」
刺す様な視線で即答した。
茜は負けじと眉間(みけん)に小さく(しわ)を寄せ、
「・・・やっぱり持ってたのね、能力を。 鳴神君が能力を持つ事に固執(こしつ)する理由は何? そして目的は何? 何故、必要だと思うの?」
陽亮に向けて浴びせるように尋問した。

「俺は真実を知りたいだけなんだよ!」

陽亮は本心を叫ぶようにして口にした。
茜は、表情の奥に悲壮感が(にじ)み出ている陽亮を(いぶか)しがるも、
「真実を知りたいが為だけに能力を持ち続けるの? 持っててもいいことなんてないわ。 渡しなさい。 私達が責任を持って処分するわ」
能力を渡すよう、陽亮にきっぱりと命じた。

陽亮は、足元に力を入れ、更に両手にも力を入れた。
陽亮の両手は力を入れられた事によって、無意識に握り締められた。
手紙が、陽亮の左手の中に未だに束縛されていた。
瞬という境界内でもなく、茜という境界内でもない、瞬と茜のちょうど中間辺りの空間を、陽亮はただ睨みつけていた。

陽亮が、口を開く。

「俺の知らないところで勝手に世界が進行していくなんて・・・もうたくさんなんだよ! だから・・・だから俺はこれを死守するんだ!」

無意識のうちに陽亮の声は叫びへと化していた。
陽亮の宣言を聞いた茜は、鼻から軽く息を吐き、その直後に瞬の方に視線を移した。
瞬も茜の方を向いており、果たして二人の視線は重なった。
茜は、真っ直ぐな瞬の瞳を見ただけで瞬が自分に伝えたいことの全てを把握した。

そして、再び茜は陽亮へと視線を戻した。
「・・・そう。 じゃあ仕方ないわね」
茜はゆっくりと目を閉じた。
その直後、閉じた目を突然見開いた。
茜の目の色が少し黄色がかった鮮やかな赤へ『本当に』変わった。

「多少強引にでもその能力、頂くわ」

茜のその視線は、陽亮を貫いていた。

陽亮は、茜の豹変(ひょうへん)振りを目の当たりにし、少しだけ恐怖した。
「何だよその目の色・・・! お前、まさか・・・!」
陽亮は混乱してきている頭を必死に働かせ、予想した。
「(俺と同じ能力者・・・!!)」
そう考え付いたのと同時に、陽亮の足は校舎への入り口の方へ向いていた。
陽亮は向きを転回する際に体勢を崩したが、力で強引に踏み(とど)まり、一心不乱に足の回転を加速させた。
地面を蹴飛ばし、陽亮の足は一瞬で最高速に達した。
背後からは追ってくる気配がないことも陽亮は認識していた。
陽亮はあと少しで屋上の入り口のドアに達する。
ドアノブに手を掛けようと、陽亮は疾走しながら右手を伸ばした。

「(・・・よし、逃げ切っ――

(てっ)せよ、『(はばた)きの嚆矢(こうし)』!!」

(よい)の手前、夕闇(ゆうやみ)が迫る屋上に、一本の白い線が現れた。
その白い線は、陽亮がその形を認める前に陽亮の右手やや前方を通過した。
掴もうとしていたドアノブが中空に浮いている時点で、陽亮は漸く異変に気付いた。
白い線は、ドアノブを綺麗(きれい)に貫通していた。
ドアノブは付け根から欠け、繋がりを断絶された為、重力に引かれていた。

「・・・なっ!?」

ドアノブは、からんころんと甲高い音を立てながら屋上のコンクリートの上に落ちた。
本来ドアノブが在るべき処を、陽亮は(きつね)につままれたような表情で眺める。
陽亮は、右手を差し出した姿勢のまま動けなかった。

「ちっ・・・外したか」

陽亮の背後で瞬が悔しがった。
そして、陽亮に向けて言い渡す。
「悪ぃが、逃げさせやしねぇぜ」
陽亮は激しく戦慄した。
陽亮の汗腺(かんせん)が緩む。

「俺達も人を殺すのは好きじゃねぇ・・・能力を渡したら無傷で帰してやるよ」
陽亮は自分の中で考えを巡らせていた。
果たして、陽亮は開き直った。

「(このまま何もしないで遠い未来に死ぬのと、近いうちに死ぬ危険性が高いけど、もしかしたら何か得るものがあるのはどっちが正解なんだろう? ・・・いや、正解なんてないよな。 後悔しない選択肢が本当の正解だと思うから・・・!)」

表情から恐怖を無理やり隠した。
差し出していた右手を下ろした陽亮は、続いて校舎への入り口に背を向けた。
改めて瞬を視界に入れた陽亮の表情は、先刻の恐怖に満ちた表情からは想像も出来ないほど落ち着き払っていた。

――光り輝く弓の様なものを構えている瞬を見たにも(かかわ)らず。


西日の下の縁が、周囲の家々の屋根に隠れ始めた。
グラウンドでクラブ活動を行っている生徒達の声はもう聞こえない。

「やっと観念したか。 さぁ、早く能力を渡せよ。 な?」
瞬が表情を崩し二歩三歩と陽亮に近寄りながら命じた。
「・・・瞬達も、ジンと同じなのか」
陽亮が近寄る瞬を見据えながら呟いた。
「は?」
瞬は陽亮の呟きが良く聞こえなかった。
「これは、この能力は必要なんだ! お前には渡せない!」
陽亮が瞬に向けて(たけ)る。

「・・・わ、わかったよ。 お前がそんなに強情ならば」
瞬は、陽亮の剣幕に困り、妥協せざるを得なかった。
「・・・」
陽亮は瞬を鋭く見据え、戦いの開始の合図を待った。

「・・・陽亮、お前を殺すまでだ!!」

瞬の掛け声と共に、戦いが開始した。



 - 11 -


(Phase AK-1 :: 1013 04 20 17 03)
蒼碧(あおい)は陽亮を一人残して教室を後にした。
その後、蒼碧は一人きりの廊下を無言で歩き出した。

蒼碧はいつの間にか靴箱の処に辿(たど)りついていた。
「・・・」
浮かない顔で蒼碧は自分の靴を取り出そうとした。

「蒼碧」

背後からの呼びかけに、靴箱の中の自分の靴を見たまま目を少し見開いた蒼碧は、反射的に振り返った。
声の主は果遠(かのん)だった。

「あれ、のんこまだ帰ってなかったの?」
蒼碧は正直な感想を口にし、先刻までの浮かない表情を隠した。
「ええ、委員会の集まりに出てたから」
果遠が続ける。
「今日は彼氏と一緒に帰らないの?」
蒼碧は隠していた表情を一瞬出してしまったが、すぐに微笑み、
「なんかね、用事があるから先に帰っててくれって」
と返した。
途端に果遠は掛けていた(かま)が如何でも良くなるほどの疑念を(いだ)いた。
「『用事』・・・?」
そして果遠は少し考えた後、何かを思い付いたような表情を浮かべた。

果遠は蒼碧に問う。
「それって何処へ用事があるのかって聞いてないの?」
蒼碧は必死に微笑み続けながら、
「い、いや、それは聞いてないな」
と否定し、
「・・・あっ!」
漸く果遠から鎌を掛けられていた事に気付いた。
「か、彼氏じゃないって言ってるでしょ!」
赤面している蒼碧に構わず、果遠が口を開く。
「もしかすると・・・屋上に行ってるかもしれないわね、陽亮」
言い終わると同時に果遠は蒼碧の様子を(うかが)った。
果遠は、蒼碧の顔から笑顔が消えていたことに気付いた。
「屋上? 陽亮が? どうして?」
蒼碧は冷静さを(ほとん)ど失い、言葉が文章になっていなかった。
然程(さほど)慌てた様子もない果遠は、蒼碧に向けて
「詳しく話すと長くなるけど」
と前置きし、提案する。

「じゃあ、屋上行ってみる?」


(Phase AK-2 :: 1013 04 20 17 12)
「・・・瞬くんと、茜って子が?」
「そう。 誰かを屋上に呼ぼうと画策(かくさく)してるのを偶然聞いたの」

廊下を歩きながら、蒼碧と果遠の二人はやり取りしていた。

「だから、その『誰か』はもしかしたら陽亮のことじゃないの? って思ったわけ」
「・・・」
「屋上に呼び出す一般的な理由は二種類あるわね。 瞬と茜がいるから告白じゃなさそうだけど。 変な趣味じゃない限り、ね。 だとすると、古典的だけど喧嘩(けんか)の方かしらね」
「・・・」
「蒼碧、心当たりあるの? 陽亮が瞬や茜に(うら)み買うようなことをしたとか」
「それはないと思うけどな・・・」
「最近の出来事と関係してたりするんじゃないの?」
「さ、最近の出来事?」
「家に変な奴が押し掛けて来たりとか、雷が落ちたりとか」
「え!? なんで陽亮に雷が落ちたの知ってるの!?」
「そういう噂を聞いただけ。 陽亮だという確証はなかったけど。 でも蒼碧のその様子を見ると、本当か」
「い、いや・・・その・・・」

二人は屋上へ続く階段の前に達した。

「・・・あんた達さ、私達にまだ何か隠してるでしょ?」
「・・・」
「別に厳しく問い詰める気はないけど、私達は薄々勘付いてるってことは分かって」

二人はゆっくりと階段を登り始めた。

「・・・そのうち・・・」
「?」
「時機が来たら、全部分かると思うし、陽亮からも全部話してくれると思うし・・・それまで待ってて欲しいの」
「・・・そう。 待つのは構わないけど」
「陽亮も・・・色々考えて悩んでるみたいだから」
「悪い(くせ)ね、陽亮の」
「全くよね・・・一人で抱え込むこと無いのに」
「でも、蒼碧しかいないのよ、陽亮を支えることが出来るのは。 私達はそうしたくても限界があるし」
「・・・分かってる。 自覚もしてるつもり」
「ま、気負い過ぎないようにね」
「うん」

二人は、階段を登り終え、校舎の屋上へ出る冷たい鉄のドアの前にいた。
そして、蒼碧がドアノブに手をかけようと右手を伸ばした瞬間、

「徹せよ、『翔きの嚆矢』!!」

という叫び声がドアの向こう側から聞こえた。
蒼碧は驚いて、果遠の方を見た。
果遠も同じく、蒼碧の方を向いていた。
二人の目が合った瞬間、ドアの方からがりっという音が聞こえた。
蒼碧と果遠の二人は一様にドアの方を向いて肩を(すく)めて驚き、果遠は半歩、蒼碧は二歩後退りした。

「な、なに・・・?」
蒼碧はわけが分からず、ただ茫然(ぼうぜん)と立っているだけだった。
恐る恐る果遠がドアノブを掴む。
「・・・」
果遠はドアノブを回してみたが、ドアノブはからからと音を立てるばかりで、何時もの重量感を感じさせなかった。
「・・・壊れてる」
蒼碧に向けて果遠が伝えた。
蒼碧は茫然自失の表情のまま、首を縦にゆっくりと上下するしかなかった。
「今の声は間違いなく瞬ね。 他に誰かいるみたいだけど」

それから蒼碧と果遠はドアの向こうの話し声に聞き耳を立てた。
しかし、誰かが会話しているような雰囲気は伝わったが、声が伝わりづらく、内容までは分からなかった。
「だ、誰がいるんだろう・・・。 陽亮かなぁ?」
蒼碧が果遠と目を合わせて囁く。
「さぁ? でも、陽亮らしき声ってことは間違いないわね」
果遠は蒼碧にこう囁き告げた直後、二人はドアの向こうからの叫び声を聞く事になる。

『これは、この能力は必要なんだ! お前には渡せない!』

そして二人は再び目を合わせ、ほぼ同時に囁き合う。

「「陽亮だ!」」




- EPISODE 2, finis.
- A story leads to EPISODE 3...


- - - How is EXTRA(つ づ き ?)?


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