青天のHeki×Reki




- The End Of Intermission -


「センター! 行ったぞー!」
四月の青空に白球が打ち上がった。
「余裕っ!」
少年は空高く舞い上がっている白球を見上げてそう叫んだ。
そして少年は、空を一直線に()くように伸びる白球を視界に(とら)えながら、自身の左やや後方へ疾走(しっそう)した。

白球はかなりの速度で上空を切り裂いている。
「抜かせねぇよ」
そう言いながら少年は白球の落下地点を目指し全力で走った。

少年が八歩ほど走った後、白球が地面に吸い寄せられてきた。
それと同時に白球と少年の距離も近付いて来る。
あとほんの数メートルで白球が地面に()れるというときに、少年は勢い良く地面を()った。
少年は走る速度をそのまま保ち、身体が地面と水平にするような体勢で進行方向へ向かって飛んだ。
白球と一緒に少年が宙に舞っている。
少年は宙に舞いながらもしっかりと白球を凝視(ぎょうし)していた。

そして、少年は右手に着けたグラブで、白球が空を舞う自由を奪った。

まもなく少年は飛行機の胴体着陸のように地面に腹を(こす)り付けながら着地した。
少年は砂埃(すなぼこり)を立たせ、地面に身体を摩擦(まさつ)させた。
徐々に少年が滑走(かっそう)する速度は失われ、少年は腹這(はらば)いの体勢で地面の上に静止した。
白球は、少年のグラブの中でしっかりと(まも)られていた。

「マジかよ、赤星(あかほし)の奴・・・あれを捕りやがった」
打球を放った背の高い少年がベンチへ引き返しながら愚痴(ぐち)った。
「何言ってんだよ、(しゅん)のとこに飛ばしたおめーが悪い」
背の高い少年と擦れ違いざまに、髪が長い少年が返した。
「運も実力のうち、ってな」
同じく擦れ違いざまに、体格が良い少年が返した。
「でもさー、あの守備範囲は満場一致で反則だよねー」
同じく、小柄で声の高い少年が返した。

「あーあ、ヒット一本損したぜ」
そう()らしながら背の高い少年は勢い任せにベンチへ腰を下ろした。
「・・・本当の試合ならば、間違いなく抜けているだろうがな」
背の高い少年の横にいた、帽子を目深(まぶか)(かぶ)っている少年が前を見据(みす)えたまま(つぶや)いた。
「まぁな。 赤星より上手い奴なんて見たことねぇ」
そして背の高い少年が続ける。
「・・・あいつが敵じゃなくて良かった」

きーん、と乾いた音と共に、再び打球が上がった。
(しゅん)! また行ったぞー!」
瞬と呼ばれた少年は、その音が発せられるのとほぼ同時に走り始めていた。
「ったく、忙しいな」
瞬は白球から視線を切らさず呟き、落下点へとゆっくりと走った。
白球は放物線を(えが)いて落下してくる。
「こんなイージーポップなんかつまんねぇよ」
そう呟きながら瞬は、春空を(ただよ)っている白球を捕獲するべく、グラブを構えた。


そして、世界が白に染まった。



ズドォォォン!!



瞬の背後の方から、途轍(とてつ)もない轟音(ごうおん)が鳴り響いた。
「うおあっ!?」
衝撃波が背後から瞬の身体(からだ)全体に直撃した。
その衝撃により瞬の身体は、前方へ強制的に移動させられた。
瞬は押し寄せる推進力(すいしんりょく)に逆らい、足を踏ん張って、体勢を安定させた。
突然の衝撃だった為、瞬は誰かに攻撃を仕掛けられたと()錯覚(さっかく)に見舞われた。
衝撃波は一瞬だけだったようだ。

そして、瞬は防御体勢を作りながら全神経を背後に集中させ、身体全体を振り返らせた。
瞬がその時見た世界は、既に元の色を取り戻していた。
「・・・?」
瞬のすぐ後ろに、人影らしきものはいなかった。
瞬は、(いぶか)しがりながら防御体勢を慎重に()き、今度は少し遠くの方へ焦点を合わせた。

「・・・!」

すぐに瞬はある異変に気付いた。
瞬が居る場所から少し距離を置いた(ところ)に、制服姿の少年が地面に()()して倒れていた。









第二話 災いを狩る者(前編) -Feller I-




【A-Part】


 - 1 -


「おっ、蒼碧(あおい)だ! おはよーっす!」
「おはよう、蒼碧」
蒼碧は教室に入った途端(とたん)、二人の少女から挨拶(あいさつ)された。
その二人の少女は教室後方で机を挟み、向かい合って椅子(いす)に座っている。
一方の少女は、椅子の背凭(せもた)れに抱きつくような恰好(かっこう)で逆さまに座っている。

「あ、二人ともおはようー」
蒼碧はやや細い腕を自分の胸付近まで挙げて挨拶に応えた。
蒼碧の、黒くて真っ直ぐ垂れているミディアムの髪が、朝の輝きに()えている。
無表情だった蒼碧の表情は、穏やかな笑みへと変化した。
背負っていた麻色(あさいろ)の鞄を自分の机の上に置いた後、蒼碧は先刻挨拶された二人の元へ向かった。

「ところで蒼碧ー、何で昨日休んだんだよー?」
背凭れを抱いている方の少女が何気ない表情で蒼碧に()いた。
「え? あぁ、その・・・」
蒼碧は、この種の質問をある程度予想していた。
しかし、朝一番に顔を合わせた途端に訊かれたため、心の準備が間に合わず、少し焦ってしまった。
「ちょっと急用で・・・ね」
その一方で、適正な姿勢で椅子に座ってる方の少女が、蒼碧のこの様子を見て若干訝しげな表情を浮かべた。

蒼碧は何としてでもこの話題を変えたかった。
自分が昨日休んだ理由に取って代わる話の種を探しだした蒼碧は、たまたま目に付いた机の上にあった紙の束に注目した。
「・・・あ、あれ? ちー、何見てるの? それ」
蒼碧は背凭れを抱いている方の少女を『ちー』と呼んだ。
「ん? これ? 新聞だよ、し・ん・ぶ・ん!」
自らの前髪を右手人差し指でくるくると(もてあそ)びながら『ちー』は得意気に答えた。
『ちー』のその髪は、黒に少し青みがかったような、濃紺色(のうこんいろ)のショートヘアーだった。

もう一方の少女が付け加る。
千都瀬(ちとせ)が家から持ってきたんだって」
先刻蒼碧から『ちー』と呼ばれた少女は、もう一方の少女から『千都瀬』と呼ばれた。
『ちー』を『千都瀬』と呼んだ少女の髪は、千都瀬とは逆に赤みがかった黒い色をしており、背中まで達するロングヘアーだった。

「ちーが持ってきたんだ? なんでまた?」
蒼碧は目を見開いて素直に驚き、千都瀬に問い掛けた。
「蒼碧も見てみれば分かるって! 大ニュースだよー!」
千都瀬から(うなが)され、蒼碧は千都瀬が広げている新聞を横から(のぞ)き込んだ。

このとき蒼碧は形容しがたい嫌な予感がした。
果たしてその予感は見事に的のど真ん中を貫いた。

『ヒドナ地区東部住宅街に隕石(いんせき)落下か?』

新聞の大見出しにはこの活字が大きく印字されていた。
更にその大見出しの下には、壁が壊れた家の写真がはっきりと掲載(けいさい)されていた。
勿論(もちろん)、蒼碧はその写真の家に見覚えがあった。
紛れも無く、それは陽亮(ようすけ)の家だった。
その記事を見た瞬間から暫くの間、蒼碧は硬直(こうちょく)した。

「(はぁー・・・やっぱり大事(おおごと)になっちゃってる・・・隕石が落ちたなんて言わなければ良かった・・・)」
蒼碧は()()った表情のまま内心で後悔した。

「蒼碧、彼氏から何にも聞いてないの?」

立ったまま無言で新聞を見下ろす蒼碧に、赤褐色(せっかっしょく)ロングヘアーの少女が無表情で訊いた。
蒼碧は(きょ)を突かれて一瞬どきっとしたが、
「の、のんこ? ・・・えーっと、彼氏って何のことかなぁ?」
新聞に載った陽亮の家を見た直後で、蒼碧はかなり動揺していたが、何とか(とぼ)ける事が出来た。
「あら? 違うの?」
蒼碧から『のんこ』と呼ばれた長髪の少女は、横目で蒼碧を眺めながら内心で
「(・・・このコ、なかなか尻尾出さないわね)」
と表情に出さずに少しだけ悔しがった。

その横では千都瀬が信じられないと言わんばかりの表情を浮かべて小刻みに身体を震わせていた。
「え!? え!? 今のってどういうこと果遠(かのん)!?」
ようやく声を絞り出した千都瀬は『のんこ』を『果遠』と呼び、一層深刻な表情をしながら慌てた。
「・・・ちょ、ちょっと蒼碧! あんたやっぱりそうなんだなー!? 何時(いつ)から陽亮と付き合ってるんだよー!?」
千都瀬が廊下まで届きそうな声で叫ぶと、蒼碧は、
「ち、違うよ! 何言ってんのよ、大きな声で・・・!」
と、慌てて否定した。
それと同時に、蒼碧は自分の口の前に人差し指を立ててみせ、千都瀬に静かにするよう促した。

しかしこの騒ぎで、教室にいた生徒ほぼ全員の視線が蒼碧たち三人の方へと向けられた。
蒼碧は新聞記事のことなど既に頭から吹っ飛び、今度は違う要素で激しく動揺した。
「違わないじゃんかよー! 昨日だって二人揃って休んで・・・ふがもご!」
「ちー! 声が大きいってば! もう!」
止まる気配がない千都瀬の叫び声に、蒼碧はたまらず両手で強引に千都瀬の口を(ふさ)いだ。


「ふぃーっ、間に合ったー」


その時、教室の入り口付近で、一人の少年が安堵(あんど)の声を漏らした。
その少年は怪我を負っているのか、左腕を三角巾で吊っている。
また、少年の顔にはあちこちに傷や(あざ)が点在している。

「あら、噂をすればなんとやら、ね。 蒼碧、彼氏をお出迎えしなくていいの?」
果遠が蒼碧にからかい半分で訊いた。
「だ、だから付き合ってないってば!」
蒼碧は果遠からかけられたあらぬ疑いを全力で否定した。
「ふが! むごご!」
千都瀬はまだ蒼碧の手で口を塞ぎ続けられていた。

そして、教室中が沈黙した。

急に時間が止まったように見える空間に、少年は途端に警戒心を(いだ)いた。
少年は慎重に辺りを見回して、恐る恐る口を開いた。

「・・・? 皆、黙っちゃってどうしたんだよ?」

教室にはまるで誰一人として存在していないかのように、沈黙の重い空気が漂っている。

「・・・一体何なんだよ・・・。 あ、あぁ、もしかしてこれか? これさぁ、怪我しちゃってさ・・・へへへ」

教室の中で言葉を発する唯一人(ただひとり)の少年を除く生徒全員が、固唾(かたず)を飲んでその少年に注目している。

「・・・。 えーっと・・・あ、ひょっとすると、入る教室を間違えた・・・とか? ・・・そかそか、きっとそうだよな、そうに違いない。 俺としたことが・・・ははは・・・そ、それじゃ、お邪魔しましたー!」

少年はそう言うと、この上なく清々(すがすが)しい笑顔で教室を後にしようとした。

「「「ちょっと待たんかーい!」」」

クラスの男子生徒の数人が同時に突っ込みを入れた。
これが合図となり、(せき)を切った様に質問の嵐が少年に襲い掛かった。



 - 2 -


「陽亮くん、怪我は大丈夫?」
「隕石は身体のどこに当たったんだ?」
「隕石が落ちた時は寝てたの?」
「最初何が起こったと思った?」
「家はどうなっちゃうの・・・?」
「あの壊れ具合だともう住めないよね、何処(どこ)に住むの?」
「ところで隕石の欠片(かけら)とか持って来てねぇのかよ?」
「テレビ出たの?」
「ギャラ貰った?」
「え、やっぱお金貰えるものなの?」
「そりゃ貰えるんじゃね?」
「ということは、今日は陽亮のオゴリだ!」
「え? マジで!?」

「だ・・・誰か助けて・・・」
先刻から生徒達から注目されている少年、陽亮は群衆に揉まれながら、その中から顔をひょこっと出し、泣きそうな痛々しい笑顔で誰にともなく訴えかけた。

「即座にこの連中を(しず)めるのは無理だ。 観念するしかない」
陽亮の目線の先にいた一人である、栗色(くりいろ)の髪の少年が冷静に言い放った。
そんなやり取りを気にも留めず、群衆はなおも騒いでいる。
落葉(おちば)、そんな事言わずにさ、何か方法あるだろ? 頼むよ・・・」
陽亮は栗色髪の少年、落葉に状況の打開策の提示を求めた。
しかし落葉は無言のまま陽亮から目を()らした。

そんな落葉の横で、背の低い少年が落葉とは対照的に慌てふためいていた。
「どうしよどうしよ・・・早く陽亮助けてあげなきゃ・・・落葉ぁ、どうしよう・・・」
背の低い少年は、困り果てた表情で横から落葉を見上げている。
「・・・正次郎(しょうじろう)、民衆の興味を(いちじ)しく集約する事象というものは、注目されている間、それを収束させる手段など皆無だ。 唯一効果が有るのは時間。 放って置けば(いず)れ収まる」
落葉は背の低い少年、正次郎を(さと)した後、(きびす)を返して群衆の中心から少し離れた自分の席に着席した。
「あ・・・落葉ぁ・・・」
正次郎は場から離れていく落葉の後姿を見て、表情に悲壮感を漂わせた。
「うぅ・・・どうしよう・・・」
正次郎は成す(すべ)無く途方に暮れた。

「しかしよく生きてたな、陽亮」
「いや、陽亮のことだからちょっとやそっとじゃ死なないだろ?」
「確かに、陽亮は無駄にタフだもんな!」

群衆の騒ぎは収まることを知らず、更に加熱していた。
「あぁ・・・み、みんな落ち着こうよぅ・・・。 誰か・・・皆を止めてよぅ・・・」
正次郎はおろおろしながら群衆と群衆の中にいる陽亮を眺めていた。

すると、正次郎は背後から突然、
「じろ! ここは俺に任せとけって!」
と、誰かに声をかけられた。

自分を『じろ』と呼ぶ声に正次郎が振り向くと、
「あ、由人(ゆうと)!」
背が高く、ウェーブのかかった茶髪の少年、由人が自信に満ち溢れた表情をして立っていた。
「ここは俺サマの出番だな・・・フフフ」
由人は不敵な笑みを浮かべている。

正次郎は由人に一縷(いちる)の望みを託す事にした。
「と、とりあえず皆を落ち着かせようよ・・・由人なんとかできる・・・?」
正次郎は(わら)にも(すが)る想いで由人に切願した。
由人は無言で、正次郎に向かって右手の親指を立ててみせた。

直後に由人は群衆の方へと身体を向け直し、一つ大きく息を吸った後、群衆の真ん中へと割り込んで行った。
そして、

「こらー! お前等ー! 宇宙からの伝道師であらせられる鳴神陽亮(なるかみようすけ)さんに誰が勝手に質問していいと許可したんだー!?」

群衆の注目が一気に由人へ向けられ、静寂が訪れた。
陽亮も例外ではなく、由人に目を向けた。
そして、陽亮は小さく溜息をつき、あからさまに嫌そうな顔をした。
「・・・一番助けて貰いたくない奴が来た」
陽亮はわざと口を滑らせた。
「ばーか、感謝するところだろそこは! ・・・あとでコロッケパン(おご)れよ」
「上手く行ったらな」
由人と陽亮は小声で契約を交わした。
この直後、由人は再び大きく息を吸い、群衆へ向けて高らかと宣告する。

「陽亮さんへの質問はマネージャーである俺を通してもらわねぇと非常に困りますなぁ!
こっちとしても慈善事業でやってるわけじゃねぇんだよ!
今後は俺を通してから質問してくれねぇと!
・・・あ、ちなみに質問一つにつき五百ガランな」

そして、群衆たちは一斉に攻撃を開始した。

「ふざけんな!」
「お前どけよ!」
「邪魔でしょ!」
「あたし達は陽亮くんに質問してんのよ!」
「大体、何であんたに許可取らなきゃいけないのよ!」
「由人お前何様だよ!」
「でしゃばってんじゃねぇよ!」
「五百ガランは高ぇよ!」
「そうだそうだ! ・・・って、そんな問題じゃねぇだろ?」
「てめぇに隕石落とすぞ! 由人!」
「アホはさっさと消えとけ!」

非難の集中砲火を浴び、たじろいでいた由人だが、(ようや)く反攻に踏み切ることが出来た。

「だ、誰がアホだ! いてっ! ちょ、ちょっとお前等冷静にな・・・いてぇっ! あ、今殴ったのお前か!? ぎゃっ! いてぇって言ってんだろ! おま・・・グーで殴るな! 誰かグーで殴ってるだろ! グーはやめろ! それとさっきから足つねんな! 地味にいてぇんだよ! ・・・って、おい誰だ引っ張ってんのは! ちょっ・・・引っ張るなって! う、うわああぁぁ!?」

しかし由人のこの反攻も、一対多では多勢に無勢だった。

「・・・アホがどっかに引き()られて行ったな」
「あんなアホは放って置こうよ」

群衆の集中砲火は非難から質問へ、由人から陽亮へとそれぞれ目的と目標を元に戻す。

「ねぇねぇ! それよりね、隕石が落ちてくるスピードってやっぱり速いの?」
「陽亮は寝てたって言ってんだから落ちてくるとこなんか見てるわけねぇだろ!」
「でも、隕石って落ちてくる時は燃えてるんじゃないかしら? 何かの本に書いてあったわよ」
「そういえば家は火事にはなってないのよね」
「どんだけデカい隕石が落ちたんだよ、あんなに家がぶっ壊れるって」
「あーあ、それにしても学校に落ちればしばらく休校だったのによー・・・」
「わはははは! お前ひでぇな!」
「お前だってそう思ってるだろ!」
「まぁな!」

「もうどうにでもして・・・」

群衆に埋もれた陽亮の(なげ)きが(むな)しく教室にこだました。

陽亮を取り囲む群衆から少し離れたところに落葉、正次郎、そしてこの二人の足元に、使い古されたぼろ雑巾のような姿の由人がいた。
「・・・理解したか正次郎。 あの連中を何の考えも無しに強引に鎮めようとすると、由人のような有り様になる」
「・・・うん、とても勉強になったよ。 由人に期待してたぼくが間違ってたよ。 ありがとう、落葉」
「お前等・・・揉みくちゃにされた俺を少しは心配しろよ・・・」

時を同じくして、群衆、この三人とはまた違う教室内の場所に一人の少年がいた。
その少年は席に座り、頬杖(ほおづえ)をつき、教室内の様子を眺めていた。
少年の表情は決して穏やかなものではなかった。
険しい表情をした少年はかなり不機嫌な様子で群衆の真ん中を睨みつけていた。

「あいつ・・・隕石が落ちたなんて見え透いた嘘つきやがって・・・!」
少年の呟きと呼ぶには大き過ぎた声は、幸いにも誰からも聞かれなかった。
「(あの時に身につけた『能力(チカラ)』を使って一戦交えたんだろ!? それにしても・・・戦った相手は一体誰なんだ・・・?)」
少年は険しい表情を崩し、怪訝(けげん)な表情を浮かべた。
「(どっちにしても、あいつを放ってたら危ねぇしな・・・早いうちに始末しねぇと・・・)」
再び険しい表情を浮かべた少年は制服の胸ポケットにしまっていた徽章(きしょう)を取り出した。
その徽章は、黄色と銀の三重ストライプの上に赤い三つ星の文様(もんよう)を並べた、少し色褪(いろあ)せているものの、鮮やかな長方形のバッジだった。
「(親父、見ててくれよ・・・あいつは俺が必ず倒してみせるからな・・・!)」
少年は取り出した徽章を見つめながら誓った。

そして、予鈴(よれい)が鳴った。



 - 3 -


――御子柴(みこしば)ー」「あい」「村田(むらた)ー」「はぁい」「森笠(もりかさ)ー」「あ、今日森笠君休みでーす」「あら、そう。 森笠休み、と。 ・・・えー次は、湯上谷(ゆがみだに)ー」「はいよー」「涌井(わくい)ー」「あーい」
「よーし、点呼は以上ね。 ・・・えーっと、それで、どうせ皆も気になって授業に集中できないだろうから、例のことについてこの時間を使って質問攻めするかー」
朝のホームルームで点呼を取っていた女教師の粋な計らいに、教室中から歓声が挙がった。
「(げ。 冗談だろ・・・)」
陽亮は瞬時に自分のことだと勘付き、表情が引き攣った。
「いいよね? 鳴神」
女教師は威圧するような笑顔で陽亮へ視線を浴びせた。

再び教室中の注目の的となった陽亮は一つ大きな溜息を漏らした。
「えーっと、実はあんまり憶えてな――
「皆も既に知ってると思うけど、昨日の明け方前に鳴神の家に隕石が落ちた。 ・・・そうだよね、鳴神?」
若い女教師が教壇(きょうだん)の上でクラスの生徒全員に聞こえるようにはっきりと言葉を発した。
「(うわ、問答無用・・・)」
陽亮は心の中では愚痴を垂れたが、反論するのも面倒臭く感じ、
「・・・多分、そうなんじゃないかなー、と」
視線を泳がせながら渋々答えた。
「その時、鳴神は何してた? 寝てたんだよね?」
間髪入れずに女教師が問い詰める。
女教師は宝石を()の当たりにしているかの如く、その目は(きらめ)いていた。
「本当にあんまり憶えてなくて・・・寝てた・・・かな」

女教師の質問攻めは更に勢いを増す。

「それでそれで! 石は、石はここに持ってきてないの!?」
「あー・・・石ですか・・・」
「そう、石だよ」
「あの・・・まだ調査隊の人達が家の中を調べてる途中らしいんで・・・」
「なんだ、まだ出てきてないのかー・・・そういえば家はどうするの? あの様子じゃ寝泊りできないでしょ?」
「えっと、とりあえずしばらくはホテルで暮らせって言われ・・・あれ、誰に言われたんだっけ・・・まぁいいや、とにかく家の調査が終わるまでは、って」
「(けっ、中学生のクセにホテル暮らしかよ・・・(うらや)ましいぜ・・・)」
「え? 何か言いました?」
「な、何でもないよ! ・・・あー、ついでに聞いとくけど、怪我は平気なんでしょ?」
「ついでって・・・あ、あぁ、動かすと痛いから固定してるだけ(・・・だったよな)」
「・・・ふぅん? まぁ、無理はしないように。 ・・・よーし、じゃあこの辺で質問責め終了ー! ほら、あんた達はとっとと一限目の準備をする! んじゃねー」

女教師はそれだけ言い残すと呆気に取られている生徒達を置き去りにして教室から風の様に去っていった。
その直後に一限目の担当教師が教室に入室した。
そして、本鈴が鳴った。

「「「(質問攻め・・・ってあんた自身のかよ!)」」」
生徒の大半が心の中で今更突っ込んでも一限目の授業はとっくに開始していた。



 - 4 -


「くっそー・・・また争奪戦に負けちまったぜ・・・」
由人が(ひど)く不機嫌な顔をしながら屋上へ出る冷たい鉄のドアを開けた。
「コロッケパンって人気あるし、何より数量限定だもんね・・・」
横にいた正次郎が由人に同情した。
「大体数学の井上(いのうえ)がよー、チャイム鳴ってんのにまだ授業続けやがるのが悪ぃんだよな」
この二人が屋上のコンクリート床に足を一歩踏み入れた瞬間、空から舞い降りた風が二人を包み込むようにして吹き付けた。
その軟らかい風の所為(せい)で、二人の髪が揃って揺らめいた。

由人と正次郎は少しだけ乱れた髪を整えようとした瞬間、
「おっそーい!! あんたたち何処ほっつき歩いてたんだよー!」
と容赦無い批判が二人に襲い掛かった。
二人は声が上がった方に視線を移すと、そこには腰に手を当てて仁王立(におうだ)ちしている千都瀬の姿があった。
千都瀬の後ろには他に四人の生徒がいた。

批判を浴びせられた由人は顔を(しか)め、
「うっせぇなー、しようがねぇだろ? 列に並んでたんだし」
と千都瀬に反論した。
「どうせコロッケパンの列に並んでたんだろー? 授業終わるの遅かったんだし、人気のコロッケパンが売り切れてるなんて最初から分かってるじゃんか。 潔くないねぇ。 あんたそれでも男?」
見下したり、呆れたり、からかっていたり、ころころと表情を変化させながら千都瀬が機関銃のように批判を連射した。

正次郎は、恐怖感を(つの)らせた。
「あわわ・・・」
正次郎の恐怖感の要因は、千都瀬によるものよりも、その千都瀬から批判の弾丸を浴びながら身を震わせていた由人によるものの方が圧倒的に多くを占めていた。
「あっはっはっは。 やっべぇ、今のはアッタマ来たわ」
由人は不気味な笑みを浮かべながら千都瀬の元へ歩んでいく。
「あんたにもあったんだ・・・『頭』って云う部品」
千都瀬も負けじと由人に近付いて行く。
「なんだと!?」
「なんだよー!?」
お互い触れることが出来るまでに縮まった距離で二人は(にら)み合っている。

千都瀬の後方では、四人の男女が由人と千都瀬の様子を眺めていた。

「・・・まーた始まったよ。 誰かあれ止めてきてくれよ」
「嫌よ。 面倒だし。 そう言う陽亮が止めに行けば?」
「果遠・・・それでも千都瀬の友達か?」
「友達『だから』止めないのよ。 分かる?」
「それ、理由になってないよな・・・?」
「・・・本気で言ってるの、それ? ・・・あんた、よっぽど鈍いのね」
「・・・? 良く分からないけど・・・とにかくあれを止めないと俺達もメシ食えないだろ」
「あんなの気にしないで先に食べれば? 気になるのなら自分で止めてくればいいじゃない」
「それはそうだけど・・・面倒臭いなぁ」
「・・・あ、あたしが止めてくるよ!」
「あ、蒼碧!」
「・・・あーあ、行かせちゃったわね。 事もあろうに自分の彼女に押し付けるとはね」
「いや、俺はそんなつもりじゃ・・・」
「あら、『自分の彼女』の部分は否定しないのね」
「な、何言って・・・ちがっ・・・」
「はぁ・・・全く、何時までそんな関係続ける気なの? あんた達」
「勘弁してくれよ、だからそれは誤解だって・・・」
「・・・事実を間違って認識することを『誤解』と呼ぶ。 事実を正しく認識している僕達は決して『誤解』などしていないはずだが?」
「そうよ。 落葉の言う通り」
「・・・。 そんな風に論理的に言われると、どう反論すれば良いか分からなくなるから困るんだよな・・・」
「八割方それが狙いだ」
「うわっ! きったないなぁ」
「それを一般的には『頭脳的戦略』と呼ぶ」
「はいはい・・・どうせ俺は頭良くないですよ」

『ちょっと落ち着いてよ! ちーもゆーじんも!』
『ごめんね、蒼碧。 ゆーじんが素直に謝れば許すんだけどなー』
『はぁ!? ふざけんなよ! ちーから仕掛けてきたんだろ!?』
『由人、謝ろうよぅ・・・遅れてきたぼく達が元々は悪いんだし・・・』
『お前は黙っとけ、じろ!』
『ひぃ!』
『うわ、勝手にキレといて、なおかつじろに八つ当たりとか・・・最っ低!』
『だーれが最低じゃこのボケー!』
『ボケはどっちだよアホキング!』
『ア・・・アホキング!?』
『あんたなんかアホの中でも最上級の、アホの王様だよ!』
『く・・・好き放題言いやがって・・・!』

「素晴らしいわね。 何時見ても究極のくだらなさを表現出来るなんて、一種の才能だわ」
「あぁ。 僕でさえ思考を停止したくなるような倦怠感(けんたいかん)を体験出来る日常生活に()ける唯一つの催し物だからな」
「・・・果遠と落葉の感性には一生ついていけそうにないな」

『なんだよー! 悔しかったらあたしに何か一つでも勝ってみたらどうなんだ!?』
『もう! 二人とも喧嘩(けんか)はやめてってば!』
『いーや! 今日という今日は許せねぇ!』
『あたしは謝らないのに、どうやって許すんだよ』
『ちー、後悔しても知らねぇからな・・・フフフ』
『・・・!? ・・・ゆ、由人、まさかあれを・・・!? だ、だめだよぅ・・・あれだけはやっちゃだめだってば・・・』
『誰が何と言おうと俺はやる! やってやっかんな! ちー、目にモノ見せてやるぜ・・・!』
『あーあー・・・またアホがアホなことしようとしてる・・・』
『ほざけ! 行くぞ、必殺・・・』

「『必殺』とか言い出したわ」
「この歳になって『必殺』と大真面目に言う人間を僕は初めて見たかもしれない」
「お、その辺の感性だと俺でもついていけるな」

『必殺・・・靴紐解(くつひもほど)き!』
『あ、ちょっ・・・何するんだよー!』
『あぁ・・・やっちゃった・・・結び直すのが面倒臭いからあれほどやっちゃだめって言ったのにぃ・・・』

「・・・」
「・・・」
「・・・た、確かに、コメントする気すら失せる感性も分かる」



『三人ともいい加減にしなさーい!!』



『うおっ!?』
『わぁっ!?』
『ひぃっ!?』


「・・・遂に出たわ、『蒼碧バースト』」
「漸く昼食が()れるな」
「結局いつもこのオチかよ・・・蒼碧も毎回大変だよな・・・」

茶番は終幕した。



 - 5 -


・・・ぼく達七人はいつもこうやって屋上でお昼ご飯を食べてる。
本当は屋上って立ち入り禁止なんだけど、ちょっと前に由人が「屋上でメシ食おうぜ」って言い出して、それからずっとぼく達は、昼休みになるとここに来てるんだ。
天気が悪い日はさすがに教室で食べるんだけどね。

ぼく達七人はセイジョー(ヤパニーゼ文字では『成條(せいじょう)』と書くんだ)中学校二年五組のクラスメイト同士なんだ。
ぼくと陽亮と蒼碧ちゃんとちーちゃんは小学校時代からの友達。
由人と落葉とのんちゃんの三人とは中学校に入ってから友達になったんだ。

「ったく、ちょっと遅れたくらいで文句垂れんじゃねぇよ」
「あんたねぇ、待たされる身にもなってみろよー!」
ご飯を食べている最中にまで喧嘩してる男の子が由人。
本名は菊池由人(きくちゆうと)
陽亮とかは『ゆーじん』ってあだ名で呼んだりもするんだ。
ぼく達が何かするときは殆ど由人が言い出した事が切欠となってる気がする。
()わば、ぼく達の先導役だね。
そして、由人の喧嘩相手の女の子がちーちゃん。
本名は芹園千都瀬(せりぞのちとせ)
あだ名はぼくが呼んでる『ちーちゃん』の他に『ちー』とも呼ばれてる。
ちーちゃんはとても活発な女の子で、運動神経も抜群。
この前なんか男の子達に混ざってバスケットボールをやってたんだ。

「・・・由人が素直になれば全て丸く収まるのだが、どうしても波風を立たせたがるのは幾分困りものだな」
いつも由人とちーちゃんのケンカを冷静に見物してる男の子が落葉。
本名は秋草落葉(あきくさおちば)
蒼碧ちゃんやちーちゃんは『おっちー』って呼んでるんだけど・・・落葉はそう呼ばれるのがあまり好きではないみたい。
落葉はとても頭が良くて、成績は学年でいつも二番以内。
落葉が試験で二番になった時、代わりに一番になるのはいつも――

「あんた達、昼食摂る時くらい落ち着けば? またそうやって喧嘩してると蒼碧が怒るわよ」
――そう、のんちゃんの成績も学年でいつも二番以内。
ということは、一番と二番は常に落葉とのんちゃんの組み合わせなんだよね。
のんちゃんの本名は春部果遠(はるべかのん)
あだ名は『のんこ』。
ぼくだけは『のんちゃん』って呼んでる。
のんちゃんは、見た目も性格もとても中学生とは思えないくらいに落ち着いているんだ。

「い、言っとくけど、あたしはそんなに怒りっぽくないからね!」
感情がはっきりと表情に表れる蒼碧ちゃんは、ぼく達のムードメイカー。
本名は紺青蒼碧(こんじょうあおい)
あだ名は特になくて、由人いわく「現在必死に考え中」とのこと。
別に無理して考える必要もないと思うんだけど・・・。
そうそう、蒼碧ちゃんはぼく達のまとめ役だね。
さっきも由人とちーちゃんの喧嘩を止めてくれたし。
ぼく達の中では由人の次に行動力があると思う。

「ゆーじんと千都瀬は喧嘩する役、落葉と果遠はそれを実況する役、蒼碧はそれを止める役、そしてじろは二人が喧嘩やってるそばで慌てる役。 ・・・いいなぁ、皆毎日楽しそうで」
のほほんとした仕草やセリフが特徴の男の子が陽亮。
本名は鳴神陽亮(なるかみようすけ)
陽亮と一緒にいると周りの人達が何だか心が和んでしまう、不思議な雰囲気を持った男の子。
自然と陽亮の周りに人が集まるんだ。
ぼくもそのうちの一人。
昨日、家に隕石が落ちたらしくて、左手を怪我してるみたいだけど、そんなに酷い怪我じゃなくて少し安心した。

そして――

「そんなこと言ったって・・・喧嘩はよそうよ、ってぼくが言ってるのに・・・由人が聞いてくれないんだもん・・・」
背が低くて、弱虫で女の子みたいな男の子が、ぼく。
本名は鐘田正次郎(かねだしょうじろう)
皆には『じろ』って呼ばれてる。
こんな見た目で、こんな性格だから昔はよく虐められてた。
でも、ぼくが小学5年生の時、クラスメイトに虐められて泣いていたぼくに陽亮が声を掛けてくれたんだ。
それ以来、ぼくは陽亮の回りに居るようになった。
陽亮には・・・本当に感謝してるんだ。

・・・ぼく達七人はこんな仲間。
何だかんだ言って、七人で居る時が一番楽しい。
このまま時が止まればいいな・・・なんてこともちょっとだけ思ったりする。

「あーあ、何か騒いだら疲れちまったぜ・・・朝っぱらから暴れたし、今日はもうヘトヘトだ」
「そりゃ、お前があの時変なこと言うから皆から集中砲火を受けるんだよ」
「あぁ!? 陽亮・・・助けに来てもらった分際でよくそんな口が利けるな? コロッケパン奢るって云う約束も破りやがって」
「助けに来てもらっただけで、実際には助けてもらってないんだけどな・・・。 それに、コロッケパンは『上手く行ったら』が前提だっただろ?」
「薄情な奴だぜ、ったく。 ・・・そういや、その隕石何とやらについて、俺らはまだ何も説明してもらってねぇんだけどよ・・・もーちーろーん、教えてくれるんだよなぁ? 陽亮?」
「・・・はいはい、分かったよ。 話せばいいんだろ、話せば・・・」

え? 陽亮が隕石の話をしてくれる!?
わくわくしてきたぼくは、身を乗り出して陽亮の話を聞くことにした。



 - 6 -


陽亮は、自分を除く六人の視線の束を受け止めていた。
一つ息を整えた陽亮はその六人に向けて静かに話し始めた。

「まず・・・隕石が落ちたのっていうのは、嘘って云うか・・・真実じゃないんだよな」
他の六人はそれを訊いた途端、一様に驚いている。
特に蒼碧は、更に他の五人とは異なった理由で驚いていた。
「皆にはあの時起こった本当のことを言っておこうと思って」
陽亮はそう言いながら蒼碧に向けて、
「(大丈夫、心配いらない)」
と目を合わせて合図する。

本当は何が起こったんだ、という声が上がり、陽亮がそれに答える。
「分かってるとは思うけどさ、この事はこの七人だけの秘密にしておいて欲しいんだけど」
陽亮の希望が他の六人に受け入れられ、陽亮が続ける。
「あの夜、俺はある人間に襲われたんだ」
蒼碧を除く五人が一斉に怪訝そうな顔をする。
「その人間のことを皆は知らないと思う。 俺も襲われた時が初対面だったし」
嘘だろ? 本当なの? という声が上がり、陽亮が切り返す。
「本当だって! まぁ、当事者の俺でさえ半信半疑だけど・・・時間が経った今でも」

陽亮は話の続きをせがまれる。
「うん、そいつは寝てる俺に襲い掛かってきたんだ。 剣を持ってて、それを振り回してくるんだよ。 しつこく襲ってくるそいつから必死で逃げ回ってるうちに、部屋の中が滅茶苦茶(めちゃくちゃ)になって」

陽亮はその人間から襲われた理由を数人から訊かれた。
「襲ってくる理由? そんなの俺が聞きたいくらいだったよ。 最初は夢かと思った。 最後の方も夢だと思ってたけど」

更に陽亮は崩れた壁について質問された。
「あの壊れた壁は、俺とそいつが揉み合ってる内に崩れたんだろうな、多分」

六人の視線を独占している陽亮は畳み掛ける。
「そうこうやってる内に、衝撃で崩れてきた瓦礫にそいつが埋もれてさ、そいつが怪我して逃げて行ったんだ」

一瞬の静寂が訪れ、陽亮は六人の顔を軽く見渡す。
「とりあえず、あの日起こった本当の事はこんな感じ。 隕石が落ちた、って云うのは・・・その・・・口から出任せで、まさか人が暴れてこんな風になりましたーって言えるわけないだろ? 隕石が落ちたって言ってしまった方が後々処理が簡単かな、と思ってたんだけど・・・」

陽亮は一つ大きな溜息をつく。
「甘かった・・・ご覧の有様だよ。 まさかあんなお偉いさんまで出てくるとは思わなかった・・・」
陽亮と蒼碧を除く五人は、如何にも納得が行かないかのような表情を浮かべながら陽亮の話を訊いている。

「・・・陽亮、一つ訊いて良いか?」

その時、陽亮の話を今までずっと黙って訊いていた落葉が初めて口を開いた。
今まで陽亮に向かっていた視線達が落葉に注がれる。
「・・・あ、あぁ、何だ?」
陽亮は落葉の荘厳なる雰囲気に威圧されるかのように少し動揺した。
「陽亮の家の近隣住人がこう証言している。 『現場の様子を見に行ったら、何故か陽亮くんの部屋に蒼碧ちゃんがいた』、『蒼碧ちゃんが他の誰よりも早く助けに行っていた』、とな。 この点について弁明して貰おうか」

最も突かれたくない部分を突かれた陽亮と、事情を既に認知している蒼碧は、揃ってばつが悪い表情を浮かべ、お互いの顔を見合わせた。
そして、落葉の言葉を聞いた由人と千都瀬は同時に驚愕(きょうがく)の表情を浮かべ、全身を大袈裟(おおげさ)()()らせて驚いている。

次に口を開いたのは蒼碧だった。
「そ、それはね!」
同じく、何か言葉を発しようとした陽亮だったが、蒼碧に先を越された。
陽亮は不安を感じつつも、弁明を蒼碧に一任した。

「・・・あの時、あたしは既に陽亮の家にいたの。 陽亮が部屋の掃除や模様替えをやるから手伝ってくれって頼まれて・・・ね、ねぇ? 陽亮?」
陽亮はまさか自分に話を降られるとは微塵(みじん)にも思っていなかった為、身体を硬直させた。
しかし、
「・・・あぁ、そうだな。 それが予想以上に大変でさ、全然終わらなくて。 ・・・夜も遅かったしこのまま泊まって行けよって流れになったんだよ・・・な?」
陽亮は機転を最大限に利かせ、脳と口を直接繋いで弁明した。
「そ、そうそう! それで陽亮は二階、あたしは一階にいたんだけど、その・・・『誰か』が陽亮を襲って・・・その音にびっくりして、あたしが陽亮の部屋に入った時にはもうその『誰か』は窓から逃げようとしてて・・・」
陽亮が補足する。
「俺が左腕を怪我して倒れたんだよな?」
蒼碧は無言で(うなず)いた。
「それから、外にいた近所の人達から『大丈夫かー?』って訊かれたから、蒼碧が代わりに二階の窓から顔を出して『大丈夫ですー』って答えてくれたんだよ。 ・・・それを近所の人達が見てたから、俺の部屋に蒼碧がいた、ってことになってるんじゃないかな・・・?」

この陽亮の言葉が途切れるなり、終始怪訝そうな表情を浮かべていた由人が切り出す。
「あー、それはもう分かったから。 んで、俺らが訊きたいのは結局お前ら何処まで行ったんだ? ってことだ。 Aか? Bまで行ったとか? ・・・まさかCってことねぇだろうな?」

そして案の定、由人の脳天に千都瀬の鉄拳が炸裂(さくれつ)した。

「いってぇ!!」
「もう、あんた本っっっ当に最低!! しかも『俺ら』って、勝手にあたしらをあんたと同類にすんなよー!」
顔を紅潮(こうちょう)させた千都瀬は(わめ)き散らした。
「由人の脳の中って、エロと食べ物のことしかないんじゃないの?」
果遠は肩を(すく)め、呆れ果てた表情で吐き捨てた。
「しかも今時ABCとは古い」
落葉も果遠と同様の表情を浮かべ、皮肉った。
「うっせぇ!! お前らだってちょっとは気になってんだろうが!」
既に四面楚歌(しめんそか)となった由人はなおも吠えている。
「蒼碧達が何処まで行こうが私の知ったことじゃないわ。 仮にそのくらい行ってても別におかしいとは思わないし」
「そうだな。 (むし)ろ自然の摂理だ」
果遠と落葉が追い討ちをかけた。

堪りかねた蒼碧が反論に出る。
「ちょっ・・・あのねぇ! さっきから色々言われてるけど、本当にそんなんじゃないってば!」
すると果遠が蒼碧の顔へ自分の顔を近付け、下から見上げるようにして攻め込む。
「へぇ・・・。 それじゃ陽亮のことは好きじゃないんだ?」
「え・・・そんな、好きとか嫌いとか、そういう問題じゃなくて・・・」
蒼碧は困惑した表情を浮かべた。
「あんたも相当往生際(おうじょうぎわ)が悪いわね。 さっさと楽になっちゃえばいいのに」
「う・・・うぅ・・・」
もう返す言葉さえ思いつかない蒼碧が(うつむ)く。

「その辺にしとけって」

陽亮は蒼碧と果遠に背を向け、遠くの景色を眺めながら果遠に厳しい口調で忠告した。
その後陽亮は、パックのオレンジジュースをストローで吸った。
既に空になっていたパックは内部の空気圧が低くなった所為で表面が(へこ)み、ストローからはずずず、という音が響いた。

果遠は陽亮の様子を(うかが)って一つ軽く息を吐き、長い(まばた)きをした後、今度は蒼碧を見詰めた。
「・・・彼氏に免じて今日はこの辺で辞めとくわ」
蒼碧は果遠の詰問から解放され、一気に表情が綻ぶ。
「ほっ・・・よかった」
果遠は自分の横で未だ()りずに口論している千都瀬と由人をちらりと眺めた。
「蒼碧も早く(おおやけ)に宣言すれば堂々と出来るのだから楽だと思うのに」
この果遠の言葉に蒼碧は(ほころ)んでいた表情を一気に引き締め、
「だから違うってばぁ!」
とうっかり反論してしまった。
その途端、蒼碧に背を向けていた陽亮が勢い良く振り向いた。
「だあー! そこで反論するから話が蒸し返すんだよ! 折角俺がいい感じに流れ止めたのに・・・」
蒼碧ははっとした表情になり、
「ご、ごめん・・・」
陽亮に謝るなり、しょんぼりとした表情になった。

蒼碧と果遠、そして陽亮のやり取りを他人事として見物していた落葉が誰にも気付かれないように呟く。
「陽亮も同罪だな」


同じ頃、屋上の水道タンクの陰に隠れ、陽亮達七人の会話を盗み聞きしていた一人の少年がいた。
「やっぱりな・・・あの閃光(せんこう)は戦闘中に発せられたものだったんだな」
少年はコロッケパンに(かじ)り付きながら、タンクの陰から少しだけ顔を(さら)し、陽亮達の様子を窺う。
「あいつらは陽亮の仲間か・・・。 まさか全員能力者・・・いや、そんなはずはねぇよな、洗礼享受(せんれいきょうじゅ)したのは陽亮だけだ」

その時、陽亮達が立ち上がり、校舎内部へと通じる階段の方へ歩き出した。
陽亮達は(にぎ)やかに会話を交わしながら校舎内に入り、鉄の扉が閉じ、姿が見えなくなった。

「事が起こった後じゃ遅ぇしな・・・今日のうちに片付けるしかねぇか・・・(あかね)にも伝えておくとすっか」
少年はそう呟くと、左手のコロッケパンを残さず口に()じ込んだ。
そして少年は、周りに誰もいないことを確認して階段の方へ移動し、同じく校舎の中へと消えていった。



 - 7 -


「心苦しいよね、皆に隠し事するのって」
蒼碧が校舎裏のコンクリート地面を竹箒(たけぼうき)を使って掃きながら漏らした。
「・・・その心苦しさを、少しでも軽くさせようとして、あの日に起こったことを皆に伝えたんだろ?」
陽亮が蒼碧の近くで、右手に持ったトングを使ってごみを拾い、それをポリ袋に入れながら静かに返した。

校舎裏には蒼碧と陽亮の他に人は存在しない。

「まだ皆に隠してること・・・ずっと隠しておくの?」
掃き続けながら陽亮に問いかける蒼碧。
「・・・」
無言でごみを拾い続ける陽亮。

蒼碧は掃くのを止め、竹箒を持ったまま陽亮を見詰める。
「(もし、あたしがあの時陽亮の能力を見てなかったら、隠すんだろうな・・・あたしにも)」
陽亮はごみを拾い終わり、前屈していた上体を起こし、蒼碧の眼を見据えた。
「・・・そろそろ、帰るか」
蒼碧は陽亮の視線から眼を逸らさずに無言で頷いた。



陽亮と蒼碧は誰もいない教室に戻ってきた。
窓の外からはクラブ活動を行っている生徒達の声が遠くに聞こえる。
二人はそれぞれ無言で自分の席で帰り支度をする。
蒼碧は無表情で机の中の教科書やノートを鞄に丁寧に入れた。

「(また、あんなことが起きるのかな・・・)」
荷物を詰め終わった蒼碧は、鞄のベルトを手際よく締めた。
「(次は殺す、って言ってたし・・・、他にも陽亮の能力を欲しがる人がいるかもしれないし・・・)」
蒼碧は無意味に鞄を睨み、続いて心配そうな表情を浮かべた。
「(また、あの時みたいに一人で抱え込むつもりなのかな・・・陽亮)」

蒼碧は同じく帰り支度をしている陽亮の方を見た。
と、同時に陽亮も蒼碧の方を向き、果たして二人の視線は重なった。
陽亮が口を開く。
「・・・悪い、今日は先に帰っててくれないかな? ちょっと用事を思い出した」
蒼碧は一瞬だけ陽亮から目を逸らした。
そして再び蒼碧は陽亮と視線を重ね合わせる。
「そっか。 ・・・それじゃ、また明日ね!」
「ああ、気をつけて帰れよ」
陽亮はほんの少しだけ笑顔を見せ、蒼碧に挨拶した。

陽亮は、蒼碧が出て行ったばかりの閉じた扉を見詰めて軽く息を吐いた。
その後に陽亮は右手に持っていた紙へ視線を移した。
「・・・また、蒼碧に心配かけてるな、俺は」

陽亮は一つ間を置き、先刻背負ったばかりの鞄を机に置いた。
そして陽亮は続けて(ひと)()ちる。
「寂しそうな笑顔だったな、さっきの蒼碧。 ・・・この能力、蒼碧にだけは見られたくなかったな」
陽亮はそう言うと、左手を肩から吊っている三角巾を解いた。
続いて、陽亮は左腕の上腕に巻きつけられた包帯の上から、傷口がある部分を右手でそっと押さえた。
そして陽亮はそのまま左腕をゆっくりと屈伸(くっしん)させた。
「・・・よかった、少しは使い物になるな」
右手で押さえている左腕を眺めつつ、陽亮は呟いた。
直後に陽亮は、力無く開いていた左手の掌を強く握り締め、俯いていた(こうべ)を上げた。
「よし」
前を鋭く見据え、何もない教室の中空(ちゅうくう)に向けて陽亮は静かに(すご)む。

「俺の日常は誰にも壊させない」

陽亮は先刻持っていた紙を右手で握り締め、先刻蒼碧が閉じた扉を開け、教室を飛び出した。



陽亮と蒼碧は誰もいない教室に戻ってきた。
窓の外からはクラブ活動を行っている生徒達の声が遠くに聞こえる。
二人はそれぞれ無言で自分の席で帰り支度をする。

陽亮は無表情で机の中の教科書やノートを鞄に詰め込もうとして、机の中に手を入れた。
ふと、何か紙のような物が手に触れた事に陽亮が気付いた。
「(・・・ん?)」
陽亮がその紙のような物を机の中から取り出してみると、それはやはり紙だった。
「(何だこれ? 何か書いてある)」
陽亮は三つ折りにされたその紙を静かに広げ、そこに記述された文章を読んだ。

「(『鳴神陽亮へ 放課後に一人で屋上に来い。 お前の能力について話がある。 この手紙とこの手紙に書いてあることは他の奴等には知られるな。 もし知られたらお前の秘密を全てばらす』・・・)」

陽亮は同じく帰り支度をしている蒼碧の方を見た。
と、同時に蒼碧も陽亮の方を向き、果たして二人の視線は重なった。

陽亮は少し躊躇(ためら)った後、口を開く。
「・・・悪い、今日は先に帰っててくれないかな? ちょっと用事を思い出した」
それを聞いた蒼碧はほんの一瞬だけ寂しそうな表情を浮かべた。
「そっか。 ・・・それじゃ、また明日ね!」
陽亮はぎこちない笑顔の蒼碧から挨拶された。
「ああ、気をつけて帰れよ」
陽亮はほんの少しだけ笑顔を見せ、蒼碧に挨拶した。


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