青天のHeki×Reki




第一話 青天の霹靂 -Thunderclap-


【B-Part】


 - 5 -


(Phase A-3::04190310)
蒼碧は真夜中の住宅地を走っていた。
蒼碧の息はとっくに切れていたが、それに構わず全速力で走っていた。
しかし、蒼碧はパジャマにサンダルという、全速力で疾駆(しっく)するには不相応(ふそうおう)身装(みなり)をしていた。
「陽亮・・・っ!お願い、無事でいて・・・!」
蒼碧は泣きそうな、いや、既に半分泣いているような声でか細く叫んだ。
「(陽亮・・・死なないで・・・)」
その時、前方が俄かに明るくなり、暫くして元の暗い夜道に戻った。
蒼碧は驚いて一瞬走るスピードを(ゆる)めたが、進行方向を睨み、速度を戻した。
二人がいつも別れの儀式を行う、学校からそれぞれの家に通じる分かれ道を一気に通り越し、蒼碧はなおも走り続けた。


(Phase A-1::04182301)
「お父さん、お母さん、おやすみー」
「はい、おやすみなさい」
「おう、ゆっくり休め」

午後十一時。
蒼碧は寝るために自分の部屋へ向かった。
「目覚ましをセットして・・・っと」
蒼碧は目覚まし時計の針を六時五十分に合わせ、部屋の照明を消し、ベッドに(もぐ)り込んだ。
「(明日の一時限目はラメリカル語かぁ・・・嫌だなぁ)」
蒼碧は憂鬱(ゆううつ)な気分のまま、程無くして眠りに就いた。

ズドォォォン!!

これまでに体験したことのない轟音と衝撃波が蒼碧を襲った。
「きゃあっ!?」
蒼碧は何が起こったのか理解することができなかった。
それと同時に蒼碧は衝撃波でビリビリと振動する塀から弾かれた。
塀に身を委ねていた蒼碧はバランスを失い、道に投げ出されてしまった。
蒼碧は反射的に両手で耳を塞ぎ、目を閉じてその場にうずくまった。
蒼碧にとっては不意のことでパニックに陥りそうになった。
それから暫く蒼碧はそのままの格好で震えていたのだが、轟音と衝撃波はそれ以来音沙汰がなく、一度きりで収まっていたようだった。
「・・・?」
恐る恐る蒼碧は耳を塞いでいた両手を離し、片方の瞼だけ少し開き、辺りを確認した。
蒼碧は自分を投げ出した塀の向こうのグラウンドが騒がしくなっていることに気がついた。
「何が起こったんだろう・・・?」
蒼碧は立ち上がり、校門の方へ走って行った。


蒼碧は校門を抜けると、グラウンドの中央付近に何やら人だかりが出来ているのを確認した。
蒼碧は夢中でその人だかりの方へ走っていった。
人だかりの輪の外側に達した蒼碧は、人だかりの中の様子も分からず、何が起こったのかも分からず、陽亮の行方も分からなかったため、不安は一層増すばかりだった。
蒼碧は、一刻も早く真実を知るため、この()(くら)饅頭(まんじゅう)の内部に入ることを決心した。

「すいません!通してください!きゃあ!ごめんなさい!お願い、通してっ!」
満員電車に乗っているかの(ごと)く、蒼碧は揉みくちゃにされながら輪の中央に向かって徐々に押し出された。
「ちょっ・・・通してよっ!・・・きゃあっ!?」
輪の中央部はちょうど台風の目のようにぽっかりと空間が出来ていた。
蒼碧は不意にその『台風の目』の地面に投げ出された。
揉みくちゃにされていたときは蒼碧は自分の身体のバランスを他人の肢体(したい)に頼っていたのだが、台風の目では急にその支えがなくなったためだった。
「いったぁい・・・」
痛みに蒼碧は顔を(しか)めた。
しかし、次の瞬間には蒼碧の顰めた表情が驚きと(うれ)いの表情に急変した。
「陽亮っ!?」
台風の目には陽亮が倒れていた。


「陽亮っ!ねぇ、どうしたの!?」
陽亮はぴくりとも動かないままだった。
「大丈夫!?目を開けてよ陽亮っ!」
蒼碧の悲壮感(ひそうかん)漂う叫び声が人だかりの中で(むな)しく響いた。
「ねぇってば!返事してよ陽亮っ!」
蒼碧の目には大粒の涙が浮かんでいた。
「陽亮っ!お願いだから目を覚ましてよ!」
「陽亮っ、しっかりして、陽亮っ!」



(Phase A-2::04190300)
(まぶた)を開いた蒼碧の瞳には自分の部屋の天井が映っていた。
蒼碧は全身にじっとりと脂汗をかいていた。
「ゆ、夢・・・?」
月明かりが差し込む蒼碧の部屋は、カチコチと目覚まし時計の秒針が時を刻む音が規則正しく鳴り響いていた。
自分がさっき見たものは夢だと悟った瞬間、蒼碧の目が(うる)んだ。
「なによ・・・もう」
蒼碧は何処にもぶつけようがない怒りと悪夢の怖さで涙が流れた。

その夢は、蒼碧が一昨日実際に遭遇(そうぐう)した場面の再現だった。
その悪夢の所為(せい)で、蒼碧の眠気はきれいさっぱり無くなった。
今から短時間で寝るのは至難(しなん)(わざ)だ。
「(明日・・・授業中に眠くなっちゃうな)」
その至難の業を成さなくてはならなかった蒼碧は、カチコチと(うるさ)い目覚まし時計を手に取って睨んだ。
午前三時。
「(・・・はぁ、あと四時間も眠れないのかぁ)」
憂鬱な気分で目覚まし時計を投げやりに枕元に戻し、蒼碧は毛布に(くる)まろうとした。

その瞬間、蒼碧の閉じかけていた眼に(まばゆ)い閃光が飛び込んだ。
「(・・・!な、何っ!?眩しい!)」
蒼碧は包まろうとしていた毛布を跳ね除け、ベッドから飛び起きた。
閃光は窓の外からのものだということを、蒼碧はわずかながらだが確かに目撃していた。
蒼碧は()げ付くほどの胸騒ぎを覚えた。

そして次の瞬間には蒼碧は既に玄関を飛び出していた。


(Phase A-4::04190321)
「はぁ・・・はぁ・・・」
陽亮の家の前に辿(たど)り着いた蒼碧は躊躇(ちゅうちょ)無く玄関を開けようと試みた。
しかし、夜中のこの時間に玄関の鍵がかかっていない(はず)が無く、玄関が開くことはなかった。

続いて蒼碧はチャイムを鳴らそうと試みた。
蒼碧はチャイムのボタンを二、三回連続で押してみて、
「(そういえばこのチャイム壊れてたんだった・・・!)」
と気付いた。

次に蒼碧は、勝手口へと急いだ。
しかし、やはり結果は同じだった。
途方に暮れた蒼碧は自分の息が切れていることにようやく気付き、その場にへたり込んだ。

「はぁ・・・はぁ・・・!」
蒼碧は呼吸を整えながらようやく自分の滑稽(こっけい)な姿を確認した。
「(あたし・・・何やってんだろ・・・)」
蒼碧は自分の行動をひどく馬鹿馬鹿しく感じたが、陽亮を心配することは変わりなかった。
「(杞憂(きゆう)だといいけど・・・)」

蒼碧は徐々に整い始めた呼吸で無理矢理ため息をついた。
二階にある陽亮の部屋の明かりが点いていない。
それを確認すると蒼碧は立ち上がり、
「(ただの取り越し苦労よね・・・はぁ、馬鹿みたい)」
と心の中で自らを(さげす)み、玄関の方に向かい、歩き出した。

「(明日、授業中に寝ちゃったら陽亮のせいだからね)」
陽亮の家の前の往来で、蒼碧は八つ当たりな感情を抱き、陽亮が寝ているであろう部屋を(うら)めしそうに見詰めた。

その刹那(せつな)
蒼碧が今まさに見詰めていた先から、どすんと大きく鈍い音が聞こえ、直後に、

「いってぇ!!」

陽亮の叫び声が響いた。
「(・・・え、何!?)」
一度は()き止められていた憂慮(ゆうりょ)の念が、蒼碧の胸に一気に噴出した。

「陽亮っ!ねぇ大丈夫っ!?」
蒼碧は寝静まった周りの家々を(かえり)みず、遂に叫んでしまった。
「ぐあぁっ!!」
蒼碧のその呼び掛けに返って来たのは陽亮の返事ではなく激痛に(さいな)まれたような叫びだった。
閉じられた窓越しでもその叫び声は蒼碧の元へ確実に届いた。
「何が起こってるのよ!?陽亮ってば!」
ただ事ではない、と焦燥感(しょうそうかん)に駆られた蒼碧はもう一度二階に向かって叫んだ。
「あ・・・蒼碧っ!?」
陽亮はようやく蒼碧の声に気付いた。
「どうしたの!?誰かいるの!?・・・あっ!」
陽亮へ呼びかける最中に蒼碧は陽亮の手落ちを発見した。
蒼碧の視線はその手落ちである玄関右横の窓に釘付けになった。
蒼碧の身長を優に超える大きさのその窓は半開きになっており、上から垂れる白いカーテンが夜風に(なび)いていた。

「蒼碧っ!来るな!!」
陽亮が声を届けようとした場所から既に蒼碧の姿は消えていた。



 - 6 -


(Phase Y-1::04182202)
「ふわーあ・・・眠い・・・」

午後十時。
陽亮は読んでいた週刊誌から視線を外し、時刻を確認した。
それから(おもむろ)に立ち上がり、読んでいた週刊誌を本棚にしまい、ベッドへ向かった。
「そりゃ昨日完徹(かんてつ)だったしな・・・道理で眠いわけだ」
陽亮は、一個目の目覚まし時計の針を六時五十分に合わせ、
二個目の目覚まし時計の針を七時ちょうどに合わせ、
三個目、四個目・・・と十分刻みでベルが鳴るように針を合わせた。
最後の目覚まし時計の針は八時ちょうどに合わせた。

「さて、と。気合入れて寝るか。二日分」
陽亮は部屋の照明を消し、ベッドに潜り込んだ。
「(明日の一時限目はラメリカル語かよ・・・サボりてぇなぁ)」
陽亮は憂鬱な気分のまま、一瞬で眠りに就いた。


(Phase Y-2::04190241)
午前二時四十分。
熟睡していた陽亮はベッドの脇に立つ人影に気付くはずが無かった。
その人影は陽亮の平和な寝顔を睨み、自分にしか聞こえない歯軋(はぎし)りの音を立てた。
人影は背中に負った(さや)から剣を静かに抜き、切先(きっさき)を陽亮の眼前に向けた。
剣の先端はあとほんの数ミリで陽亮の眉間(みけん)に達する距離で静止した。
陽亮はなおも寝息を立て続けた。

「こんな奴に俺は負けたのか」
人影は陽亮から視線を離さず、吐き捨てるように呟いた。
陽亮の眼前に向けた切先をぴくりとも動かさないまま、人影はもう一度歯軋りをした。
「自分の危機も感じ取れない、こんな間抜けな奴に・・・!」
一瞬だけ、切先が(わず)かに震えた。
それは怒りに戦慄(わなな)いている様にも見えた。
再び静寂が訪れる。
陽亮と人影を包む空間には二人の心音しか立っていない。
時計が刻む時間さえもかき消されていた。

人影は音も立てずに剣を真上に振り上げた。
「覚悟しろ、鳴神陽亮!」
人影はその台詞を言い終えたのと同時に振り上げた剣を今度は垂直に振り下ろした。
「死ねえぇっ!」
剣は陽亮の胴体目掛けて一直線に振り下ろされる。
陽亮はなおも寝息を立て続けた。

剣が陽亮の胴体をまさに両断せんとした瞬間、寝息を立て続けているままの陽亮の体から閃光が発せられた。
「なにっ!?」
閃光は人影を覆い、部屋全体に広がり、閉めていた窓からも一気に溢れた。
人影は両腕を顔の前でクロスさせて防御し、閃光とともに襲い掛かる得体の知れない圧力を全身で受け止めた。
「ぐっ・・・!」
人影は歯を食い縛り、襲い掛かる圧力に真っ向から挑んだが、踏ん張っていた人影の両足が床から離れた。
支点を失った人影の体はベッドとは反対側の壁に吸い込まれるように飛ばされた。
「がはっ!」
人影は、背から壁に激突し、その衝撃によって狭くなった肺から息が噴出した。
人影はそのまま壁伝いに背を擦り付けながら床にへたり込んだ。


陽亮から発せられる閃光は未だ収まることなく人影を照らす。
その光が当たったことにより、人影は最早「人影」ではなくなり、容姿がくっきりと現れ、明らかになった。
その男は陽亮と同じくらいの年代で、体格は細身で長身、ミディアムロングの銀髪(ぎんぱつ)を携え、背には長剣を収める鞘を負い、黒いジャケットの中には複数の短剣、腰から吊ったホルスターには中折れ式拳銃を装備していた。

やがて閃光も(あわ)くなり、陽亮の部屋には闇が戻った。
男も「人影」へと戻った。
男は先刻激突した壁に胴から上の重心を預け、顔の前で両腕をクロスさせたまま、警戒を続けた。
そして、何も起きなかった。

暫く警戒しながら陽亮の様子を伺っていた男がとうとう(しび)れを切らし、防御を解いて立ち上がった。
男は陽亮の姿を確認し、そして絶句した。
「・・・!」
直前の攻防の最中(さなか)、陽亮は目覚めることなく、なおも寝息を立て続けていた。
「んむー・・・むにゃ・・・」
陽亮は間抜けな声を出し、自分を睨んでいる男に背を向けるように寝返りを打った。
陽亮のこの仕草に男は遂に理性が吹っ飛んだ。
「ふざけやがって、貴様ぁ!!」
男は怒号を飛ばして突進し、再び陽亮に目掛けて剣を振り(かざ)した。
「うるああああああああああああ!!」
男は雄叫びを上げ、自らの力の限り握り締めた剣を振り下ろそうとした瞬間、陽亮の瞼が開いた。
「・・・ふえ?・・・!!なっ・・・!うわぁっ!?」

ズバァァン!

振り下ろされた剣がベッドに打ち込まれ、部屋中に轟音が響いた。
「なになになに!?何だよ!?誰だよ!?」
男が振り下ろした剣は陽亮の身体には的中しなかった。
男からの斬撃(ざんげき)によって、今まで陽亮が寝ていた箇所の毛布が切り裂かれ、見るも無慚(むざん)な姿になっていた。

「鳴神陽亮・・・!貴様には死んでもらう」
男が自身の感情を無理やり殺し、毅然(きぜん)たる振る舞いで言葉を発した。
突然の死の宣告を受けた陽亮は、頭をフル稼働したが状況を全く把握出来ず、ただただ呆然(ぼうぜん)とするしかなかった。
「ちょ、ちょっとタイム!落ち着こうぜ、な?・・・そ、その物騒(ぶっそう)な物とりあえず仕舞えよ!」
陽亮は僅かな月明かりで(ほの)かに照らされて外郭(がいかく)だけがぼんやりと浮き上がった男に向かって、平和的な解決を求めた。
(ゆる)い」
男は静かにそう呟くと再び陽亮に向かい剣を振り翳した。
「人の話を聞けっつの!!」
そう言いながら陽亮は腕と足のキャパシティを全開にし、まるで猫のように真横に跳ね、男の太刀筋(たちすじ)から間一髪(かんいっぱつ)(のが)れた。
そのお陰で陽亮はベッドから転げ落ちたが、すぐさま立ち上がり、男と対峙(たいじ)する形になった。
装備が整った男とTシャツ短パン姿で髪は寝癖(ねぐせ)の男を包む空間は()け付きそうな空気が充満していた。

「何も状況把握できてないから聞くけど・・・まず一つ目。お前、誰なんだよ?」
「・・・ジン=シロガネだ。そんなことを知ったところで如何(どう)すると言うのだ?貴様はこれから死ぬだろう!」
この問答の間にも陽亮はジン=シロガネと名乗る男から高速で繰り出される攻撃を二度かわした。
「・・・二つ目!ここに何しにきたんだよ?」
「これだけ窮地(きゅうち)に追い込まれてなお察せないか・・・どこまでもふざけている奴だ」
陽亮がジン=シロガネの攻撃を()けるたびに部屋の設備が破壊されていく。
「だから何で俺を殺そうとしてるんだよ!?これが三つ目っ!」
この質問の後、ジン=シロガネの攻撃がぴたりと止んだ。

「・・・?」
睨みつけるジン=シロガネから陽亮は目線を外さず、訝しげな表情をした。
「・・・俺が『能力(チカラ)』を得るはずだった」
短い沈黙を破り、ジン=シロガネが言った。
「はぁ?『チカラ』?」
陽亮はその単語の意味自体は知っているはずだが、具体的に何を指しているのか分からなかった。

ジン=シロガネが構わず続ける。
「七年待った。待ち望んだ。早く『その日』が来ることを」
「『その日』・・・?意味分かんないんだけど・・・」
「『能力』を得るために努力もした。俺の野望が明るみに出ない努力をな」
「いや、だから・・・根本的に意味分かんないんだけど・・・その野望って何だよ?」
陽亮はジン=シロガネから説明を受けるも、益々謎が深まるので、徐々に面倒臭くなっていた。
「権力だ。世界を手にする権力など『能力』があれば容易(たやす)いこと」
「・・・要するに、なに?世界征服したいとか言ってるのか?」
寝起きの脳では思考力がなく、ジン=シロガネがやりたいことは世界征服なのだと短絡的に考えてしまった。
「・・・好きに解釈しろ」
ジン=シロガネも、この寝起きの男に細かく説明しても意味がないと悟ったらしく、面倒になって妥協した。
「それって本気で言ってるのか?大丈夫かよお前・・・」
寝起きの男は真に受けた。
しかし、本気にはしていなかった。
「その野望も、俺の努力も、俺の七年も貴様の所為で全て水の泡だ!」
ジン=シロガネは陽亮を親の(あだ)の如く鋭く睨み、怒鳴りつけた。
「俺が何したって言うんだよ・・・でもつまり、世界は救われたってことなんだろ?めでたしめでたしじゃないか」
陽亮は呆れて冗談交じりに吐き捨てた。
ジン=シロガネは怒りで引きつった顔を更に引きつらせた。
「何がめでたい!このザマも貴様が『能力』を強奪した故!」
「強奪・・・って、だから俺何もしてないって言ってるだろ?」
「この期に及んでまだ(とぼ)ける気か。余程俺に殺されたいらしいな」
「だからそれが良く分からないんだよ。どんな理由で俺を殺そうとしてるのか、って言ってるだろ?さっきからさぁ」

一瞬の間が空き、ジン=シロガネは陽亮を睨み付けるのを止め、蔑んだ目付きに変化した。
「・・・殺されるのが怖いか」
ジン=シロガネは鼻で笑った後、陽亮にこう(たず)ねた。
「ああ。そりゃ怖いさ。当たり前だろ?」
「ならば『能力』を渡せ!今すぐにだ!」
ジン=シロガネは陽亮を再び睨みつける。
「・・・お前さぁ、人の話ちゃんと聞いてる?その『能力』ってのが分からないって!」
陽亮は徐々に(いら)つき出した。

しかし、ジン=シロガネは陽亮より遥かに苛ついていた。
「これ以上俺を怒らせるな・・・!『能力』を俺に渡すか、俺に殺されるか、どっちだ!?」
「だから俺は『能力』ってのをお前に渡せないし・・・それって実質『お前に殺される』の一択じゃないかよ・・・」
強引な二択を迫られた陽亮は、可能性のある一方を選択するしかなかった。
ジン=シロガネは目を細め、
「ほう・・・(かたく)なに『能力』を渡すのを(こば)むつもりか」
と皮肉を込め感心した。
陽亮は、一つ息を吸って、
「あのさぁ、お前勘違いしてない?悪いけど俺、お前が欲しがってる『能力』っての持ってないから。他を当たってくれない?安眠妨害もいいとこだよ・・・ったく」
鬱積(うっせき)していた想いを一気に噴出させた。
陽亮にとって眠りを(さまた)げられることが最も嫌な事だった。
ジン=シロガネはこの台詞を訊き、陽亮を殺してでも『能力』を奪い取る決心をした。
「(もうこいつに何を言っても無駄だ)」
ジン=シロガネは眼を()わらせ、剣を握る力を更に強めた。

(Phase Y-2.9::04190250)
そしてジン=シロガネは陽亮にこう告げる。
この一言は陽亮が事態の全貌(ぜんぼう)を把握する切欠(きっかけ)となる。
「・・・あの稲妻(いなずま)
「へ?稲妻?」
「あの稲妻を受けてもまだ『能力』を持ってないと抜かすか・・・!」
「え!?」
「いいだろう、貴様の望み通り殺してやる。覚悟はいいか!?」
「ちょ、ちょっと待てよ!その稲妻って・・・一昨日のやつか!?」
「左様!」
陽亮はジン=シロガネの攻撃をまたもや間一髪でかわした。



 - 7 -


(Phase Y-7::04190319)
陽亮の部屋にジン=シロガネが存在する時間は、既に四十分を超えていた。
ジン=シロガネから『能力』の真意を訊いた陽亮は徐々に息が上がっていた。
陽亮は、ジン=シロガネが繰り出す度重なる斬撃をかわし続けていたため、息が上がるのも無理もなかった。
陽亮の部屋は既に様々なものが散乱し、それはまるで大地震の後を思わせる景観だった。

「はっ・・・はっ・・・!げほっげほっ・・・!はっ・・・!」
陽亮の汗は出尽くし、口の中は乾ききっていた。
「俺から逃げられないことは、いくらその惚けた頭でも分かった筈だ」
対するジン=シロガネは息一つ切らしていない。
「(とにかく・・・ここから逃げないと・・・!)」
ジン=シロガネからの攻撃は一撃も受けていない筈だが、陽亮の体力は(いちじる)しく低下していた。
「大人しく『能力』を全て渡せ・・・俺にこれ以上手間をかけさせるな」
「はぁ・・・はぁ・・・嫌・・・だね・・・」
陽亮は切れ切れの息の間を()ってジン=シロガネの要求を拒んだ。
「貴様はまだ自分の置かれている状況を理解できていないらしい。もう一度だけ言う。『能力』を全て渡せ。さもなくば殺す」
「・・・」

陽亮は何とかしてこの窮地から脱することだけを考えていた。
「(なんとかして・・・あいつの隙を見つけなきゃな)」
部屋の扉の前にはジン=シロガネが待ち構えている。
「俺に『能力』を全て渡せば貴様の命は保障してやろう。俺の気が変わらぬうちに素直に渡すことだな」
ジン=シロガネは剣の切先を陽亮に向け威嚇(いかく)した。
「お前の話を聞いたら・・・渡したくなくなるのが普通だろ・・・?俺は・・・俺は絶対に渡さないからな!」
「・・・小癪(こしゃく)な」
ジン=シロガネの眉間の(しわ)が深くなる。
「これは意地でも守り抜く!・・・そうしないといけない気がするっ!!」
陽亮は(ひる)むことなく()えた。
ジン=シロガネは陽亮にも聞こえる程の歯軋りをして、陽亮を一層睨み付け、
「貴様が自ら死を望むのならば仕方ない・・・せいぜい黄泉(よみ)で後悔するんだな!!」
我鳴(がな)った。
「・・・ふん、するかよ」
陽亮は強がるも、足の震えは止まらず、立っているのがやっとの状態だった。

ジン=シロガネが剣をゆらりと持ち上げて陽亮を見据え、徐々に陽亮の方へと移動を開始した。
部屋には散乱した瓦礫(がれき)を踏みつける音がじりじりと響く。
そして、部屋内の可聴音(かちょうおん)が断続的な『地面を踏み付ける音』から突発的な『地面を蹴る音』に変化した。
ジン=シロガネの姿が陽亮の視界から消えた。
陽亮が代わりに見たものは、月明かりに照らされた舞い上がる砂塵(さじん)だけだった。
「上!?」
陽亮は前方やや上方に視界を移動させ、ジン=シロガネの姿を追った。
果たしてそこにジン=シロガネが宙に跳んでいた。
ただ、陽亮の眼が捕捉(ほそく)したジン=シロガネは、既に剣が陽亮に届くほど間合いを詰めていた。
「勝負あったな!!」
空中でジン=シロガネが目を見開き、にやりと笑った。
逃げる余裕は無いと判断した陽亮は、出来るだけダメージを受けないように身体を縮こませた。
次の瞬間、陽亮はジン=シロガネの斬撃を受け、その衝撃で最早原形を(とど)めていないベッドへ背中から突っ込んだ。


(Phase Y-3::04190251)
この二十八分前。
「一昨日の稲妻のこと、何か知ってるのか!?」
ジン=シロガネの斬撃を間一髪でかわした後、改めて陽亮は訊いた。
それまで陽亮を鋭い目付きで見据えていたジン=シロガネは、表情を訝しげに変化させた。

「貴様・・・まさか知らないとは言わせんぞ」
「知らない」
陽亮は即答した。
「それは本気か?」
「本気」
陽亮は即答した。
「しらばっくれるな!!」
「知らない。本気」
陽亮は表情を全く変えずに即答した。
「・・・くっ!」
ジン=シロガネは怒りを通り越して呆れてしまった。
「だから何も知らない俺に一から説明してくれよ。さっきから何が何だか」
それは間違いなく陽亮の本意だった。

ジン=シロガネは何やら少し考える素振りを見せ、重い口を開いた。
「・・・一昨日が十五年に一度の『洗礼享受(せんれいきょうじゅ)』ということは知っているな?」
「いや、知らない」
陽亮は即答した。
「・・・世界で唯一の選ばれし者だけが『洗礼享受』できることは?」
「なにそれ?」
陽亮は即答した。
「・・・『洗礼享受』すると『能力』を授かること――
「ワカリマセン」
陽亮は首を横に振りながら即答した。
「・・・ならば何故貴様のような奴が『洗礼享受』できたのだ!!」
「そんなこと俺に言われても」
一人で怒鳴り散らすジン=シロガネに対し、陽亮は一向に解ける気配を見せない謎に困っていた。
陽亮は、早く『自分は何も知らない無関係な人です』ということをジン=シロガネに伝えたかった。

「つまり貴様は、『洗礼享受』した事実は無く『能力』も授かっていない・・・こう言っているのだな?」
「お、やっと分かってくれた?」
睡眠への険しき道へ一筋の光が差し込み、陽亮の顔は一気に(ほころ)んだ。
「そんな筈は無い!!間違いなく貴様は『能力』を持っている!!」
しかしなおも言いがかりを付けるジン=シロガネに対し、陽亮はうんざりした。
「もういい加減にしろよ!知らないものは知らないって言ってるだろ!?」
陽亮は大きなため息を一つついた。

ジン=シロガネは軽く舌打ちをした後に続ける。
「ならば訊く。あの雷撃を受けてから貴様自身、何か変化したことがあるのではないのか!?」
「ないない。一晩眠れなかったけど」
一晩眠れなかったことはかなり重要なポイントの筈だが、陽亮はこっそりと付け加えるだけで誤魔化(ごまか)した。
ただ、ジン=シロガネは陽亮の否定を全く信用せず、『付け加え』の部分で確信した。
そして苛立ちを隠せずに愚痴った。
「『能力』を望んでもいない奴に『能力』を授けるとは・・・全く天使も呆れたものだな」
「もう分かったからそろそろ帰れよ。俺も眠い」
陽亮は説明を受けても睡魔の所為で良く理解できなかったため、ジン=シロガネが去ってくれることを切望(せつぼう)した。

ジン=シロガネはまた少し考えて、厳しい口調で陽亮に次のような命令を下した。
「・・・服を脱げ」
陽亮は勿論(もちろん)不意を()かれた。
「はぁ!?」
様々な思いが交錯(こうさく)してパニックに陥りそうになった。
「いいからさっさと服を脱げ!!」
「ま、ま、ま、待て待て待て!俺にはそんな趣味ないって!!」
ジン=シロガネの強引な『押し』にたじろいだ陽亮は、焦って上手く言葉が発せられなかった。
陽亮に近寄ったジン=シロガネは、陽亮のTシャツの裾を掴んだ。そしてそれを(まく)り上げようとした。
陽亮は同じく自分のTシャツの裾を掴み、捲り上げられるのを阻止すべく、ジン=シロガネとは逆の方向、(すなわ)ち下へ引っ張った。
「ちょ・・・!何するんだよ!離せっ!・・・このっ!」
「暴れるな!!じっとしていろ、すぐ終わる」
ジン=シロガネは抵抗する陽亮の足を小内刈りのようにして払い、押し倒した。
「すぐ、って何すんだよ!?俺まだ未成年だし、なによりお前と同性だぞ!?やめろぉ!!」
「・・・この阿呆が」
ジン=シロガネは倒されても必死に抵抗する陽亮の手を払い除け、陽亮のTシャツを腹が見える程度まで捲り、腹部を覗き込んであるものを確認した。

そして、ジン=シロガネは納得したような表情を浮かべた。
「・・・ふむ、やはりな」
ジン=シロガネにTシャツの裾を捲くられた陽亮はなおもじたばたと無駄な抵抗を続けていた。
「人道から外れたくないんだよ、勘弁してくれぇ!!・・・って?・・・『やはりな』・・・?」
陽亮は抵抗を止め、急に大人しくなった。
目的を果たしたジン=シロガネは、今まで掴んでいた陽亮のTシャツの裾から手を離した。
突然開放された陽亮は、きょとんとして、ジン=シロガネの発言を不思議がった。

「それが紛れもない選ばれし者の証だ」
陽亮はジン=シロガネからそう言われると、
「・・・それ、って・・・どれだよ?」
と辺りをきょろきょろと見渡した。
「自分の腹を見ろ」
「腹・・・?」
ジン=シロガネにそう促され、陽亮は訝しがりながらも自分の腹を覗き込んだ。
そこには入れた覚えのないタトゥーと開けた覚えのないピアスがあった。
「・・・な、何だこれ!?」
「『雷光輝石(らいこうきせき)』と『瞬迅雷印(しゅんじんらいいん)』・・・『能力』を持ちし者である証だ」
ジン=シロガネにそう告げられた陽亮は一昨日のことを回顧(かいこ)した。
「(一昨日シャワー浴びたときはぼーっとしてたから気付かなかったのか・・・?)」
「(昨日・・・さっきもシャワー浴びたはずなんだけど・・・全く気付かなかったな。洗うところなんかじっくり見ないし・・・)」

ジン=シロガネが追い討ちを掛ける。
「それを目の当たりにしても、まだ『能力』を持っていないと抜かすのか?」
「タトゥーに(へそ)ピアス・・・これじゃまるで不良みたいだな・・・」
陽亮はあくまでも能力のことに触れなかった。
いや、触れたくなかったという表現の方が正しいだろう。
だが、陽亮は内心では、
「(ジンの言う通り、俺って『能力』貰っちゃったのかな・・・)」
と観念し始めていた。

その様子を見て、ジン=シロガネは(よじ)れた話を元に戻すことにした。
「これでようやく理解したか。証を持つ者は自在に『能力』を操る事が可能だ・・・しかし」
「・・・しかし?」
陽亮は、最早他人事ではないと悟ったらしく、素直にジン=シロガネの話に聞き入った。
「それは『能力』を操る器と技術が備わってればの話だ。貴様の場合、それは皆無」
「・・・なんかムカつく言い方だな、それ」
「俺こそ『能力』を持つに相応(ふさわ)しい。貴様の如き奴には扱いきれん。・・・理解したならば俺に今すぐよこせ」
ジン=シロガネは鋭い眼光を崩さず、陽亮を威圧した。
陽亮は眠りを妨げられたことや、謎だらけの説明を延々訊かされたこと、その他色々な不満要素が積み重なっていたが、何もかも面倒臭くなっていた。

「何か()に落ちないけど・・・そんなに欲しいならやるよ。こんなのあっても要らないし、邪魔なだけだし・・・」
陽亮は能力をジン=シロガネに渡すことを決断した。
寝惚けていた時の会話など陽亮が覚えている筈がない。
この能力が世界征服に使用されるかも知れないことなど、既に忘却(ぼうきゃく)彼方(かなた)だった。

「なっ・・・貴様は欲しくないのか!?この『能力』を!」
ジン=シロガネのこの反応は至極(しごく)当然のものだろう。
誰もが欲しがるであろう能力を、陽亮は自ら放棄(ほうき)しようとしているからだ。
「今のとこ要らないなぁ・・・」
陽亮はぶっきらぼうに答えた。
「十五年に一人しか持てないのだぞ!?軽々と承諾して良いのか!?」
ジン=シロガネは陽亮の行動を(にわ)かには信じがたかった。
自分がこれほど貴重だと熱弁を振るっても要らぬと言われ、拍子が抜けたのだろう。
都合がいいのは能力を無条件で譲ってもらえる自分自身の筈だが、ジン=シロガネは何となく納得いかなかった。
「何だよ・・・やるって言ってんだから素直に受け取ればいいだろ?それに俺は眠いんだよ。早く寝たいよもう・・・」
「・・・ふん、まぁ良い。それならば頂くとしよう」
早く眠りに就きたい陽亮に(さと)され、ジン=シロガネはようやく気持ちの整理がついた。
「持ってけ泥棒。・・・ところで、どうやってその『能力』とやらをお前に渡せるんだ?」
陽亮は能力を渡すと()ってもその方法を知らなかった。

「・・・本当に何も知らないのだな。いいだろう、教えてやる」
「ふむふむ?」
「ただ・・・貴様を殺した後でも『能力』は奪えるのだが、どうする?」
「ぜ、是非とも平和的な手段で一つお願いします」
「・・・ちっ」
「(こいつ今『ちっ』て言った・・・『ちっ』て言ったぞ・・・)」

そしてジン=シロガネは身振り手振りを交えて陽亮に能力の渡し方についてレクチャーした。
「方法は実に単純だ。両方の(てのひら)を俺に向けて『術式破(じゅつしきやぶり)輪廻伝承雷(りんねでんしょうらい)』と唱えろ。それで(しま)いだ」
「ジュツシキヤブリ・・・?リンネデンショウライ・・・?」
「気にするな。決まり文句だ」
「何か恥ずかしいな・・・」
「いいから俺の言う通りにしろ!!」
「分かったよ・・・うるさいなぁ」

陽亮は一刻も早く寝たかった。
あまりにも現実とかけ離れた事が起こっているので、陽亮は意識の底で「(これは夢だな)」と感じて始めていた。
鬱陶(うっとう)しい奴から早く解き放たれたい。
煩わしい問題から早く解き放たれたい。
陽亮は早く寝れるのならどんなことでも率先してやってやるという思いだった。


(Phase Y-4::04190301)
「じゃあ、行くぞ?いいな?」
「来い」
「これ、終わったらさっさと出て行けよ?」
「無論。最早此処(ここ)に用は無い」
「よし。・・・えっと何だっけ?」
「ええい!貴様もまどろっこしい奴め!『術式破・輪廻伝承雷』だ!!」
「あー、それそれ」
「分かったら早くしろ!」
「はいはい。えーっと、こうやって掌をお前に向けて・・・っと」
「そうだ、いいぞ。そして例の文句を唱えろ」
「よし。ジュツシキヤブリ・・・」
「ククク・・・これで能力は、そして世界は俺のものだ!」
「リンネデンショ・・・って!?ちょ、ちょっと待って!世界は俺のもの、ってどういうことだよ!?」
「何をしている貴様!何故途中で止める!?」
「あーっ!!思い出した!世界征服!」
「何て事を・・・いいか!?詠唱(えいしょう)を中断すると予期せぬ事が・・・ぐわあっ!?」
「え!?な、なにこれ!?止まらないっ!」

陽亮の掌からジン=シロガネの身体へと、眩い閃光の激流が()()無く流れている。
大雨の後の渓谷(けいこく)の急流の如きその閃光の流れは、束となって陽亮から放出されている。
陽亮は腕を下ろそうとしたが、脳波が腕に伝わらず、腕は水平に伸びたままだった。
脳波の代わりに、何か他の力が陽亮の腕に激しく流れ込み脳波を(さえぎ)っていた。

「こ、これっ!何が起こってるんだっ!?どうやって止めるんだよっ!?」
陽亮は掌の先にいるはずのジン=シロガネに訊ねた。
しかし、返事は無かった。
掌から先に見えるものは閃光の白のみで、他は一切見えなかった。

未だ(おびただ)しい量の光ではあるが、閃光が徐々に弱まっていくことに陽亮は気付いた。
「・・・あ・・・収まる・・・のか?」
ゆっくりと眩しい白の中からそこに存在しているものが形を成してくる。
散乱したCD、服、雑貨・・・最早瓦礫と化したそれらの中心に立つジン=シロガネもその外郭がはっきりと見えてくる。
「ジン!だ、大丈夫か!?」
未だに言うことを聞かない腕をジン=シロガネの方へ向けながら陽亮は訊ねた。
そして、ジン=シロガネの表情を見て陽亮は絶句した。
「なっ・・・!?」
これ以上ないほど目を見開き、不敵な笑みを浮かべ、陽亮を見据える人物がそこにいた。


(Phase Y-5::04190306)
陽亮は(おぞ)ましい程の戦慄(せんりつ)を覚えた。
先ほどまでのジン=シロガネとは全く違うオーラに陽亮の心臓は締め付けられた。
そして、閃光が収まった。
同時に陽亮の腕が、まるで糸を切られた操り人形のようにだらんと下に垂れた。
陽亮は思わず半歩後退(あとずさ)りした。

「何処に・・・行くつもりだ?」
再び闇が戻った部屋の中から重く筋の通った声が聞こえた。
月明かりがその声の主の側面を右側から照らしている。
辛うじて見えるその表情は先ほどと全く変わらない、不気味な表情のままだった。
陽亮の背に一筋の汗が流れた。
「く・・・来るなっ!!」
陽亮が必死に(しぼ)り出せたのはこの言葉だけだった。
陽亮は息が詰まり、見えない縄に縛り付けられている錯覚に見舞われた。
「『来るな』とは心外だ。俺は貴様に礼をしたいだけだ」
そう言ってジン=シロガネは二歩三歩と陽亮に近付いた。
その腕には月明かりで鈍く輝く剣が握り締められていた。
「俺に『能力』を譲ってくれた礼を、な」
陽亮の奥歯が高速で乾いた音を立てる。
「れ、礼なんて・・・いらないから・・・来るなっ!こっちに来るなっ!!」
陽亮は何とかもう半歩後退りすることが出来た。

とすっ

「・・・!?」
陽亮の背中に堅い何かが触れた。
陽亮は、自由が利かずに動けない頭を何とか少しだけ(ひね)り、更に頭を捻った方向と同じ方向に眼球を動かす。
そこにあるのは、壁だった。
「礼はいらぬなどと言わずに受け取れ。俺からの恩義だ」
陽亮の咽喉(のど)を生唾が通過した。
「礼って・・・何だよ・・・?」
陽亮は、まるで(うめ)き声のような途切れ途切れの発声しか出来なくなっていた。
「何を分かりきった事を。用無しの貴様を痛みを感じさせる暇無く(ほうむ)る事だ」
ジン=シロガネは、剣を握るその手に更に力を込めた。
「そんな・・・礼・・・遠慮したい・・・んだけど・・・」
陽亮は押し寄せる重圧で何度も意識を失いそうになりながら必死で耐えていた。
「そう言わずに素直に受け取れ。・・・覚悟は出来たか?」
そう言い終わった瞬間、ジン=シロガネは陽亮目掛けて突進した。


音が無くなった。
「・・・っ!!」
ジン=シロガネが何かを叫んでいるが何も聞こえない。
そして突進してくるジン=シロガネがあと少しで自分に達しそうなことを確認した後、陽亮はゆっくりと目を閉じた。


「死んじゃうのかな、俺」

「短い生命(いのち)だったな」

「俺が死んだら、みんな悲しんでくれるかな」

「あーあ、ファイナルクエスト7、まだクリアしてないのに」

「あぁ、そういえば蒼碧に漫画借りたままだったな」

「いつ返してくれるの?って、蒼碧また怒るだろうな」

「・・・ごめんな、蒼碧」

「俺、もうすぐ遠いところに行きそうだ」

「結局、蒼碧に一度も俺の気・・・」





『陽亮・・・死なないで・・・』





「・・・あ、蒼碧っ!?」


「――おおおおおおおおおおおおっ!!」
陽亮は目を開くと自分に向かってゆっくりと近付くジン=シロガネと剣が見えた。
無意識の内に、陽亮は掌をジン=シロガネに向け、両腕を伸ばした。
陽亮は左手の甲の上から被せるように右手を添えた。
次に陽亮は、左手のそれぞれの指の間に右手の指を入れ、右手だけを握り締めて、開いた左手を固定した。

そして、陽亮は叫んだ。

術式(じゅつしき)旋空雷(せんくうらい)!!」

陽亮の掌から再び閃光が発せられた。
「な、なにぃっ!?」
その閃光はジン=シロガネを瞬時に包み込んだ。



 - 8 -


(Phase Y-6::04190311)
「ぐ・・・これは、夢なんだ・・・悪い夢なんだ・・・気持ちよく目覚めるためには・・・こいつをやっつけなきゃいけないんだ・・・」
陽亮は自分に言い聞かせ、無理やり納得させていた。
ただ、これが夢ではなく、現実だということも陽亮は既に自覚していた。
陽亮が着ていたTシャツはそこだけ無重力状態のように裾が浮くように揺らめき、寝癖が付いていた髪は真下から緩やかな風が吹いているかの如く、軽く持ち上げられていた。
陽亮の両腕は水平に伸び、左手の掌は開いて前に向けられ、その左手の後ろからは右手が添えるような形で握られていた。
その腕の周りを小さな稲妻が断続的に飛び交っており、バチバチと大きく不気味な音を立てていた。
そして陽亮の左手の掌からは円錐状(えんすいじょう)に無数の稲妻が放射され、進行方向は法則性が皆無で、頻繁(ひんぱん)に折れ曲がりながら前方へと伸びていた。
部屋の中はその光で満ちていた。

「もう・・・いくらなんでも・・・充分だろ・・・」
陽亮は自分に『能力』があるとは信じられなかったし信じたくなかった。
もう一度気持ちの良い睡眠時間を仕切り直したい・・・陽亮が願うものはただそれだけだった。
それから間を置いて、陽亮の左手の掌から放射されていた稲妻の数や規模が縮小した。
陽亮はそれを意識的に弱めたわけではない。
陽亮の意思とは全く関係なく、それは自然に弱まった。
それに伴い、部屋の中は闇が侵食し始めた。

「はぁ・・・はぁ・・・」
陽亮は遠のきそうになる意識を必死に繋ぎ止めていた。
最後の一筋の稲妻が陽亮の左手からの放出が終わると、部屋は静まり返った。
月明かりに頼って辛うじて見えるのは、さっきまで陽亮が放出していた稲妻の衝撃によって舞い上がった砂埃(すなぼこり)だけだった。
陽亮は、その砂埃の向こう側にいたジン=シロガネの姿および安否を未だ確認出来なかった。
砂埃が自らの重さで徐々に下へ向かって移動を開始した。
陽亮は疲労困憊(ひろうこんぱい)ながらも警戒を一層強めた。
陽亮の視界が晴れていく。
その時。

「驚いた。貴様にまだ『能力』が残っているとはな」

部屋の中に重く冷たい声が響いた。
「な・・・!」
陽亮は驚愕(きょうがく)の表情を浮かべ、無意識に後ろへ一歩後退った。
「『予期せぬ事』・・・か。くっくっく・・・中々面白い事をしてくれる」
部屋の中の砂埃が殆ど収まり、「人影」を月明かりが照らした。
「人影」は間違いなく、ジン=シロガネだった。

陽亮は焦って先刻(せんこく)と同様に手を前に向け、一つ息を思い切り吸い込み、その勢いで、
「術式・旋空雷!!」
と残りの精神力を振り絞り、叫んだ。

部屋の中は静かなままで、月明かりだけがそこに存在する二人を照らしていた。
ジン=シロガネは、左の口元を吊り上げて不敵な笑みを浮かべた。
「な・・・んで・・・?」
陽亮は前に出した腕を力なく下ろした。
そして陽亮は茫然自失(ぼうぜんじしつ)し、ただその場に立ち尽くした。

「・・・三つ程、判った事がある。貴様にも冥土(めいど)土産(みやげ)として教えておこう」
そう言うと、ジン=シロガネは右腕を真横に水平に上げた。
そしてジン=シロガネは正面の陽亮の方を見据えたまま、右手の掌を右の壁に向かって広げた。

「術式・螺旋雷(らせんらい)!!」

ジン=シロガネがそう唱えた後、ジン=シロガネの右手から大きく二筋の稲妻が放出された。
その二筋の稲妻は、それぞれ太い幹の様な主軸と、そこから無数に分岐する『小枝』の二種類の形状で成され、更にその二筋の『主軸』が二重螺旋を描きながら直線状に伸びていた。
その二筋の稲妻は瞬時に右の壁に達し、破裂音を(とどろ)かせた。
間も無くジン=シロガネは意識的に稲妻の放出を中断し、そして右腕を静かに下ろした。
陽亮は、電撃を受けた部分の壁が黒く焼け焦げているのを見た。

「これが一つ目だ。・・・俺が何を言いたいのか、分かるな?」
ジン=シロガネは冷たい眼差しで陽亮を睨み、静かにこう言った。
「・・・お前も、変な術が使えるようになった・・・」
陽亮は自分の顔の部品で、口だけしか動かさずに言った。
「左様。即ち、俺も『能力』を得たというわけだ。しかし・・・」
ジン=シロガネは軽く舌打ちをした。
「貴様が詠唱を途中で放棄した所為で、お互いが『能力』を分け合うと云う『予期せぬ事』が発生したのだ」
「・・・」
陽亮は下唇を噛みながら聞いていた。
「貴様にも『能力』が留まった様だな。悪運の強い奴め」
ジン=シロガネは吐き捨てる様に言った。
「それと付け加えるが、雷撃を放出する時は量を計算して出した方が良いぞ」
「・・・」
「雷撃を考え無しに一挙に垂れ流せば、無論、直ぐに活力を使い果たして放出不能に陥るのは明らかだ。先程の貴様の如くな」
陽亮は下を向き、生気を失った目で自分の左手を一度だけじっと見詰めた。

「次に二つ目・・・これは俺も予想していなかったのだが」
陽亮は表情を全く変えずにジン=シロガネと目を合わせず、俯き加減で話を聞いていた。
「それは貴様の雷撃が俺には効かぬ事だ。ただ、恐らく俺の雷撃も貴様には効かぬ。即ち、お互いに雷撃は効かぬ、という事だ」

この発言に陽亮は、先刻まで魂が抜けたような表情を一変させた。
「・・・え?」
信じられない、と言わんばかりの表情を作り、正直に驚いた。
そして先刻まで死んでいた目の色が(よみがえ)った。
「な、なーんだ・・・そうだったんだ・・・!わざわざ怖がる必要なんて無かったんだ!」
ジン=シロガネはこの陽亮の発言を聞いた後、目を細めて不適に笑った。
八方ふさがりの状態から活路を見出したかの様に安堵した陽亮は、ジン=シロガネの様子など気に留める筈が無かった。
「はははっ!それじゃ俺を攻撃しても無駄だって事だろ!?無駄なことをやっても仕方ないんだし、そろそろ帰ってくれないかな?」
陽亮は、つい先程まで生気を失っていた人物とは想像もつかない程、気丈に振舞った。

「・・・くくっ」
ジン=シロガネは顔を斜め下に傾かせ、肩を小刻みに震えさせながら必死に笑いを(こら)えていたが、ついに堪えきれず笑い声が漏れた。
「な、何だよ・・・何がそんなに可笑(おか)しいんだよ?」
陽亮は明らかに不機嫌そうな顔でジン=シロガネに訊いた。
未だに笑いが収まらないジン=シロガネは、陽亮を蔑んだ目つきで眺めながら説明する。
「くっく・・・俺は『攻撃』が効かぬ、とは一言も口にした覚えは無いのだが」
「・・・は?」
「効かぬのは『雷撃』のみ。貴様が言う『攻撃』とは一体何を示す?『攻撃』には『斬撃』や『銃撃』等も包括(ほうかつ)するという事実を、まさか貴様が知らぬ訳が無かろう」
「・・・あっ・・・」

ジン=シロガネは(かが)んで、先刻陽亮の雷撃を受けた際に驚いて落としていた足元の剣を拾い上げた。
「そ・・・そんな・・・」
陽亮は再び顔から血の気が失せた。
「故に、この先の戦いは雷撃抜き・・・つまり物理的な戦闘となるわけだ」
ジン=シロガネは切先を右前方、胸の高さに構えた。
「そして武器を持たない貴様に勝機など有る筈も無い・・・これが最後、三つ目だ」
ジン=シロガネは陽亮に切先を向け、陽亮の敗北を宣言した。


陽亮はジン=シロガネのほんの少しだけ上方の宙を見詰め、大きく一つ息を吐いた。
負けたな、陽亮はそう思った。

「理解したならば素直に負けを認めろ・・・くれぐれも俺を待たせるな」
陽亮は無言だった。
いくら考えても、素手の人間が剣やら銃やらで完全武装している人間に勝つ方法を陽亮は捻り出す事が出来なかった。

「(もう・・・降参しよう)」
陽亮はそう思い始めた。

そこに、ジン=シロガネが続けた。
「もう少し、貴様にも分かり易い選択肢を用意してやろう。負ける事が判っている戦いに挑んで死ぬか、潔く残りの『能力』を全て渡して生き長らえるか・・・選ぶがいい」

陽亮はジン=シロガネのこの言葉を聞き、はっとした。
「(いや・・・ダメだ!降参しちゃダメだ!)」
陽亮は再び思い出した。

   『権力だ。世界を手にする権力など『能力』があれば容易いこと』
   『・・・要するに、なに?世界征服したいとか言ってるのか?』

ジン=シロガネの目的を。
「(・・・そうだ・・・こいつに『能力』はやれない・・・やっちゃいけないんだ・・・!)」

「ただ・・・先程も言ったが、俺は貴様が死んでも『能力』は奪える。貴様は『能力』をどの道失う(ゆえ)、生命を優先させるべきではないか?・・・くくっ」
ジン=シロガネの挑発を全く聞かず、陽亮は目を閉じて決意を固めた。
「(俺は・・・戦うんだ!悪事に手を貸すなんて、死んでもゴメンだ!)」
陽亮は下を向いたまま、目を見開いた。
そして、陽亮は両手の(こぶし)を強く握り締めた。

「方法は既に知っている筈だ。掌を俺へ向け『術式破・輪廻伝承雷』と唱えれば良い。容易い事だ」
「・・・さない・・・」
「何?」
「・・・渡さない・・・!」
「き、貴様・・・!」
「俺は・・・絶対に渡さないっ!!」
「愚かな・・・!では死ぬが良い!!」
「・・・絶対に渡さないし、絶対に死なない!」
「はっ!その減らず口を黙らせてやるわ!」
「絶対に黙らない!」
「・・・なめやがって・・・!!」

陽亮の瞳孔(どうこう)は鮮やかに黒く輝いていた。
この直後、ジン=シロガネの絶え間ない斬撃が開始した。



 - 9 -


(Phase Y-7::refrain)
「はっ・・・はっ・・・!げほっげほっ・・・!はっ・・・!」
「大人しく『能力』を全て渡せ・・・俺にこれ以上手間をかけさせるな」
「はぁ・・・はぁ・・・嫌・・・だね・・・」
「貴様はまだ自分の置かれている状況を理解できていないらしい。もう一度だけ言う。『能力』を全て渡せ。さもなくば殺す」
「お前の話を聞いたら・・・渡したくなくなるのが普通だろ・・・?俺は・・・俺は絶対に渡さないからな!」
「・・・小癪な」
「これは意地でも守り抜く!・・・そうしないといけない気がするっ!!」
「貴様が自ら死を望むのならば仕方ない・・・せいぜい黄泉で後悔するんだな!!」
「・・・ふん、するかよ」

ジン=シロガネの姿が陽亮の視界から消えた。
「上!?」
「勝負あったな!!」
次の瞬間、陽亮はジン=シロガネの斬撃を受け、その衝撃で最早原形を留めていないベッドへ背中から突っ込んだ。


(Phase Y-8::04190322)
「(やばい!もろに受け・・・)」
ジン=シロガネからの斬撃が陽亮へまさに直撃しようとしていた。
陽亮は咄嗟に若干身を屈め、前方へつんのめるようにしてジン=シロガネの(ふところ)へ潜ろうとした。
しかし、間に合わなかった。
刃の付け根が陽亮の左上腕を斬り込み、ジン=シロガネはそのままの勢いを利用して剣を振り抜いた。
ジン=シロガネが全重心を載せて放った斬撃は、陽亮を身体ごと吹っ飛ばした。

陽亮は自分の体が真後ろへ飛ばされているとき、その痛みを自覚出来なかった。
陽亮は気に入っていたRISCUSのTシャツの左袖が斬られて半分だけ破れているのを、横目で確認した。
Tシャツの下の左上腕は真一文字にぱっくりと割れていた。
そして、陽亮は背中からベッドに突っ込んだ。

陽亮はベッドに突っ込んだ衝撃によって、脳への痛覚の伝達が再開した。
先刻ジン=シロガネから受けた斬撃と、直前にベッドに衝突した痛みが陽亮の全身を駆け巡った。
「いってぇ!!」
陽亮は耐え難い激痛により、咽喉の奥から叫び声が漏れた。
それでも陽亮は歯を食い縛り、眉間に皺を寄せて激痛に耐えようとした。

「潔く負けを認めればいいものを・・・哀れな奴め」
瓦礫と化したベッドに半ば埋もれている陽亮を上から見下ろし、ジン=シロガネが言った。
「いっ・・・て・・・ぐぅ・・・」
言葉にならない声で陽亮が呻く。
「ふん・・・身の程知らずが」
ジン=シロガネはそう言うと、陽亮の左上腕――先刻の斬撃で負傷している箇所――を剣の峰で小突いた。
「ぐあぁっ!!」
陽亮は更なる激痛に、再び叫び、身を強張(こわば)らせた。

ジン=シロガネの表情が一層険しくなった。
そして、
「ようやく終局を迎えるな・・・さらばだ、鳴神陽亮」
ジン=シロガネは陽亮を睨み付け、剣を握る手に力を込めた。




『何が起こってるのよ!?陽亮ってば!』




陽亮は聞き覚えのある声に仰天(ぎょうてん)した。
驚きの余り、陽亮は激痛を忘れ、目を見開いた。
そして陽亮は声のする方へ首ごと視線を向けた。
陽亮の視線の先は、部屋の窓だった。
声は窓の外からだということにと陽亮は気付いた。
「あ・・・蒼碧っ!?」
閉じられた窓に向かって陽亮が叫んだ。
「・・・ちっ、仲間か」
ジン=シロガネが苛ついた素振りで呟いた。

『どうしたの!?誰かいるの!?・・・あっ!』
蒼碧が続けざまに陽亮へ問いかけた。
最後には、何かを見つけたような、そんな声を蒼碧が出した。
「・・・邪魔が入ったな。まぁ良い。そいつも併せて殺すとするか」
蒼碧を殺すと言われて、陽亮は我に返った。
ここに蒼碧が来たらまずい、陽亮はそう勘付き、
「蒼碧っ!来るな!!」
と叫んだ。

しかし、外からの返事は返って来なかった。


(Phase A-5::04190324)
「ごめんなさい!勝手にお邪魔します!」
蒼碧は挨拶も早々に、履いていたサンダルを脱ぎ捨て、開いていた窓から陽亮宅に進入した。
以前、蒼碧はよく陽亮の家に遊びに来ていた為、家の構造はほぼ完璧に把握していた。

開いていた窓はリビングの窓だった。
蒼碧は本や書類が散乱している暗いリビングを横断し、扉を開けて廊下(ろうか)へ出た。
蒼碧はその廊下を左へ折れ、程なくして二階へ通じる階段の前に辿り着いた。

「はぁ・・・!はぁ・・・!」
再び荒くなった息遣いを無視し、蒼碧はそのまま立ち止まることなく、一気に階段を五段ほど駆け上がった。
そして、階段を含む吹き抜け辺りの真っ暗だった空間が、突然白で塗り潰された。
「・・・!!」
蒼碧は驚いて階段の六段目で立ち止まった。
その直後、地震のような縦揺れが家全体を巡った。
階段も例外ではなく、蒼碧はその揺れによってバランスを崩し、階段から足を踏み外した。
「きゃあっ!?」
蒼碧は咄嗟に手すりに掴まり、体を支えた後、身を屈めた。

揺れと光は暫く続き、その間蒼碧は、自分を振り払おうとする階段に必死にしがみ付いていた。
「・・・ひっ・・・いやっ・・・!何なのよ、これぇ!?」
超常現象が起こっている様な状況で、蒼碧の心は恐怖で満たされていた。
暫くの間、蒼碧が恐怖と揺れに必死で耐えていると、急に揺れと光が衰えた。
そして吹き抜けは元の闇の空間へと戻った。

「・・・うぅ」
蒼碧は未だ払拭(ふっしょく)できない恐怖を胸の奥に仕舞い込み、その場で立ち上がった。
何故か、蒼碧は階段の二段目にいた。
蒼碧は先刻の揺れで下に引き()り落とされたのだろうか。
それを気にも留めず、蒼碧は恐る恐る歩を進めた。

間もなく蒼碧は、陽亮の部屋の扉の前に辿り着いた。
蒼碧は目を閉じて、深呼吸を一度だけした。
そして、目を静かに開いた蒼碧は扉を睨み、
「陽亮!入るよ!いいよね!?」
と言い終える前に、扉を開けた。
そして、


(Phase Y-9::04190323)
陽亮には、人間の足音が下の階の方で聞こえた。
その人間は、間違いなく蒼碧だった。
「(やばい・・・蒼碧が来る・・・!くっ・・・どうする!?)」
状況は絶望的だった。
陽亮自らは全壊したベッドに埋もれ、激痛により身体の自由が利かない。
そして陽亮の目の前には仁王立ちして剣の切先を陽亮の顔の方へ向けているジン=シロガネがいた。
()ずは貴様から殺すぞ」
陽亮に残された時間はあと(わず)かだった。

「(何か・・・何かある筈だ!)」
ジン=シロガネが剣を握り直し、斜めに振り上げた。
その時、陽亮は蒼碧の笑顔が脳裏に浮かんだ。
「(・・・俺が殺されれば、蒼碧も・・・!させるか・・・!)・・・させるかあぁっ!!」

ジジッ・・・バチッ!

陽亮の身体の周りに、僅かだが稲妻が走った。
「(・・・!!もしかしたら・・・いける!)」
ジン=ジロガネが振り上げた剣の切先の高さが頂上を超え、あとは下へ向かい振り下ろされるだけになった。
()け、鳴神陽亮っ!!」
ジン=シロガネが()えた。
「(・・・もうこうなったら一か八か!)」
陽亮は、賭けに出た。

陽亮は思うように動かない両手を気力で動かし、斜め下に広げた。
そして陽亮自らが半ば埋もれているベッドの残骸(ざんがい)に掌を押し付けた。
陽亮は一瞬だけ目を閉じ、再び目を見開いた。
その大きく見開いた陽亮の瞳からの視線は、ジン=シロガネの同じものと重なって、その空間が灼け付いた。
そして陽亮は全力で咆哮(ほうこう)した。

「術式・旋空雷!!!」

術が発動する。
部屋が再び光で満ちる。
「雷撃は効かぬと言っただろう!!」
ジン=シロガネは構わず剣を振り下ろし続ける。
床が縦に揺れ始める。
袈裟斬(けさぎ)りをするように剣は陽亮の斜め上から振り下ろされる。
剣はあと拳二つ分程で陽亮の左肩を直撃する。
「(これで『能力』は俺のものだ・・・くっく)」

突然、轟音とともに部屋の揺れが極端に増幅した。
直後にジン=シロガネは正面の真っ白な視界の中から叫び声を聞いた。
「うああああああ!!!」
「!?」

ジン=シロガネの左腹部に衝撃が走った。
「ぐあっ!!?」
ジン=シロガネはその衝撃により体制が崩れ、体を(よじ)らせながら右後方へ床に投げ出された。

何が起こったのか、ジン=シロガネは全く把握できなかった。
「くっ・・・!!」
仰向けに倒れたジン=シロガネは、すぐさま上体を起こそうとした。
不意に、真っ白だったジン=シロガネの視界に灰色の要素が加わった。
と同時に、徐々にその灰色が濃くなっていく。
ジン=シロガネは必死に状況の把握に努めた。
そしてジン=シロガネは、自分へ向かって倒れている巨大な物体――本棚が見えた。
もう、それを避ける時間も残っていない事もジン=シロガネは判ってしまった。
「畜生がっ!!」
次の瞬間、再び轟音を立てながら本棚がジン=シロガネに覆い被さった。

それだけでは終わらない。
ジン=シロガネに覆い被さる本棚の上から、天井や壁が崩壊し、その瓦礫が次々に降り注いだ。
それは、閃光が全て収まるまで止む事無く続いた。


そして閃光が収まった。
陽亮は、以前は何を形成していたか断定出来ない瓦礫の上に腰を下ろしていた。
刀身の半分以上が瓦礫に埋もれている剣が、目の前にある事に陽亮は気付いた。
その剣は、ジン=シロガネが先刻の衝撃によって手を離したものだった。
陽亮は、よろけながら立ち上がり、無我夢中でその剣を瓦礫から抜いた。
その時、陽亮の前方の瓦礫の山が崩れ、その内部から人間が這い出してきた。

ジン=シロガネだった。

ジン=シロガネは、衣服のあちこちが破れ、身体は血まみれだった。
陽亮は、覚束無(おぼつかな)い足取りでジン=シロガネの元へ歩み寄った。
そして、無防備に仰向(あおむ)けになっているジン=シロガネの眼前に剣の切先を向け、陽亮はこう告げた。

「俺の・・・勝ちだ・・・もう、帰って・・・くれないかな・・・眠いんだよ、俺は・・・」

形勢が、逆転した。



 - 10 -


(Phase A-6,Y-10::04190325)
蒼碧は扉を開けた。
そして、そこには陽亮が背を蒼碧に向けて立っていた。
ただ、陽亮のその手には、剣が握り締められていた。
蒼碧は、陽亮の腕から伸びる剣を切先の方へと視点をゆっくりと辿らせた。
蒼碧の視点が辿り着いた先には、一人の人間が仰向けになって倒れていた。

ジン=シロガネは自分の目の前に剣の切先を向けている陽亮を下から睨んだ。
しかしジン=シロガネは全身に激痛を憶え、瞼をゆっくりと閉じた。
そして、あまりの痛さにジン=シロガネは目を閉じたまま苦笑した。

陽亮は、極度に荒くなっている息を出来るだけ自重した。
右手だけで握り締めている剣の切先の向きをジン=シロガネに固定したまま、(まばた)きをした。
一時の間を置き、瓦礫に横たわる血まみれのジン=シロガネに向かって言葉を発した。

「・・・身体が自力で動かなければ、他の力で動かせばいい」
「・・・雷撃が効かなければ、別の攻撃に換えればいい」
「・・・武器がなければ、作ればいい」
「俺は・・・負けない!!」

陽亮はその直後、立ち(くら)みに襲われた。
不意に、陽亮は身体が浮いた錯覚に見舞われた。
実際には浮いたわけではなく、陽亮の身体が後方へ倒れだしていた。
陽亮は(おぼろ)げな意識のまま、身体を成すがままにした。

「陽亮っ!」
蒼碧が、陽亮のもとへ駆け寄り、倒れかかっている陽亮の身体を受け止めた。
既に雫が蒼碧の目から溢れ出していた。
「あ・・・あお・・い・・・」
顔を覗き込む蒼碧の呼びかけに、陽亮が(うつ)ろな表情で応えた。
「ぐすっ・・・何がなんだかわかんないけど・・・陽亮が生きてて良かった・・・!」
そして、蒼碧は陽亮を抱きしめたまま号泣した。

「・・・くっく」
その様子を目の当たりにしたジン=シロガネは、横たわったまま笑い声を発した。
そしてジン=シロガネは上体を起こし、ゆっくりとよろけながら立ち上がった。
「・・・!!」
陽亮の表情に緊張が走った。
「この人・・・誰・・・?」
蒼碧が陽亮に訊いた。
「・・・俺の眠りを邪魔する悪い奴」
陽亮は緊張した面持ちのまま、自分を包み込んでいる蒼碧の腕を優しく振り(ほど)き、再び立ち上がった。
そして、陽亮は右手に握っていた剣を再び構え、ジン=シロガネを鋭い目つきで睨み付けた。

「大した精神力だ。・・・そう構えるな、もう貴様を攻撃する気は失せている」
ジン=シロガネにそう言われた陽亮は肩の力が一気に抜け、
「へ?」
と頼りない声を出してしまった。
「もう、俺にも体力が残っていない。・・・ここは退()く。・・・だが、これで終わったと思うな。再び貴様の元へ『能力』を奪いに来る。覚悟しておく事だな」

ジン=シロガネはそう言うと、身を翻して先刻の衝撃で割れてしまった窓の方を向いた。
そしてジン=シロガネは瓦礫を踏みつけ、窓の前まで歩みを進めた。
陽亮と蒼碧はその様子を茫然(ぼうぜん)と見守っていた。

ジン=シロガネは呆気(あっけ)に取られている二人を横目で振り返り、
「次は殺す」
と静かに宣言し、直後に窓から外に飛び降りた。

そして二人は、着地する音と走り去る足音を聞いた。


こうして陽亮が遭遇(そうぐう)した『最初の』危機は、去った。




- EPISODE 1, finis.
- A story leads to EPISODE 2...


- - - How is EXTRA(つ づ き ?)?


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