前田の算数

前 田 の 算 数  実 践 事 例
4年「面積」
伝説の教科書「緑表紙」を扱った実践事例
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1 伝説の教科書「緑表紙」とは…

 とある縁で、伝説の教科書と言われた「緑表紙」の企画にたずさわった。
 「緑表紙」とは、昭和10年より使用された戦前の教科書『尋常小学算術』のことである。表紙が緑色だったことから『緑表紙』と呼ばれている。当時の編集責任者であった塩野直道氏の「数理思想」の考えが反映された画期的な内容で、当時、海外の先進諸国からも高い評価を得ていたそうである。

2 緑表紙の教科書の特徴

 「緑表紙」には「色々ナ問題」というコーナーがある。
 そこには、既習事項を総動員して立ち向かわなくては解決できないような、複雑な難問が登場する。現在でいえば、「全国学力調査・B問題」のような、活用する力が問われる問題になっている。
 本実践では、単元の学習を終えた後の発展として、「緑表紙」の「色々ナ問題」を取り扱うことを提案する。そうすることで、単元で身につけた基礎・基本を活用する力を身につける。
 取り上げた問題は、「必要な情報を取り出して解決していく能力」が問われるものである。まさに、「活用する力」への課題が議論されている現代にぴったりの問題である。

 
   

3 必要な情報を取り出して解決する力を伸ばす

 複雑な問題に立ち向かうには、まず、「①問題場面をしっかりイメージすること」が大切である。
 問題場面がイメージできたら、問題解決を図るわけだが、そこでは、「②使える既習に気づくこと」が大切であり、さらに、それらの中から、「③必要な情報を見極めること」が必要になる。
 本実践では、この3つを大切して、授業を行った。


『尋常小学算術』
昭和10年より使用
通称「緑表紙」

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4 授業の実際



<問題>

 甲と乙とは、右の図のような隣り合った土地を持っている。
 面積を変えないで、各々の土地を長方形にするには、境をどう直せばよいか。

(「緑表紙」色々ナ問題より)


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① 問題場面をイメージさせる
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 複雑な問題である。まずは、問題場面をしっかりとイメージすることが大切である。
 ここでは、課題提示を物語風に演出することで、イメージをもたせようと試みた。

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「甲さんと乙さんという人がいます。2人は土地を持っているんだけど…」
と言いながら、図を提示した。



 図を見た子供たちは、「でこぼこだ。」「使いづらそう」などとつぶやく。
「だったら、こんなふうに分けてみようか」と下図のように土地を分けてみせた。



 子供たちからは、「駄目だよ」「ずるーい」という声があがった。理由を聞くと、
「それじゃあ、甲さんの土地が、前より狭くなってしまう」というのである。
 「だったら…」と、境目の位置をいろいろと変えてみせた。

  教師:「だったら、ここら辺ならどう?」
  子供:「駄目。乙さんの土地が、前より狭くなってしまう。」
  教師:「それじゃあ、ここら辺?」
  子供:「うーん、もうちょっと左かな…」
  子供:「いや、もうちょっと右かも…」

 

 そんなやりとりを楽しんだ後、
「だったら、自分が“大体ここで分ければいい”思う所に線を引いてごらん」
と指示を出した。
 複雑な問題に立ち向かうには、図を使いこなせことが大切である。この問題の場合、「補助線」ひくことで、問題解決へのイメージが作られる。

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 
このように、物語風に演出したり、補助線をひかせたりと、少しずつ問題場面のイメージを作り上げていくことで、子供たちに解決への見通しをもたせた。

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② 使える既習に気づかせる
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 ここで、問題を音読し、自力解決を図る時間を設けた。
 難問に挑戦意欲を掻き立てられ、夢中で考え出す子供たち。しかし、その一方でなかなか動き出せない子もいる。
何から手をつければいいか分からずに悩んでいる子には
「分かるところから埋めていけばいいんですよ。」
とアドバイスした。そして、
「埋めていくうちに、解決への糸口が見えてきますよ。」
と励ました。
 最初は動き出せなかった子供たちも、「ここの長さなら分かる」「甲と乙の面積なら分かる」と、使える既習は何なのか、試行錯誤を始めていった。

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 こうして、しばらく自力解決の時間をとったのだが、多くの子供たちは、なかなか答えに辿り着かず、苦戦を強いられている様子であった。
 そこで、いったん、分かったところまでを発表し合う場を設けた。どこまでが既習で解決でき、これから何を考えていくべきなのか、子供たちの考えを整理するためである。
 「甲と乙の面積なら分かったよ。」という子を指名して、式を言ってもらった。
 


 50×30+10×40=1900 …甲

 40×50+10×10=2100 …乙


 甲や乙のような複合図形の面積の求め方は、これまでに学習してきている既習事項である。
「50×30は、図でいうとどこ?」「10×40は図で言うとどこ?」などと、全員に図を指で押さえさせながら、丁寧に確認していった。

 そうして、全員が甲と乙の面積を理解できたところで、
「つまり、1900mと2100mの長方形に分ければいいのですね。
 さて、どこで分ければいいのでしょうか。」
と問題を整理し直し、もう一度、自力解決の時間を設けた。

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 解決への見通しをもてない自力解決の時間は、子供にとって苦痛な時間の浪費である。ここでは、どんな既習が使えるのかを考えさせ、さらに、それらの既習を整理することで、考えるべきことを明確したのである。


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③ 必要な情報を見極めさせる
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 徐々に、答えにたどり着いた子が増えていった。
「分かった」「できた」という嬉しそうな声が、あちこちであがる。

 しかし、ここでは、あえて答えを発表させない。
そのかわり、分かった子には、「何に着目したのか」解決へのヒントを発表させた。
そうすることで、まだ解けていない子に、答えを導くための着眼点を与えてやりたいと思ったのである。
 ある子が「縦は50m」というヒントを出した。
それに続いて「面積と縦の長さが分かるから、公式を使える」と他の子がヒントを出す。
これらのヒントで、答えをひらめいた子がいっぱい出てきた。


 この問題は、一見複雑そうな問題である。しかし、必要な情報だけを取り出してやると、実に簡単な問題になる。
『面積が190mの長方形があります。縦が50mの時、横の長さは何mですか』
という問題と同じことなのである。

 式は「1900÷50=38」「2100÷50=42」
 答えは「左から38m、右から42mの所を境にする」
 こうして、答えが導き出せた。

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 しかし、授業はここで終わりではない。
答えを導き出したことに満足せずに、よりよい方法を求めて追求を続ける子供を育てていきたい。
この問題においては、複雑な中から本当に必要な情報を見極めていくことが大切である。
 そこで、「もっと簡単にできないかな」「どこかに無駄はないかな」と子供たちに投げかけ、もう1度、式を見直させた。

◇   ◇   ◇   ◇   ◇
 式をじっくりと眺めていたある子が、
「甲と乙、両方の面積を求めなくてもいいんじゃない。」と手を挙げた。
「甲の横の長さが分かれば乙の長さが決まるし、乙が分かれば甲が決まる。甲と乙、どちからだけの面積や横の長さを求めればいい」と言うのである。

 50×30+10×40=1900 …(甲の面積)
 40×50+10×10=2100 …(乙の面積
 1900÷50=38 …(甲の横の長さ)
 2100÷50=42 …(乙の横の長さ) 

答え: 左から38mを境にする


これなら式が半分ですむ。
みんなも、「なるほど」といった表情であった。

 しかし、教師としては、このくらいで満足させたくはない。
さらに、子供たちを揺さぶろうと、次のように言った。

「先生は、甲と乙、どちらの面積も求めませんでしたよ。」

 私の言葉に、子供たちは「???」と、きょとんとした顔になった。
 そこで、「こういう式をたてたんです」と、次のようなに板書してみせた。


 10×40÷50=8

「どういう意味だろう」と、じっくりと式を見つめて黙り込む子供たち。
 そのうちに、「あ、そっか」「なるほど」という声が少しずつ聞こえだした。
 分かりやすく、2つの式に直すと、次のようになる。


  

つまり、飛び出た部分を等積変形したのである。

「複雑な問題に立ち向かう時に大切なのは、必要な情報を取り出して、できるだけシンプルに考えることですよ。」
そう言って、授業をまとめた。

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