既に様々な報道でもなされている通り、有料での音楽配信モデルを模索していたNapster社が完全に消滅しようとしとしている。(1)かつては、6000万人〜8000万人もの会員を集めた、P2P業界のパイオニアもレコード業界を相手にした裁判にはついに勝てなかったということだろう。Napsterの消滅自体は、Napsterがかなり前からサービスを停止していたことや、代替ソフトが数多く存在することもあり、エンドユーザーに与える影響は少ないが、今後のP2P業界に与える影響は大きいだろう。 特に大きな影響を受けるだろうと考えられるのが、Napsterと同様のファイルシェアリングサービスを提供している業者だ。Napsterが停止してから、Morpheus、KaZaAなどの人気が上がり(2)Napsterが停止したのにも変わらず、ファイルシェアリング用のサイトが1年で5倍近く上昇している。(3) しかし、これらのサイトもNapsterと同様に常にRIAAなどの「コンテンツの正当な保有者」との戦いが待っている。以前からNapsterを始めとしたファイルシェアリング業者は、これらの「コンテンツの正当な保有者」と戦ってきたが、いずれも裁判に負けている。 例えば、比較的早くP2Pサービスを開始したScour社は、米映画協会(MPAA)や米レコード協会(RIAA)から著作権侵害に当たるとして提訴され、破産宣告されているし(4)、KaZaAやMorpheusなども訴えられている。(5)今までのP2P企業の例を見るまでもなく、これらの企業はRIAAなどと苦しい戦いを続けなければならない。
さらに、ファイルシェアリングサービス業者にとって厄介なのは、「ファイルシェアリング業者」だけでなくファイルシェアリングを行っている個人ユーザーを特定し提訴を行う用意をしていることだ(5)。これらのファイルシェアリングソフトを使っているユーザーの全てが訴えられるということはないだろうが、いつ自分がRIAAから訴えられるかを考えれば、一般のユーザーが今までのように気軽にデータの共有を行うのは心理的に厳くなり、ユーザーが減少していく可能性もある。
しかし、RIAAを始めとする音楽業界がP2P企業を裁判で潰しているからといって、これらのサービスがただの一過性のブームで終わってしまうことはない。 NapsterのようなP2Pサービスは、これからのレコード業界が始めようとしている音楽ビジネスに様々な影響を与えた。まずは、Napsterなどのファイルシェアリング業者がオンライン上で音楽を聞くユーザーが大勢いることを証明したことだ。無料とはいえP2P企業が数千万のユーザーを集めるたことは、「オンライン上の音楽配信はまだ先」と考えていたレコード業界を慌てさせた。そのことは 、Napsterがメディアに注目され始めた2000年頃からから、RealNetworksやAOL TIMe Warner(旧TIMe Warner)の幹部が、自分たちのレコード業界がNapsterなどのP2P企業に対してスピードが遅いと警告をする場面からも見て取れる。(7)
彼らは、裁判でNapster等のファイルシェアリング企業を押さえつける一方で、遅れを取り戻そうとした。 遅れを取り戻すため、巨大レコード業界同士が手を結んだ。AOL Time Warner、Bertelsmann、EMI GroupはRealNetworksと共同で会員制の音楽配信を行うための合弁会社「MusicNet」を設立しているし、Sony Music Entertainment と UniversalはMSNやYahoo!と提携し「pressplay」という音楽配信サービスを共同で運営している。両者ともオンライン上のポータルサイトや、メディアプレーヤーからユーザーを音楽サービスに誘導させる予定だ(8)。
レコード業界のオンラインサービスの取り組みはまだ始まったばかりであり、有料で定期用されるこのようなサービスが受け入れられるかどうかはまだわからないが、既に有料でコンテンツ配信を行い、ある程度成功している企業もある。RealNetworksの有料コンテンツ配信サービス「RealOne SuperPass」は既に60万人ものユーザーを獲得している(9)。このことを考えると、ユーザーが有料音楽サービスを利用することは十分考えられる。
また、レコード業界の中には、P2P技術の採用をはじめるところも登場してきた。例えば、前述した「MusicNet」は、技術プラットフォームにP2P技術を利用し、ファイル共有機能を組み込んでいる(10)。もちろん、Napsterのような自由にファイルシェアリングを行うものではなく会員間のやり取りに限定されるが、大手レコードレベールが共同で敵対していた陣営の技術を採用したことは興味深い。確かに、課金の問題さえ解決すれば、データをユーザー間でやりとりすれば、ネットワーク帯域幅に対して大きな削減となる。コスト削減という意味でもP2P方式は大きく役立つ。セキュリテイ面で課題は残るかもしれないが、今後もP2P方式でコンテンツを配信する動きは加速するだろう。
一方のP2P方式でファイルシェアリングを提供している会社は、これまでのように頑なにレコード業界に抵抗するのではなく、レコード業界に歩み寄ってきている。例えば、人気が高いP2PアプリケーションMorpheusを提供する、StreamCast社は、Morpheusにコンテンツ所有者が試用できる期間や無料で視聴できる回数を指定するなどのコンテンツ利用に関する規則を設定できる著作権管理ソリューション「CintoA」や、Morpheus上から少額決済を可能とする「Morpheus Commerce Platform」をリリースしている(11)。また、破産したScourを買収したCenterSpan Communications社は、米Sony Music Entertainment社と提携しアーティストのプロモーションにCenterSpan Communications社の技術を利用している(12)。このようなP2P企業の動きは、前述した通りNapsterを始めとした主立ったP2P企業が次々と裁判で訴えられたからだ。大手メデイア企業Bertelsmannと提携したNapsterでさえ裁判の嵐に巻きこまれ姿を消そうとしている(13)。本格的に、レコード業界と戦いを始めれば彼らと同じ運命になることは間違いがない。自分達をできるだけ合法サービスに近づかせる努力はしておく必要があると考えたのだろう。
このようにNapsterの登場は、旧来のレコード業界にショックを与える一方で、彼らのオンラインに取り組みを早めさせた。Napsterのコンテンツ流通は、限りなく違法に近かったかもしれないが、一般のユーザーがオンラインで音楽配信を利用することを証明した。そして、Napsterの登場によって目覚めたレコード業界は、オンライン上の音楽配信サービスの整備を進める一方で、邪魔の存在となりつつある、無料のP2P型ファイルシェアリングサービスを裁判などの方法で潰していくか、(14)自分の陣営に取り込んでいくだろう。しばらくは、P2Pファイル型のサービスは残るかもしれないが、徐々にレコード業界のオンラインサービスに駆逐・もしくは吸収されていくだろう(15)。
しかしレコード業界が立ち上げる音楽サービスが、成功するにはまだいくつかの問題が残っている。次回は、オンラインでの音楽配信サービスが直面するだろう問題点を指摘し、今後の音楽業界について考察してみようと思う。
なお、P2Pと音楽業界については以前にも「昨日の敵は今日の友」というタイトルで書いている。もしご興味があるのなら、そちらもご覧いただきたい。 (1)Napsterが完全に消える(ZDNN) (2)もうすぐ“元祖”を超える? 第2世代のNapsterクローン(ZDNN) (3)ファイル交換サイトの数が1年で535%増加(ZDNN) (4)マルチメディアファイル交換サービスの米Scourが破産申請(impress) (5)新世代のNapsterクローンにも法の刃が(ZDNN) (6)RIAA、ファイル交換を行なっている個人を特定して提訴か(ZDNN)
(7)Napsterは「悪魔」とTime
Warner社長――だが業界に警告も(ZDNN) (8)Windows Media Player、次世代版はWebサービスをバンドル(ZDNN) (9)米RealNetworks、有料会員制サービス「RealOne
SuperPass」を欧州で提供(impress) (10)レーベル主導の音楽ファイル交換サービス,合法でも搾取?(ZDNN) (11)『Morpheus』がコピー防止機能を導入 (CNET Japan) (12)米Sony、復活したP2Pサービスでプロモーション(ZDNN) (13)NapsterはBertelsmannが900万ドルで買収することで合意していたが、米連邦裁判所はこれを却下した。これにより、Napsterは完全に消滅するかと思われたが、現在はポルノサイトほか十数社が入札している。 (14)前述した通り、RIAAを始めとするレコード業界は主に「裁判」で、P2P業者を潰してきたが、最近では著作権保有者がP2Pネットワークへの侵入を許可する法案を米下院議員のHoward
L. Berman氏とLamar Smith氏が提出している。 (15)米調査会社Yankee Groupは、2005年を境に違法音楽ファイルの数は減少するという報告を発表している。 |