今日は満月で。 酷く月明かりの眩しい夜だった。 巨深高校のアメフト部は、今日から合宿に入った。 運動部の合宿や宿泊訓練の時などの時にだけ使用されるこの施設には、当然といって空調などついていなくて。 少しでも涼を取るために、窓は全開。 野郎だけの部屋では、カーテンなど触られた形跡すらない。 割り当てられた五人部屋の、その窓際。 そこで。 筧は青白く月に照らされながら、寝顔を晒している。 それを、水町は。 じっとまんじりともせずに食い入るようにして間近で見てる。 自分の方へと横を向いて眠る筧の顔は、普段よりもずっと幼いみたいだ。 あの、鋭い目が閉じらているからに違いない。 ぐっすりと寝入っているのか、ぴくりとも動かず。 けれどずっと見ているのに、ちっとも飽きない。 自分の後ろから、他の部員のイビキやなんやらが聞こえる。 皆、今日の練習の疲れもあって、熟睡しているのだろう。 時折唸り声みたいなのも聞こえるけれど、起きて来る気配は一切しなかった。 自分も、明日もハードであろう練習に備えて眠るべきなのだ。 けれど、水町の目は冴えるばかりで。 朝までだって、このまま筧の寝顔を眺めていられるような、そんな気さえしてる。 「もー俺、くったくた〜!もう早くねよーぜー」 そう言って。 消灯時間になったすぐに横になったというのに。 そして。 「筧はそこな。俺こっち。」 一番部屋の奥。 窓際に筧の手を引っ張って、背を押しやって強引に場所を決め付けた。 それにちょっと怒った顔になったけれど、他の者から不満が出なかったので。 筧は「仕方ないな」というふうに肩を竦めて、そこに腰を落ち着けた。 水町は静かに上体を起こすと、ゆっくりとずり寄って。 筧の鼻先、ほんのすぐ近くに頭を下ろした。 もう、視界には筧の顔しか映らない。 寝息だって、微かに当たって擽ったくさせる。 こんなに近くにいるのに。 何にも知らないで眠る筧。 きっと。 知りもしない。 なんで自分が、筧をこの窓際の布団に押しやったのかなんて。 知らなくていい、と思う。 けど。 少しくらいは、どうして、とか考えてくれったていいのに。 どうせまた、たんなるワガママくらいにしか思われてないに違いない。 そうじゃないのに。 そっと水町は手を動かして。 筧の頬に触れる。 外気はまだ暑くて、体温だって高い筈なのに。 どうしてか冷たく思う。 指先をするりと滑らせる。 けれど、やっぱり筧は身動きひとつしなかった。 「…ちぇ」 こんなに近くにいるのに。 見詰めて、触れて、いるのに。 やっぱり筧は何にも知らずに眠ったままだ。 「かけい…」 鼻の頭をくっつけて。 小さく小さく囁く。 呟くその動きに、ほんの微かに唇が触れる。 このままもっとくっつけて。 舌も入れて。 息すらも奪うようなキスをしてしまえと、もう一人の自分が荒まいていた。 けれども。 唇はそれ以上触れることはなく。 水町はそっと離れると、ごろりと反対側に向き直る。 そして胸を押さえて小さく呻いた。 キスくらい、何度もしたことはある。 相手は向こうからいくらでも来てくれたし、こっちが誘っても断られた事なんてない。 キスだって、それ以上だって。 してあげればオンナノコは喜んだし、もっとと強請られることだってあった。 まあ、時にはいきなりキスして怒ったり泣き出したりする子もいたけど。 でも、それでよかった。 別に嫌われるならそれでもよかったし、代わりはいくらだっていると思ってたから。 なのに。 なのに、筧にだけは。 キスするのは多分、簡単だ。 けど、その後を考えるのがコワイ。 『嫌われたらどうしよう』 とか、考える自分もまたうすらコワイ。 水町は起き上がって座った。 そしてまた隣に視線を戻す。 月明かりに肌を青白く光らせて。 何も知らずにやっぱりぐうぐう筧は寝てる。 その顔に水町は手を伸ばした。 が。 触れるか触れないか、の間際に手を止める。 「……」 きれいなきれいな寝顔。 乱暴に触れたら壊れてしまいそうな。 そう思って、ふと頭に映像が浮かぶ。 そして思う。 そうか。 まるで、アレみたいなんだな。 水面に映る月。 青白く綺麗に輝いてる。 ずっと飽きることなく見てたくて。 なんとかして、触れたい、手に入れたいと思うのだ。 けれど。 そう思って触れればたちまち散り散りに光は砕けてしまう。 決して手には入らない。 確かにそこにあって、こんなに近くででも見てられるのに。 手を引っ込めて、水町は立ち上がった。 枕元のバッグからスポーツタオルを掴み出してそのまま部屋を出る。 そうして、迷いなく歩き始める。 廊下にも月明かりは惜しみなく入りこんでおり、照明などなくても目的の場所へと行けることが知れる。 水町は、その青白い。 ともすれば海の底にも思えるような、空間を。 ただまっすぐと歩いて行った。 |
2004.11.24