悪魔が来たりて笛を吹く。3


ヒックスが人目を引いてくれたお陰か、はたまた二人の頑張りのお陰か、鬼達の数が大分減った様な気がする。
しかしそれでも鬼の中にいる108星の連中は、流石にしぶとく追って来る。
今もミリ−とボナパルトに追われている真っ最中だ。
洗濯場からレストランの方へ。それから城の中央に行く途中の廊下で。
「フリック!ここに隠れろっ!」
「えっ?!おいっ?」
急に腕を引かれて、フリックはビクトールに何処か扉の中に押し込まれた。
暗くて狭い。扉の外からの光でかろうじて、木箱が積み上げられているのや、その脇には何やらガラクタが無造作に置かれているのが見えた。どうやら物置のようだ。
そう認識したフリックの背中をビクトールがぎゅうぎゅう押して、後ろの殆ど空いてないスペースに無理矢理体を捻じ込んで来た。後ろ手に中から扉を閉めてビクトールは一息ついた。
「ここでじっとしてりゃあ、ちっとは時間稼ぎにはなるだろ。」
「おい?!じっとって、凄く狭いぞ、ここ。お前は何処か別のトコ行けよ!」
「そんな冷てぇ事言うなよ。それに今出ていったら、見付かっちまうだろ。」
「・・・ったく。もっと他になかったのかよ・・・」
ぼやくフリックをまぁあぁとビクトールが宥めた。
しかしビクトールもまた、選択を誤ったかと少し思った。
確かにここは暗くて狭い。その上、後ろから覆い被さる様にフリックに密着した状態なのだ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・おい・・・」
「・・・ははは・・・」
「何が可笑しい?!」
「いや〜何つーか、こう暗いトコで引っ付いているとだなぁ〜」
「そんな事はどうでもいいから、それを何とかしろっ!」
怒りを含んだ声がフリックから発せられる。それもその筈。ビクトールの股間で固くなったモノが、フリックの腰に押し付けられて、嫌という程自己主張しているのだ。
しかしこの状況でどうにかしろと言われても。
「じゃあ、協力してくれるか?」
「何だ?!協力って・・・?!」
どうにかしろ。と言われればやる事はひとつしかない。
言うが早いがビクトールは前に手を伸ばすと、フリックのズボンを緩めて下着の中に手を差し入れた。
「・・・っ?!ばっ、馬鹿?!何処触って・・・っ!!」
「まぁまぁまぁ・・・」
手を引き出そうとフリックがビクトールの腕を掴んだが、お構いなく手の動きを早くする。フリックが狭くて碌に身動き出来ないのを良い事に、ビクトールはもう片方の手をシャツに滑り込ませた。この体勢では、抵抗しようにもフリックにはどうする事も出来なかった。
「嫌だっ・・・!こんな所でっ・・・」
「じっとしてないと、見付かるっつってんだろ?」
こんな状態で見付かってもいいのか?と。それでも暴れてもがくフリックに、ビクトールが脅しともとれる言葉を掛ける。
「俺は別にいいけど、お前は嫌なんじゃねぇのか?」
「くそっ・・・後で、憶えとけよ・・・っ!」
追い討ちを掛けるビクトールに、フリックは悪態を吐くと観念した様に力を抜いた。
その様子に満足そうに目を細めると、ビクトールは目の前に晒された項に唇を落とした。フリックの肩がびくりと揺れる。

後はもう、言葉もなく荒い息使いだけが空間を満たしていた。





「あっちぃ〜〜〜!」
事を終え、息も整ったビクトールは額に流れる汗を拭いながら、背で扉を押しやってその物置から外へ出た。
そして―――そのまま固まってしまう。
「?どうした?何か・・・?」
慌てて身繕いして続いたフリックもまた、その場で固まってしまった。

彼等二人のいる所から半径1メートルくらいの半円状に空間がぽっかりと空いている。
そして、その半円の向こうには数え切れない人・人・人・・・
そこにいる男も女も皆一様に赤い顔をして、目が血走っている。中には鼻血が出てる者や股間を押えて蹲っている者も。
これはまさしく疑い様もなく。
ここにいる連中は聞き耳を立てて、事の始終をここで見守って(?)いたのだろう。
フリックは先程の行為で、自分がつい我を忘れて少々(でもないが)声を出していたかも知れない事を思い出した。
つまり、それを全部聞かれていた事になる・・・

呆然としていたが危険な何かを感じ取ったビクトールが、びくりとして後ろを振り返ってみると、フリックの顔色が真赤から青になって、とうとう真っ白になる様が丁度窺えた。その体の所々からは帯電しきれなかった電気がぱりぱりと音を立てている。
「う・・・」
「おい・・・フリック・・・」
流石にまずいと感じたビクトールが、フリックに手を差し出したその時。
「うわぁあああーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!!!」
フリックの叫び声と共に雷が数本落ちてきた。綺麗に半円状に轟音と共にフリックの周りに落ちた雷は、ギャラリーを傷付ける事はなかったが、その凄まじさに悲鳴をあげながら前列の人々は平伏し、後列の人は忽ち逃げ出した。
その瞬く間にフリックは姿を消している。
ビクトールといえば、確実に狙って落ちて来た雷に打たれて、良い感じに焦げて転がっていた。





攻撃は最大の防御である。
それを今、まさに実証中のフリックである。
彼の半径3メートルに入ろうものなら、たちまち落雷が襲って来るのだ。
数に物を言わせて複数で飛び掛かっても結果は同じで、雷は数本同時に落ちてくる。
たまたま幸運にもそれを免れた者がいたとしても、フリック自身に速攻殴り飛ばされ、一撃でノックアウトだ。
そして落雷の被害は、近付く者だけに留まらなかった。物置での一件の話をしている者にもまた、天の裁きだとばかりに雷が降って来る。

フリックは、羞恥やら怒りやらその他諸々の感情で今直ぐこの城を飛び出して、誰もいない所に行ってしまいたかった。が、まだゲームの途中なのでそれも出来ないと唇を噛んだ。何処までも律儀で真面目な男である。

しかしそうこうしている間にもう夕暮れ近くになっていた。このまま道場に行けば、時間的に5時に丁度いいかも知れない。
そう思って、重い足を引き摺りながら(雷も落としながら)、フリックは道場への道を歩いて行った。その後を未練がましく遠巻きに続く鬼の連中を引き連れながら。





フリックが道場に着いて直ぐ後に、ビクトールもまたそこに辿り着いた。
道場にある時計を見遣ると、5時を迎えたところだった。漸くこのゲームとやらに解放される。そう思った二人共の肩の力が抜ける。
「あ!フリックさ〜〜〜ん!!こっち、こっちぃ!」
ナナミの元気な声が壇上から響いてきた。フリックの方に手をぶんぶん振って手招きしている。
道場内はこのゲームの行く末を見ようと、観客席は満員だった。最初鬼が居た場所も観客席として使われているようだ。その間をフリックが疲れを隠しきれずによろよろと歩いて行く。
「良く頑張ったな。フリック。」
舞台の端に辿り着いた時、フリックの目の前に手が差し伸べられた。
セイがにっこり笑って階段の手前から手を差し出している。
壇上に上がるのに、手を貸してくれたのかと、フリックがその手を取った瞬間。
ぐっと引き寄せられて、セイの唇がフリックのそれと重なった。
「?!!!!」
何が起こったか解らないフリックの後ろから、わぁーー!と湧く歓声と、どたどたと走る足音が響いてきた。
戸口から顛末を見ていたビクトールが猛然と走って来たのだ。
「てめぇ!!どーゆーつもりだぁあああ?!!」
セイの胸倉を掴み上げ、所々焦げて香ばしい匂いのビクトールが喰って掛かった。
「何って、俺も鬼なんだけど?」
悪びれなくそう言って腕を差し出すセイを良く見れば、確かにそこに赤い腕章がはめられている。しかし。
「もうゲームは終わったんじゃないのか?!」
と、そこでどぉ〜〜んと鈍いドラの音が鳴り響いた。
「は〜〜い!ではこのゲームの優勝者はセイ・マクドールさんでした〜!」
歓声と拍手とブーイングの巻き起こる観客は暫くそのままに、ヤマトが歩み寄って来た。
「あのドラが鳴ったら終了って、言いましたよね?」
ヤマトが二人に告げるのを、セイが横目で含み笑いを持って眺めていた。
それを目敏くビクトールが察する。
「や、やっぱりてめぇ、騙しやがったなっ?!」
「だから、人聞きの悪い事言うなって。大体油断したお前等が悪いんだろ?」
「お前、俺の味方だって、言ったじゃないかっ!!」
「勿論、俺はフリックの味方だけど。それ以上に自分の欲望には忠実なんだ。」
可愛らしく爽やかに笑うその笑顔は、人々を魅了するものだが、今の二人には悪魔のそれとしか見えない。
「でもセイさんずるいよ〜!フリックさんにキスするの、僕の役だったのにぃ!!」
「ははっ、お前だって、油断大敵だぞ。ヤマト。」
「?!」
ヤマトがぷぅと頬を膨らませながら、セイをちょっと恨めしそうに睨んだ。
ここにも、可愛い顔をした悪魔が一人・・・
「まぁまぁ、いいじゃないの!どっちにしろ『マンガンゼンセキ』は私達のモノなんだし!!」
何時の間にか後ろに来ていたナナミがこれまた無邪気な笑顔でヤマトの肩を叩いた。
まだここにも(以下略)。
「それではこれにて鬼ごっこ大会は終了でーす!皆さーん、速やかに退場して下さいね〜!!」
閉会宣言をしてヤマトは大きく伸びをした。お疲れ様〜と舞台の上で声が交わされる。
そうしてもうこの場には用がないとばかりに、ヤマト達一行はさっさと舞台を後にしたのだった。

そして真っ白に燃え尽きて取り残される腐れ縁二人。
「・・・疲れたな・・・」
「ああ・・・」
「酒でも、呑みにいくか?」
「ああ・・・本当にツケ払ってくれてるんだろうな・・・」
「そこまで騙されてたら、俺は暴れるぞ。」
「ああ。俺も止めねぇよ・・・」
道場から、他の皆がいなくなって初めて、二人は重い腰をあげたのだった。





「う〜ん。美味しい〜〜♪」
ここはレストランのテーブル席。テーブルの上には所狭しと豪華な中華料理が並びたてられている。
同席してるのは、ヤマト、セイ、グレミオ、そして何故か軍師のシュウである。
「ホント美味いな。これなんか特に・・・」
「じゃあ、後でシェフにレシピを訊いておきますね。」
セイが海老のチリソースを頬張りながら言うのに、すかさずグレミオが応えた。
相変わらずの過保護ぶりを発揮している。
それを見たナナミが保護欲を擽られて、自分もと張り切って声を上げた。
「あ、じゃ私も訊こうかなぁ?ヤマトは何か気に入ったのある?」
「い、いいよ、別に・・・!」
「そう?遠慮しなくていいのに〜」
両手をぶんぶん振って、余計な気を遣わなくてもいいよヤマトが青ざめた。
ナナミの好意は大変嬉しいが、その好意で死に掛けるのは御免被りたい。
「それにしても、流石セイさんだよね。こんなに上手くいくなんてさ。」
「まぁ、これもあの二人のお陰なんだけどね。」
あの二人とは、言うまでもなくビクトールとフリックである。
それにしても今回は自分が立てた計画とはいえ、役得だった。
柔らかいフリックの唇の感触を思い出して、セイはひっそりと笑う。
「あの二人は色々使い道があって、重宝してたんだ。俺も。」
「あ、解る解る〜!」
108星を束ねるリーダー同士、ふふふと顔を見合わせて笑った。
姉のナナミと超絶保護者のグレミオもまた、そんな彼等を見て微笑んだ。
一見和やかな光景の裏側(特にWリーダー)を知る軍師一人だけは、内心やれやれと溜息を吐いていたのだが。勿論、そんな事は顔にはださないで。
「でね、今回随分儲かった事だし、また機会があればこーゆーイベントみたいなのしたいんだけど・・・いいよね?シュウさん。」
そう、儲けたのだ。かなり、相当。
安くない参加費だったが、皆(フリックのキス目当てに)争って申し込みをしてきた。
その上、シュウに画策して貰って、ダフ屋まがいの事をやったり、トトカルチョなども催して莫大な費用が軍に入って来たのである。
この賞品の『マンガンゼンセキ』など、何人分になる事だろうか。
「戦況にもよりますが・・・娯楽も時として必要でしょうから、まぁ、いいでしょう。」
財政難に苦しむ同盟軍としては、金儲けの話は大歓迎である。
しかし諸手を挙げて了承したとあれば調子に乗る事この上ない。
それが解っているので、シュウはワザと渋い顔で答えた。
「やった!今度は何にしようかなぁ〜?」
軍師のお許しも出たとあって、ヤマトはうきうきと目を輝かせた。
色とりどりの料理に箸をつけながら、あれこれと考える。
勿論、そのどれにもには、ビクトールとフリックの両名が深く関っているのであった。





そしてそのころの二人は。
「・・・くそっ!お前のせいで、俺はっ、俺はっっ!!」
「まぁ、そう落ち込むなよ。人の噂も75日って言うじゃねぇか。」
「75日も待ってられるかっ!!・・・もういいから、てめぇは早く酒買って来いっ!!!!」
更に焦げと炭の臭いが酷くなったビクトールを、フリックは蹴飛ばして部屋を追い出した。
あの後、酒場に繰り出した二人を迎えたのは、口笛と歓声だった。
物置での一件をセイとの遣り取りですっかり失念していたフリックは、改めて思い返して顔から火が出る思いをしたのだ。
その場でビクトールに雷を落とし、速攻部屋に舞い戻ってフリックは自分の不運を呪った。

一方、ビクトールはむしろほくそ笑んでいた。
経緯はどうあれ、自分とフリックの仲を見せ付けた事になるのだ。
冷やかされるのは御免だが、これでフリックに手を出そうとしている奴が減ればこの上ない。
セイの奴にキスされたのはムカツクが、野良犬に噛まれたとでも思っておこう。


自室でベッドに沈んで嘆いているフリックも、多少浮かれ気味のビクトールも、この先まだまだあの小悪魔達に良い様に利用される事を知る術はなかった。
合掌。


                      おわらせてください(T-T) 2001.11.25




 取り敢えず、ここまで読んで下さいまして、有難う御座います〜
しかし、無理はするもんじゃあ、ありません…リクを戴いた時に『ギャグっぽく〜』とあった様な気がしていたので、頑張ってみましたが〜!!
ヤマはないしオチもないし。ただ無駄に長い話となってしまいました。がくり。

 一応『フリックに群がる害虫駆除に奔走する熊』の方で書いてみましたが。
坊ちゃんとヤマトが何か大変な性格になってますが、その辺はよしなに〜そうじゃないとお話出来なかったのです〜(汗)

 ふりっキュ様、大変長らくお待たせして、こんなんですけど〜(泣)申し訳ないですが、この辺で勘弁してやって下さいまし。ホントすみません〜