冥い冥い夜の闇が、その羽根を広げて世界を包み込んでいる。 月だけがぽっかりとまるで穴を空けて切り取ってしまったかの様に、明るく青く冴え渡っていた。 その光をきらきらと全身に受けて、フリックはいつもの様に城の屋上で佇んでいた。 何をするとゆう訳でもなく、ただ、果てしなく続くかの様な黒い世界を見据え、夜の空気を悪い薬の如く吸う。 フリックには良く、眠れぬ夜が訪れる。 そんな夜は決まってここへ来て、こうしてただただ時間を喰い潰す。 眠れぬ訳には、幾つか心当りがあった。 しかしその原因を取り除く事など出来ず――― 目を逸らす事も、忘れる事も、解決する事も。 全て無駄なのだと放棄して、成す術無く項垂れる事しか出来ない。 こんな不甲斐ない自分を嫌悪しながらも、現況を打破する様な事は絶対に出来ないんだと、何より自分自身が知っている。 後戻りも、先に進む事も出来なくて・・・気付けばもう嵌ってしまって抜け出せない。 このままここで下へ下へと落ちていくのだろう。 たとえ、引き上げてくれる手がそこにあったとしても。 「今の俺を見たら、あいつはきっと叱り飛ばすんだろうな・・・」 不眠の原因のひとつである、今は居ない彼女を思って苦笑した。 愛していた。 心から。 自分の理想を絵に描いた様な、強くて、美しくて、優しくて、尊敬の出来る・・・ 自分の不在時に命を落として、逝ってしまったオデッサ。 許せなかった。 いや、今でも許せない。 彼女のそばを離れた自分。 強くあって彼女を守れなかった自分。 もっと優しく出来たであろう自分。 後悔は気が遠くなる程した。 悲しみも心が枯れ果てるまでした。 それでも、自分は生きていて・・・ 生きているから、また他の誰かを好きになってしまった。 そんな、自分がどうしても許せない。 想いが通じて幸せになれればいいと、想う自分が許せなかった。 そして、うまく行かない現実で、甘い誘惑に晒され負けてしまった自分も許せない。 眠れる訳など無いのだ。 生きていたいとも、思わないのだから。 ただただ、留まる事無く流れる時間に埋もれていく自分は、本当は立っているだけで精一杯で。 かろうじて今平静を保っていられるのは、無駄に大きいだけの自尊心があるからなのだ。 解ってはいる。 けれど、どうする事も出来ない。 いや、しないんだろう。 その自尊心が邪魔をして。 フリックは救われない気持ちで静かに首を振ると、自室へ戻る為にその場を後にした。 得体の知れない、夜の帳に棲む何かに蝕まれ過ぎない内に。 その後姿を蒼く冷たい月だけが、静かに見送っていた。 階段を降りるフリックの耳に、少し乱暴にドアが閉まる音がした。 こんな夜中にと気になって廊下へ出てみると、部屋を出たであろうカミューの姿が目に入った。 その後から、マイクロトフが追う様に部屋から飛び出して来る。 「待つんだ、カミュー!!」 夜半も過ぎているのに、大きな声を張り上げてマイクロトフはカミューの肩に手を掛けた。 「離せっ!お前とはもう終わりだと言ったはずだっ!!」 その手を払い除け、カミューは人前では決して見せない乱暴な言葉を吐いた。 フリックはまずい場面に出くわしたと、慌ててその場を離れようとしたが、運悪くカミューと目が合ってしまう。 「それと、私はこれからはこのフリックと付き合うからっ!」 「おっおい?!何だよそれっ・・・」 カミューは丁度都合良く現れたフリックの腕を取って、ぐいぐいと引っ張ると出て来た部屋の隣の扉を開いた。 そこが、カミューの自室である。 「カミューっっ!!」 追い縋るマイクロトフを振り切って、カミューは何が何だか解らないと狼狽するフリックを部屋に押し込めた。 「いいか?!もう私とお前はただの他人だからなっ!」 そう言ってカミューは扉を閉ざした。 その向こうから、マイクロトフが馬鹿みたいに扉を叩く。 しかし、カミューはしかっりと扉を押さえてやり過ごした。 「おーいっ!どうしたっ?!何があったんだ!!」 騒ぎを聞きつけたらしい誰かの呼び掛けが聞えてきた。 廊下の方が少し騒がしいので、他にも何人か駆けつけたらしい。 「すみません。個人的な事でちょっと。ご迷惑お掛けします。」 その人達に答えたのであろう、マイクロトフの声が扉の向こうでした。 律儀な言い様だが、声には有無を言わさぬ何かがあって、廊下に集まった面々は散り散りに帰っていく。 その人々が居なくなるのを確認して、マイクロトフは今度は静かに扉をノックした。 しかし、カミューは一向に返事はせず。 暫く経って、とうとう諦めたのか、廊下の方が静かになった。 ようやく力を緩め溜息をついたカミューは、憮然とした面持ちでベッドに腰掛けるフリックに微笑んで見せた。 「なぁ、俺を巻き込まないでくれよ・・・」 「聴いてませんでしたか?これから貴方は私と付き合うんですよ。」 「まさか。本気じゃ無いだろ?」 「さぁ、それはどうでしょうね。」 さっきまでの険悪な雰囲気はどこへやら、にっこりと笑ったカミューはいつもの顔をしている。 この優雅な雰囲気に騙されると痛い目に合うのは承知の事である。 見目麗しい姿からは想像が付かない程、この男の性格はかなりなもので。 我が侭、陰険、高慢、狡猾。 勿論その顔を見せるのは、決まった相手に限られるのだが。 マイクロトフはよく付き合ってられるなと、いつもフリックは思っていた。 尤も、人の事を言えた義理じゃ無いのだが。 「今までも・・・付き合ってると、言え無くも無いんですがね。」 ふわりと笑ってカミューはフリックに、そっと口付けた。 フリックとカミューが関係を持って、幾許かになる。 最初に誘ったのはカミューだが、フリックはそれにいとも簡単に乗って来た。 それが意外だったとは、カミューの後の弁である。 「いいのか?放っといて・・・」 「いいですよ。今は貴方としたいんです。」 激しくなる口付けに、フリックが少し心配そうに尋ねた。 それにさらりと答えたカミューは、フリックを押し倒して服に手を忍ばせる。 唇と掌の感触に、体を震わせながらフリックは頭の隅で思考を巡らした。 カミューとマイクロトフとの喧嘩など、日常茶飯事だ。 尤もカミューの我が侭に、マイクロトフが振り回されている事の方が多いのだが。 また、暫くすれば何事も無かったかの様に、仲良く肩を並べて歩いている事だろう。 いつもの如く。 何があっても、カミューがマイクロトフと別れる事など出来はしないのだと。 フリックは嫌に成る程、解っていた。 今自分に触れる手が、誰のモノであるのか。 そして、カミューに抱かれる自分の心が、誰を想っているのかも。 kれど、解ら無い事もある。 どうしてカミューが、そんなに好きな人と想いが通じ合っているのに自分を抱きたがるのか。 もし自分が両思いになれたのなら、決して相手を裏切る様な事なんて出来ない。 それに・・・その相手以外の手なんかいらない。 その人に愛されるなら、他に何もいらないのに。 けれど、現実は厳しくて。 侭ならない想いを抱え悲鳴を上げていた自分に、差し出された悪魔の手を取ってしまったのだ。 カミューの、その手を。 淡白だとは思う自分にだって、性欲はある。 心が無くても、ただこの時だけは癒されている様な気になれる。 決して代わりなどでは無く。 代わりになど、なりはしない。 顔、瞳、声、胸、背中、腕、掌、指、性格。 何もかも何もかも違う。 ただ、体を慰める為だけの行為。 マイクロトフに悪いと思わない事もない。 けれど、それはカミュー達の問題で、自分には関係無い。 他人を思いやれる程、今の自分には余裕が無いのだ。 最低だと、自分を罵る事にも疲れ果ててしまっていた。 器用にカミューがフリックの服を脱がせながら、自らも衣服を脱いでいく。 滑らかに指と舌を這わせ、ゆるゆるとフリックを追い上げる。 「は・・・あっ・・・」 もう何回も肌を合わせたフリックの、感じるトコロを的確に探っては攻める。 息のあがったフリックの下肢へ手を伸ばすと、そこはもう形を作っていた。 「気持ちイイですか?・・・貴方は感じ易い人ですからね・・・」 「ぅる・・・さっ・・・」 しっとりと絡みつくカミューの掌が、フリックのそれを更に高みへ導かんと上下する。 カミューが、赤く上気した顔のフリックにキスしようとした、その時――― 突然、ドアが大きな音と共に開いた。 そして、蹴破らんかの勢いで扉を開けたマイクロトフが、入ってくるなりまた扉を閉めた。 先程の騒ぎの続きとでも思ったのか、今度は誰も様子を見にこようとはしなかったようだ。 マイクロトフは何も言わず、ずかずかとベッドへと近付いて来た。 行為の最中の突然の来訪者に、二人は暫し呆然としている。 しかし、マイクロトフの顔がその瞳に映ると、カミューはキッとして睨んだ。 「何か緊急の用でも?見て解ると思いますが、取り込み中でしてね。 「・・・・・・」 ただ、黙々と怒って険しい顔で見詰めるマイクロトフに、カミューは言い募った。 「出て行って下さい。それとも、そこでずっと見てるつもりですか?」 「そうさせてもらう。」 いつもの真面目な彼からは想像つかない反応に、カミューもフリックも驚いて目を見張った。 平時なら真赤になって飛び出して行く事だろう。 いや、自分の恋人が寝所を別の人間と共にしているのだから、怒り狂うかも知れない。 しかし今の彼は、熱血漢などと称されているのが不思議な程、冷たく冥い瞳をして二人を見下ろしていた。 「―――っ、勝手にしろっ!」 「ちょっ・・・と、待てよ!お前らが良くても、俺は―――っ?!」 冗談では無いと、声を上げたフリックの口を塞いでカミューは、さっきの続きに取り掛かった。 足掻くフリックの舌を吸い、肌を伝って落ち着いていたそこへ手を伸ばす。 優しく触れると、直ぐに頭を擡げはっきりとした意思を持ち始めるフリックの雄。 快感に流されそうになるフリックの耳に、マイクロトフの声が響いた。 「カミュー。」 呼ばれた本人は素知らぬ顔で、フリックを尚も攻め立てる。 「カミュー・・・」 呼び掛けを止めないマイクロトフに、本当は気を取られているカミューの顔をフリックは覗き見た。 唇を噛み締めて、何かを耐える様な表情が、強張っている。 そんなに辛いのなら、今直ぐにでもマイクロトフに謝るなり、弁明するなりすればいいものを――― カミューがどうして恋人の前で、自分を抱けるのか、フリックには理解出来なかった。 勿論、普通に常識を持った人間なら、誰であろうと理解出来はしなかったろうが。 「カミュー、さっきのあれは、本当に誤解なんだ。」 「・・・・・・」 自分の恋人と他人との痴態を目前にしながら、マイクロトフは独白を続けた。 この男も理解に苦しむ。 何故、こうも平静を保っていられるのだろう―――? フリックは熱に浮かされながらも、興味を持ってこの二人の遣り取りを見ていた。 これ以上落ちる処も無い程の自分である。 今更何を見られ、どう思われ様が、もうどうでもいい事なんだと。 ただ、一人を除きさえすれば。 羞恥心が、好奇心と快楽に負けたフリックは、カミューに弄られる自分を曝け出す事に目を瞑った。 「俺が好きなのは、お前ただ一人なんだ。」 「・・・・・・」 「俺は・・・お前を裏切る様な事だけは、絶対にしない。」 「・・・・・・」 「好きだ、カミュー。」 佇むマイクロトフの、冷たい視線とは裏腹に、その声は甘く・・・ まるで、儚い可憐な少女にでも、愛の告白をしているかの様な響きを持って、耳に届く。 「好きだ。」 目を閉じたフリックが、まるでマイクロトフに抱かれている様な錯覚に陥る程。 甘くて優しくて、気持ちいい。 頭の芯を痺れさすその声を振り切って、カミューはただフリックへの愛撫に没頭した。 マイクロトフが、まるでここには居ないかの様に、フリックへと愛を注ぐ。 徐々に上から落として来た舌を、フリックの悦楽に猛った自身に絡みつかせた。 フリックの洩れた吐息を聴きながら、カミューは下から上へ舌を這わせ逡巡する。 「あっ・・・あっ・・・」 一番感じるくびれの部分を丁寧に、執拗に舐め上げる。 先端から雫が溢れると、それを舐め取って唇を押し当てた。 唇で包み込む様にして、口に含めば更に硬度を持って大きくなるそれ。 「はあぁっ、あぁっ、は・・・」 快感に打ち震えるフリックの口から、荒い息と共に嬌声が上がる。 それに気を良くして、動きを更に早めるカミューの背に、マイクロトフの手が置かれた。 「カミュー・・・」 ビクっと反応したものの、それに知らん顔を決め込む。 その、カミューの項にマイクロトフは唇を寄せる。 「―――っ!」 ぞくりとした感触に、一瞬カミューは首を竦めた。 項から背筋を伝って、少しずつ降りてくる舌の与える感覚に負けまいと、カミューはフリックへの愛撫に集中する。 「んっ・・・!」 何も言わないカミューの双丘を割って、マイクロトフは舌を押し当てた。 細やかに舌を這わせながら、前のモノへと手を伸ばす。 フリックとの行為で既に立ち上がっていたそこを、大きな手で包むと上下に扱き始めた。 「んーっ・・・んんっ、ん・・・」 フリックの雄を銜えるカミューは、歯を食い縛る事が出来ず、不覚にも声が洩れてしまう。 下肢より伝わる熱い波に耐えながら、カミューは口の中のそれを、夢中で舌を使い吸い上げた。 「あ・・・あ・・・っもっ・・・イクっ!」 激しいカミューの舌使いに、フリックが限界だと悲鳴を上げる。 2、3度自ら腰を揺らしたフリックは、体を強張らせるとカミューの口腔へと、白い体液を吐き出した。 その全部を受け取ると、カミューは指をそれで充分湿らし、フリックの蕾へと差し入れた。 果てたばかりでぐったりとした体が、大きくビクンと跳ねる。 根元まで捻じ込んだ処で、カミューの同じ場所へマイクロトフの指が侵入して来た。 自分の与える快感が、また他人によって自分に与えられる異様な感覚に、カミューの意識は白濁として。 正気でいるのかさえ、解らない気がしてくる。 いつもの余裕など無くして、ただ、今のこの行為に溺れていく自分に恐怖すら感じていた。 「あっ・・・ん・・・」 「はっ・・・あぁ・・・」 フリックのとも、カミューのともつかない甘い音が部屋の闇に溶けていく。 先に我慢が出来なくなったのは、マイクロトフだった。 四つん這いでフリックを愛撫するカミューの腰をぐいと掴むと、己の欲望を突きたてた。 「ああぁっ・・・あっ、あぁ、んっ・・・」 抉じ開けられる痛みと、内壁を擦る快感とに、カミューの声は押さえきれない。 ゆうるりと根元まで沈めると、円を描くように揺さぶられる。 慣れ切った動きに、互いの腰はゆらゆらと揺れ始めた。 フリックは、その光景をどこか違う世界の様に眺めている。 他人の契りの最中など、未だかつて見た事も無い。 そして、いつもは自分を追い詰めるカミューが、今はマイクロトフによって、あらぬ姿を晒している。 淫蕩に耽るカミューは、とても綺麗だと思う。 しかし、自分の知るカミューとは別人で。 目の前の嬌態に、興奮したフリック自身が、また頭を擡げ始めた。 「マイクっ・・・」 付いていた手を離し、体を起こすとカミューは、初めてマイクロトフを呼んだ。 そして、初めてのキス。 貪り合って、口の端からは、溢れた蜜が糸を作っている。 「フリック・・・おいで・・・」 何か不思議な思いで見詰めていたフリックに、カミューが手を差し延べた。 誘惑の悪魔の手。 それに逆らえる人間など、そうは居ないだろう。 フリックもその一人で。 ふらふらと引き寄せられるかの様に、その手を取った。 マイクロトフと繋がったまま、カミューはフリックに口付ける。 肩を押して、マイクロトフを寝そばらせると、自分もその上に仰向けになった。 そして、フリックにも跨る様に指図する。 「さぁ、フリック・・・自分から、おいで。」 上下する動きにカミューの髪が揺れている。 上気した頬に少し汗ばんだ額でも、その微笑みは優雅で美しい。 淫靡な悪魔の微笑み。 言われるままに、フリックはカミューのそれを宛がうと、ゆっくりと体を沈めていった。 「う・・・ん・・・」 熱い滾りがフリックの中を埋め尽くす。 フリックは、その熱さと甘美な疼きで狂気に蝕まれていった。 カミューもまた、マイクロトフに穿たれる衝撃と、フリックの中で締め付けられる感覚に、正気を保て無くなる。 マイクロトフは、かつて無い程に乱れたカミューに、複雑な思いに駆られた。 こんなに感じているのは、フリックのせいなのか、自分のせいなのか。 自分であって欲しいと、我武者羅に突き立てる。 その動きがカミューを通じて、フリックへも伝わっていく。 フリックが目を開けると、そこに悦楽に支配されたカミューとマイクロトフの顔。 朦朧とする意識でフリックは、まるで、二人に犯されている気分になった。 また、マイクロトフも二人を同時に抱いている気になっている。 後はもう、ただただ快楽に身を委ねるばかりで。 更に高みへと昇り詰める為に、獣のようにまぐわる。 三人は、その精が果てるまで、ひたすら貪欲に腰を打ち振るっていた。 「・・・で、何が喧嘩の原因だって?」 吐精後の気だるい体を引き起こしてフリックは二人を見遣った。 やはりぐったりとした彼等は、まだ息も絶え絶えに倒れ込んだままだ。 行為の体勢を考えれば、この二人の負担はフリックの比では無く。 「俺には、訊く権利が、あると思うんだがな。」 「・・・そこの、マイクの上着・・・」 ダルそうにカミューが指差して、フリックに告げる。 床に脱ぎ捨てられたそれを拾うと、フリックは目の前に広げて見せた。 「これか・・・」 胸元に、明らかに女性のものと解る、赤い唇の痕が残っていた。 マイクロトフがこちらを見ないまま言った。 ―――どうやら、話を聞く所によると、確かに誤解の様である。 昼間戦闘に出ていたマイクロトフが、パーティーのメンバーだったリィナを庇ったらしい。 その時に口紅が付いたのだろう。 「何だよ、それ。馬鹿馬鹿しい・・・」 一体どんな事をマイクロトフが遣らかしたのかと思っていたフリックは、呆れてカミューの方を見た。 「ちっとも馬鹿馬鹿しくなんか、ありませんよ。」 フリックの溜息に、カミューは口を尖らせて反論した。 「その木偶坊は、自分の事など顧みず、ほいほいほいほい赤の他人を庇い立ててっ!」 そのセリフにマイクロトフは困った様に苦笑して、両手を挙げた。 「挙句の果てには、とっととくたばって、私独りを置き去りにする気なんですよ?!」 青筋を立てながらカミューが喚き立てた。 ほんとに、馬鹿馬鹿しい。 ただ、カミューは心配しているだけじゃないか。 自分が心配してるのに、無茶をするマイクロトフに怒ってるだけで。 くだらない。 こんなの痴話喧嘩にもなりはしない。 これで、別れるだの別れないだの、言わないで欲しいものだ。 「しかし、カミュー。弱い者を守るのもまた騎士の勤めなのだから。」 「・・・そんな事は解ってる。」 起き上がったマイクロトフがカミューの肩を抱いている。 「でも、お前の命は私のモノでは無いのか?」 「それは・・・カミュー。そうだとも。俺はこの命を掛けてお前を愛している。」 ただ、それと騎士の勤めは次元の違うものなのだ、とマイクロトフが真面目に説得に掛かる。 「解った。ではせめてその騎士の紋章だけでも、外してくれ。」 「いや、それは―――」 騎士の紋章は無条件に弱っている者を庇う仕組みになっている。 自分では気が付かなくても、勝手に体が動くのでマイクロトフは大変重宝していたのだが。 難色を示すマイクロトフに、カミューはまた眉を顰めた。 まだまだ続きそうな夫婦喧嘩に嫌気の差したフリックは、部屋を出ようとして、ふとある事に気付く。 「なぁ、マイクロトフ。お前・・・俺とカミューの事、何とも思わないのか?」 はた、と二人の動きが止まる。 マイクロトフはゆっくりとフリックの方を見て、穏やかに言った。 「二人の事は前々から、知ってました。」 けれど、その瞳には怒りとも憎しみとも取れる強い光が宿っている。 フリックはその答えに、驚きを隠せない。 だったら何故、今迄・・・ 「しかし、俺は、カミューが何をしようとも・・・それを認めた上で全てを愛しているのです。」 次の言葉で納得した。 マイクロトフは、本当にカミューを愛しているのだろう。 その、気持ちは良く解る。 たとえ、自分の望まない事をしても、ただ、好きなだけで許してしまえる。 それをその人が望むのなら。 そして、それがその人であるが故であるならば。 そんな悪い所も含めて、全てを愛しているのだと。 しかしそれは、荊の道だとも、思う。 決して傷付かずには往けない、道。 「当然ですね。そうでなければ私と付き合う資格など、無いとゆうものです。」 さも当然といった風に、カミューが綺麗に微笑んで返した。 まったく、この男は。 マイクロトフが甘やかすから、こんなに付け上がるんだと思って、フリックはひっそりと溜息をつく。 「それにカミューにだって、男としての欲求があるのでしょう。それを俺が満たしてやれないのだから。」 それはしょうがないのだと、マイクロトフは項垂れる。 誰彼手を出したり、か弱き女性を相手にするよりは、フリック一人でいてくれたほうがましだとも、付け加えられた。 「失礼な。まるで人を色情狂みたいに・・・」 そう反論したカミューの表情は、どこか嬉しそうで。 喧嘩も一段落したといった雰囲気だった。 それこそ、フリックはここに居るのが馬鹿らしくなって、退散する事を決める。 「頼むから、もう俺をこれ以上巻き込まないでくれよ。」 去り際にドアから顔を出して、釘を差す。 そそくさと出て行ったフリックには、カミューの返答は聞えていなかった。 「それは、無理と言うものでしょう。」 綺麗な綺麗な笑みを造ったカミューは、嬉々としてフリックを見送っていた。 「昨夜、何かマイクロトフとカミューが、騒ぎを起こしたらしいじゃねぇか。」 「ん?あぁ、そうみたいだな。」 ぎくりとしながらも、平静を装ってフリックは手に持ったパンを口へと運んだ。 昨夜遅かったにも関わらず、フリックは朝早くからこうしてレストランで朝食を摂っている。 「何をやらかしたんだって?」 ビクトールはコーヒーをがぶりと飲みながら、フリックに問い掛けた。 「さぁな。本人達に訊けばいいだろ?」 本当はその場に自分も居たとは言えず。 知る筈も無いのに、まるでその事がバレている様な気がして、フリックは少し落ち着かなかった。 「ま、別にどーでもいいんだがな・・・」 ビクトールの瞳が探る様に、フリックを見ている。 長い付き合いで、自分がどこか様子がオカシイのを感じているかもしれない。 この男は、鈍そうに見えてこうゆう事に関しては、誰よりも目敏い。 何もかもを見透かす様な、深くて黒い瞳。 ただ、それだけは嫌いだった。 後は全部好きなのに。 たまに、どうして自分はこの男の事が好きなのか、解らなくなる事がある。 それでも、好きで好きで、しょうがないのだ。 好きで好きで好きで、いつかは憎しみに変わるのではないかと思う程、好きで。 全部ぶちまけて、楽になれたらと、いつも思う。 けれど。 プライドが許さない。 愛して欲しいと懇願する自分を。 逃げて楽になろうとする自分を。 そして、プライドより何よりも、側に居たいと、想う。 愛されなくとも、ただただ側に居て、その存在を確かめていたい。 「お前、最近ちゃんと寝てんのか?」 「え?ああ。大丈夫だ。」 全然大丈夫じゃ無い表情で、答えるフリックにその自覚は無い。 ビクトールは何か言おうとしたが、思い留まって口を閉じた。 多分、自分から言わない限り、フリックは何も答えはしないだろう。 それでも、ビクトールは心配そうにフリックを見詰めて、溜息を吐いた。 「あんま、心配掛けさせんなよ。」 不意に大きくて分厚い掌が伸びてきて、フリックの頭をわしわしと撫でた。 温かくて、優しい。 ビクトールの掌も、瞳も。 いつか。 自分が壊れる気がする。 いつか、必ず。 それでも好きだと想う。 『この手を欲しい』と願う自分を、深遠な奈落の淵へと突き落として。 自分の内の慟哭を、悟られまいとしたフリックは・・・ 偽りの笑みを愛しい人へと向け、想うのだ。 明けない夜は無い。 けれど、その朝が昨日と同じで無いとゆう確証は、どこにも無い。 切望する世界で無いのであれば、夜の狭間にこの身を沈めてしまいたい。 明るい光が、この醜悪な姿を曝け出してしまう前に。 そんな自分を想って、冥い闇をその瞳に落とす。 そして、どこからとも無く聴こえて来る、夜に棲む得体の知れない者共の声。 フリックは、聴いた―――気がした。 END. 2001.05.11. |
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お疲れ様で御座いました。何て後味の悪いお話だった事でしょう・・・ 彩子さん、期待させるだけさせといて、こんな救いようの無い話でゴメン〜 それと、青赤の喧嘩の原因、『Fragile』のと被ってますな。でも、それだけ心配だとゆー事で。命に関わるし、何時死んでもおかしく無い時代だしね〜誰もが思う事でしょう。きっと。 ところで、この話のテーマは『一直線』だったのですが、御分かりになりましたよね? フリック←カミュー←マイクロトフの順に一直線に繋がっていましたでしょう?(笑) この、トンデモナイ発言をうっかり茶でしてしまったばっかりに、こんな裏部屋まで作る羽目になってしましました(泣) しかし、そんなにえろでも無かった気がしますな。ただ、3○とゆーだけで。 表で『幸せ』をテーマにしてなかったら、載せても問題なかったカモ(笑) ホントはそれぞれに細かな性格設定とかしてあったで、気が向けばシリーズ化するかもしれません・・・私の頭の中でば、一応ビクフリでハッピーエンド(?)になってます。 |
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