<act.1> デュナン湖の湖畔に佇む同盟軍の城に、少し水の匂いを混じえた風が絶え間なく吹き込む。 その風は城内を駆け巡って、そこから広がるただ広い草原へと。 緑の絨毯の上を、草が光を返して作る白いラインが幾重も生まれ遠くへと流れていく。 城からは少し離れた所に、広い土壌が広がった場所が設けられている。 そこは、同盟軍が訓練用にと切り開いた広場であった。 今日は朝から野外訓練を行っていた。 歩兵と騎馬兵とを交えた、より実践に近いものを。 夕方近くまで続いたそれは、思ったよりも上出来だったので。 隊長であるビクトール、フリック、マイクロとフの三人は機嫌もそこそこに城への帰路につけたのだった。 そして。 城門を潜るその直前。 マイクロトフに腕を引かれ、フリックは立ち止まった。 「フ、フリック殿!!俺と付き合って下さいっ!!」 元々大きいマイクロトフの声は、更に大きく張り上げられて周りにいた総ての人々の耳に届いた。 勿論、一番大きく聞こえたのは、告げられたフリック本人であった。 あまりの声のデカさに少し驚いたフリックだったが、さらりと笑って、答える。 「ああ、いいぜ。…で、何処に行くんだ?」 「そっ!そうですね!!じゃ、じゃあ、今度の休暇にサウスウインドウ辺りに買い物にでも…」 「解った。じゃ、また休みが決まったら教えてくれ。」 「は、はいっっっ!では…っ!」 もの凄く嬉しそうにしたマイクロトフが返事をしたあと、走って城に駆け込んで行く。 その途端。 わっ!!! と、周りで歓声と怒号と口笛とブーイングが起こった。 事の成り行きを静かに見守っていた観衆が、一気に湧き上がったのだ。 「なっ、何だ?!」 今度はとても驚いたフリックが辺りをきょろきょろと見回す。 そんなフリックに、一番近くに居た相棒のビクトールが声を掛けた。 「いいのか?」 「何が?」 苦虫を噛み潰したような顔で問うビクトールに、フリックもまた怪訝な顔で返す。 「だから…さっきのは『愛の告白』ってヤツだったんじゃねぇのかって。」 「はっ?!アイ…??」 大きく目を見開いて、きょとんとしたフリックに、ビクトールが頭を掻いて溜息を吐く。 「お前、思いっ切りいい返事してたぞ…」 「えっ?!えええ?!!だっ…、俺、おとこっ…?!」 「別に軍隊じゃ珍しい事でもねぇだろ?」 「そ、それは…っ、そー…だろーけど…」 呆然として、頭の中が真っ白になったフリックではあったが、はっとして顔を上げた。 「ま、まさか…」 恐る恐る、といった風に辺りを伺ったフリックに、決定打の言葉が圧し掛かった。 「おう。お前とマイクロトフとのカップル誕生で盛り上がってんだろーな。」 「?!!」 今度は、愕然としてフリックは立ちすくんだ。 しかし慌てて声を張り上げる。 「ちょっと待て!!皆!!!今の、間違いだ!!!間違いっ!!!!!」 けれども今更、何を言っても散り散りになり始めた観衆の耳には届かない。 いや、届いていたとしても、面白い話題をそう簡単に流したりはしてくれないだろう。 「…っ!」 誰も聞いてくれないと知ったフリックは、がっくりと地面に膝間着いて項垂れた。 その背中にひゅるりと冷たい風が吹き抜ける。 「ううう…」 「…で?どーすんだ?」 「っ?!」 声が振ってきてがばっと振り返ったフリックの目に、一人残った相棒の姿が映った。 八つ当たり、ではあるが、もう怒りの矛先はそこしかないのだ。 「お前っっっ?!!何で解ってたなら、教えてくれないんだよ?!!!!」 立ち上がってビクトールの胸倉を掴んで、フリックが怒鳴る。 「ああ?勝手にお前が勘違いしたんだろーが?大体、あんな事言われて気付かねぇなんて、そっちの方がどうかしてるぜ。」 「くっ…!」 「それにだな…」 ぱしっ、といい音がしてフリックの手が振り払われる。 怒りや動揺で熱くなったフリックとは相対して、ビクトールは酷く冷めている。 「告られて、お前がどう返事するかなんて、俺には解んねーだろ?」 「断るに決まってんだろ?!!」 「…何でだ?」 即答を返したフリックを、上からじろりとビクトールが見下ろす。 「な、何で…って、そりゃ…男となんか付き合う訳ないだろ…」 「付き合ってる奴だっているぜ?」 「…そりゃ、そうだけど、でも…」 「案外、付き合ってみるとマイクロトフはイイ奴かも知んねーぜ?」 「案外じゃなくてマイクロトフはいい奴だ!…って、いや、だからって付き合うって訳じゃ…」 「だったら、ちゃんと断っとけよ。」 そう言って歩き出したビクトールが、フリックを横切って背を向ける。 ざっ、ざっ、ざっ、と響く靴音はどこか荒い。 その後姿を追って、フリックが隣に並ぶ。 そして。 首を傾げて覗き込む。 「なあ、何怒ってんだよ?」 「ああ?!何で俺が怒らなきゃなんねーんだよ?!」 「怒ってるじゃねーか!」 「怒ってねえ!!」 「嘘吐くなよ!!」 がっ、と肩を引いてこちらに顔を向けさせる。 フリックはその時、殴り合いになってでもいい、と思っていた。 けれど。 ビクトールの瞳を見て、一瞬、竦んでしまった。 何とも、いえない色だ。 「ああ!怒ってんよ!!ヤローに告白されてんのに気付きもせず、へらへら笑っていい返事してるお前にな!!!こんでいいんだろっ?!!」 「……」 咄嗟に手を引いてしまったフリックの傍をビクトールが通り抜けた。 西に傾いた陽が、景色をオレンジ色に染めている。 早足で行ってしまうビクトールの背は、見る間にその色に溶け込んで見えなくなってしまった。 けれど。 フリックは後を追う事はしなかった。 いや、出来なかった。 「だから…そんな怒るんなら、教えてくれればよかったじゃないか…」 呟いて、肩を落とす。 「大体、何で、そんな事で怒ったりするんだ、あいつは…」 喧嘩なら、四六時中してる。 けど。 こんな、突き放されるような態度は始めてだ。 正面から、少し冷えた風が吹いてきた。 それに小さく身震いして。 フリックは足早にその場から遠ざかっていった。 |
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