Act.2 風邪をひいて熱が出た。 今日の午後にビクトールが、一週間ぶりに遠征から帰って来ると聞いている。 「くそ…っ!」 フリックは朦朧としながらも舌打ちをした。 この際、体調を崩したのは仕方ない、と思う事にする。 しかし何故あの男がいない時に限ってなのかが納得いかない。 このままあの男に会って。 『俺がいねぇと、体調管理も出来ないのか。』 なら、まだしも。 『俺がいなくて、病気に成る程淋しかったのか。』 などと言われては目も当てられない。 そんな訳などあるか。 ただ、あの仕事をサボる事が仕事かのような男であっても、居れば居たでそれなりに役に立つ。 その穴埋めに少々疲れただけなのだ。 ほんの極僅か『早く帰ってくればいいのに』と思わない事も無きにしもあらずではあったが… 煩く纏わり付くのがいなくなって清々とはしても、淋しくて気に病むなどという事は断じてない。 絶対に、ない。 熱に浮かされながら、ぐるぐると詮も無い事を考えていたフリックの頭に、更に霞が掛かって来た。 剥きになってイライラと興奮したせいか、先ほど呑んだ薬のせいか。 フリックはそれに逆らわず、目を閉じてゆっくりを息を吐いた。 そして、瞬く間に眠りへと落ちていったのであった。 「よぉ、具合はどーだ?」 目が覚めると、ビクトールはもうそこに居た。 覗き込む目がいつもより深くて、フリックは少し眉を顰める。 心配してくれているのを感じ取っても、フリックはそれに対して上手く対応する事が出来ない。 「別に…大した事ない。」 掠れた声で返しても全然説得力がない。 ビクトールは苦笑しつつ額に手を充てて、その熱さを計った。 「まだちっと熱いな…まぁ、強がる元気がありゃあ大丈夫だろーがな。」 「……」 ほっとしたような顔をして、そのまま髪に掌を差し入れる。 髪を梳くその感触は暖かくて気持ちいいけれど、本当のところは子供扱いされているようで嫌いだ。 けれど文句を言ったら、益々子供扱いされそうなので黙って大人しくしていた。 「具合いいなら、ちょっとこれ飲んでみるか?」 目を細めて笑ったビクトールが、机の上からカップを取り寄せた。 受け取ると暖かい。 そしてどこか懐かしいような匂いがした。 「これ…」 「お前好きだったよな?」 赤褐色のこの飲み物は、温めたワインだ。 二人で旅をしていたはじめの頃。 解放軍の最後の戦いで負った矢傷のせいで、よく体調を崩した。 その時にビクトールに勧められたのがこれだった。 作るのを一部始終側で見ていて、飲む気には最初なれなかった。 赤ワインを鍋に掛けてオレンジの皮を放り込む。 次に蜂蜜を垂らして幾つかのスパイスを適当に混ぜていた。 誰がそんなもの飲みたいものか。 そう思って躊躇していたその時。 『俺も昔、熱出したときに、お袋に作ってもらったっけなぁ。』 ビクトールが、そう漏らした。 その時、初めてビクトールの口から彼の過去の話を聞いた。 ビクトールは自分の過去、特に身内の事に関しては一切を口にしなかった。 もう、誰一人として生きていないのだから、それは仕方ない事だと思いながら、しかしそうではないとも思う。 ただ、死んだ訳ではない。 吸血鬼に村を襲われ、アンテッドという化け物になって、村中で共食いをやらかしたのだ。 そんな忌まわしい村の話など自ら望んで聞きたい輩もいないだろう。 そして、そんな辛い過去に繋がる全ての思い出も、語りたいとは思わなかったのだろう。 そう思っていたのだけれど。 その時のビクトールの顔はとても穏やかで。 それを不思議に思いながら、一口、喉に流し込んだ。 「…うまい。」 心から、素直に、そう思う。 甘い、けれど嫌味じゃない。 指の先にまで流れていったようで、体中をぽかぽかと温かくさせた。 これは、かつてビクトールの母親が彼の事を想って作った飲み物だ。 そして、今、ビクトールは自分の体を想ってこれを作ってくれた。 そう思う事で、益々それはおいしく温かく感じられた。 オデッサが逝って。 それからの自分はまるで抜け殻だったと思う。 ただ、ひたすら彼女の遺志を継ぐ事だけが生き甲斐だった。 そのために生きる。 ただ、生きる。 革命が成って、生きる目的がなくなると、本当に生きているだけの事となった。 今日が過ぎて、新しい日が来る。 そこに喜びも楽しみもありはしない。 ただ、こうして死ぬ時が来るまでそんな日々が続くのだろうと思っていた。 なのに。 この、不思議な飲み物が、自分を酷く癒していく。 ビクトールこそ、生きる目的を失ったのではなかったのだろうか。 村を滅ぼした吸血鬼を革命の最中で討ち取った。 それは自分よりもずっとずっと長く強い苦しみ。 それを抱えて気の遠くなる程長い間、その事のためだけに生きてきた筈なのに。 どうしてこんな風に笑う事が出来るのだろう。 大事な人を失くして、故郷を失くして、生きる目的を失くして。 なのに、過去に与えられた温かいものを、こうしてまた、違う人に与えられる。 どうすれば、こんな風に。 強く、優しく、生きられるのだろう。 自分もこんな風に、生きる事は出来ないのだろうか。 ビクトールは、翌日もその飲み物を作ってくれると約束した。 その時初めて。 『明日』という日に楽しみを見出した。 生きたい、と強く。 そう思えたのだ。 「うまい、けど…何か味がちょっと違う気がする。」 「ああ、蜂蜜がなかったからな。砂糖にした。」 「なんだよ、それ。いい加減だなぁ。」 「そーか?まぁ、元々がそーゆー飲み物だしなぁ。」 ビクトールが後ろ頭を掻きながら笑う。 そして手が延びて、フリックの額に分厚い掌が乗った。 あれから3年経って。 けれどビクトールは相変わらずで、この、頭を撫でる癖もあの頃のままだ。 やっぱり子供扱いされていると、それを嫌う自分も相変わらずで。 けれどあの頃とは二人とも、きっと全然違う。 「もう大分いいみたいじゃねぇか。」 「だから、はじめから大した事ないと言ってるだろ。」 「それとも俺様の顔見たら、元気が出たか?」 「…人の話を聞いてるか?熊…」 ははは、とビクトールが声を上げて楽しげに笑う。 この男のようになりたい、と思った。 強く、優しく、生きたい、と。 少しでも、近づく事は出来たのだろうか。 この男に、少しでも認められる人間になれているのだろうか。 残りを一気に飲んで一息吐く。 体を巡る温かいものに、フリックは穏やかに微笑んだ。 そして、その綺麗な笑みを作ったまま、ビクトールに告げる。 「また、明日もこれ、作ってくれよな。」 ビクトールもまた綺麗に笑みを作って、それに応えたのだった。 *** ビクトールが、フリックに近づいてそっとその頬を撫ぜる。 そして空っぽになったカップを、ビクトールはフリックから取り上げた。 「ま、後はいっぱい汗かいて、ぐっすり寝りゃあ明日にゃ治ってらあな。」 「ああ、そうだな…って?!何してんだ、お前?!」 ごそごそとビクトールが掛け布を剥いで、フリックの隣に潜り込む。 「今から良く効く、ふっとい注射を射ってやるからな〜♪」 「ちょ…待て!何だ注射って?!まさか…っ?!」 「まかせろ、汗もいっぱいかかせてやるからな。」 「うわっ!馬鹿、や、やめっ…!!」 その後、フリックは熱に浮かされて夜を過ごす。 ビクトールの言ったように、フリックは沢山の汗もかかされた。 その成果かどうか。 翌日にはすっかりフリックの熱は下がっていた。 |
海保さんから『ラブく』とありましたんで、張り切ってみました!! が、張り切りすぎて空回りですかね…はは… 熊料理してる…?料理てか調理?? お話上こんな暗いフリックですけど、ほんとならもっとしっかり地に足を付けて生きてるのが希望です。 お互いが、相手の解らないところで力付けてるのって、何だかとっても萌えなんですが!その辺が上手く伝わると嬉しいです〜 とりあえず海保さんには気に入って頂けたようなんで、それだけでも嬉しいですが。 |
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