2 Fric お、熊!また振られたんだってな。」 酒場と化した、傭兵砦の食堂の夜。 いつもの席で、背中を丸くしてヤケ酒を煽っている相棒の隣に腰掛けた。 美人できっぷも良い美人女将のレオナの采配で、今日もここ傭兵砦の夜は賑わっている。 「・・・今度こそはもつと思ったのによぉ。」 ため息と共にビクトールの口から愚痴が漏れる。 「まぁ、あれだな。そもそも熊が人間の女と付き合おうってのが間違いだな。」 カウンター越のレオナに「いつもの」と声を掛けて、意気消沈している熊のツマミを口に放り込む。 「お前なぁ〜〜〜〜それが傷心の相棒に向って言う言葉かよ…」 「ははは。で、今度は何だって?」 「『他に好きな人がいるんでしょう』だとさ…」 「何だ。また同じか。」 「……」 この馬鹿熊は、振られても振られても、次から次へと女を変えては同じ失敗を繰り返す。 「なぁ、ほんとは誰か好きな女がいるんじゃねーのか?ビクトール。」 女達は勘が鋭いものだ。 きっと、彼女等が言うように、ビクトールには誰か本気で好きな人がいるのだろう。 レオナに差し出されたジョッキを受け取って、熊を見ると、ぶっきらぼうにそっぽを向いて呟いた。 「…いねぇよ。そんな女なんざ。」 嘘だ。 こんな風にあからさまに目を逸らして喋る時は、必ずと言っていいくらい、嘘なんだ。 だから、普段から気になっている相手の名で鎌をかけてみる。 「そうか?…アナベル…とか。」 「あぁ?だーかーらー!アナベルとは、何でもねーって、何度も言ってんじゃねぇか。」 「ふ〜〜〜ん?」 「何だぁ?その疑わしい目は。」 「別にぃ。」 この、ビクトールに対する感情を、どう理解していいのか自分でも解らない。 相棒である自分が、何よりも誰よりも、この男の一番近しい者でありたいなどと。 誰にも渡したくない、自分だけで独占してしまいたいなどと。 簡単に『好き』という言葉では片付かない、そんな感情などは。 「熊の分際で、女なんか囲おうとするからそんな目に合うんだよ。」 一口、酒を流し込んで気持ちを整える。 不謹慎極まりないのだが、ビクトールが女と別れる度、自分はそれを嬉しく思ってしまう。 今日だって、嬉しいのだ。 これでまたしばらくは、女と逢う事に費やされていた時間が、自分とのものになるのだから。 たとえ、他に、本当に好きな人がいるのだとしても。 骨付きの唐揚げに噛み付きながら、とりあえずは満足な気分に満たされる。 「お前な…そんな、俺が振られたんが楽しーか?」 「そりゃお前。いつも俺に『女心が全然解っちゃいねぇ』って偉そうにほざいてる奴が、へこんでんの見るのは楽しいさ。」 これも多少は、ある。 それに、自分のこんな訳の解らない感情の言い訳には持ってこいだ。 「…左様でございますか…」 「ほんとにお前、女心なんか解ってんのか?」 「あーもーうるっせえなぁ〜!」 ビクトールが、低く唸って何か言った。 「…ったく、一体誰のせいだと思ってんのかねぇ。」 「あ?何か言ったか?」 が、周りが相変わらず騒がしいせいでよく聞こえなかった。 「べーつにー!」 どこか不貞腐れた表情で、ビクトールが顎をしゃくって腕を組んで椅子に反り返った。 何を言ったのか、ちょっと気になったが、訊く事は出来なかった。 こんな風に、ビクトールと他愛もなく過ごす時を楽しいと思う反面、もっとその心に踏み込んでみたいとも、思う。 余計な事はべらべらと喋る男は、自分の事に関しては一切を口にしない。 そんな男にとって。 相棒という自分の存在はいか程のものなのか。 勿論、何も話して貰えない自分が、どれほどのものでもない事は解っている。 けれど。 代わりがいない程度には、想っていてくれているのではないのだろうかと。 「まぁ、そー拗ねんなって。今日は俺がとことん付き合って慰めてやるからさ。」 「…っ?!」 ガシャン、とビクトールが、手にしてたフォークを落とした。 何だか、ひどく間抜けな顔をしている。 何か変なものでも食ったのか? 「何やってんだよ、ビクトール。」 「えっ?いや、だって、おまっ…」 「今日は全部俺の奢りだ。朝まででも付き合ってやるから、気が済むまで呑めよ。」 落ちたフォークを手渡すと、なにやらもごもご言ってたのがやまった。 「あぁ。あー…そーゆー意味か。そーだよな。」 「他にどういう意味があるんだ?」 「ははは。」 俺の言い方がおかしかったのだろうか。 思案していると、カウンターの向こうからレオナに声を掛けられた。 「聞こえたよ、フリック。」 面白そうな顔をして、キセルから紫煙を燻らすレオナが笑う。 「このザルに奢りだなんて、後で後悔しても知らないよ?」 「はは、たまにはいいだろ。それに今日はこの熊の失恋10回目のお祝いだからな。」 「もうそんなになるのかねぇ。」 「おい、何で『お祝い』なんだよ?!」 「女達が熊の呪いから解き放たれた祝いだ。」 「呪いって何だあっ?!」 「あははははは。うまい事言うねぇ、フリック。」 まさか、俺が嬉しいから『お祝い』とも言えず。 普段は口下手な方なのだが、熊の罵倒に関してはえらく頭が回るのには、自分でも不思議だと思う。 「レオナも何か言ってやれよ。」 「そーさねぇ。熊の浅知恵ってゆーのかねぇ…」 「はははっ、お前、浅知恵とか言われてるぞ。」 「お前が言わせたんだろうがぁあ!」 落ち込む熊をからかうのは面白い。 普段は逆の立場が多いので、ここぞとばかりに逆襲してやる。 そんな自分達のやり取りを見ていたレオナが、にっこり笑って言った。 「あんた達はいつもそうして隣にいるんだよねぇ。」 「ああ?」 「たまには、向かい合ってじっくりお互いの顔見てりゃ、解る事もあるだろうにねぇ。」 「何の事だ?」 「さぁてね。」 どん。どん。どん。 と、酒瓶が3つ、カウンターに並べられた。 「これはあたしからの差し入れだよ。部屋でゆっくり飲みなよ。」 「レオナ?」 「ほら、フリックも今日はとことん付き合ってやるんだろ?」 「あっ、ああ…」 そう言うとレオナは、もうとっとと出て行けと言わんばかりに片付けをはじめた。 ぼんやりとそれを眺めていたら、ビクトールに促される。 「じゃ、じゃあ、行くか?フリック?」 「そうだな…」 自分を見るビクトールの顔が複雑な表情だったのに、自分もまた、同じような顔で見返した。 扉を抜けて、階段に向う。 「何だぁ?レオナの奴。いきなり部屋で飲めなんてよ。」 「さあな。お前が酔って暴れ出す前に、いいように追い出されたんじゃないのか?」 「失礼な…誰が暴れるか!」 「いつも暴れてんじゃねーか。」 返事がない。 ったく、いつも都合の悪い事には聞こえない振りをするんだ。 こいつは。 色々思い当たって、心の中でぶつぶつ文句を言っていたら、ビクトールの動きが止まった。 「なぁ、やっぱり、今日は独りで飲むわ。」 『向かい合ってじっくりお互いの顔見てりゃ、解る事もあるだろうにねぇ。』 そうか。 そうやって、解られたくない事があるんだ。 そして自分は。 ビクトールにとっては、それを知る分際ではないという事なんだ。 「…そ、そうか。そうだよな。解った…」 落胆の色が隠せない。 せっかく、久しぶりに部屋でゆっくり二人で話でも出来るかと思っていたのに。 「……」 「……」 「あーえっと、じゃあな。」 どうしてだか、気不味い表情を浮かべたビクトールが、自室の扉を開ける。 その背中が、行ってしまう。 「ビクトール。」 「な、何だ?」 「もし俺が…」 「お前が?」 「……」 「……?」 その続きが言えなくて、佇む。 「…いや、何でもない。飲みすぎるなよ。」 「おぉ。わかってるって…」 結局、無駄に引き止めてしまった。 ビクトールが部屋に踏み込むと、扉が閉ざされる。 あの、内側には自分は入れない。 ビクトールの、心の中に入れないのと同じように。 もし俺が。 女だったら。 ずっと側にいたいと言ったら。 好きだと言ったら。 馬鹿馬鹿しい。 言える訳がない。 言って、呆れられて、相棒の座すらなくしかねない。 それに大体『女だったら』ってなんだ。 俺は別にあいつの女になりたいわけじゃないんだ。 けれど、女というそれだけで、あいつに愛される資格さえあって。 こんな時、あの、扉の向こうに招かれる事だってある筈なんだ。 自分の部屋に戻ったら、情けなくて涙が出そうだった。 緩慢な動作と思考で、寝る用意でもしよかと思い立った時に。 廊下から大きな扉の開いて閉じる音が続けざまに聞こえてきた。 ビクトールの部屋の方だ。 一体何をしているのかと思って見やった扉が、突然勢い良く開いた。 恐い顔をしたビクトールと目が合う。 「ビクトール?」 「何泣いてんだ、お前は。」 「だっ誰が泣いてなんか…」 慌てて頬を探ると、やっぱり泣いてなんかいなかった。 泣きたい気持ちではあったのだけれど。 ビクトールが近づいてくる。 その、瞳が、酷く優しいように見えて動揺した。 『向かい合ってじっくりお互いの顔見てりゃ、解る事もあるだろうにねぇ。』 解るだろうか。 いや、解りたい。 こちらに踏み出すビクトールへ、俺は出来る限りの笑顔を差し向けたのだった。 |
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伊砂さんへ。戴いた一周年のお祝いのお礼に捧げます。 大変遅くなって申し訳ないですが、貰って頂けると嬉しいです。 こんな不束者ですけど、これからもどうかよろしくなのです〜! 最近、こんな風にそれぞれのバージョンに分けて書くのが楽しいです。 しかし、このお話…えらいフリック女々しいのですが。 「慰めて〜」あたりのやりとりが書きたかっただけなんですけど。 珍しく(?)熊が好きで堪らないフリックと、へんに弱気な熊のお話でした。 書いてる本人は楽しかったですが、読んで下さってる方々はどーなんでしょうな…はは。 あと、題名はてけとーなんで、文法とか違うかもしれません。 いつもながら、題付けには苦労させられます〜(だからといって、間違っていい訳じゃないですが) |
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