Fric Side. 昔、一度だけオデッサに手紙を書いた事があった。 まだ、想いが通じ合って間もない頃だったので、離れている事に不安があった。 そんな想いを書き連ねて勢いに任せて送ってしまった。 後で後悔して、せめて手紙だけでも捨てて欲しい、と。 笑う彼女に詰め寄ったのを憶えている。 『出発の前に、行っておきたい所があるんだ。』 解放戦争の最後の戦いで負った傷が塞がるのに、一月程掛かってしまった。 まだ、時折痛む事もあるけれど、自分の力だけで歩ける様にはなった。 何の文句も言わず、自分の世話をするビクトールに、これ以上迷惑を掛けたくはない。 そして、それ以上に、弱い所を見せたくはなかった。 今日からビクトールと共に旅をする。 『一緒に行こう』と出された手を、どうして握り返したのかなんて、自分でも解らない。 ガサツで煩くていい加減で、すぐ厄介事を持ち込んでくる。 けれど共に戦うのならこの男だと。 そして、不思議と側にいる事が当たり前の様になってしまっている。 ビクトールが、オデッサの死に、負い目を感じている事は知っているのだけれど。 そして此処にやって来た。 最後の闘いの場。 グレッグミンスターの城跡に。 「こうして見ると、此処にあんな馬鹿でかい城があったなんて、信じられないよな。」 どうしても、見ておきたかったのだ。 あの時自分は不覚にも怪我のせいで、気を失ってしまっていた。 気が付いたのは、3日も経ったベッドの上で。 だから、自分の目で、見ておきたかった。 全てが、終わってしまったのだと。 「もう、本当に終わったんだな・・・」 「ああ、そうだな。」 辺りを見回すと、ただただ瓦礫ばかりが地面を覆い尽くしている。 その遥か向こうには、淡い緑の群れが。 吹き抜けていく風は少し冷たくて、晴れ渡った空に溶け込んでいく。 嘘のように静かで、ここで、自分達が戦ったなんて夢の様だと思った。 「なぁ。」 「ん?」 「実は、こんなものを預かっているんだけどよ。」 ぼんやりと、何を思う訳でも無く佇んでいると、ビクトールが謎の小袋から封筒を取り出して寄越した。 古い、水色の封筒。 宛名にはオデッサと固くて生真面目そうな文字が。 オデッサに個人的な手紙を書いたのは、ただ一度きりだった。 という事は、この目の前にあるのは、その時のものでしかないだろう。 「なっ、何で、お前が持ってるんだっ?!」 「さぁ、どうしてだろうなぁ〜?」 何故、これがこんなところに?! とぼけて掌を振るビクトールからは答えを訊き出せそうにもない。 仕方なく、奪い取った手紙に目を落とした。 「あれだけ、捨ててくれって言ったのに・・・」 文面はすっかり忘れてしまっていたが、内容はなんとなく記憶にある。 離れている事への、彼女自身が戦場に立つ事への、不満とか心配とか。 この戦争が終わったら、何をしよう、とか。 自分は、彼女の事をとても大事に思っているのだという事とか。 きっと、読み返したら、羞恥で今直ぐ焼き捨ててしまいたくなる様な。 絶対に捨ててくれと、何度も言ったのに。 ずっと、持ってていてくれていたのだろう。 すっかり色褪せた手紙は、折り目が擦り切れて破れかけている。 一体、どんな気持ちで、この手紙を大事に持っていたのだろう。 この手紙同様に、自分の彼女への想いもまた、大事にしてくれていた様な気がして。 涙が、でそうになる。 それを誤魔化すかの様に、ビクトールに食って掛った。 「まさかとは思うが、中身を読んだりなんかしてないだろうな?」 「してねぇよ。」 「本当だろうな?」 確認の為、念を押したらムッとした顔でビクトールが頷いた。 別に本当に疑っている訳ではない。 もし、中身を読んでいたとしたら、この男がそれをネタに自分をからかわない筈が無い。 まぁ、読まなくとも、大体の予想はつくだろうが。 自分でも、自覚はある。 周りが見えなくなるくらい、彼女の事を愛していた。 『愛してる』 そう想う事で、そう想われる事で。 自分は強くなれるのだと信じていた。 そして、彼女の為に強くなりたかった。 「お前は、生まれ変わりとか、信じるか?」 「いや・・・俺は・・・」 ビクトールの顔を見ると、そんなもの信じちゃいねぇ、と書いてあった。 勿論、自分もそんなもの信じてはいないのだ。 けれど。 「もし、そんなものがあるのなら、俺はまたオデッサに逢いたいんだ。」 今度は、ちゃんとオデッサに向き合える様な、強い男になって。 手に持った水色の封筒。 中には、自分の一方的な想いで書き殴った手紙。 もう、その想いを伝えるべく人のない手紙。。 2つに破ると、ビクトールが驚いた表情をして、呆然とこっちを見ていた。 その間抜けヅラに、思わず笑ってしまった。 「恋人としてじゃなくてもいい。此処で…この、平和になったこの国で、また、あいつに逢いたいと思うんだ。」 「・・・・・・」 いつか、また、この場所で。 オデッサという魂を持つ人間に。 例えまた恋に落ちなくとも、生きて幸せである事が解るなら。 そして、自分も生きて幸せである事を告げられたなら。 破り続けたそれは、もう手紙ではなくなっていた。 小さな淡い水色の紙片が掌に溢れている。 「いいのか?」 ビクトールが、手元を見詰めて問う。 「・・・いいんだ。」 少し、強い風が吹いた。 掌を開くと、次々と零れていく。 風に乗って、小さな水色が舞い上がる。 まるで、春の風に舞う、花びらの様に。 「形なんかなくなっても、ちゃんと、残るものがあるからな。」 決して消す事が出来ないものが、この、心に。 二度と戻れない、あの日々。 淡い花びらは、瞬く間に散って、見えなくなった。 その行く末を、暫し目で追って、その先に広がる世界を見る。 そこに、これから、ビクトールと旅に出るのだ。 「そろそろ行くか。」 「いいのか?」 「ああ。もう、終わったからな。」 戦いが。そして、オデッサとの事も。 いつも煩いくらいのビクトールが、ここに来てからえらくしおらしい。 自分に気兼ねしての事なのか。 それとも奴は奴なりに思う事があるのかもしれない。 だとしたら、そんな話をこれからゆっくり聞かせてくれる日も来るだろうか。 そして、自分もまた、奴にオデッサとの事を笑って話せる日が来るだろうか。 「まぁ、また来たくなったら、いつでも連れて来てやるよ。」 頭をがりがり掻きながらビクトールが言った。 「何だよ、その『連れて来てやる』ってのは?!」 「お前一人じゃどうもな・・・危なっかしくて、なぁ。」 「子供扱いするなっ!」 時折、ビクトールは自分を酷く子供扱いする。 ほんの少しばかり年上というだけで。 他のところは兎も角、こればかりは気に喰わない。 しかし、ここで剥きになって反論でもしようものなら、益々子供扱いされるだろう。 そう思って、背を向けて歩き出す。 が、後ろから思い切りマントを引っ張られた。 「何だ?!」 「そっちじゃねぇよ。こっちだ。」 反対方向を指差すビクトールの目が笑っている。 「何が可笑しい?!」 「いや、やっぱ、放っとけねぇなと思ってよ。」 「・・・・・」 言い返せないのが腹立たしい。 尤も、言い返せても、結局は口で敵う筈もないのだが。 仕方がないので、黙って足を早める。 すると、慌ててビクトールが後を追ってくる気配がした。 ビクトールとなら、この先きっと退屈なんか訪れないだろう。 想像した以上に、騒がしい未来が待っている気がする。 けれど、これからはちゃんと、自分の選んだ道を歩いていくから。 今はただ。 ささやかな事が喜びだった、あの日々を潰れるほど抱き締めて。 終わり。2002.03.18 |
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すいません。大変自己満足的なお話でした。タイトルはスピッツの名曲「チェリー」です。そしてお話の内容もまた同曲で。 勝手に春の歌だと思ってましたんで「春になったら書こう」と頭の中にしまい込んでました。 ちなみに、手紙を拾ったのは、本編3.5の熊とオデッサのエピソードの時ですな。文中の「奇妙な約束」も同じくで。 このお話の内容は兎も角、歌は本当にいいので、知らない方は(いないでしょうが)是非聴いて下さいまし! |
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