ボクの背中には羽根がある。



ここは傭兵隊の砦、又の名をビクトールの砦と云う。砦が出来て約半年、仕事も軌道に乗り始めた頃のお話。
何だか、ビクトールの様子がおかしい。どうやら、この数週間何やら考え込んでいるそうだ。もっともフリックが知っているのは、この3日間に限るのだが。というのもフリックは1ヶ月近くトラン共和国へ仕事で出ていた。めずらしくどうしても外せない仕事が重なり、トラン出身のフリックが出かけ、隊長のビクトールが残るという別行動となった。
出張から帰り、1日、2日は残務処理と後片付けに追われていたので、今日になって初めてビクトールの変調に気付いたのだった。
「あいつ、何かあったのか?」
夕食のお膳をカウンターに取りに来たフリックは、ぼーっとしているビクトールの方を見ながら、レオナとその手伝いをしているポールに話しかけた。
「ぼーっとしてるかと思ったら、突然怒り出したり・・・」
レオナとポールは困った様に顔を見合わせている。何か知っている様子だった。
「隊長、恋煩いなん・・・」
「あっ、こら、よけいな事言うんじゃないよ!」
レオナは慌ててポールの口を塞いだが、時既に遅しでフリックにはちゃんと聞えていた。
「こい?わずらい?・・・あいつがか・・・?」
フリックは聞き違いかと思ったが、どうやら間違いないらしい。あまりにも突拍子がない答えのせいだろうか、フリックの胸が ドクン と鳴った。
「ははっ、そんなたまじゃないだろ?それとも、いきなり襲いかかって嫌われたのか?」
 ありえないあたりが怖い・・・
「いえ、そうじゃないです。なんか道ならぬ恋みたいで・・・」
「何だそれ?じゃあ、人妻か?」
「いえ・・・その・・・」
「わたしゃ、知らないよ。」
助けを求めるように覗き込むポールに、レオナは言わんこっちゃないと突き放した。ビクトールが口止めでもしているのだろうか?
「まぁ、いいさ。からかいがてら直接本人に訊くから。」
「だっ、駄目ですよ!隊長マジなんですからっっ!」
「だから、おもしろいんだろ?」
そう言ってフリックは踵を返して歩き出した。後ろでポールがまだ何か言っていたが、無視することにした。それよりさっきから、動悸がおさまらない・・・そんなに驚いていたのか・・・あの熊が恋する事に。そりゃ、あんまり結びつかないけど、な。
「あーあ。ひと悶着なけりゃいいけどねぇ。」
レオナは肩をすくめて心配そうにフリックの背中を見送った。

「よう、恋煩いだって?」
 ガタンと椅子を引きながら、フリックはテーブルにトレイを置いた。
「なんっ、何で、お前っ・・・」
 ビクトールは、ぐわっと仰け反りながら慌てふためいた。顔が真っ赤だ。おもしろい・・・
「人妻だったか?それともヤクザの娘か?」
 笑いながら言うフリックをまじまじと見詰めていたビクトールの顔が憮然とした物に変わった。
「うるせぇよ。」
 掌をヒラヒラと振って目を閉じてしまった。相手にしないという態度だろう。
「何だよ、俺には内緒なのかよ。言ってくれれば少しは協力―――」
「うるせぇっ!っつってんだろっ!!」
 バタンとビクトールの椅子が倒れた。そしてそのまま背中を向けて食堂から出て行ってしまった。
「なんだ・・・あれ・・・」
フリックは暫し呆然としていた。
「あの・・・フリック副隊長、大丈夫ですか?」
後ろのテーブルの奴が恐々話し掛けてきた。気が付けば、辺りはシンとしておりかなりの注目を浴びている。
「大丈夫?何が?・・・ああ、いや・・・何でもないんだ。気にしなくていい。」
ビクトールとの喧嘩はしょっちゅうなので、周りもフリックの言葉でざわめきが戻った。
フリックも気を取り直して食事を取る事にした。それでもスープを口に運びながら、ビクトールの事を考える。
そんなに何を怒ることがあるんだ―――?いつもは自分がそういう事で自分をからかっていたじゃないか。そう思うと今度は怒りが込み上げてきた。
「あの野郎、憶えておけよ・・・」
そう呟いた後、治まっていた動悸がまたぶり返してきた。胸が苦しい・・・

『隊長マジなんですからっっ!』
 さっきのポールの言葉が浮かんで、一層強く胸が痛んだ。きっと奴のせいで心臓を悪くしたに違いない。その事もきっちり文句を言ってやると決めて、フリックは一気に食事を終わらせる事にした。

 しかし、その日はもうビクトールと会うことはなかった。何故なら、ビクトールは砦の中にはいなかったからだ。遅くなっても部屋にも帰ってこない。
「あいつ、逃げやがったな・・・」
 かなり意気込んでいたのに、思い切り肩透かしを喰らってしまった。別にそんなに剥きにならなくてもいいんだが・・・何か釈然としない。そういえば、ビクトールと話したのは、すごく久しぶりだったっけ。話どころか顔も見てなかったような―――仕事に掛かりきりだったし、とても疲れていたから、仕方がないけど。って、別に毎日顔を突き合わさなくちゃいけない訳でもないはずだが。
 フリックは、諦めて自室で休むことにした。ドアを閉め明かりを灯すと、見慣れた部屋が酷く寂しく見えた。よくよく考えれば、ビクトールとこんなに離れたいたのは先の戦い以降初めてかもしれない。昨日までは、自分に任された仕事で失敗など出来ないと気が張っていて、そんな事気付きもしなかった。けど、気付いてしまって、余計寂しく思ってしまった。
「何で、何も言ってくれないんだよ。」
 数週間前から・・・と言っていた。ビクトールがどうもおかしい、と言いに来た隊員たちは。自分がいない時に、その人に、会ったのだろうか?そんなに悩んでいるなら、相談ぐらいしてくれてもいいのに・・・そりゃ忙しくしてたし、あんまり的確なアドバイスも出来ないだろうけどな。それとも自分はビクトールにとって大した存在でもないのだろうか?相談も出来ないくらい・・・?そう思ったら、哀しくなってきた。
「もう・・・寝よう・・・」
そう言って、防具を無造作に外すと布団に倒れこんだ。
静かだ―――。こんなに静かだったなんて・・・ビクトールがいないだけで。今まで気付かなかった。いや、考えようともしなかった。ビクトールの事。
本当は感謝してる。崩れる城の中から担ぎ出してくれてから、ずっと側にいてくれた。オデッサが死んで・・・あのまま独りだったら、自棄になって駄目になってたかもしれない。ビクトールも以前大事な人を亡くしたと、オデッサから訊いていたから、きっと思いを共有しているのだと―――そう思っていた。自分はもう一生結婚はしない。オデッサ以上に愛せる女性は二度と現れない。―――だから、ビクトールも結婚しないと思っていた。でも奴は俺と同じじゃないのかも知れない。いや、同じじゃないのが当たり前なのに、勝手に決め付けていたんだ。ずっと、側にいてくれるんだ、と。
「馬鹿みたいだな、俺。」
 そう呟いて、ごろりと仰向けに転がった。全然眠れそうにない。
“道ならぬ恋”だそうだから、今回、ビクトールは振られるかも・・・でも今度好きになる相手は、うまくいくかもしれない。うまくいったらどうなるんだろう?結婚となると、ここに一緒に住むか、近くの村に家を構えるか・・・になるんだろう。そうなると、自分はここには居られない。どうしてだろう、わからないけど、ここに、自分の居場所がなくなる様な気がする。―――もう側にはいられない。
「一緒にいられなくなるのは、嫌だな・・・」
はっ、としてフリックはガバっと上体を起こした。
「何をっ、言ってるんだっ、俺はっっ!!」
顔が熱い。心臓もバクバクいってる。
「眠れないから、変な事考えるんだっ。もー寝るっ。何が何でも寝てやるっ」
 フリックは毛布を引っつかんで頭からすっぽりと被り、背中を丸めて本気で寝る体勢に入った。それでも、大きくなっていく鼓動が邪魔をして、しばらくは眠れなかったのだけれど。
 あまり眠れなかった。という顔をしたフリックが昼食時で賑わう食堂に入って来た。それでも誰も起こしに来なかったので、昼前まで寝てしまっていたのだが。
「ちょっと、減らしてくれ。」
 カウンター越しにレオナに注文する。ポールの姿は今日はなかった。
「まっ昼間から辛気臭い顔は、よしとくれよ。」
「えっ、俺、そんな顔してるか?」
「自分で気付かないようじゃ、重症だね。まだ、あっちの熊の方がましってもんだね。」
 何が重症なのかと思ったが、フリックは差し出されたトレイを黙って受け取った。レオナ曰くの“あっちの熊”は何時戻ってきたのか、いつもの席で座っていた。フリックも別の席に座るのはどうかと思い、いつもの席へと歩いていく。が、足が重い・・・この間喧嘩した時もこんなに重かっただろうか?よく、思い出せない。
「ここ、いいか?」
そんな事言った事ないのに、つい、口を突いてしまった。
「おお、空いてるぜ。」
ビクトールは目を合わせずに答えた。まだ、怒っているのだろうか・・・フリックは無言のまま座った。
何だか、酷く気まずい。二人して黙々と食べていたが、先に食べ終わったビクトールが口を開いた。
「昨日は・・・怒鳴ったりして、悪かったな・・・」
手を止めて、ビクトールの方を見たフリックも口を開く。
「いや・・・俺も多分・・悪かったんだ。」
二人とも、やっぱり目は合わせないままだ。もう怒っていない様だが、このままじゃいけないと感じた。
「なあ、今夜久々に、呑まないか?」
「ああ、いいぜ。仕事が済んだら、ここで待っててくれ。」
「いや・・・部屋で呑まないか?」
ゆっくり話がしたかった。しかし、その時、ビクトールが一瞬迷惑そうな顔をしたのを、フリックは見逃さなかった。
「嫌なら・・・別にここでも―――」
言いかけたのをビクトールが遮る。
「嫌なんて、言ってねーだろ。そうだな・・・それじゃ、俺の部屋の方に来てくれ。勝手に入っててもいいからな。」
「わかった。そうする。」
フリックが返事をしたと同時にビクトールは立ち上がる。それを見ていたフリックに
「じゃ、お先。」
と言って、軽く手を挙げ、行ってしまった。その姿が見えなくなって、肩の力が一気に抜ける。自分でも知らない内に緊張してたみたいだ。
「くそっ、何で、ビクトール相手に緊張なんか・・・」
残りの昼食を片付けるフリックは、自分の気持ちを良く、解っていなかった。それ故後に、自ら墓穴を掘ることになるとは、知る由もなかった。

「ビクトール、入るぞ。」
ノックをしても返事がないので、ドアを開けると、やはりその部屋の主は不在だった。一度戻って又出かけたのだろう、灯りは点いており、テーブルにはいくつかの酒瓶とつまみの皿が置いてある。かつて知ったる何とやら、で、フリックは戸棚にあるグラスを2つ取り出し、テーブルに置く。椅子に座りながら、ぐるりと部屋を見渡した。特に何かある訳でもない殺風景な部屋。久しぶりに訪れたせいか、なんだか知らない所へ来たみたいだ。居心地が悪い。
「一杯位、先にやってもいいよな・・・」
一番近くにある酒瓶を開けながら、呟いた。琥珀色の液体がグラスに揺れている。ゆっくり飲むつもりだったのに、一気に飲み干してしまった。
「もう一杯位・・・」
そう言ってフリックはもう一度酒瓶に手を掛けた。

そして―――気が付けば、瓶の中身は3分の1になっていた。
「・・・駄目だ・・・眠い・・・」
昨夜眠れなかった事が酔いに勢いを増して、猛烈な眠気を催していた。両手を力なくだらりと垂らして、眼を閉じているフリックの顔は真っ赤になっている。もともとそんなに酒に強くもなく、すぐ顔にも出る方だった。少し、酔いを覚まそう―――そう思い重たい体を引き摺って、ベットへとなだれ込んだ。眠ったら酒も抜ける。ビクトールが帰ってきたら起こしてくれるだろう・・・朦朧とする意識の中、フリックはビクトールの匂いがするな・・・と思った・・・

目が覚めて、一番にビクトールの背中が目に入って来た。椅子に座って酒を飲んでいるらしい。
「起こしてくれて、よかったのに・・・」
「ん?・・・おぉ」
声を掛けられて、ビクトールが振り向いた。
「あんまり、気持ちよさそうだったからよ。」
見ると、殆どの酒瓶は空になっていて、よほど時間が経っているみたいだった。もう遅い時間だろう、しんとして薄暗い部屋にランプの明かりが頼りなく揺れていた。ビクトールの顔は影になっていて、良く見えない。
「ああ・・・すまなかったな・・・俺から誘っといて、この様じゃ。」
「いいけどよ。俺が遅くなっちまって、先にやってたんだろ。」
「ん?まぁ、景気付けにな・・・」
何だか気恥ずかしくて、俯いてしまったフリックに、一体何の景気付けだ?とビクトールが笑っている。体を起こしてベッドに腰掛けたままのフリックに、ビクトールが水を注いでくれた。それを受け取ったフリックはやっぱりビクトールの顔を見る事ができなかった。反対にビクトールはじっと自分をみてる。何か言わなくては、と思ったが全然頭に浮かんでこない。ふと気付くと、心臓がどきどきいって胸が苦しい。そうだ、文句を言うのだったと思っていたら、ビクトールの方から声が掛かった。
「おい、大丈夫か?まだ顔が赤いな・・・」
ずいっとビクトールがこっちに身を乗り出す。どきっとしてフリックは後ろへ仰け反ってしまった。
「だっ、大丈夫っ、だっ。それより、お前の方こそ、大丈夫じゃないだろ。」
焦って更に真っ赤になったフリックは、話したかった本題を振った。
「お前、好きな人の事で・・・悩んでんじゃないのか?」
「・・・・・・」
ビクトールは腰を深く掛け直し、腕を組んでため息をつく。時折ちらりと見えるその顔は、険しくて、怒っている様にも見えた。沈黙が重く圧し掛かる。
何で黙るんだろう・・・?ビクトールは普段は饒舌で、明るい。しかし踏み込んで欲しくない事は決して話してくれない。こんな時に思い知らされるのだ、ビクトールにとっての自分の存在の軽さ。それはすごく、哀しい事で―――・・・
「・・・俺じゃ、相談相手にもならないか・・・」
「違う・・・そうじゃねぇ、ただ・・・」
そこで、ビクトールは又ため息をついた。
「ただ?」
フリックは訊きたいと思った。自分の存在を知るために。
「―――言えば、お前が困るんじゃねぇかと・・・」
「俺が?なんでだよ?」
訳が解らないとフリックは続きを促す。ビクトールはしかめっ面をして立ち上がった。
「なんででも、だっ。もう寝ろ。フリック。」
フリックの額に手を置いて、ぐいっとベッドへ押し付けた。枕に埋まったフリックはビクトールの腕を両手でしっかりと掴んで、叫んだ。
「答えろよっ、ビクトール!俺だって・・・俺だって、こんな気持ちじゃっ・・・」
驚いて手を退けようとしたビクトールの手を更に強い力で握り締めた。顔を見られたくない―――
「すまん・・・フリック・・・」
 ビクトールの声は穏やかで優しかった。この手も暖かい。
「気持ちって?」
ベッドの端にビクトールが腰を下ろす気配がした。視界が無くなって気が軽くなってる。なんだかもうどうでもいい気分だ。
「俺・・・もう、ここにはいられない・・・」
「何だぁ?突然。嫌な事でもあったか?」
「自分が・・・嫌だ―――」
ビクトールに話を聞くはずだったのに、どうして自分がこんな事喋ってるのだろうか、と頭を掠めた。まだ酒が残っているのかも・・・頭が混乱して、深く考える事が出来なかった。勝手に口から言葉が出て来るのを止められない。
「俺、お前の事すごく好きだ―――・・・一緒に居て楽しかった。ずっ と側にいるんだと思ってた。・・・でも」
自分でも声が震えてると思う。
「お前に、好きな人が出来たって・・・聞いて、もう今までみたいには行かないって思って・・・」
情けない・・・涙がでそうだった。
「・・・幸せになって欲しいと思うのも、嘘じゃないっ。けどっ、側にいられないのなら、うまくいかなきゃいいって・・・」
「・・・・・・」
フリックの頭に添えられていたビクトールの掌にぐっと力が入った。と、同時にもう片方の手が頬に寄せられて溢れた涙を拭っていった。自分が泣いてる事に気付いたフリックは、掴んでいた腕を放してゆっくりと起き上がり、膝を抱え込んで顔を埋めた。
「俺、最低だろ―――だから・・・」
勢いで色々言ってしまって・・・ちょっと後悔をした。何も言わずにいれば気まずくもなかったかも・・・
「フリック・・・」
黙って聴いていたビクトールが口を開いた。当然顔は見えない。
「お前にゃ悪いが、どうも・・・うまく行きそうで、な。」
ぼりぼりと頭を掻く音が聞えた。
「そうか・・・よかったな・・・」
嘘じゃ無い。本当にそう思う。でも・・・胸が痛む。
「俺も、絶対駄目だと思って、ガラにも無く散々悩んじまったんだがよ・・・その、まぁ、訊いてみるもんだよな。」
フリックは顔を上げて、ビクトールの方を見た。照れているのか顔が少し赤い。
「じゃ、結婚するのか?」
「けっ、結婚て・・・そりゃ俺は出来たら、してぇけどよ・・・まだ、何にもしてねぇしなぁ・・・」
手を顎に当ててうーんと唸っているビクトールを見て、笑ってしまった。不思議と嫌な気はしなかった。あんなに気にしてたのに・・・ただ、ビクトールが幸せそうだったのが嬉しかった。もしかして、いらぬ心配をしていただけかもしれない。
「俺としちゃ、キスぐらいはしてぇんだがなぁ。フリック、お前はどう思う?」
「どう・・・も何も、思いが通じてるのなら、そのくらいすれば、いいだろ。」
そんな事俺に聞くな、と思いながらフリックは返事を返す。
そういえば、さっきビクトールは『自分に言えば困る』と言ってたが、あれはどういう意味だったのだろう―――?
「それじゃ、遠慮なく。」
そう言ってビクトールはフリックの襟首を掴んで引き上げ、唇を重ねた。
「―――っ、俺にして、どうするんだよっ!」
ビクトールを引き剥がしながら、フリックは混乱していた。
「はははっ。やっぱ可愛いわ、お前。」
「何の冗談だ!ビクトールっ!!」
顔を耳まで赤くして今度はフリックがビクトールの襟首に掴みかかった。ビクトールはにやにやと人の悪い表情になっている。
「あいかわらず、鈍い奴だな。ま、そこが好きなんだけどな。」
「えっ、何?何だって?」
「だぁかぁらぁ、俺が好きなのはお前だって、言ってんだろ。」
そういった最後に、軽く又キスをされてしまった。思い掛けない展開に思考がついていけない・・・ビクトールが・・・俺を、好きぃ?!
「俺が、言ってる事、解ってるか?お前とずっと、生きてゆきたいって言ってんだぜ。」
「あ、あぁ・・・」
まだ、呆然としているフリックを尻目にビクトールは追い討ちをかけた。
「しかし、悩んでみるもんだよなぁ。おかげで、フリックの方から告白してくれるなんてよ。夢にも思わなかったぜ。」
ちょっと待て――――――――――!!
「おっ俺が、いつっ、お前に告白なんかしたっ?!」
殴りかからんかの勢いで、ビクトールの胸倉を激しく振った。
「俺の事、すごく好きだっつったじゃねぇか。」
「あれはっ、好きは好きでも―――」
「おいおい、どこの世界に相棒が結婚するくらいで、絆が消えるなんて思う奴がいるんだよ?お前、ハンフリーが結婚するっつっても、そうやって泣いたりすんのか?」
悪魔の様な笑みを湛えて、ビクトールはフリックを抱きしめた。
「うっ嘘だ・・・」
そう言われればそんな気がする。でも、いや・・・そんな・・・
「離せっ。」
「暴れじゃねぇよ。どこ行こうってんだ?」
「部屋に帰るっ。離せってばっ!」
 死に物狂いで逃れようとするフリックを軽々といなして、ビクトールはベッドに引きずり込んだ。
「恋人同士が別々の部屋ってのも淋しいだろ。」
「誰が恋人だっ!」
「照れんなよ。俺最近寝不足で、眠いんだって。今日は何もしねぇから、一緒に寝ようぜ。ま、今日は・・・だけどな。」
何も、って何をする気なんだ?と思ったが、怖くて訊けないフリックだった。ビクトールの腕はがっちりとフリックの腰にしがみついていて、とても剥がせそうもない。ビクトールの顔を覗き込むと、目を瞑っていて本当に寝るみたいだった。仕方なくフリックは諦めて体の力を抜いた。
俺が・・・ビクトールの事を好き?だから、側に居られないのが嫌だった?相棒としてじゃなく、恋人として?よく解らないけれど、ビクトールの好きな人が他にいなくて、ほっとしてる自分がいる。これからも一緒にいられる事が嬉しい自分がいる。

『お前と、ずっと生きてゆきたい』

そう、ビクトールは言ってくれた。俺も・・・ビクトールと一緒に生きてゆきたい−−−
これからどうなるのか、どうすればいいのか、全然思い浮かばないけど、取り敢えず、自分も眠る事にしよう。ビクトールの腕の中はとても暖かくて心地いい―――。もう一度ビクトールが眠っているのを確認して、フリックは胸に頬を寄せた。
「俺、趣味悪いかも・・・」


そう呟いてフリックは意識を手放した。幸せな夢がみえる予感がした。


                           続く・・・2001.03.17






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