秋
まんをじして
連れの男がうまいこと話をつけて、一つ先の村まで行く荷馬車に便乗できることになった。
山ほど積まれた荷台は居心地が良いとは言えなかったが、収穫され売りに出される果物の香は悪くなかった。
傷つきやすい果実に気を付けて足を伸ばした。
「うまそうだよなあ」
自分より幅の広い男は窮屈そうに身を寄せてきて、でも発酵したらさらにうまいんだよなあ、と言った。
牧歌的な風景のなかでのどかに作られている葡萄酒は、このあたりの交易の主力だという。遠く都市同盟とも取引があるらしい。
懐かしいなあ、と男が言う。
この男が故郷を懐かしむことができるようになって良かった、と思う。
馬の足と荷馬車の車輪が乾いた音を立てて落ち葉の道をゆく。
このあたりの樹木は葉を黄色く染めるらしい。
視界の大半を占めるその色は、世界を明るく見せている。
何となく黙って流れていく木立を眺めた。
小休止だ、と御者が荷馬車を止めた。
この地方の男達の例に漏れず、酒が切れるのが不満な質であるらしい。
まっすぐ酒場に向かっていく。
俺も飲みたい、と熊がごねたので、荷馬車を見張りを引き受けた。自分にはまだ、飲み出すには少し時間が早いように思う。
すまねえな、と明らかに口先だけの詫びを言い、男が酒場に向かってゆく。
しかたない奴だ。
熊のいなくなった隙間に体を伸ばして空を見上げた。
空が高い。
時折思い出したように黄色い葉がはらはら視界に下りてくる。
遠くで子ども遊ぶ声が聞こえる。
故郷を遠く離れているのに、懐かしいところに帰ってきたような気がする。
悪くない、と思っていたら、うっとうしい熊が帰ってきた。
飲んで来たにしては随分早い。
「ちょっと来いよ」
「何だよ」
「何でもねえよ」
それなら荷馬車から離れるまでもないだろう。
しかし男は自分の腕を取ると、勝手にぐいぐい歩き出した。
「何なんだよ」
「いいからいいから」
何だかわからないがあきらめてついていった。
荷馬車が視界から外れない程度に歩くと、熊が手を離した。
よいしょ、と重そうな体で低い石壁を越える。
「見ろよ」
その低い壁を越えるまでもなく、男が自分に見せようとしたものは目に入った。
この季節にだけ咲く花が、村の外れまで続く勢いで咲き誇っている。
人の手が入っている様子はない。ただ咲きたいように咲いているだけなのだろう。
わずかずつ色を違えた花が風に揺れている様子を、仕事の手を休めた村人や行き交う商人が感心して眺めている。一つ二つなら地味な印象の花なのだが。
「すごいな」
「な」
しばらく眺めてふと目を上げると男がこちらを見て笑っていた。
花の方など見てもいない。自分には見ろと言ったくせに。
「何だよ」
「何でもねえよ」
目の保養だ、と言ってまだこちらを見ている。この熊はたまにこういう良くわからないことをする。
美しい風景を見つけて来て喜んでいるかと思うと、それを人に見せたら飽きてしまうらしい。
「お前その飽きっぽいのどうにかならないのか?」
「んー?」
何だか機嫌よさげにしている。
「いい年して落ち着きがなさすぎだ」
「そうか?」
俺はずいぶん気が長い方だと思うけどな、と言う。
「少なくとも俺より気が短い奴をヒトリ知ってるぞ」
「うるさいな」
「まあ何だな。俺の方が本当に良いものをわかっているということだな」
やっぱり何だかわからないことを言う。何はともあれ無神経な熊にも美しい景色を愛でる感受性があるのは良いことだ。
荷馬車の様子を気にしながら、しばらくその風景を眺めた。
荷馬車に戻ると御者台には既に酒瓶を手にした男が座っていた。夕刻までに着きたいからそろそろ出ようと言う。
この熊は飲み損ねたわけだ。
「残念だったな」
「いやー」
あまり残念そうな顔はしていない。
いいもん見られたからいいやな、と言って人の髪をかき混ぜる。子ども扱いするなというのに。
しかしずいぶんとあの風景が気に入ったようだ。
馬車が走り出してから、もう一度花の咲く場所が見えた。
これで見納めだ、と思ったので背伸びして風景を見送った。男にも見えただろうか、と思って振り向くと、相変わらずこちらを見て何だか機嫌良くしている。
「見えたか?」
「うんうん見えた見えた。良かったな」
全く何を見ていたものだか。
御者台の男が、目的の町についたら一杯おごってやる、と言った。
男の耳に口を寄せた。
「・・・次の町も酒が旨いのか?」
「・・・安酒を出すやくざな酒場はあるらしいけどな」
どうりで気前の良いことを言い出すはずだ。
「やっぱり俺も今の村で飲みに行けばよかったな・・・」
「おごってくれるっていうんだから文句言うなよ」
目的の町についたら、傭兵や交易商の集まる町だから、うまく仕事にありつけるだろう、と言う。
「そしたらうまい酒も山ほど飲ませてやるからな」
「どうだか」
ほとんど自分で飲んでしまうに違いない。
大体一緒に仕事をするのだからおごるも何もないもんだ。それでもまあせいぜいおごらせてやることにしよう。
「楽しみにしてるからな」
熊が笑った。
「お前そういう嬉しそうな顔してるとほんとにかわいいよなあ・・・」
莫迦か。
つきあいきれない。
またしつこく髪をなでてくる。
もう大分慣れたが、男の寄越す仕草や言葉に気恥ずかしい思いをさせられることが、まだたまにある。
しかし男が自分に見せるいくつもの新しい風景は、そのたびに自分を喜ばせる。
まだ見たことのない世界がいくらでもある。自分はもっと遠くに行くことができる。何も怖くない。
「花でも安酒でも何でも来いだ」
「何だあ?」
「何でもない」
本当に何も怖くないのだ。この男が傍らにいる限り。
何となく男の顔を眺めた。
「何だ?かわいい顔して」
「何でもないって言ってるだろう」
何がかわいいだ莫迦熊め。
次の町に着いてから、御者に連れられて噂に違わぬ安酒に酔った。
悪酔いした隣でやっぱり熊も酔っていた。
何も怖くない、が、二日酔いは少し、つらいかもしれない。
旅は続く。
えへえへ。(謎)。 樹林さんちのウラキリバンを踏んだことにさせていただいて(前後賞だったのですが) 無理矢理もらいました。えへえへ。(やはり謎) おねだりは「その季節の腐れ縁」。美しいコスモスの中で熊がやにさがってますね。 風流ですね・・・。何か変な感想と駄文付きで恐縮ですが、樹林様ありがとうございました。
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裏キリ番1061。
2002.10.17〜 TOP画として使用。
無駄にデカくてすみません。
季節を感じる絵、とゆー事で安易にコスモスと枯葉…
でもあんまり秋らしくない気が…すんませんです、
構図が気に入ってるんでTOP画にも使用してみたり。
構図が…とゆーより、にかっと笑う熊の横顔と、ちょっとびっくり眼なフリックが好きみたいです。
海保さん、いつも大変お世話になっとります。
折角キリリクして下さいましたが、こんなんでよろしかったでしょうか?どきどき…
ほんとに大変お待たせしてしまい申し訳ありませんでした!
これに懲りずに今後も仲良くして下さる事をお祈りしてますです。
(2002.10.16)
海保さんが差し上げた絵に素敵なお話を付けてくれました!
ので早速強奪(笑)
絵にぴったり合ったお話で嬉しいのはもとより、鈍いフリックが可愛くて〜!!
やにさがる熊の気持ちも解るってもんですな!はっはっは!
いやいやほんとに有難う御座いますです!
や〜ほんと幸せ者ですな私は〜v
(2002.10.20)
下絵 スキャナ取り込みの上からタブレットで上書き
着色 Painter Classic
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