気が付くとビクトールが頭を撫でていた。 看病疲れもあって、夕方からそのまま寝台に凭れる様にしてフリックは眠ってしまっていたのだ。 その間に誰か他の人が様子を見に来たのだろうか。 机の上に、ランプが一台置かれてある。 その揺れる炎が止まる事無い陰影を作って部屋を彩っていた。 「気がついたか?」 「…お前こそ、いつから目が覚めてたんだよ…」 「ああ、ほんのさっきかな…」 一日半ぐらいしか経ってないのに、随分と久しぶりにビクトールの声を聞いた気がしてフリックの心が震える。 意識が戻った事にほっとして、自然とフリックに笑みが洩れた。 「さっさと起こせばいいのに。」 ビクトールはそれには応えないで、少し困ったように微笑んだ。 「どっか、痛むトコとかないか?」 「いいや…」 体を起こしてビクトールに近づくフリックに、向こうから手が伸ばされた。 そして、頬に触れる。 「無事で…よかった。」 確かめるように、ビクトールの掌がフリックの顔をなぞる。 もう一方の腕も伸びて来て、背中に回るとぐいと引き寄せられた。 「何…言ってるんだ…それは、俺の台詞だろう?」 ぎゅうと抱き締められて、上手く言葉に出来ない。 喉が震えるのをどうにか耐えて、フリックは声を絞り出した。 「お前こそ、無事で…よかった。」 「ああ…」 もっと、ずっと、固く抱き締め合う。 ビクトールが、生きている。 ここに、この胸に、いる。 ぶつけるようにして、フリックは何度も額を頬をビクトールに押し付ける。 ビクトールもまたその合間を縫って、フリックに唇を押し当てた。 「この…大馬鹿野郎…」 フリックがビクトールの胸に額を押し付けて呻く。 「余計な事ばっかしやがって…っ!」 「すまねぇ…でも俺は…」 「星辰剣との事だって!」 「あー…あんのお喋りめ…」 フリックの言葉で大体の遣り取りを察したビクトールが軽く星辰剣を睨む。 しかし当の本人は素知らぬ顔だ。 「なあ、ビクトール。」 顔を上げたフリックの頬を、横から橙の光が舐めるように照らし出す。 ビクトールの顔を見て、フリックは一瞬躊躇した。 無駄な事だとは解っている。 けれど、どうしても言わずにはいられない。 「お前が、本当に俺の事を大事に想ってくれているのなら…俺の為に死ぬような事だけはやめてくれ。」 「フリック…」 ビクトールには、生きて幸せになって欲しい。 それにどうせ命を使うのならば、こんな自分のためによりももっと大きく意義のある事のために使って欲しい。 「すまねぇが、それは約束できねぇよ。」 「……」 少しの間黙って何か考えていたビクトールが答え始める。 「お前も知っての事だが、俺は天涯孤独で金だってそう持っちゃあいねぇ。」 「…ああ。」 「そんな俺が、お前に唯一やれるもんは、この身と命しかねぇんだよ。」 「俺はそんな事…」 「お前が望んでなくっても、俺がそうしてぇんだ。」 「……」 「だからよ、頼むからそれをやめろなんて酷な事たぁ言わねぇでくれよ…」 「酷なのはお前のほうじゃないかよ…」 「……」 「残される方の痛みだって、お前は知っているくせに…っ!」 解っている。 こんなのは堂堂巡りだ。 「でもそう言われて、それを納得しちまう俺もどうかしているんだ…」 だって、知ってしまった。 何よりも大切な者を目の前で失う痛みを。 たとえ何に縋ってでも逝かせたくないと願う心を。 現に自分は、あの時星辰剣に我を忘れて救いを求めたではないか。 自然の摂理に反しようが何だろうが。 どうしても失えないと心が悲鳴を上げたではないか。 そしてもし、自分が逆の立場ならきっと。 自分もまた星辰剣に相棒の事を頼んだだろう。 あの時も同じように、助ける必要がなくても体が動いていただろう。 知ってしまった。 ビクトールを失くせない自分を。 自分を失くせないビクトールを。 そこにある想いは、自分もビクトールも同じもので。 ただ、その同じ想いで互いを想う余り、互いを傷付けていくのだ。 それは一生変わる事はないだろう。 失くせない、と願う痛みを知っている。 なのに。 その傷を与えてまで守りたいのだと。 それはなんて身勝手で押し付けがましい想いだろう。 けれど、もう失くせない。 こんな自分達は、他のもっといい方法を見つけられはしないのだ。 「だったら俺もそうするから…」 「…?」 「俺もお前にあげられるものなんか、他に何もない。だから…」 フリックの言葉に始め驚いた顔をしたビクトールは、その後苦しげに瞳を歪ませた。 「俺もこの命を掛けてお前を守る。その結果がどんなものであろうと、お前はそれを受け入れろよ。」 「フリック。」 「文句は言わせない。お前だって、俺に文句を言わせないんだから。」 「俺は…」 「『お前が望んでなくっても』だろ?」 「ああ…そうだな。」 自分の言葉を引き合いに出されて、ビクトールは笑って頷いた。 その表情を見て、フリックも綺麗に微笑み返す。 胸の不安は消えないままに。 けれど気持ちに踏ん切りをつけたから、きっとこの先もずっとこの話は二度としない。 ビクトールも口にはしないだろう。 そしていつもの日常に戻る。 だけど知ってしまった想いは胸に。 ビクトールの想いを大切にしようとフリックは心に誓う。 すっきりした顔で笑うフリックの頬をビクトールが包む。 顔を少し傾けて近付くと、フリックに口吻けた。 穏やかで温かなキス。 フリックは目を閉じて、うっとりをその温もりに身を浸した。 「ん…」 けれどおだやかだったのははじめのうちだけで。 次第に熱を持って、吐息が洩れる。 「な、フリック…」 ビクトールが口吻の合間に低く囁く。 その手は意味を持ってフリックの背中を撫でている。 「駄目だ…傷に障る…」 蕩けるキスに、溺れそうになっていたフリックが慌てて止めた。 本当は止めなくていい。 けれどビクトールの体を考えるとそういう訳にもいかなくて。 上がる息を極力押さえて体を離した。 「傷なんざ、もう全然気にならねぇよ。」 ビクトールが追って、フリックの腕を掴む。 それにぞくりと身を震わせてフリックは目を落とした。 包帯だらけのビクトールの体が目に入る。 自分のせいで怪我をさせた。 なのにそれを忘れてビクトールのその温もりが欲しいと想う。 その浅ましさにまともに見る事が出来ない。 そんなフリックをビクトールは胸に抱き込んだ。 「ほんとにもう殆ど痛くはねぇんだ。紋章の力ってのは偉大だよなぁ。」 「……」 本当に傷は痛まないのかもしれない。 物凄い数の紋章の力を浴びたビクトール。 そんな力を受けなければならなくしたのは自分の至らなさで。 フリックはそろそろと顔を上げた。 失わなくてよかった。 この、温もりがここにあってよかった。 ビクトールに触れながらそう思う。 そして涙が出そうになって、それを悟られないように顔を伏せた。 その髪に口元を寄せてビクトールが自分に触れるフリックの手を取る。 「お前が生きててよかった。」 「…だから、そーゆーのは、俺の台詞だって言ってるだろ。」 「ああ。でも俺が生きてるのにお前が死んじまってりゃ何の意味もねぇだろうがよ。」 「馬鹿言え。」 「おぅよ。馬鹿なんだよ。お前の事に関しちゃあ、俺はほんと馬鹿になっちまうんだ。」 「…俺は馬鹿は嫌いだ。」 「でも俺の事は好きなんだよな。」 ああ言えばこう言う、を実践してにやりと笑うビクトール。 それに、フリックはついに笑い出してしまった。 ビクトールも顔をくしゃりとして笑う。 そうして。 一頻り二人で笑い合った後、また、キスを交わした。 「あ…ア・・・」 寝台のマットに縫い止められてフリックは喉を反らす。 ビクトールの触れてくる指先が、舌が、フリックをどんどんと追い詰めていく。 今は、ビクトールがフリックの雄をしつこいくらいに吸っていた。 口中に含まれて摩擦されながらも、舌が這いずってここぞという所を刺激する。 「はぁっ…はっ…あ・・・」 胸元に伸びる手が、胸を弄る度に来る疼きが、腰にまで伝わって尚更熱くさせる。 それを耐えるために、フリックは何度も敷布を掴もうとして失敗する。 「ああっ!あ!」 尚も扱き続けながら、ビクトールの指が後ろを探った。 そこにある入り口に宛がわれるとつぷと押し込まれる。 その感覚に息を詰めたフリックは襲う快感に意識を白くした。 「あー…あっ…!」 指が、奥を突く。 じわりじわりとそこから熱い悦びが波紋のように広がっていく。 指の本数が増やされると、もう、フリックは固く目を瞑ってただただ流されるように快感を追っていた。 「な、欲しくなってきたか…?」 「う、あ、あ…」 意地悪く訊いてビクトールがうっそりと笑う。 指で押し広げて抜き差しして欲を促す。 「ここに、なぁ…俺が欲しいか?フリック…」 「あ…ほし…欲しぃ…」 もっと、とより強い刺激を求めてフリックが喘ぐ。 腰を揺らして出入りする指に夢中に動きを合わせている。 乱れて意識の飛んだフリックの様を満足そうに見て、ビクトールが指を引き抜いた。 下肢の衣服を緩める音を聞きながら、フリックは荒い息で胸を喘がせる。 欲しい、と思うのは。 どうにもならないこの熱のせいだけじゃない。 その、存在ごと欲しいのだ。 そしてこの体全部でビクトールを感じていたい。 「フリック…」 ビクトールが脚を持ち上げる。 目を瞑ってフリックは唇を噛んだ。 「んんっ…」 押し入っている塊が、体を抉じ開けていく。 心ごと、全部。 丸裸にされて、自分の中に、入ってくる。 心も体も犯されて。 それでも尚込み上げる愛しさに、涙さえ出そうになって。 「…あぁ!あ、あっ!」 小刻みに突き上げる衝撃に、止められない声が重なる。 何もかも解らなくなりそうなくらい感じて、それでもフリックは目を開けた。 息の上がった獰猛な獣のように。 どこかうっとりとした眇めた目で、自分を食うビクトール。 目が合って唇が降ってくる。 激しく貪り合って、舌も、腰も、がむしゃらに蠢かす。 「あ…い、い…あっ、あっ、あっ!」 深く奥まで擦りつけられて頭の中で幾度も何かが弾け飛ぶ。 じわじわと透明な雫を零す自分のモノや、汗で、起こった濡れた音に益々煽られて訳がわからない。 「…イイのか?なぁ、フリック…?」 ビクトールの動きが速くなって終わりが近い事を知らせる。 もう、自分のも限界寸前だとフリックは目の前にある肩に噛み付いた。 暫く律動が大きく続いてひっきりなしにくぐもった嬌声が上がって。 最後に、二人は極まって互いの名を呼んだ。 「ああっ!くそっ…うっとおしいっ!!」 激しい動きで緩んだ包帯を、苛々としながらビクトールが引き毟った。 傍らでベッドに沈み込んでいたフリックが何事かと目を向ける。 「ははっ…ばか、それじゃ取れねーよ。」 フリックが笑って起き上がって。 「じっとしてろ、俺がしてやる。」 「ん…悪ぃな。」 背中から手を回して脇から切れ端を取り上げる。 そして幾重にも巻かれた包帯を、ビクトールの体から外して行った。 「……」 白い帯が剥がれていくと、赤くなった肌が露れる。 時折触れる肌に、熱を感じさせてフリックは顔を顰めた。 「ほんとに痛くないのか?」 「まぁな。」 「そうか…」 痛くないのなら、こうしても大丈夫だろう。 フリックは後ろからビクトールに抱き付いた。 さっきまでの行為のせいか、火傷を負ったからなのか、まだ熱を持っている。 頬を押し当て、息遣いに揺れる背中にほっとする。 この、大きな背中に守られている事を知った。 至らなくても、この背中を守りたいと願う心がある事を知った。 背中に懐くフリックの腕を取って、ビクトールは自分の体に巻き付けさせた。 そうしてより触れ合って、温かさを分かち合う。 自分の何を犠牲にしてでも。 『守りたい』 『失くしたくない』 強く願い、強く祈る。 たとえそれが身勝手で押し付けがましい想いだとしても。 想わずにはいられない。 そして、同じくらいに想う。 『生きて、幸せに』 そして、願わくなら。 『共に生きて、幸せに』 そう、強く強く。 心から願う。 |
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すみませんでした… いつも!いつも思うのですが!!『切ない』って何?!どーゆー事?! しんみりでもじんわりでもなくって胸が痛くて締め付けられるカンジ? でもそれを一体どーやって文で表現したらいいの?! …基本的なとこから躓いてます。申し訳ない… えとえとですねー 言い訳としましては死に掛けってほどじゃないけど「熊がフリック庇って怪我」は前に書いた事ある話なんですよね… だからダブらないようにとか、死に掛けでHもしなくてはーとかだしで、悩んだ結果こんな事に。 紋章って凄いなーくらいに流して下さると大変嬉しく思いますです。ははは… そして熊が生き返るところがナウシカみたいとかゆーのは気のせいですから!!(笑) かなり私的に頑張ったんで、これで勘弁して下さい。お願いしますです(T.T) 碧猪珠唯伽様、遅くなってしまい申し訳なかったです。 こんなですがお受け取りして下さると嬉しいですー(でも小声) |